18-12 イヌはネコの手も借りたい - ネコ以外の手は要らない -
「別にかまわねぇよ……その野郎は、あの猫野郎の相棒だろ、聞かせといて損はねぇ……」
「ありがとよ男爵さん、で、実際の勝ち目は?」
「最初から分かり切ってるだろ、あの猫野郎が加わったところで、勝ち目なんか1つもねぇ! 風前の灯火だ! 籠城もあと何日もつか……」
だから慌ててここに来たというのか。
オレからするとそこまでする必要があったのか、そこがわからない。
「だがアガレスは、古きを重んじる男だ。公爵の命までは取らない。近くにいたオレが知る限り、どちらかというと、公爵の家柄を、利用しようとするだろう……」
負けたところで正統派の軍門に下るだけだ。
同じ魔界貴族の身として男爵が危ぶむ気持ちはわかるが、そこまでの大事には聞こえない。
「グルル……俺もそう思ってた、だから黙ってた。だがよ、商売のつてで正統派の幹部連中から聞いちまったんだ。もはや魔貴族は不要、反乱を起こすような不穏分子は処刑する、ってな」
「そんなバカな!」
激高するオレと違って、バニーは事の重大さを理解していなかった。
彼だけいつもの調子で、余裕しゃくしゃくと顎を撫でている。人間からすれば他人事か……。
「だから、エレクトラムなんだべか」
「にゃぁ、そういうことだにゃ。大先輩のあの力があれば、正統派の包囲を受けるお城から、公爵様を救い出せるにゃ」
「だが、この場に、いやがらねぇ……猫くせぇ体臭を嗅ぐのを覚悟して、ここまで来てやったっていうのによ、あの野郎が!」
教官は不在、城の陥落は間近か……。
こうなったら他にない。オレはみんなに背中を向けて歩き出した。
「おいおいちょい待ちリックちゃん、どこいくんだよっ?!」
「教官の代わりに、オレが行く」
公爵を殺せば魔界に混乱の種を撒くようなものだ。
魔族たちは妥協の上で三魔将に従っているだけ、翻意を煽ればろくなことにならない。
「無理だべ! これはエレクトラムじゃなきゃ、できねぇ仕事だべよぉっ?!」
「ホーリックスさん、意外と熱い女だにゃぁ。けど、止めといた方がいいにゃ……」
なぜなら三魔将という存在はどれも矛盾しているからだ。
殺戮派のニュクスは戦争と死を招き、正統派は魔王の後継者を騙って魔界での権力拡大ばかりを狙う。
その中でも穏健派が最も矛盾している。
人間と和平も結ばず、敵対もせず、敵から目を背けて引きこもっている。
彼ら魔将は武力と恐怖で、力ある者に従う魔族を束ねているだけだ。
「勘違いするな……てめぇには頼んでねぇ。止めときな……」
「だがオレの古巣がしたことだ、止める義務がある」
後ろに向けた目線を戻して、オレはまた歩き出した。あの十字槍を取りに行こう。
ところがオレの道を阻むやつが現れた。わざわざオレを追い越して、わざとらしく自分の剣に手をかけるやつだ。
「どいてくれ、バニー」
「おう、そりゃお断りだ。行きたきゃ俺をはっ倒してからにしな」
口振りだけはいつもの調子だった。
だけど違う。あの鋭いナイトソードをオレに向けて抜いた。
オレたちは戦士だ、情より身体が反応して間合いを取る。
気づけばバーニィに自分のロングソードを向けていた……。
「お、おいっ2人ともやめるべっ!」
「にゃははははっ、面白そうな展開にゃぁぁ……♪」
クレイは無視だ、正面のバニーだけをオレは睨む。
誰の道を阻んでいるか、わからせるためにだ。
「らしくないぞ、バニー。そういうのがイヤになって、お前は、ここに来たんじゃなかったのか」
「違いねぇ。俺ぁもう、安っぽい正義に尽くすのはこりごりだ」
「ならどけ! オレはお前と違う、オレはその安っぽい正義を貫く!」
オレは正統派の斬り込み隊長、バニーたちに死神と畏れられる存在だ。
なのにどうしてオレに剣を向ける、そこがわからない。
「いいやダメだね、行かせねぇ。お前さんはこの里の料理長にして、俺の仕事を助ける優秀な木こりだ。もう魔軍のことなんて忘れちまえよ」
「何をわかった口を……勝手なことを言うな!」
「それがわかるんだよ。お前さんと一緒に生活してきたからな……」
魔軍にいた頃のオレはもっと研ぎ澄まされていた。
なのにこの里に来て勘が鈍った、ここは平穏すぎる。取り戻せるようなら取り戻したいとずっと思っていた。
オレには戦場が必要なのかもしれない……。
「話が通じないならば、そこをまかり通るしかないな……。バニー、もう一度だけ言う、そこをどけ!」
「美人に斬られるなら本望だ。パティアが大泣きするだろうがな……」
パティアの名前を出されて、剣を握る腕が力を失いかけた。
確かにそうだ、バニーは斬れない。斬らずに叩き伏せるしかない。
そんなオレたちの意地の張り合いに、男爵が深いため息を吐いた。
「このバカ野郎どもが……こうなる気がしたぜ、ケッ、余計なことしちまった気分だ……。おい眺めてねぇでどうにかしろ、仲間だろてめぇら!」
「いえいえ、ここはウサギさんに花を譲りますにゃ」
「バーニィとおいらじゃ、二人がかりでもリックさんには勝てねぇべ」
矛盾している。そう言いながらもジョグのヤツがバニーに肩を並べた。
ウォーハンマーは持ち合わせていなかったので、素手を構えてだ。
「リックちゃん、ネコヒトのやつなら俺と同じことをするはずだぜ。お前さんが里を出て行くとか言い出したら、力ずくでも止める。そうしなきゃ俺は相棒に嫌われちまう。それに俺たちはよ、もう外では生きられねぇ、なら止めるに決まってるだろ」
オレは濡れ衣を着せられた。もう外では生きられない、それは間違っていない。
現状において、この土地以外にオレが生きられる場所はない。
だが引きこもっているだけでは、正義は果たせない。力を持つ者としてそれが不満だ……。
「ケッ、臭ぇこと言う野郎だぜ……だが俺のママンもそう言うに違いねぇ……。ママンは言ってたよ、いいかい坊や、友達は大丈夫にしなきゃだめよ、ママンも昔はスゴかったんだから、うふふ♪ てなぁ」
「にゃぁ、それはなかなか、想像力をかき立てられる迷言ですにゃ」
毎度毎度、男爵閣下の話は途中までは良いが、最終的によくわからなくなる……。
何だか一人だけ真剣に燃え上がっていたのが、バカらしくもなってきた。
剣を下げて、バニーよりも先にさやに戻した。昔のオレならあり得ないことだった。
「すごいべ男爵様のママさん……リックさんを止めたべ」
「へっ、ママンのお話はためになるからな……。ああ、ミルクが無性に飲みたくなってきたぜ……」
「そりゃ来年まで待ってくんな、放牧を始めようかと思ってるんだ。ただどうやって、牛をモンスターどもから守るかって課題がだな」
バニーも元のスケベに戻った。オレの胸を見ながら言っていたから背中を向けた。
本当にスケベだ、いいヤツだけど、スケベだ……。
「すまん、熱くなっていた。オレが行っても、どうにもならない。かえって状況を、悪化させる……」
「いいってことよ、リックちゃんがいなくなると里がたち行かないって打算もあったからなっ」
慰めに振り返ると、バニーは顔にではなくやはり胸に向かって言っていた。
そんなに見られると、さすがに、恥ずかしい……それに子供たちの教育に良くない。
「アレが戻ってきたら至急救出に向かわせろ、それまで説得の手段を考えとけ。もしいつものつまんねぇヘリクツを言い出したら、こう言え。これからもヘンリー・グスタフと取引がしたいなら新公爵をここに連れてこい! てめぇが魔王に仕えた忠臣なら、家臣としての誇りを俺たちに見せてみろッ、以上ッ!!」
教官、どうか早く戻ってきてくれ……。
教官はこの介入を嫌がるかもしれないが、オレたちはあの少年を助けたい。
リード・アルマド、彼はまだ15にもなっていないはずだ。
オレは彼にこの里を見せてやりたい。
違う生き方も出来るのだと教えてやりたい。
「おいおい、行かせねぇって言ってるだろリックちゃん、どこ行くんだよ?」
「違う、厨房に戻る。それが教官がオレに望まれた、オレの生き方だ。バニーだけ晩飯抜きでもいいぞ」
「そりゃねぇよリックちゃ~ん、なら話は終わりだ行ってくれ。男爵さんよ、ラブレーに会いに行こう、アンタに会いたがってる」
バニーの切り替えの早さを見習おう。
厨房に戻って、鍋を見ながら教官を説得する方法を詰めるんだ。
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
ところでこの話には続きがありました。
バーニィが親切にもラブレーの元へと男爵を連れて行こうとしたのですが、その道中のことです。
「ちょ、ちょい待ち! どこいくんだよ男爵さんよっ?!」
「気が変わった、先にご挨拶してぇ方がいる……」
さっきから城内を歩きながら、キョロキョロと挙動不審に周囲を男爵が見回していたそうでした。
それがバーニィの誘導から離れ、別の方向に歩き出したのです。
「ご挨拶つったって誰にだよ」
「バカ抜かせッ、何のためにはるばる来たと思ってやがる、察しやがれ!」
「いやおたくよ、例のアルマドだっけか、公爵の息子を助けたくて来たんじゃなかったっけ……」
「人の揚げ足を取るようなバカは首だッ! ラブレーなんか後でいいからっ、パティアさんのところに案内しやがれ!!」
ラブ公がかわいそうだった。
そうバーニィがおやさしい言葉を後で吐き出していました。
それもしょうがないのですよ。
男爵はパティアにぞっこんですので……。
「さっき外で陶器をこねてたような気がするな。落ち着きのねぇガキだからまだいるかはわからんぜ? それよりラブ公なら……」
「ラブレーは後だっつってんだろがっ、早くしがやれ! いいかてめぇっ、俺はよぉっ、早くパティアさんに会いてぇんだッッ!!」
「ああ、そうかい……」
バーニィは男爵を連れていきました。パティアのいるはずの外へ。
記憶通りの場所に、手を粘土でどろんこにしたパティアがいました。
「あっ、ぶるたんだー!」
「くぅぅぅんっ、会いたかったっ、会いたかったですぅっ、パァァ~ティアすワァァーンッッ!!」
腹を出して、どろんこの手でモフられても大喜びで舌を出すおっさんづらのイヌヒト。
それを見てバーニィは思ったそうでした。
「誰コイツ……」
つい口に出してしまった言葉も、パティアと男爵の耳に届くことはありませんでした。




