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18-7 真実の一端 パティアと魔王の腕輪 - 星を持つ女 -

 最初からここに来ていれば良かったのです。

 封鎖したはずのあの部屋から光が漏れていました。

 それは油や薪がもたらす赤い光ではなく白い光、おそらくは照明魔法ライトによるものです。


 それがわたしのいる真っ暗闇の廊下をうっすらと照らしておりました。

 そこで中の者に気づかれないよう忍び足で扉に寄ってそれを押し開くと、煌々(こうこう)とした明かりにネコヒトの瞳孔が小さく萎むことになります。


 ほどなくして目が明るさに慣れると、わたしはやっと部屋の隅にパティアの姿を見つけることができました。

 ああ無事で良かった……。


「何をしているのです」


 そう深く安堵する己を御しました。

 今回ばかりは厳しく、厳しく接しないといけません。

 おや……ですがよくよく考えれば、もし迷宮を下ったのならばこの場ではなく、城門前広場のモニュメントから現れるはずではないでしょうか。


「ねこたん……。んん、なんかー、なんかね……ゆめ、みたんだー」

「夢……? 意味がよくわかりませんが、参考に聞きましょう、その夢はいつ見たのですか?」


「ごはんのまえ」

「ああ、どうりで寝床が暖かかったわけですね」


 そこでパティアの様子がおかしいことに、わたしは遅まきに気づくことになりました。

 いつもなら『ねこたんふかふかあったかだった』とでも言い足すところでしょう。


 ところがパティアの口数は少なく、ぼんやりとしたその横顔からしても、まだ寝ぼけているかのように見えます。


「言い訳の続きを聞きましょう。それで?」

「うん。そしたらなー、やさしそうなおねえちゃん、でてきてね……、それでー、ここ、ずっとな、ゆびでね、さしてたんだー」


 どうもおかしい……。わたしは新しいレイピアの方に手をかけ、それとなく周囲をもう一度うかがう。

 まさか夢魔か何かがこの里へと入り込み、眠れるパティアの精神に入り込んだのではないか。


 だとしたら許せる話ではありません。この子はこの歳にして、父親が殺されるという悪夢を体験しました。

 それを掘り返そうとする者があるならば、死をもって償わせます。


「どしたー、ねこたん?」

「いいえ、何でもありませんよ」


 わたしとパティア、それ以外の気配はない。

 逃げられたか、それとも最初から夢魔など存在していないのか……。

 ここに気配がない以上、レイピアから手を放すことにしました。


「あっ、それでねー、そのおねえちゃんねー、しゃべらなかった」

「それはそれは、おかしな夢でしたね」


「うんっ。でもー、なんとなくなー、パティアには、わかったんだー。ここほれわんっわ-んっ! っていってた!」


 ですが敵はその隙を狙っていたのか、背後より小さな物音がネコヒトの鋭敏な耳に届く。

 ただちにレイピアを抜きながら身を返し、気配のある方角を鋭く突く。


「ミッミギャァァァーッッ?!!」

「なんだあなたですか……驚かさないで下さい」


 ところがそこにいたのはあのクレイ、危うくわたしは同族を刺し殺す寸前でした。

 クレイの首筋をかすめた業物を、わたしは腰のあるべき場所に戻します。


「あ~、コゲニャンだー! ねこたんあぶないぞー。コゲニャン、ねこたんのなかまなんだからなー、やさしく、やさしくしないとダメなんだよー?」

「今ッ、こ、殺されかけたにゃ……ッ! 気になって後を付けただけなのにっ、酷いにゃぁ!」


 後を付けただけ、とは勝手な言いぐさです。

 どうせ機に乗じてわたしたちを探ろうとしたんじゃないですか、あなた。


「何が気になった、ですか。だったら最初からわたしと肩を並べて歩くべきでしょう」

「えー、パティアはね、コゲニャンのきもち、わかるぞー。ねこたんをー、とおくからみるの、パティアもだいすきだ。みてるだけで、しあわせ」


 これですよ。これだから厳しくなり切れないのです。

 ですがクレイの場合は、商売の種を探してわたしを付けていただけかと思いますよ。


「わかりますにゃ、良いご趣味してますにゃぁ♪ あっ、そうそう、それよりパティアお嬢様、その夢に現れた女性は、どんなお姿だったかにゃぁ~?」

「おおー……きいてくれるかコゲニャン! あのねー、ゆめのおねえちゃんねー! むぐぅー!?」


 クレイにいらぬ情報を渡したくありません。

 パティアの背後に回り込み、彼女の大好きな肉球で口をふさぎました。

 よっぽどしゃべりたいのかバタバタと暴れています。


「その前に質問の意図を聞きましょう。なぜそんなことを聞くのですか」

「ただの好奇心にゃ。それにその子、パティアお嬢様は、ただ者ではないにゃ……」

「ぷはーっ。へへへー、そうでしょそうでしょー、パティアは、てんさいなのだー! パティアのちからでね、みんなを、パティアがまもる!」


 お見事です。パティアは川魚よりもヌルッとわたしの手を滑り抜け、逆に後ろから白いネコヒトの腰に抱きつきました。


「ローゼンラインを焼き払う、大先輩はあのときミゴーさんにそう警告したにゃ……。その子が答えだにゃ、にゃーはパティアお嬢さんに、好奇心を抱かずにはいられないにゃぁっ!」

「ではわたしが代わりに答えましょう、あなたが知る必要はありません。それによく言うでしょう、好奇心はネコを殺すと」


 腰に戻していたレイピアをそっと撫でて、わたしはこの厄介者を冷たく睨む。

 これだから里に入れたくなかったのです。


「大丈夫、にゃーは外には出られないにゃ、どんな人だったか教えてほしいにゃ」

「あ、こらパティア!」


 パティアがわたしの背中から飛び出して、よりにもよってクレイの後ろに回ってしまいました。

 ゴワゴワの彼の毛並みにしがみついて、無邪気にもパティアは口を開きます。


「あのねー、まっくろ! まっくろな、かみのねー、きれいなおねえさんだったんだよー!」

「みゃぁー、教えていただき光栄ですにゃ。それでそれで……?」


「それとね、おどろくなー、コゲニャン。め、よくみるとね、おほしさまがみえたんだー。パティアがあと、あとー、10ねんおねえちゃんだったら、あれ、ほっとかないなー……」


 漆黒の髪を持った、目に星を持った美人。

 それがパティアの夢に立ち、枯れ井戸の部屋で地面を指さしていた……。


「にゃぁ……どうされましたか、大先輩。よっぽど怖いことがあったのかにゃ、震えてる(・・・・)ようですにゃ……」


 わたしはそこに魔王様の腕輪を隠した。

 誰にもその現場を見られなかったはずです。なのになぜ、そこに腕輪があることを夢に現れた者は知っていたのか。


「わたし、は、震えてなど、いませんよ……」

「にゃぁ~? 少なくとも、大きなショックを受けてるように見えるにゃぁ……」


 レイピアに手をかけたまま、わたしは抑えきれない震えを堪えながら立ち尽くした。

 頭に安易な仮説が浮かび、何度も何度もそれを否定した。


「どうしたねこたん……パティア、もしかして、いっちゃいけないこと、いったか……? ごめんね……ごめんねねこたん……パティアいい子にするから、きらいに、ならないで……」


 ところがその思考のループも、芯よりくる身体の震えも、娘に正面から抱きつかれると簡単に止まっていました。


「嫌いになるわけありませんよ……わたしはいつだって、あなたに救われているらしいのです」


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