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2-5 2000万ガルドを盗んだ男

 貧しい下級騎士生活が嫌になってパナギウム王家の宝物庫に忍び込み、そこにあった金塊もろもろを盗んだ。

 ところがすぐにそれがバレてしまい、宝を隠して魔界との境界線にあたるここギガスラインに逃げてきた。


 この場所には住居、水、獲物のいる森がある。今は戦略的価値も無く、よって人間も魔族もまず姿を現さない。逃亡者にとって理想的な環境だ。


「頼む、ほとぼりが冷める間だけでもいい。どうか俺をここに置いてくれ!」


 それがバーニィ・ゴライアスの言い分――いえ要求でした。


「つまるところ犯罪者じゃないですか」

「はい言うと思ったね! あ~~だから言いたくなかったんだよっ、聞いたのはそっちだろ!」


 1人でヘソを曲げられても困ります。

 なんと申しますか癖の強い男です。武勇は立派でしたけど、犯罪者をかくまうのはどうでしょう。


「ばにーたん、きしかー。きし、かっこいいな!」

「いいえそれは違いますよパティア。今のこのおじさんは、ただの泥棒野郎です」

「何だよ、そりゃないだろネコヒトよぉ!」


 馴れ馴れしい……。


「れっきとした事実ではないですか……。それに、わたしの名前はエレクトラム・ベルです。れっきとした、偽名ですがそうお呼び下さい」


 悪党でなければ好意的にわたしは受け止めたはずです。

 少なくとも清濁あわせ呑んで妥協することは、本来は中立を好むわたしからすれば可能なことでした。

 ところが今わたしの隣には、パティアがいるのです。


「とにかく頼む、ここに俺を置いてくれ。頼むよネコヒトのエレクトラムさんよ!」

「泥棒とこの子を一緒に生活させろと? あまり悪い影響を与えられると困ります、切実に」


 バーニィはこの程度の返答でへこたれるほど繊細な男ではないようです。

 押せばどうにかなると妙な勘違いを起こしている。わたし知ってます、この手合いはしつこいです……。


「じゃあ俺の勝手でここに住み着かせてもらう! 許可はいつでも大歓迎だ!」

「これはまた、勝手で強引で、厚かましい人ですね……」


 ただしこの熱意と行動力と話術は、味方にすると便利な人材でした。

 ただ1つの難点、金を盗んで逃げた悪党にしてお尋ね者であるという部分にさえ目をつぶれば。


「もー、しょうがないなー、おとなはー。ここは、パティアにまかせろ」


 するとパティアが見るに見かねてバーニィの前にかけていった。

 まゆをへの字にして、国の金を盗んだしかたない大人を見上げている。


「なんと、この状況で仕切り始めますかパティアさん」

「そうそう、大人ってのしょうがねぇのよ。いやぁ~、お嬢ちゃんはやさしくてかわいいねぇ……」


「バニーたん、いくつだ? パティアはなー、8さいだ」

「おう、俺は41だ。さすがに騎士続けるのも大変な歳になってな、おっさん止めちゃった」


 人間の世界では知りませんが、41なんてわたしから見ればまだまだまだ若造です。

 ……仕事を辞めたくなる気持ちはこの上なくよくわかりますが。


「33さい、はなれてるな」

「へぇっ、計算が上手だねぇパティアちゃ~ん!」


「でもなー、ねこたんとはー、300くらいはなれてるんだぞー」

「そりゃ、とんでもねぇな……。ははぁ、どうりで勝てねぇわけだ、アンタ爺さんだったのか」

「はい、お爺ちゃんは粋がるハナタレ坊主を、ボロのエペであしらうのにとても苦労しました。次はフェアな勝負をお願いします」


 ところでパティア、何だか世間話とか自己紹介の方向性になっている気がするのですけど、どうするのですかこれ……。

 話してみるとバーニィは面白い。困ったことに好感を持てる男でした。


「バニーたん、おまえ、ここにいていいぞー」

「おおっマジかよ!?」


 味方が増えておっさん騎士は年がいもなく嬉しそうに素直な笑顔をみせました。

 続いてパティアが今度はわたしの前に駆け寄り、祈るように両手を胸で組んで、お願いねこたんの態度を示す。


「たのむ……ねこたん。バニーたんはなー、いくところがない。それなー、パティアもおなじだ。バニーたんは、さびしい。さびしいのは、かわいそうだ。でもなー、みんないっしょなら、みんなさびしくないんだぞ……?」


 彼の境遇にパティアが同情した。

 まだ小さいのに自分と彼を重ねてみて、わたしに助けてやってほしいと願った。

 それはとても良い兆候です。わたしがこの願いをもし拒めば、その幼い心が理想とは逆方向に歪む。


「ああ認めるよ、確かに俺は寂しい。全部捨てて逃げてきたんだ、寂しくないわけがねぇ……、お先真っ暗だった、どうやってこの先を生きればいいのかわからず、森をさまよってた……」

「バニーたん……。おお、よしよし、パティアがいっしょに、いてやるぞー。おしごと、いやになったって、おとーたんも、よくいってた。パティアは、わかるぞー」


 バーニィは鋭いやつです、ねこたんと、おとーたんという2つの言葉から少なからぬものを察しただろう。

 しかしそれは今の彼にとって重要ではなかった。

 騎士だった者が地に膝を突き、わたしを真摯に見上げる。


「頼む、マジで行くあてない。必ず役に立つからここに置いてくれ。……ハハハ、これがよぉ、国王どころか騎士団までガチギレしててよぉ~、俺、人の世界にはもういられねぇんだわ」

「パティアからも、たのむ、ねこたん!」


 パティアもバーニィの真似をして膝を突いた。

 困ります。あなたはそんなことをしなくていいと、パティアの手を引きわたしの隣に抱き寄せた。


「なら参考に聞きますが、バーニィ・ゴライアスさん、あなた――いくら盗んだんです?」

「う……っ、そこ聞くかよっ?!」


「ええ、額は重要です。犯罪者の格付けという意味でも、所在が発覚したときの追っ手の規模という現実面でも」


 どうもそれも言い難い部分らしい。

 41のいい歳したおっさんが湖の方を眺めて短い現実逃避に入った。

 この反応……いったいいくら盗んだというのですか……。


「じゃあ正直に言うからよ、素直に信じると約束しろよ?」

「もったいぶらずさっさと吐きなさい」


「わかったよ……。金塊をその、まあ、あれだ。延べ棒をな、ざっと、10本ぽっきり……」


 バーニィ・ゴライアスは開き直ったのか立ち上がる。

 美しい湖がそれほどまでに気に入ったのか、清らかなそれを見つめながら言った。


「2000万ガルドほど……な。盗んだわ」

「バカですかあなた」


 その愚か者にわたしは淡々と言い放った。呆れ果てた男です。


「ホントだって言ってんだろ!? 素直に信じろよなネコヒトよーっ!?」

「おかねのはなしは、むつかしいな……まんって、なんだろ……」


 万、それは庶民とはほぼ縁のない言葉です。

 それが2000万ガルドとなれば、人生を5周は働かずに遊んで暮らせる額でした。

 この男、どうやってそれだけの金を盗み出したのやら……。


「違います。そんな莫大な金額を盗んだら、一生追っ手に怯えて生きるはめになります。だから、バカですかあなたは、と言ったのです」

「ああそういうことな。エレクトラムよ、人間ってのはよ、意外と後先考えねぇもんなんだ」


 ただ者じゃありません。計画的に犯行に及ばなければ到底この額は盗めない。

 長く生きてますが、この域のバカは世に希です。


「しょうがねぇだろ、騎士の位を投げ捨ててでも、俺は2000万ガルドの退職金が欲しかったんだよ!」 

「気持ちはわかりますけど普通は妄想に止めるものでしょう。それを実行してしまうんだなんて、はぁっ、バカな人ですね……」


 わたしは折れることにした。

 彼は魔界の穏健派からすれば、ただの揉め事の種です。

 魔界側に亡命でもされたら、身柄と隠した金塊を渡す渡さないの大論争と大政争になる。

 ここで行方不明になっていただいた方が、ずっとマシってことです。


「わたしは沢山の睡眠が必要な古い生き物です。そこでわたしが眠っている間、パティアの面倒を見てくれるというなら行動を共にしましょう」

「おお、おおっ、ねこたん……そこまで、かんがえてたか! えへへ、バニーたんいるならー、さびしくないなー」


 パティアは嬉しそうです。

 わたしも彼女の奔放さに困り果てていたので、バーニィという保護者が増えるのは正直に言えば安心する。


「魔族のわたしとばかりとせっしていたら、価値観が人の世界の常識とずれていってしまうでしょうからね。頼めますね、バーニィ・ゴライアス?」

「もちろんだ! ああ良かった、これで命が繋がりそうだ……感謝するぜネコヒト!」


「調子の良い男ですね、41ならもう少し落ち着きを持ったらどうですか。ああただしですね、この子に悪い影響を与えたら許しませんよ。おかしなことをしたら、覚悟してもらいますからね」

「パティアのことか? だいじょうぶだ、バニーたん、いいやつだ」


 少女のブロンドをやさしく撫でて、わたしはうなづいておきました。

 それを済ますと、冗談ではなく重要なところなのだとバーニィを鋭く睨む。


「勘違いしないでくれ、俺はそんな悪党じゃない」

「2000万ガルドを盗んだ男が今さら何を言ってるんですか……ああ、寝言ですか」


「俺はこれでもガキの頃は大工の家に生まれたんだぜ。狩りから雑用、それと約30年ぶりの大工仕事でいいなら受け持つ。年齢相応の経験ってものがあるんだわ」


 聞いてもいないのにバーニィが自己アピールを始めました。

 下級騎士で生まれの家は大工、少しばかし特殊な経歴です。


「大工ですか。……スキルレベルは?」

「木工1だ。ま、まあ木こりスキルならば2あるぞ?」

「おお……バニーたん、だいくさんだったのかー! ひとは、みかけによらないなー!」


 パティアの尊敬の眼差しに、41のおっさんが得意げに腕を組んでいた。

 もうすっかり本人も木工職人をやるつもりでいるようです。


「もう下っ端騎士だなんて儲からないくせにヤベェ仕事なんぞやってらんねぇぜ。俺は決めたっ、ここで大工になって悠々自適に新しい人生を生きてやるんだ」

「Lv1、ようやくスタートラインに立った職人の弟子レベルといったところですかね」


 ちなみにLv2になれば一人前、Lv3になれば一流です。

 ただ単にスキルを持っているだけですごい。この認識で間違ってません。


「才能があって発展途上と言ってくれよ、才能がなければスキルを入手するだけでも一苦労、ってのが常識だろ」

「そんな6歳の子供ですら知っていることを言われましても」


 しかしわたしは認めます、バーニィ・ゴライアスは悪党ですが、魅力的な人材であることを。

 武勇と口の巧さがあり、どういうからくりかは知りませんがパティアの魔法を耐え抜き、おまけに木工職人も出来るという。

 2000万ガルドを盗む悪知恵と度胸もある。こんなの求人かけても見つかるものじゃない。


「う……パティアは、しらなかったぞ……8さいなのに」

「あなたは特別ですからね」


「とくべつ……パティアは、ねこたんの、とくべつか。むへぇぇ……♪」

「おうおう、仲がよろしいねぇ、へぇー……」


 バーニィの含みのある笑いをしっかりと無視しておきましょう。

 きっとエドワード・パティントンは、意図して娘に教えていなかった。

 彼女の中に眠る才能は、だからこそわたしと出会うまで磨かれていなかったのです。


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