18-7 真実の一端 パティアと魔王の腕輪 - 鷹の王 -
翌日の晩、わたしは食堂であの説話集を読み聞かせていました。
メギドフレイムの暖炉の前で、青い肌の子供たちに取り囲まれ、今も続きをせがまれています。
不思議と悪い気分ではありませんでした。
今晩の話は、鷹の王と少年の物語でした。
「こうして巨大な鷹と出会った少年は、己の家に彼を連れていきました。外の世界では他の狩人に殺されてしまうからです」
こういった仕事はクークルスが適任でした。
ですけどね、この本は人間の文字では書かれていません。
「やがて月日が経ち、翼の傷が癒えると鷹の王は少年に感謝し、遠い空に旅立っていきました。必ず恩を返しに戻ってくると、鷹に憧れる少年と約束して」
また古い本です。古い言い回しがところどころに散見されるため、それを意訳して伝える必要がありました。
話が佳境に入ると、子供たちどころか、リックとバーニィ、クークルス、あのクレイまで口を閉ざして聞き入っている。
先に読んでしまいましたけれど、それは不思議と人を惹きつける力を持った物語でした。
「鷹は帰ってきました。ですが少年と共に過ごした小屋には、少年ではなく、その姉が待っていました」
恩を返しに大鷹が帰った頃には、少年は戦争で亡くなっていました。
鷹は嘆き悲しみ、少年の墓にたどり着くと……。そこで約束を果たしました。
「少年の魂は墓より現れ白鷹となり、鷹の王と共に鳥の国へと旅立っていきました。……鷹の王と少年、終わり」
悲しい話です。小さい子には刺激が強かったのか、涙ぐむ女の子もいました。
今日のお話はこれでおしまいだと、わたしはただの楽士だった頃のように仰々しいお辞儀で閉めました。
いえ、ですけど、女の子……?
え、待って下さい、わたしの娘は今どこに……!?
「ぅぅぅ……すごく、良い話でした。私感動しました、は、鼻水が、ずるるるっ、ぅ、ぅぅ……」
「おうおう、良い大人が鼻水たれ流して泣くんじゃねぇよ、仮にもお前さんシスターだろ……」
「ちょ、ちょっと待ってくれシスターっ、ぼ、ボクの服で鼻水を、あああああーっっ?!」
いない……パティアの姿が食堂にありません……!
ラブレー少年はここにいます、つまり娘の居場所は彼の小屋でもない!
シスター・クークルスが鼻水を流そうと、バーニィを無視して騎士アルスのそでで鼻水を拭おうと、今は全部どうでもいい。
「どうした教官……?」
「パティアがいません」
その一言でリックの顔色が変わりました。
バーニィもあの悪ガキめ、とでも言いたそうに腰に手を当てて食堂を見回す。居ませんよ。
「あらほんと……うふふー、困った子ね~」
「おいおいあの小娘、また夜遊びかよ……」
「見たところ、しろぴよくんの姿もないようだな。2人で散歩としゃれ込んでいるのではないかな?」
うちの娘の場合、その散歩先がモンスターの出没する森の中となりかねないのが、わたしの頭痛の種でした……。
「すみません、この中にパティアを見た人はいませんか? 見ての通りいないんですよ」
探そうにも行き先の特定が最優先でした。
そこで竪琴を鳴らしつつ注目を集め声を上げて、消えたパティアの目撃者を探しました。すると……。
「それなら……さっき一緒に、トイレ行ってくれたよ、パティア……」
パティアより小さい年少の女の子が手を上げる。
偉いですよパティア、夜中に姿さえくらませなければ。
「その後、どこに行ったかわかりますか?」
「そういえば、ちょっと変だった……。ここまで送ってくれたけど、その後、城の奥の方に行っちゃった……」
「城の奧か、なら外に出たわけじゃない、良かった……」
「ふふふ~、いつもみたいにそのうち戻ってくると思いますよ。あ、もしかして、ピッコロさんに会いに行ったのではないでしょうか」
その可能性はありました。
この方角は城壁の崩落部でも、いまだ一度も開かれることのない錆び付いた城門側でもありません。
この先にあるものと言えば、倉庫や厩舎、あとは……。
「おい、ネコヒト……まさかとは思う、だがよ……」
「はい、最悪の可能性を想定するとそうなりますね」
あの迷宮へと繋がる枯れ井戸の部屋。
まさかとは思いますが、たった1人で迷宮を下っていたりしないでしょうね……。
「すみませんが念のため、ちょっと見てきます」
「なら俺も行くか?」
「いえ、それではわたしたち両方があの子を疑ったことになります。困った娘をすぐに連れ戻してきますよ」
わたしは賑やかで温かい食堂を出ました。
扉をくぐると部屋の外は肌寒く、それにわたしには何でもありませんでしたが明かりもなく暗い。
もし勝手に迷宮を下っていたら、今回ばかりはわたしも許しません。厳しいお仕置きを下そうと心に決めました。
●◎(ΦωΦ)◎●
どの倉庫にもパティアの姿はありませんでした。
幸いかそれとも不幸か、盗み食いを働いているわけではなかったようです。
そこで奥の厩舎に向かいました。たどり着くと小さな名馬ピッコロさんが麦わらを敷物にして、気持ちよさそうに眠っています。
わたしの娘はそこにもいませんでした。
「おや起こしてしまいましたか、すみませんね」
ピッコロさんがわたしに気づき立ち上がりました。
嬉しそうにいなないてくれましたので、彼の首筋をやさしく撫でて用件を述べることにします。
「ピッコロさん、1つ質問があります。パティアを見ませんでしたか?」
「ブルル……」
首が静かに横へと振られました。
そうですか、来ていませんか……これは困りました。
「全く……。父親なら夜遊びをもっと厳しく叱るべきなのでしょうね。この地では必要だからといって、いささかたくましく育てすぎた、わたしが悪かったんでしょうか……」
夜の闇を恐れない、森も恐れない、モンスターも恐れずむしろ逆に狩ろうとする。野生化以外の何物でもありません……。
あきれ果てるわたしを、ピッコロさんは身を擦り付けて慰めてくれます。馬というのはつくづく美しい動物でした。
「すみませんね、起こした上に慰めていただいたようで。それでは行きます、最後にして最悪の可能性を確かめに」
残るは封鎖したあの枯れ井戸。迷宮を隠れて利用するために、今はその気になればあの子でも進入できるように封鎖が甘くなっています。
まさかとは思いますが本当に、たった1人で迷宮を下っちゃいませんよね、パティア……。




