2-6 うちの大工とメギドフレイムのぬくもり
「ではバーニィ、道具すらまだありませんが、あなたは今日からうちの大工さん兼――保育士です」
「おうっ、合点承知だぜ! わはははっ、なんかガキの頃を思い出すわ、楽しかったなぁあの頃はよぉ~」
おかしなものです。
全てを失ったというのにこうして人は笑えるのですから。
まあ彼の場合、全部嫌になって投げ捨てて、退職金を力ずくでふんだくってきたバカ野郎ですが。
けどね、わたしも下っ端ですから、そういうの嫌いじゃないです。
「ですが、くれぐれもおかしなことは教えないでくださいよ。特にパティアに関しては大人の影響というものを、深くしっかりと意識して下さい」
「過保護だねぇアンタ。ネコヒトっていうのはそういう種族なのかい?」
「うん、わかる。ねこたんはなー、しんぱいしょうだ。やさしいけどなー、ときどき、おになんだぞ」
お勉強で厳しくしていることを、パティアは根に持っているらしい。
パティアだっていけないんですよ。何から何まで規格外で手に余ります。
彼にはちゃんと状況を理解してもらわねば困る。わたしはバーニィに手招きをして自分の前に呼び、おじさん臭い横顔に耳打ちをしました。
「バーニィ・ゴライアス、それは違います。育て方を間違えると、彼女は、魔族のみならず人類に累が及ぶ危険なお子様なのですよ」
「はぁ……? 何を大げさなこと言ってんだネコヒトよー?」
「嫌でもじきにわかります。というよりあなた、彼女から5属性ボルトを食らったことをお忘れですか?」
「あ、そういやそうだったわ。パティ公、お前さんは魔法の天才だな~っ」
「へへぇーん、そんなにほめるな! でもなー、パティアはなー、まだまだだ。しゅぎょうのみちは、けわしい……。でもまけないんだぞー!」
本当に疑問なのですが、このあやしいおじさんはどうやってパティアのあの攻撃を耐え抜いたんでしょう。
……まあいいです、そこはじっくりと後から引き出せばいいんですから。
今日わたしたちは保育士兼、大工を手に入れました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ほらよっ、俺の木こりスキルがあれば薪くらい簡単に確保できるぜ」
太陽が今日ももうじき南天を迎える。
それが魔界の空に飲み込まれると夜が来る。このオレンジ色のひとときを夕刻と言う。
東側の世界では昼がやや長く、魔界に近付くほどに少し短くなるのがこの世の理なのです。
「ああ、薪ですか。がんばってくれたところ悪いですけど、それは今の所必要ありませんね」
「はぁ? 夜は冷え込んだりするもんだろっ……って、なんかここあったけぇな?」
昼寝から目覚めたわたしはウトウトとまどろみながら、アケビという植物のツルを編んでいました。
わたしお爺ちゃんですからこういう作業は慣れたもので、手が勝手に動くのです。
まずは小さな籠を作ってパティアに持たせましょう。あのかわいいバックが、これ以上採集で汚れるのは見るに見かねますから。
「お気づきになられましたか。この部屋は、最強炎魔法メギドフレイムで暖を取っておりますので、燃料のたぐいは必要ありません」
「へ、めぎどふれいむだぁー? 何だそりゃ」
「へへーんっ、それはなー、パティアのまほうだ! すごいんだぞー!」
「魔神だけが使えたとされる最強最悪の炎魔法です、これは消えない炎なのですよ。危険極まりないですが、反面すこぶる便利な火種でもあるのです」
「いや、嘘言いなさんな! 魔神ってあれだろ、伝説の……」
伝説じゃありません、現実に起きたことです。
それが人間の要塞を焼き、人間の領土に魔軍がなだれ込み、あわや我々は彼らを滅ぼしかけました。
「そろそろ焼けましたでしょうかね」
紹介ついでに暖炉からフライパンを取った。
首狩りウサギの骨付き焼き肉と、採集した山菜をあわせて焼いたものです。
山菜はほろ苦いものが多いので、パティアはあまり好まない。
「みろバニーたん。あれが、パティアの、めいどふれいむぅーっ、だぞー!」
わたしは消えない炎であることを証明するため、アイスボルトを暖炉に撃ち込みました。
白き炎が氷に包まれたのもつかの間のことで、不滅の業火は全く衰えることなく氷を溶かしていきました。
「何なんだよアンタら……。最強魔法が使えるお子様に、ネコヒトのレベルを超越したスーパー猫魔族とかふつうじゃねぇぞ……。マジで薪なんていらねぇじゃねぇか……」
バーニィはツルでまとめた薪を部屋の外に蹴り投げた。
そうやって素行の悪いところを見せると、パティアがマネするではないですか……。
「あまりあなたに普通じゃないと言われてもなんともピンと来ませんね。どこの世界に、騎士が嫌になったからといって、国の金を盗んで魔界に逃げ込むバカがいるんですか」
ところで急に腹が鳴った。
自分のものかと目を落としたが違ったようです、パティアが両手でお腹を抱えていました。
「ぁぅ……おなか、すいた……。にく、きょうも、うまそうだ……じゅる、じゅるるるるぅ、にくは、にくはいいな、とてもいい……」
「お腹を空かせている子がいるようです、日が落ちる前に晩ご飯を済ませましょう」
「確かにこりゃ美味そうだ、お相伴に与ろう」
パティアに焼いてもらった大皿に脂ぎった肉と山菜を移し、ブラッディベリーとサルナシの実をそえました。
このサルナシの実はキウィという近縁を持ち、とても甘く酸っぱいのでパティアが好物にしています。
わたしたちは腹が満たされるまでどうでもいい歓談を交わしながら、味付けこそないが脂の乗った肉をがっつき続けました。
「ふぅぅ……ネコヒトよ、アンタ一宿一飯の恩義って知ってるかい?」
「いしゅくいっぱいの、おん? むつかしい、ことばだなー、パティアは、しらないぞ。なんていみだ、ねこたん?」
腹が膨れて落ち着くと夜が来た。
メギドフレイムの光と星々に照らされた部屋で、ウトウトとしているとバーニィが妙なことを言い出しました。
「寝るところを貸してもらってご飯も貰ったら、たくさん感謝しなさい、できればお礼もしなさいって言葉ですよ」
「ほへーー……あ、なら! ならパティアは、ねこたんにいっぱい、おんがあるなーっ? かんしゃ、かんしゃしてるぞーねこたん!」
それ以上は上手く気持ちを言えなかったらしい。
そこでわたしの娘は言葉ではなく、わたしの膝元にくっついて態度で示した。……いえ、もふもふしたわたしの毛並みが目当てかもしれない。
「パティ公、ネコヒト、俺はアンタたちに感謝してるぜ。お前らに会わなかったら、たちの悪い魔族に捕まって、洗いざらい金の情報を搾り取られたところで、ぶっ殺されてたかもしれねぇ」
あり得る。この辺りは穏健派が強いものの、全体を見れば人との和解を望まない魔族の方が圧倒的に多い。
「ま、予定は変わったが、人生ドロップアウトの行き先が、ネコとお子様の隣ってのも悪かねぇ。どうにかここで、お互いがんばっていこうじゃねぇかっ!」
「うん、がんばろー! バニーたんやるきだな、それなら、パティアももっとっ、もっとがんばるぞーっ!!」
「なんだそんなことですか。41にもなって、いきなり臭いこと言わないで下さい。……聞いてるこっちが照れてしまいますので」
ちょうど近くにパティアがいたので、わたしは彼女のバッグを開けて魔導書ナコトを拝借しました。寝るために。
……もし試しに、これをバーニィ・ゴライアスに持たせたらどうなるだろう。
いえ止めておきましょう。気の迷いで金を盗んだ男です、余計なことはしないに限りました。
それにしても何だか眠い、パティアにスリープをかけないとこれ以上起きていられない。
カクン、カクンとわたしの首が上下して意識を断続的なものに変えていた。
「おいおい、人の話の途中で寝るなよなネコヒトっ!?」
「…………あ、すみません、寝ていました」
「見ればわかるし今指摘しただろ?! 熟睡かよ!」
「あきらめろ、ねこたんはー、ゴロゴロのぷろだ。カクカクしてるときはなー、なにも、きこえてない。パティアは、あたまがいいから、がくしゅうしたのだ」
……あれ、しまったまた寝ていました。
これでは話題がまるで追えない、いえ追うことを諦めましょう。
「ではそろそろわたしは寝ます」
「日が落ちてすぐだぞ、まだ寝るには早い気がするんだが」
バーニィ、それは昼に説明したでしょう……わたしはそういうものだと……。
ああ、それよりパティアです。
「どうしますか、パティア。バーニィと夜のおしゃべりを楽しみたいなら、今日のスリープは無しにしときますが」
「おう、バニーたんは、パティアにまかせろ。ひとりでねれるか、しんぱいだからなー、パティアがめんどうみてやる。おしっこいけなくなったらー、ついてくぞ、バニーたん」
おやさしいことで。
ならば必要ないなと我が娘にナコトの書を返却しました。
「バーニィ・ゴライアス。わたしには一日16時間の睡眠が必要です。よって次に起きるのは昼前くらいになるでしょう、それまでこの子をよろしくお願いいたします」
「もちろんかまわねぇ、温かい寝床と最高に美味い飯を貰ったんだ、任せてくれ」
パティアの炎はなんて暖かいのでしょう。
世界を焼き払うあの業火で、こんな幸せな気分に浸れるなんて。バカと魔法は使いようです。
「……あ、寝てました」
「またかよっ、もういっそ今すぐ寝ろ!!」
「あきらめろ、バニーたん。ねむいときの、ねこたんは、よっぱらいより、あてにならない……」
「では最後に一言言い残しますが、メギドフレイムは詠唱者がキャンセルしない限り、マジで、消えません。焼け死にたくなかったら、連れ去るだなんておかしなことは考えない方がいいですよ」
「そんな気さらさらねぇよ。つーか……なるほどな、そら過保護になるわけだ。場合によっちゃこれは……人類を滅ぼす力になりかねねぇ」
バーニィが最後の部分だけ声をひそめて、わたしにだけ聞こえる音量でささやいた。
それはまた、どこかで聞いたことのある感想です。
ええそうなのでしょう。それだけこの子という人類最強の才能は、どの陣営からとっても危険なものなのです。
暖かいまどろみをくれる幸せの力ではなく、その幸せを焼き払う力だと認識される。わたしは全ての勢力から危険視されることを理解した上で、これからもこの子を育てていく覚悟です。




