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18-16 終幕 漂白剤と時系列の矛盾した錬金術師 - 魂の価値 -

 少しばかし足取りの怪しいキシリールを横から支えて、元の場所に戻りました。

 あの狂人、錬金術師ゾエの工房にです。


 すると彼は思い出していました。

 店に入るなり奥からかけてきて、それはもう近所迷惑な大声でこう言うのです。


「思い出したよエレなんとかくん!! エドワード・パティントン、そう彼と我が輩は会ったことがあるっ!!」

「おやそれは棚ぼた気分です。で、それはいつ頃のことですか?」


 キシリールはまだ酔いが治まっていないようです。

 店のイスに腰掛けて、とても疲れた様子でうつむいていました。


「昔だ!」

「はいはい、1秒前だって昔でくくれますよ。ゾエ、何年に、どこで、何のために彼と会ったのですか?」


「細かい猫人間だな……。何年前かと言われて、覚えているヤツがいると思うかね?! まあ我が輩の記憶力は常人の域を越えている。ただ、引き出しに少しばかし時間がかかるでな、うーむ……あれは、いつぞのことであったか……」


 結局エドワード氏についてはマダムの力でもつかめませんでした。

 相手はこのゾエですし、あまり期待しない方が良いかもしれませんね……。


「本当に会ったのか? エレクトラム殿、この女どこまで正気かわかりませんよ? おぇっ……ぅ、ぅぅ……」

「あ、君の心無い発言で思い出す気が失せた、ああここまで出かかっていたのに、悪いねぇエレキくぅん」


「エレクトラム・ベルです。わたしの名前などどうでもいいですから、エドワード・パティントンについて思い出して下さい」


 わたしが真摯にそう願うと、髪の毛ボサボサの錬金術師は腕を組んで首を傾げる。

 この手合いは興味の外側の記憶力が悪いのでしょう。

 そのゾエが前髪を大げさにかき上げました。


「ああそうそう、我が輩は今、思い出したことを思い出したよ、喜びたまえ、10年ほど前だ!」

「おい、そんなに昔の話なのか?!」


 ええそんなに昔の話が出てくるとは、わたしだって予想もしてませんでした。

 エドワード氏は魔界側に逃げてきたのですから、てっきり最近会ったのかと思っていました。


「当時我が輩の店はレゥム中央の聖堂区にあったのだが、まあ色々あってあそこを追い出されてな! ムキャァァーッッ、あのときは大変だったが、それとは別腹ではらわたが煮えくり返ったものよ!!」

「もう1つツッコミだ! その若さで10年前から店を持っていたのか?! 嘘くさいぞ!」


 キシリールが言うのももっともで、ゾエはまだ30にもなっていない外見でした。

 ですがね、彼女は聞かないのですよ、特に夢中になっている時は。


「我が輩はただネクロマンサー・ゾエの店との看板を上げただけなのに! 小憎たらしい聖堂の連中がああだこうだと文句を付けてきおって、最後には理不尽にも信者どもに袋叩きにされてだねぇ!」

「人の話を聞け! お前の身の上話じゃなくて、エドワード氏について教えてくれ、ゾエ!」


 当たり前です。聖堂区にそんな名前の店を出したら、どうあがいても問題は避けられなかったことでしょう。

 幸いキシリールの言葉がやっと通じたようで、陰気な彼女と泥酔ギリギリの騎士の目線がぶつかり合う。


「おお、おおっ、そうであったな。そのエドワード氏が来たのだ、来たのだよ、ネクロマンサー・ゾエの店、この看板に引かれて待望の第一客として来た! 我が輩は胸が躍った、どんな道に外れた注文をされてしまうのであろうかとッ、ワクワクワクワクとッ、熱く、この胸が――」


 パティアの父は10年前に、このネクロマンサー・ゾエの店を訪ねた。

 その情報はゾエの狂気と熱狂に押し流されそうになりましたが、極めて重要な糸口にも聞こえてくる。


「お前の心境描写もいらん! 彼についてだけでいい!」


 続きを期待して彼らのやり取りに目を向けると、ゾエがキシリールの肩に手をやりました。


「つまらん男だ……それで人生楽しいのかね、んん~? 正直に言ってみたまえ、つまらんだろう」

「余計なお世話だ狂人! うっ、うぷっ……」


 少し飲ませすぎました。

 キシリールは元のイスに駆け戻って、口を押さえて壁にもたれかかる。


「で、エドワード氏は何をあなたに注文しましたか?」

「うむ、それはな」


 ゾエはもったいぶって間をおき、わたしに目を向けて片方の腰に手を当てる。そして笑った、心底嬉しそうに。


「それは、人を生き返らせる方法だ」

「死者の蘇生ですか」


「うむ、その言い方も心惹かれる響きよ。む、どうした?」

「いえ別に……」


 なにかがおかしいです。わたしはパティアから他の家族、たとえば母親の話を聞いたことがありません。

 そもそも10年前となるとパティアは生まれてもいません。


 ならば彼は、誰を生き返らせようとしたのでしょう。

 兄弟、親ならば諦めもつきます。もし諦めがつかないものがあるとすれば、それは将来を約束した恋人、あるいその間に生まれた我が子でしょう。


「はぁ……やっと落ち着いてきた……。それで、それにお前はなんて答えたんだ……」

「もちろん! 魂になじむ肉体と、新鮮な魂が必要だと答えた! 彼は落胆していたよ、残念だが、生き返らせたい人の、新鮮な魂は持ち合わせていない、とな!」


 とにかく10年前に、エドワード氏は誰かを生き返らせようとしていた、ということになります。


「エレクトラム殿、こいつ、やっぱ狂ってるんじゃないですか……? そもそも新鮮な魂ってなんのことだか……」

「存じませんね。ですが彼女の業界では一般的な用語なのかもしれませんよ」


 ただし今も鼻息荒くして早口でまくし立てるこの女は、キシリールが言うとおり、健常と狂気の境界線を行ったり来たりしているふしがあります。


「だからわたしは言ってやったよ!」

「その話まだ続くのか……」


「そもそも同じ魂である必要があるのかね? 我が輩はネクロマンサー、復活屋ではない! 別の肉体に、別の魂が宿るから面白いのだ! そもそも魂とはなんだ、魂こそが器であり、肉体こそが魂であるとは考えられないかね!? 頭脳に残された記憶と人格こそがその人物の存在であり、魂はそれを動かすための意識に過ぎない! 肉体さえあればそれでいいではないか! 魂はどこのどいつのものであっても別に、かまわーんのだよっ!!」


 言ってる意味が半分も理解できないと、キシリールは読解を諦め、イスにぐったりしてしまいました。


 肉体に宿る記憶と人格が大切で、魂は重要ではない。

 まあ一理はありますが、それはとうていエドワードさんの望む返答ではありません。

 ゾエは世に稀にいる研究以外に目が向かない、ダメな人間でした。


 

 ●◎(ΦωΦ)◎●



その頃パティアは――


 食堂が食後の団らんに賑わっていた頃、彼女の姿は厨房にありました。

 パティアは考えたそうです。


「パティアはかんがえた……この、あまーーーいきのみに! あまーーーい、めぷーるしろぷー、をかけたらー……」


 勝手に残っていたブラッディベリーを器に盛り、その上にメープルシロップの詰まった木さじを構える。


「さらにあまーーーーくなるにっ、ちがいないぞー! いくぞぉぉー、とぉぉー!」


 一人でなにやってるんでしょうかね……。

 そんな大声出したらリックが怪しんでのぞきに来てしまいますよ。


 ともかくメープルシロップとブラッディベリーを混ぜ合わせ、パティアはそれを口へと一気に運びました。


「もぐもぐ……♪ ん~、ん、んんー……?? あれぇ……もぐもぐ……あれぇぇ……??」


 期待して食べてみたら思ったより甘くなかったそうです。

 甘いのと甘いのを一緒にすれば、足し算で甘くなると思い込んでいたようでした。


 メープルシロップの甘さに負けて、ブラッディベリーはただ酸っぱいだけ。

 パティアはこの世の真実に首を傾げ、結局もったいないから全部腹に収めたそうです。


「だめだ……べつべつがいい……。うしおねーたんの、おっぱいは、とおい……」


 間違っていないような気もしないでもありませんが、一応訂正しましょう。

 パティア、それを言うなら背中です。


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