表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
157/443

18-9 どんな頑固者も旅路の前には口も緩むというもので - ひょうはく -

・(ΦωΦ)


 昨晩――


 フルートを2、3曲奏でて食堂を出たところ、シスター・クークルスが廊下先の仕立て部屋よりふらりと現れました。

 どうやら皆との食事後の語らいを早々に切り上げて、飽きもせず仕立て仕事を進めていたようでした。


「あの~、猫さんにお願いがあるのですけど……」

「お願いですか。では先にわたしの頼みを聞いていただけますか?」


「はい~、でしたら交換条件ですね♪」

「それは良かった。ならば今すぐ作業の手を止めて休んで下さい、あなたは働きすぎです」


 困った人です。なぜこんなに働くのが好きなのでしょう、ネコヒトのわたしには理解しかねます。


「あら、そうきちゃいましたか」

「あなたに身体を壊されても困りますからね。あなたが倒れたら、誰が薬師役をするのです、仕事を欲張りすぎですよ」


「ふふ~、猫さんに心配してもらっちゃいました♪ でしたら今日はそういうことにして休みますね」

「いえ、あの……シスター・クークルス? わたしの話ちゃんと聞いていましたか……?」


 彼女はしらばっくれました。

 ついでに言うなら服装にも文句があります。いまだに自分の分の冬着を後回しにして、動きにくい修道服姿のままなんですからこの人……。


「はい、もちろん聞いてましたよ~」

「本当ですかね……?」


「それより私のお願いも聞いて下さい。明日レゥムに行かれるなら、漂白剤(・・・)の手配をお願いできませんでしょうか?」


 いつものように両手をそろえて、廊下の暗闇の中で緑髪シスターが柔和に微笑みました。

 ひょうはく剤? あまり聞き慣れない言葉でした。


「ひょう……すみません、もう一度言っていただけますか?」

「漂白剤をお願いします」


 ひょうはく。はて、どこかで聞いたことがないこともない。


「実はパティアちゃんのコートは白猫をイメージしていましてー、毛皮を白く脱色するのにそれが必要なんです」

「ああ、染料の一種ですか」


「はい、もう他の材料は用意してあるんです。あとは漂白剤を使って、ふわふわの毛皮から色を抜けば、白猫のコートになるんです」


 なるほど、よくわかりませんがそういうことですか。

 ブロンドで活発なあの子に似合うか似合わないかで言えば、絶対に似合うとわたしは断言しましょう。


「うふふ、喜ぶ姿が目に浮かんじゃいますか~?」

「シスター、あまり人の心を読まないで下さい。……ああそれでその、ひょう、はく、剤とやらはどこで手に入りますか?」


「はい、そうですね~。こういう素材は、錬金術師さんのお店を訪ねるといいかと思います」

「錬金術師ですか。なるほどそれは一石二鳥かもしれません」


「あらそうなんですか?」

「ええ、別件ですがね、おかげで意外な切り口をいただけたかもしれません。必ず手配してきますよ。ひょう、はく、剤を」


 錬金術師ならば何か知っているかもしれません。

 パティアの父、ナコトの書を持ちこの地に現れた、エドワード・パティントンについて。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 現在――


 朝食は作り置きした黒パンと、カブと薫製肉のスープでした。

 この黒くて硬いパンをふわふわに変える。それも今回の遠征の目的です。

 タルトは古巣に帰るために、わたしは複数の目的のために、ここ城門前広場にて皆に見送られることになりました。


「あばよ、タルト。次来る時はネコヒトの護衛を付けろよ」

「いい加減聞き飽きたよ! ああリセリ、男どもには気を付けるんだよ、あたいに秘密で良からぬこと考えてるみたいだからね!」


 すみませんねタルト、その良からぬ陰謀の発起人は、まさかのわたしだったりするのです。

 リセリはもう大人です。あまり過保護にするのもどうかと思います。いえ、ですがこれ、あまりわたしが言えたセリフではないかもしれませんね……。


「う、うん……気をつけるから、お姉ちゃんも気を付けてね……」

「あたいは平気さ! アンタの花嫁姿を見るまで死ねないからね!」


「なら、がんばるよ……お姉ちゃん」


 春から始まるジョグとの新生活に、リセリは決意を新たにしたようです。

 その意気ですリセリ。奥手なジョグのハートをあなたが自らの手でつかむのです。

 別れを惜しむタルトを置いて、わたしは一足先に東へ歩き出しました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 魔界辺境の暗い森を東に進む。

 護衛対象である赤毛のタルトを背中において、ネコヒトの耳を立てて周囲をうかがいながら。


 当然といえば当然ですがこれは二人旅です。

 そうなるとわたしが斥候として先行するのはただの悪手でして、タルトという民間人を危険にさらすだけでした。


「正直言ってあたいはアンタが頼もしいよ。男衆ども引き連れて進んだ行きの旅より、あたいはアンタ1人に安心を覚えてるよ」

「それはいささかわたしを買いかぶり過ぎているかと。ですが光栄ですよタルト」


 警戒は怠りませんでしたが、のんびりと森を歩いていきました。

 なにせ長い道のりですので。


「しかしよく道に迷いませんでしたね。いえ、その行きの旅の話で」


 というのも魔界の森には無数の獣道がある。

 これはモンスターが生み出すと言っても過言ではないものです。

 彼らの足が草木を踏み倒し、旺盛な生命力を持つ森に新しい道を作るのです。


 つまり逆に言えば、それは道に見えるだけで厳密な意味での道ではないので、ときに人を惑わす。


「そりゃ迷ったさ。けど方角はわかってたからね、意外と何とかなるもんさ。はっ、バーニィのやつは年上づらで怒ってたけどねぇ」

「ええ、来ていただけたことには感謝します。ですがバーニィに賛成しましょう、それはあまり賢明な判断ではなかったかと」


 あるいはこの前のヤドリギ・ウーズの群れのようなものが、草木を食い尽くして平坦な道を造ることもあります。

 それは歩きやすいのですけど、とても危険な道です。彼らに追いつくことは仲間入りを意味するのですから。


「それはあたいらが決めることさ、アンタたちの指図は受けないよ」

「あなたが死ぬとリセリが悲しみますよ、きっと自分のせいだと気に病むでしょうね。ああ、それがきっかけで悪い男に引っかかるかもしれません」


 ちらりと後ろを振り返ると、タルトは一理あると難しい顔をしていました。

 わたしに顔色を盗み見られたことに気づくなり、それも消してしまいましたが。


「う……それは、そうかもしれないけどさ……。ああ、だけどそれよりすまないね、わざわざ送り迎えしてもらっちゃってさ」

「おや話をそらしましたか」


「ただ話を切り替えただけさ。それともあたいに感謝されるのは迷惑かい?」

「いえいえ、これはレゥムに向かうついででもありますので、お気になさらず」


 わたしの動向がタルトは気になるようです。

 好奇心にかられてか、白いネコヒトの隣にかけてきました。


「なんだい、また花嫁でもさらうのかい?」

「フフフッ、そんなこともありましたね。クークルスを奪われ怒り狂うサラサール王子の顔は、今でも忘れられませんよ」


 あれがもうじき国王になるだなんて、パナギウムの連中には同情です。

 魔界穏健派と付き合うくらいの底知れなさはありますがね、統治者としては最低の部類かと。


「あたいは遠慮するよ、顔も見たくない……。アンタにあの話(・・・)を聞かされて以来、名前を聞いただけで鳥肌が立つよ……!」

「同感です」


「で、今度は何をしでかすつもりだいネコヒト・エレクトラム」

「はい、本当は里でのんびりしていたいのですが、あちらでの用事があれこれと増えていってしまいまして」


「買い出しかい」

「ええそんなところですね」


 冬はもうすぐそこに迫っています。

 積雪が始まれば外部との行き来ができなくなるでしょう。

 その前に薬や調味料などの物資を、多めに持ち帰っておきたいところでした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ