18-15 ネコは真面目な正騎士様とキャバクラに行くそうです - マダムの慧眼 -
部屋は落ち着いた趣味のものでした。
黒の牛皮のソファーは豪華でしたが、他は金こそかかっているものの簡素でした。
木材の多い質実剛健とした部屋で、わたしたちは酒ではなく紅茶を振る舞われます。
「護衛はあなただけでいいわ、下がって」
「危険では……?」
少し気になりました。黒服のリーダーが客の前でマダムに口答えをしたのですから。
「いいのよ、私が殺されたら組織は騎士団の弱みを握ったも同然よ。組織が栄えることになるわ」
「冗談が過ぎます、マダム!」
どうも彼、ただの護衛という感じではありません。マダムとの信頼関係が結ばれていました。
しかしわたしたちとしては、話をさっさと進めて、そろそろゾエの元に戻りたいところです。
いえ言い直しましょう、わたしは早く里に帰りたい。
「子供みたいなだだをこねないで。それに騎士というのは私たちとそう変わらないわ。しがらみに縛られ、自由が利かないお仕事なの。誰もが憧れる正義の騎士様なんて、この世のどこにもいないのよ」
「お説教は止めて下さいマダム。わかりました、下がらせます。おい……」
マダムの腹心とおぼしき男が命じると、彼を残して護衛が部屋を出て行きました。
これまで以上に強い警戒心を彼がわたしたちに、いえわたしに向ける結果となりましたが。
「お待たせしちゃってごめんなさいね。それでは、お話を聞かせていただけるかしら」
向かいのソファーにマダムが腰掛けると、その後ろに腹心の男が陣取りました。
飽きもせずまだわたしを睨んでいます。さらにその口から出た言葉がこれでした。
「その前にフードを下ろせ」
「止めなさい失礼よ。それにきっとそちらの方は、フードを下ろしたくても下ろせないの。火傷と聞いたけど――いいえ、それは嘘ね」
対してマダムはやさしい声色を使いました。
なるほどさすがはマフィアの女ボスです。賢く、それ以上に鋭い。
「エレクトラムさん……」
「大丈夫です」
いくら相手が犯罪組織の長とはいえ、姿を見られるのは少しばかしまずい。
けれど姿も見せずに情報を売ってくれてと言っても、応じてくれるかどうかで言えば難しい。
「ここで起きたことは誰にも言わないわ。後ろの子は私の息子よ。私を裏切ったり、秘密を漏らすこともないわ」
事実だと彼はわたしにうなづく。キシリールには目もくれません。
さてどうしましょう、軽くだけフードに手をかけました。
「フフ……そんなに気になりますか、この中身が」
「そうよ、でもそんなの当たり前じゃないかしら。あの変態男に一杯食わせた男の素顔よ? 次期国王の結婚式から、花嫁を盗んだ貴公子様の正体を、知りたくない人なんてこの国にはいないわ」
わたしとしたことがあわや図星の顔をさらしかけました。どうやらこの組織をあなどっていたようです。
知己を得て、金で情報を買う関係を築くだけのつもりが、痛いところを突かれてしまっている。
いいえ証拠はどこにも残していません。これは状況から推理しただけ、それを根拠にカマをかけられているだけのはず。
「え……」
おやキシリール、司祭から聞かされていなかったんですか。
そうですよ、わたしがレゥム大聖堂に現れた花嫁泥棒の正体ですよ。恩人シスター・クークルスは、絶対にあの変態には渡せませんでした。
「私の推理はどうかしら、素敵なお爺さん」
「ほ、本当なのか……? あなたが、あのサラサールの花嫁を……っ!?」
わたしは注目の的でした。
あの息子さんの方まで、これまでの硬化した態度をあらためて、口元をニヒルに歪ませる。
「フフフ……素晴らしい情報網、そして分析力をお持ちのようで。マダム、そんなあなたならば、わたしの質問に答えてくれるかもしれません」
「待て、それは認めるってことなのかっ?!」
「落ち着いて、真っ直ぐな騎士さん。それに彼がしたことは、正しいことだと私は思うわ。事のてん末を聞いたときは、私もつい笑ってしまったもの。ざまぁ見ろだなんて下品な言葉、使ったのは何年ぶりだったかしらね」
息子もそれに賛同してか、わたしに向けてまゆを上げて見せました。
キシリール、あなたは頭を抱えるのが趣味なのですか? ま、常識人はそっとしておきましょう。
「それはそれは、それほどまでにお喜びいただけるとは、わたしも光栄ですよマダム」
「じゃあ、アレは貴方なのね……?」
「ご想像にお任せします。わたしの名はエレクトラム・ベル、しかしそれは新しい名前でして、古い名ではこう呼ばれていました。魔王の僕、絶対に死なない猫、ベレトートルートと」
情報を引き出すためです。わたしはフードを下ろして彼らに白いネコヒトの姿を見せました。
さすがに息子の方は驚いたようでしたが、マダムは楽しそうにわたしの姿に目を丸くして笑うばかりでした。
「あらかわいいお客様、魔族である貴方がわざわざうちの店に来て下さるなんて光栄ね。それで、何が知りたいのかしら?」
「おや、なぜ情報が目当てだと思うのです」
「それは簡単なことだわ。悪巧みをするなら、そちらの騎士様は連れて来ない方が良のではないかしら。なら、他の売り物は情報くらいね」
「おおなるほど、貴方には恐れ入ります。エレクトラムさん、花嫁泥棒の件は、後でしっかり説明してくれよ……」
驚きの連続に彼は机に向かって前のめりになりました。
それから紅茶をすすって、堅物の頭を整理することにしたようでした。
「わたしも降参です。ではお聞きします、エドワード・パティントンという名の研究者について、あるいは彼の属していた組織、またはパトロンについて知りませんか。魔王を復活させる研究をしている連中がもしいたら、そいつらについてもです」
代価として、あの日手に入れたレアをテーブルの中央に置きました。
邪精霊と融合したスカルサーペンから手に入れた、青い宝珠です。これならば報酬に足りるかと思います。
マダムはそれに手を伸ばしてのぞき込む。
それから後ろの息子のポケットに、その青の宝珠を入れてしまいました。気に入ったということでしょう。
「ごめんなさい、そのエドワードさんについては知らないわ。ですけど魔王復活をもくろむ組織となると、1つだけ覚えがあるの」
「お聞きしましょう」
「この世界には、聖堂のやり方に反感を持つ人間もいるでしょう? 聖堂の象徴である神様を悪にして、悪魔や邪神を本当の神とするような人たちが」
平たく言ってしまえば悪魔崇拝というやつでした。
悪魔崇拝は宗教の腐敗から生まれます。
聖堂から理不尽を突きつけられた者は、天上の善悪をひっくり返したこの異端思想に、いともあっさりと染まるのです。
「だけどそういう人たちって迫害されるのよ」
「人間を滅ぼしかけた邪神を崇めるなんて、わたしから見れば愚かとしか言いようがないと思いますがね。しかし、その連中がなんなのですか?」
異端思想はどこにでも存在しているものです。
歴史の中でも多くの集団が魔王を復活させようとしましたが、それは事実上不可能な願いでした。
魔王という存在はもう世界に誕生しない。それが魔界側の結論です。
「長い迫害の歴史の果てに、人間の体に悪魔を降霊ろすことに成功した、そう聞いたわ」
「……悪魔?」
敬虔な騎士キシリールが顔を上げました。
「邪神と同じ、肉体を持たぬ精神体です。デーモン種の語原でもあります」
「お詳しいのね。もし魔王復活に一番近い勢力があるとすれば、きっとそいつらよ」
「そんな、悪魔を身に宿すなんて……。聖堂は知っているのですか……?」
悪魔に肉体を与えるなど、何て愚かなことをするのでしょう。彼らは人間を救う存在ではありません。
それに魔王様の肉体だからこそ、邪神の憑依に耐えられた。憑依された人間が無事で済むかどうか……。
「聖堂本部以外は詳しく知らないと思いますわ。前司祭ならともかく、ホルルトさんは穏健な方、蒼化病患者の迫害にも反対していた者に、上が教えるとは思えないわ」
「そういうことですか。わたしを信じて教えて下さりありがとうございます。明確な情報ではありませんが、収穫になりましたよ」
このことはキシリールからホルルト司祭に伝えてもらうことにしましょう。
考えるまでもなく愚の骨頂です。どう転んでも、世界に破滅をまき散らす結果にしかならない。
もし魔族が知れば研究を奪い取ろうとし、仮にニュクスの元にその技術が伝われば――あの哀れな男は、魔王の代わりを作り出し、邪神にその肉体を与えて人間を絶滅させるでしょう。
「そう、だけどあの綺麗な珠の代金には、とうてい足りないかしら。また次に会うときまでに調べておいてあげるわ、プレゼントも、あなたも気に入ったわ、素敵なお爺さん」
「フフフ、夜逃げ屋タルトにあなたとの関係を知られたら、大きな雷が落ちるでしょうね」
「ちょっ、エレクトラム殿っ、そこはバラさなくてもいいのでは?!」
わたしはマダムに気に入られたようです。
そこでタルトと知り合いであることを自己申告しました。
もし彼女との関係を今ではない別のタイミングで知れば、マダムはわたしに失望するかもしれません。
「そうあの子ともお知り合いなのね」
「ええ、人の巡り合わせというのは不思議なもので。マダム、あなたとの出会いも含めてです」
ところがマダムも、その息子も悪感情をわたしに見せませんでした。
それどころか顔を曇らせる。
「タルト、かわいそうな子よ……。ただの女の子だったのに、父親の残したしがらみに縛られて……。誰か彼女を真剣に愛して、役目から解放してくれる殿方はいないものかしら」
「我々は彼女の父と対立していた。だが、その1人娘まで恨むほど堕ちていない。ま、よくある話だ」
彼らは当時ただの女の子だったらタルトに、罪悪感をいだいていました。
事情は知りませんが過去に色々とあったのでしょう。
「マダム、わたしは1人だけ可能性のある男を知っていますよ」
「あら、そうなの……? 私の夫が、彼女の人生を壊したようなものよ。幸せになってほしいわ……。そうだわ、なら言づてをお願い。タルトを幸せにしてやってと、その殿方に」
そういえばこの場にキシリールがいることを忘れていました。
タルトからバーニィという情報に行き着く可能性もありますが、まあそうなってもわたしは困りませんしいいですか。
「ええそれはかまいませんが……しかしですね、若い子が好きな女ったらしでして。わたしには家庭を持つ姿がとても想像できません」
するとどうしたことでしょう、マダムがテーブルに身を乗り出してわたしを見る。
それからささやき声でこう言うのでした。
「それが男よ、うちの旦那もそうだったの。私がいるのに若い子にばかり手を出して、もう……今だからこそ言えることよ、もう殺してやろうかと思ったわ……っ」
「母さん、そこまでにしてくれ。客人の前でそれは恥ずかしい、親父の亡霊にでも聞かれたらことだ」
男は若い女が好き。例外もありますが、それは時がいくら流れようとも変わらない真理です。
こればかりは本能なのでどうにもなりませんでした。
「うふふ、ごめんなさい。思えばこの出会いは、あなたのわずらわしい話のおかげね。打ち切りにするだしにしてみたら、こんな素敵なお爺さんたちと友達になれた。長生きはするものね」
最後に謎も1つ解けました。だから最初に、息子さんはわたしを睨んでばかりいたのです。
こうしてわたしはレゥム西側と周辺地域に縄張りを持つ暗部、その長にあたるマダムと繋がりを持つようになりました。
彼らとホルルト氏が動いてくれる以上、これ以上は必要ありません。
ゾエの錬金工房に戻ってひょうはく剤を受け取り、持てる範囲のおみやげを持って、寂しがりのパティアのもとに帰りましょう。
歓楽街のチンピラにでも手当たり次第に、眠気を押し着せて、明日の昼前までにわたしは何としても里に帰るのです。




