18-14 ネコは蛇の道に歩いて蛇に会う
足早に工房の軒先からも離れて、わたしとキシリールはぼんやりと街角を眺めていました。
レゥムの歓楽街は夕方を迎えたことで、開店準備に慌ただしい。
ひょうはく剤は2時間待ち、パティアの父エドワードの足跡はどこにもなし。
調味料その他を買い込む予定でもありましたが、ここは歓楽街です。
「ええっと、どうしましょう。早めの夕飯でも食べますか?」
「ふむ、夕飯ですか」
夕飯、その言葉一つで気づく。リックの美味しい晩御飯が恋しくなっていることにです。
あの食堂でみんなで食べて、わいわいとその日あった小さな出来事を語り合う。
そこでわたしは楽器を奏で、昔話をして、子供たちとはしゃぐパティアの笑顔を遠くから眺めるのです。
早く用事を済ませて里に帰りたい自分がそこにいました。
「だって情報を集めようにも糸口も何もないんですよ? そもそもそのエドワードさんって、どこの出身なんですか?」
「存じません。追われてあちこちを渡り歩いていた、くらいしか」
見れば奥の長屋から、きらびやかなドレスを着込んだ娘が出てきました。
わたしたちの姿に不信の目線を向けて、遠回りに避けていきます。
「それじゃ見つかりませんよ、どれだけ広いと思ってるんですかこの世界。あ、すみません、つい……言い過ぎました」
「わたし、東の果てまでは行きましたよ。最後の砦まで追いつめたんですけどね、人間を」
「ははは、またまたご冗談を」
「ええ、全てが冗談なら良かったですよ」
エドワードさんの足取りについては、来る前にパティアにも聞きました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「パティア、一つ質問があります」
「なんだー、ねこたーん?」
「あなた昔はどこに住んでいたのですか」
「んーー……あのねー、ちっちゃかったからー、わかんない……」
「どこにも長くとどまっていなかったと?」
「うーうん、パティアどっかにいたなー。でもねー、むかしすぎておぼえてない……。ぅぅ……ねこたん……なんか、むね、いたい……」
そこでわたしは愚かにも、彼女におとーたんとの古い生活を思い出させてしまいました。
心細さにパティアはわたしにしがみつき、お気に入りのねこたんの毛皮で、心の傷と隙間を埋め合わせてゆくしかなかった。
パティアの父親は殺されたのです、復讐という決着も付いていません。幸せな思い出は苦痛となってあの子を苦しめていたのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
「とにかくどこかの店に入りませんか? だって貴方ここじゃお尋ね者なんですよ……」
キシリールの言葉がわたしを現実に引き戻しました。
そうやってソワソワしていると、逆に怪しまれる面もあると思います。堂々としましょう。
「いいえ花嫁泥棒は仮面のフード男です、わたしじゃありません。ま、そのおかげで顔を隠せなくなって困っていますがね」
「例の術は使っていないんですか?」
おかげで下ばかり見て歩くことになっています。これでは猫背になってしまいますよ。
「あなたがいますからね」
「はぁっ、なら聞かなきゃ良かった……」
うつむきながら歓楽街の町並みを眺めました。
店に入るといったって、まだ開いている店は見たところ……ん、店に、入る……?
「それですキシリール、いいことを思いつきました」
「え、まさかまた、裸になれとか言わないでしょうね……?」
「ああそんなこともありましたね。おやまさか、まだあのこと根に持ってるんですか?」
「当然じゃないですか! 父から騎士に継いで以来、あんな辱めは初めてですよ!」
それは悪いことをしました。慰めに彼の背中を軽く叩いておきました。
大丈夫、彼は理性ある騎士です。あれが最良の選択であることを理解してはいるのです。
「フフフ、すみません、わたし花嫁を盗んだ悪い魔族ですから。ではなくてですね、ヤクザの経営する店に入りましょう、と言ってるだけでして」
「はい……?」
己の聞き間違いであることを彼は願いました。
ですけど言い直さないわたしの態度に、少しずつ顔色が青白くなってゆく。
「あの、今度は何をするつもりなんですか……? 無茶は困りますよ、司祭に怒られてしまいます……!」
「あなた国に仕える騎士でしょう、いつから彼の犬に成り下がったんですか」
「そんなの言葉のあやですよ! 任された身として顔が立たないって言ってるんです! そもそもなんでヤクザの店なんですか!」
目立たない路地裏に移動して、キシリールがわたしを追ってくるのを待ちました。
困り顔の彼が馬と一緒にやってきましたので、説明を始めます。
「質問です、情報を持っているのは誰ですか?」
「え……情報? 何の話ですか?」
「それは国や土地を持った有力者たちです。聖堂にも信者からの口伝てで、様々なものが伝わってくるでしょう。だからホルルト司祭にわたしは接触しました」
「ああ、そういう意味ですか。ですがホルルト司祭も知らなかったんですよね……」
そこが少し不思議でした。
危険な異端宗派があれば、彼の耳に届いていてもおかしくないのです。ですが彼は知らないと言う。
「はい。魔王復活を目指す怪しい勢力ともなれば、彼らの耳に届いてしかるべきです」
「なるほど魔王復活……え、魔王復活……っ!? な、何なんですかその話、俺それ初耳なんですけど!?」
「すみません、それはまだ仮説でした。さて話を戻します、情報をくれと国や有力者にねだっても、向こうは見ず知らずの我々にはくれないでしょう。エドワード氏個人のこととなればなおさら知るわけがありません」
「ああ……俺から国や騎士団にかけ合ったところで無理だろう。どちらかというとそういうのは、ホルルト司祭の方が頼りになる。いや、ちょっと、待ってくれエレクトラム殿……」
やっと彼は意図に感づきました。
彼は騎士、それもバーニィのような下級ではない正騎士、社会の明るい部分に属している方です。
「ぐ、具体的に、どのヤクザに聞くつもりなのかな、ははは……参考までに教えてくれ……」
「もちろんレゥムの町で一番大きい組織です。彼ら社会の暗部は、金さえ出せばわたしたちにも情報を売ってくれるでしょう」
エドワード氏が属していたのは闇、社会の陰の部分です。
ならば蛇の道は蛇、悪党の話は悪党に聞くに限ります。
「確かに、危険な研究に従事していた研究者ともなれば、そちら側から探るのが正解なのか……。だがそうなると、しかし、何てことだ、はぁぁ……っ。そんなの気が重いよ……」
「外して下さってもかまいませんよ。わたしは潜入を得意としています、何のことはありません」
「無謀だ、フードの下を見られたら大騒ぎになる……。だから手伝うよ。俺だって探したい人の一人もいるしな……」
すみませんねキシリール、実はあなたのその言葉を待っていました。
わたし単独では無理があります。ですがあなたがいれば可能なのです。
「ああもしかして、例のバーニィという方ですか?」
「覚えていてくれたのかっ。そうだ、父より尊敬している、あんな立派な人が金を盗んで逃げるなんて信じられない! ハメられたんだバーニィさんは!」
その後の彼を知る身としては、薄ら笑いを浮かべずにはいられぬほどの違和感ある慕われようでした。
バーニィ・ゴライアス、彼は本当に、騎士をやっていた頃は立派な人間だったのでしょうか。無理です、とても想像がつきませんよ……。
してそのバーニィに、以前このキシリールの居場所を教えてしまっていいかと、聞いたことがありました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「言うな」
「どうしてですか? 会いたがっているようですよ、とても心配しています」
「ダメだ絶対言うな」
「だからどうしてですか、理由を言って下さい」
言うなの一点張りで引き出すのに苦労しましたよ。
「わかった、言うから言うな」
「はい、今回はそれで手を打ちましょう」
彼は少し憂いを浮かべたのちに、暖炉に歩み寄ってメギドフレイムの白炎を眺めて言いました。
「俺はキシリールに尊敬されている。だが俺はそんなご立派な人間じゃない。そもそもよ、騎士やってるのが嫌になって、地位も役目も何もかも捨てて金持って逃げたとか、そんな姿アイツに見せられねぇだろ……」
受け止め方は人それぞれですが、まあそれも一理あるかと思いました。
キシリールという若き騎士にとって、バーニィ・ゴライアスは理想の先輩騎士であった方がいいのかもしれません。
●◎(ΦωΦ)◎●
「そのバーニィさんですが……きっといつか見つかりますよ」
「そうだろうか……はは、不思議と貴方に言われるとそんな気がしてくる。会ったらお礼が言いたい、あなたを見習って、こんなに立派になれたと」
言われて困り果てる姿が目に浮かびます。
こういった誠実な態度は、彼の温度に合わないでしょう。
「では行きましょうか、ヤクザが経営する店に」
「ぁぁ……気が重いけど行くしかないか……」
「はい、蛇の道は蛇、蛇を知りたければ蛇を知るしかないのです」
バーニィは嫌なようですが、キシリールと引き合わせたらさぞや面白いことになるだろうなと、意地悪なわたしは悪い妄想を膨らませずにはいられませんでした。




