18-8 Sweet on you 甘き樹に集え - 猫 -
昨晩は肝を何度も冷やされたものです。
パティアの父エドワード氏への疑念など山ほど浮かびましたが、情報が足りない今は考えるだけムダというものでした。
安眠と共に日付をまたぎ、今日も隠れ里ニャニッシュのためにわたしは野山を駆け回る。
気づけば太陽が魔界の暗雲に飲み込まれかけて、紅い陽射しが夕過ぎを告げていました。
食料を目当てとした狩りは昼までにして、今は町で売れる薬草類の収集に力を入れています。
場所は隠れ里を包む結界の外側、金目の物を探しながら、運良く換金価値の高いレアモンスターにからまれたらそれはそれでラッキー、売り物が増えるというものでした。
もしわたしの天敵がいるとすれば、それはトロルどもです。こちらの攻撃力が敵の回復力に追いつかないため、これと遭遇したら逃げるしかありません。
それとこの辺りではあまり見かけませんが、石や鉄の肉体を持つはぐれゴーレムなどもレイピアでは刃が通りません。
「おや……フフ、今日のわたしはついていますね。出立前に良い商材と出会えそうです」
その日は運良くもレアと遭遇できました。
水の邪精霊と、スカルサーペントと呼ばれる蛇のアンデッドが霊的に融合した珍しい個体でした。
「ではいきなり反則技ですみませんが、アンチグラビティ」
高圧の水流と水弾をアンチグラビティの敏捷力でかいくぐる。
どんなに強い力を持っていても当てる技量がなければ意味がない。
それが獣とわたしたちの違いです。高度な知能がもたらす判断力が命中率と回避率を生み、戦術的に敵を追いつめてゆくことができるのです。
スカルサーペントはわたしに肉薄されました。白骨化したその肉のない身体を守るために、高密度の水の盾を生み出したようです。
そんなものムダです。細いレイピアだからこそ生み出せる貫通力でそれを破り、その奥のスカルサーペントの脊椎をピンポイントに破壊します。
「フフフ……あの子のメギドフレイムのようにはいきませんが、あなたには十分でしょう」
わたしが嫌いなメタルスケルトンと違い、スカルサーペントは骨ごときです。
炎で巻いてやれば水分を失い、しいては強度をも失う。
炎に巻かれた骨の蛇は、レイピアの前に脆くも砕け散りました。
こうしてレアは実体を失い灰となり、その堆積物の中に青い宝珠を残してくれました。
「あの子と出会ってからというものの、わたしはついていますね。これはなかなか……希少価値もありそうです」
強い水属性の力を持った宝珠でした。
輝く水底のような青色が、角度を変えるたびに向こう側の世界を丸く歪ませる。
これならソーサラーや杖職人、あるいは好事家が高値で買ってくれるはずです。
「ソレ、ヨコセ。キレイ……」
「嫌ですよ」
ところがそこに招かれざる三下が現れる。
横取りを狙おうとする大柄なヤツ、さしてレアでもないホブゴブリンがわたしの前に立ちはだかっていました。
が、もうじき暗くなってしまいます。そうしたらパティアがわたしのふかふかを恋しがるでしょう。
「マテ、オイテケ。イカシテ、ヤルカラ、ソレ、オイテ」
「そうやって身のほどをわきまえないから狩りが成り立つ。お断りです、ウェポンスティール」
「ナンデ?! オ、オッオレノ、ケン、ガ、ア、アアアアアアッッ?!!」
邪魔者を排除し、ついでに大きな蛮刀を手に入れました。
多少物騒ですが、術を発動したまま持ち帰ることにしましょう。
一応金属ですし、加工すれば何かに使えなくもない。
しばらく何も考えずに結界の内側を目指して歩きました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ところがわたしの足が止まっていました。
どこかで見覚えがあるような、ここでは少し珍しい木を見つけたのです。
もしやと思い、さっきの蛮刀を操作して樹木に斜めの傷を入れてみました。
冬を前にして栄養を蓄えた木から、じわじわと樹液が滴りだす。
「これは……これはあの子たちが喜びそうではないですか」
良い物を見つけました。
それは甘い果糖の出る珍しいカエデで、樹液はメープルシロップの名で呼ばれています。
粘度の高い、それはもう驚くほど甘い汁がネコヒトの指先をベタベタにしてくれました。
●◎(ΦωΦ)◎●
もちろんその果糖を持ち帰りました。
容器を持ち合わせておりませんで、大きな柏の葉と葉の間に樹液をはさんでまずは少量を運びました。
「あらあら、たくさん集めて来ましたね~。お疲れさまですネコさん」
「冬が来てしまいますからね、少し気合いを入れました。ではすみませんがいつものように……」
「はい、私にお任せ下さい♪ コート作りの方も、おかげさまで余裕で冬本番に間に合うみたいです」
古城グラングラムに戻ると、シスター・クークルスに薬草を見せて選別を任せ、リックのいる厨房に向かうことにしました。
あまり量を採ってこなかったので、クークルスにはメープルシロップのことは秘密にすることにしましょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
厨房に入るとそこに牛魔族リックとジア、パティアの姿がありました。
「あっ、ねこたんおかえりーっ! お、スンスン……なんか、いいにおいする……」
「犬ですかあなたは」
わたしに駆け寄るなり、パティアは鼻をふがふがさせてわたしの毛並みに埋めました。
これを犬と呼ばずになんと呼べばいいのでしょう。
毛皮に顔をうずめたまま、純真な瞳がわたしをまっすぐに見上げています。
「言われてみれば確かに、甘い匂いがするな」
「え、2人とも鼻良すぎない? んー……でも言われてみれば、そうかも」
ジアまでわたしを取り囲みました。
もったいぶる必要もありませんし、そこで柏の葉をそれぞれに差し出します。
彼女らの顔つきがものの一瞬で喜びに変わりました。
「これは、メープルシロップかっ!?」
「フフフッ、ご名答です。実にあなたらしくもない興奮のされようですね」
「あまっ、あまい! ねこたんたいへんだ、これ、あまっあまっ、あまいっ、しゅごくあまいっ!」
特にパティアの反応が顕著です。
何の警戒心もなく葉の間にはさまれた甘い粘液に舌を押し付け、端っこまでキレイに舐め取っていきました。
ああそんな舐め方したら、顔と手がベッタベタになりますよ……。
「ほんとだ、あまーい!! なにこれっ、カールにもちょっと分け……てやらなくてもいいかっ、エレクトラムさんすごいよこれ! 甘い!」
ジアも結局全部1人で食べてしまいました。
リックはお上品にも少し指で取って口に運んだだけです。まだ残っているメープルシロップを狙って、パティアとジアが牛魔族の手元を凝視しております。
「それは良かった。ですがそれしかありませんので、皆さんには内緒でお願いしますね」
「ねこたん! パティアっパティアそれっ、じぶんでとってくる! ばしょ、ばしょおしえて、はやく、ばしょぉぉーっ!」
「あっ、私もパティアについてっちゃダメかな、いいよねっ!?」
パティアはいつだって食いしん坊です。ですが今回は今まで以上に顔付きが必死でした。
これは完全に甘味の魔性に取り憑かれています。甘さに飢えて正気を失いかけていました。
「結界の外側です、ダメに決まってるでしょう」
「いや、メープルシロップは調味料として有用だ。オレが面倒を見よう」
「やったー、うしおねーたんっ、おっぱいでかい!」
「な、何言ってるっ、胸は関係ないだろう!」
ですけど翌日わたしはタルトを護送しつつレゥムに向かう予定です。
リックがいれば大丈夫かもしれませんがね、そこには保険をかけたいところでもあります。
しかし今日すぐというのはただちに却下しておきましょう。
「では明日、出立する前に場所を教えますので、木に詳しいバーニィを連れて行くといいでしょう」
「え……そんな、きょうじゃないのかー……? しょうきかねこたんっ、こんなにおいしいのに、あさまで、がまんするのかパティアは……し、しんじられないことだー!」
だって場所を話すと、あなた勝手に夜中抜け出すじゃないですか。
「教官、ならオレが……!」
リックまで一緒になって今すぐ行くと言い出しましたが、わたしは取り合いませんでした。
甘味、味覚の一要素に過ぎぬというのに恐るべき魔力です。女子供はどうしてこんなものに、そこまで必死になるのでしょうね。




