19-2 前略、公爵様。あなたをさらいに来ました - 友の忘れ形見 -
・リード・アルマド新公爵
僕に何が出来ただろう……。
父上の敵討ちを断れば、家臣たちは縁戚の者を後継者に選ぶつもりだった。
そうなれば、今度は身内同士で争うことになり、父を殺した魔将たちが漁夫の利を得る。そう言われた。
今思うと正解なんてなかった。どれを選んでもアルマド公爵家は滅びる宿命だった。
もうそう思うしかない。今は停滞しているが、さっきまで城は激しい攻防のさなかにあった。
敵はけして投石機を持ち出さず、中を壊さずに城ごと奪い取ろうとしている。
ここには金目の物や貴重な芸術品がたくさんあるから、壊したくないのだろう、正統派の魔将アガレスは。
絶対に負けない、そう確信しているから敵は投石機を使ってこないのだ……。
そのとき遠くから、誰のものかもわからないおそろしい断末魔がとどろいた。
「ひ、ひぃっ……やっぱり、怖い……。父上、父上、僕をおいて、どうして、死んでしまったのです……」
また正統派の軍勢が攻めてきた。外が騒がしくなって激しい撃ち合いと、弓の風切り音が響きわたる。
今も家臣と兵たちが、城壁を駆け上ってくる敵兵を止めていた。
アルマド公爵家の城壁は高く堅固だ。おかげでまだ籠城を続けることができている。
だけど後何日もつだろう。アガレスがしびれを切らせば、敵は総攻撃に切り替えるかもしれない。
死にたくない、怖い、もう嫌だ。
僕は器じゃない、臆病者の僕に、公爵なんて向いていなかったんだ……。
「フフ、男の子が情けないですよ」
「だ、誰だっ?!」
まさか暗殺者……! そのとき、僕の寝室に男の声が響いた。
「わたしを覚えておいでですか、リード・アルマド」
「敵……僕、ワシを殺しにきたのか!」
いくら探しても姿がない。なのに声だけが響く。
ランプからろうそくに火を付けて寝室を明るくしても、そこには誰もいない……。
「そうカッカしないで下さい。ご安心を、わたしは暗殺者ではありません。そもそもアガレスはあなたを、死刑台に運ぶつもりのようですしね」
そこに誰もいなかったはずだった。
暗闇しかなかったその場所に、闇から溶けるようにヒトが現れた。
でも! そんな現れ方をされたら、暗殺者としか思えない!
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
おかしい、潜伏魔法を解いたのにいやに警戒されている。
「ああそうでした、今わたし変装していたんでした」
「へ、変装……なのかそれは……」
原因がわかりました。敵より奪ったチェーンメイルと、顔の露出したオープンヘルムを公爵の寝室に脱ぎ捨てる。
ここが暗い寝室であろうとも、これで彼はわたしをブチ系のネコヒトと判別するでしょう。
「はい、変装です。それよりお久しぶりですね、リード。レアルのことは本当に残念でした。あなただけでも無事で良かったですよ」
リード・アルマドは美しい男、いや成長しても変わらずかわいらしい14の男の子でした。
彼は奥方似の薄い桃色の髪に、カールのかかった王子様じみたうちはねのボブカット、女性とみまごうやさしい顔立ちに、長い耳、額に埋まったトパーズ色のクリスタルを持っています。
その額の宝石こそ、彼の種族の特長でした。
「お前、敵じゃないのか……?」
「もしかして忘れてしまいましたか? 前に会ったときは小さかったですからね、それも仕方ないですか。……わたしですよ、公子様、お父上の友人の、ベレトートルートです」
「ぇ……っ」
人間に情報を売って、それをとがめられて処刑されたことになっています、わたし。
なので月並みに言ったところの、お化けでも見るような目で、彼はわたしに目を見開いていました。
「ぁ……ベレトさん!? でも、その姿……」
「覚えておいででしたか。ええこれは、不本意なイメチェンといったところです」
「でも、でもっ、でもどうやって……1つ聞いていいですか?!」
「ええどうぞ、何なりと」
考える力が戻ってきたのでしょう。
若きリード公爵はベッドの端に座り込んで、それから客人に失礼だと思ってか立ち上がりました。
「どうやって城の中に入ったんです、外は正統派の攻撃の真っ最中なのに、どうやって?!」
「ああ、それは何のことはありません」
貴人の寝室に忍び込んだ、わたしが一番失礼かもしれませんがね。
「目の前でやつらが城に攻撃をしかけたので、わたしは潜伏魔法ハイドを発動させつつ敵前線部隊にまぎれ込み、敵兵士と共に城郭を登り、後は姿をくらまして、一直線にここへ突っ込んできただけです」
「そ、そんな無茶な……」
「はい、帰り道に同じ手は通じませんね」
ところが彼はベッドにまたしゃがみ込んでいました。
昔会った頃は誠実で心やさしい方だったのですけど、どうやらこれは随分苦労されてるようです。戦いに疲れ果て、気弱になっていました。
「僕は、貴方を巻き込んでしまったのか。落城寸前の城に乗り込んでくるなんて、自殺行為ではないですか……」
「もしかしてわたしを心配して下さっているのですか? あの頃と変わらず、おやさしいですねあなたは」
男爵の依頼としてではなく、個人の感情レベルで、彼を救い出してあげたくなりました。
そういうことを考えるやつは早死にするのですがね、まあ今回だけは感情を優先させましょう。
「そうでもありません。わたしはレアルの家臣たちと違って後先を気にするのです。それより……」
ところがこれから邪魔者が入るようです。
寝室の外側から多数の足音が響きわたり、それが部屋の扉をぶち破りました。
「公爵様ッ、ご無事で――く、くせ者かッッ?!」
「アガレスの手の者だな! 殿下に手を出してみろ、ぶっ殺――」
老いたイヌヒトの男と、デーモン種の男に見覚えがありました。
そうでした、わたしこいつらがあまり好きではなかった。そのことを思い出しました。
「違うんだ、彼は敵じゃない!」
「フフフ……あなたの命令を聞いて下さらないようですよ。とても家臣とは思えない行動ですね」
わたしとリード公爵は取り囲まれました。
主君の言葉すら聞き入れない暗愚さに呆れたわたしは、皮肉を言いはなってやります。
それが上手いこと効いたようで、老いたイヌヒトの方がわたしに気づきました。
わたしたちはお互いに知っている。そのことにです。でしたら挨拶しておきましょう。
「あなたたち名前なんでしたっけ。まあいいですか」
「失礼なやつだ、何だこいつは!」
「それは順を追って。……レアル・アルマドの息子を引き取りに来ました。依頼人はヘンリー・グスタフ男爵、バカな戦を引き起こしたあなた達に代わって、わたしたちがその子を保護します」
そこは彼らにとって痛いところです。
これから敵に破れ、主君が愛したかわいらしい息子を死刑台に運ぶ手伝いをすることになるのですから。
気に入りません、もう少し言ってやりましょう。わたしお爺ちゃんですから、説教大好きですよ、全肯定します。
「なんなら男爵からの伝言をこの場で伝えましょうか? 勝てない戦にガキを巻き込むクソ野郎ども、てめぇらにはリード・アルマドは任せられねぇ、死にてぇなら勝手に死ね! つまんねぇ名誉欲にガキを巻き込むな! ……だそうです」
わたしを介したブルドッグ男爵のお説教に、デーモン種の男以外は反論も出来ず顔を落としました。
ところがミゴーと同じ、デーモン種の家臣は違うようです。
名前がどうしても思い出せませんけど、とんでもない石頭の古参がコイツだった気がします。
若い命を死へと追いやろうとする最低の大人は、険しい目つきでわたしを睨んでいました。
わざわざチンピラのようなノリに付き合うのも品がありませんし、あのマダムに誉めていただいた、典雅なお辞儀を送ってやりましたよ。




