18-6 黒パンと後払いの嘘
先日、石工のダンが石臼を完成させました。
完成が予定より後にずれ込んだのは、無口で不器用な彼なりのこだわりがあったようです。
「ごめんエレクトラム、お、遅くなった。でも石臼、どうしても、試すと、硬い小石混じる……。それ、子供たちの歯に、良くないから、石探しから、また作り直した……」
彼にしては饒舌な言い訳でした。
●◎(ΦωΦ)◎●
こうして今日、昼食を求めて食堂にやってきたわたしたちの前に、待望のパンが待っていました。
これを食べたらネコヒトはネコヒトらしく、怠惰に昼寝でもしましょうか。
「すまん教官、思い通りにならなかった」
「はて、それは何の話です?」
みんな久々のパン、しかも香ばしいできたての香りに喜んでいました。
配膳が終わるとすぐに食事が始まり、皆バーニィが作った長い机の上で昼食をがっつく。
今日の昼は魚粉と塩で味付けした山菜汁と、バーニィが加工した薫製肉が少々、それとリック手作りの黒パンでした。
「子供らががんばって、製粉してくれた小麦粉をパンにしてみた……。わかっていたが膨らまない、硬いパンになってしまってすまない……」
リックと向かい合って野菜入りの山菜汁をすすりました。
ああ、この魚粉による出汁を楽しめるだけで、わたし何の不満もありません……。
むしろ具抜きでも良いくらいです。湯に味わい深い魚粉が溶けていて、あとは猫舌にやさしければ何だって。
「教官、聞いているか……?」
「ああすみません、あなたの山菜汁に夢中でした。しかしよくわかりませんね、何が不満なんですか?」
「子供には、このパンは硬い」
「なら周りを見て下さい、みんな黒パンで満足なようですよ。食べ方もよく心得ているようです」
硬いパンを汁に漬けたり、誰も彼も慣れた様子で久々のパンを喜んでいました。
リックが槍だけではなく、調理に対してもプロ意識を持ち始めた。と考えれば、これも良い傾向だと思いましょう。
「パン焼き釜が未完成ですし、酵母もありませんしね。むしろそんな状態でよくやったものです」
「そうなんだ、パン酵母が欲しい。それさえあれば、もっとふっくらした物を食べてもらえる。教官、どうにか手配できないか……?」
「フフ……あなたの情熱は伝わりましたよ。ですがそれは口を動かしながらにしましょう、せっかくのスープが冷えてしまいます」
製粉した小麦は食べ応えがありました。
酵母で膨張させていないのでそれは硬く小さいパンです。それとダンは努力しましたが、石臼から生じる砂が少々混じっています。
「変だっただろうか。こんなことに、魔軍のホーリックスが、こだわるなんて……」
「いえむしろ自然なことかと。ふむ、やはりパンの方があっちより良いですね」
野菜やキノコと混ぜただけのオートミールは慣れると味気ないです。
そこに乳を加えればまた違いますが、そんな物この里にはありません。
牧畜を始めるほどのゆとりもまだありませんしね。
「そうか……。もし次に町に行くときは、忘れないでくれ教官、酵母があればもっと美味しい。オレは、みんなの笑顔が見たい」
「はい、お任せを。その姿勢は料理人としてとても正しい姿ですよ、尊い動機かと」
「そ、そんなんじゃない……教官に言われると、気恥ずかしいよ……」
小麦は生きる上で活動エネルギーになるだけではなく、血肉となる栄養も豊富な優れた作物です。
今も周りを見れば、子供たちが黒パンを硬いなりに喜んでがっついています。
「ありがとうホーリックスさん、ダンおじさん! カビてないパンなんて、もう何年ぶりだろ……」
「美味い美味い! てかすげぇよなダンっ、なんかどんくさく見えるけど、石工としては超一流じゃん!」
「カール! 年上に失礼な言い方しちゃダメって言ってるでしょ!」
「うっせーっ、俺はダンを尊敬して言ったんだよ!」
想像がつきます。
隔離病棟では製粉されていない麦か、石のように硬いカビパンくらいしか届かなかったのでしょう。
「お、俺のことで、ケンカしないで……」
「ありがとなっ、ダン!」
「カールっ、アンタはいつになったら敬語を覚えるのよ!」
石工のダンは謙虚でひかえめな人です。
大声におっかなびっくりとしたり、ただやさしそうに笑うだけで、それ以上は目立たないようにと食事に集中していました。
「硬い、やはりどうにかしたい……」
「リック、まだ言ってるんですか。フフ……いいんじゃないですか、この硬さならナイフにだって流用できますよ」
それは意地悪な冗談のつもりだったのです。けれどリックの耳にはまるで届かず、生真面目な顔つきのままただ深く考え込む始末でした。
ちなみに、パンが凶器となった事件は魔界でも少なくありません。
「俺は貧乏大工時代を思い出すわ……この硬さと、たまに混じる砂粒が懐かしい。別に硬くたっていいじゃねぇかホーリックスちゃん」
「そうだぞー。それにパティアなー、しろいぱん、たべたことないしなー。はい、しろぴよのぶん」
ある程度技術の発展している都市部では、白いのもそれなりのお手頃価格で手に入ります。
白いパンを食べたことがない。その情報はわたしとリックに、不憫の感情を抱かせるに十分でした。
「ピュィピュィッ♪ キュルックキュルルル……ッ♪」
「ほらー、しろぴよも、うしおねーたんのパン、おいしいって。あ、またうんちした」
しろぴよさんは食べながら糞をたれ流し、パティアは慣れたように口からパンに混じった砂粒を吐き出していました。
「おいこら、食事の席でうんちは止めろパティ公……」
「ダメかー。それじゃ、えっと、んーと……んこ?」
「言い方の問題じゃねぇっての!!」
「しょうがないでしょー、しろぴよはー、たべたらぷりってでる。そういうからだ。でもね、そこがかわいいんだよーっ!」
この子にふっくらしたパンを食べさせてあげたい。
わたしも少しだけ、汁に漬けた黒パンをしろぴよさんに分けてさしあげました。
●◎(ΦωΦ)◎●
昼食が終わると、寝ようと決めていたわたしの前にカールとジアのコンビがやってきました。
「なあエレクトラムさん、俺たち手が空いちゃったんだけど、他に仕事とかない?」
「冬が来る前にがんばらないといけないし、カールのことは私が見張っておくからなんだって言って」
「同い年なのに保護者づらすんじゃねーよ、デカ女!」
「いちいち突っかかってこないでよ、このチビ!」
小麦を収穫した畑は休耕させています。
今から植えても、積雪によりほとんどの種が芽を出さなかったり、ダメになってしまうからです。
つまりですね、農作業をがんばろうにも今は時期が悪い。
「冬はもう目前、出来ることは既に制限されています。そうなると、春のための準備をするのが良いでしょうね」
ダンを手伝って城の補修に力を入れるというのも、冬ごもりとしては正しい。
ただ石工のダンはあの通りの人間なので、手伝いを望まないでしょう。
「そうですね……では貝を集めて下さい」
「貝か、わかった食料の採集ってことだな!」
「違います。目当ては貝殻の方でして」
「え、貝殻なんて何に使うの? 湖にそんなに大きな貝とかあったかな……」
ジアは貝殻を容器代わりにするとでも思ったのでしょう。
それも違います。食べません、道具としての利用もしません。
「すみません。あの説話集を先読みさせていただきました。そこに載っていましてね、貝殻を焼き、その灰を畑にまくと大きなスイカが生ったそうです」
それに昔、軍学校の同僚が言っていました。
ある種の灰を畑にまくと、どういうわけか豊作になりやすいと。
「よくわかんねー……。なんで貝殻の灰からスイカが生えるんだ?」
「きっと貝殻が肥料になることから生まれた逸話なのでしょう。昔話にもちゃんと生まれた理由があるのです」
学校にも通えなかった子供たちです。
理解が及ばないのか、ぼんやりとした反応でした。
ですがわたしやクークルスが教師役を受け持つようになってから、そこも少しずつ変わってきていました。
「よっし、俺にはよくわかんねぇけど、やってみればわかるってことだな!」
「ごめんね、カールも私もバカだから……。エレクトラムさんの言われたとおりにやってみるね」
2人はパティアの面倒をよく見てくれます。
わたしとしてはカールとジアが里に居てくれるだけで助かっていました。
強い力を持っているからこそ、娘には友だちが必要なのです。
「ええわたしを信じて貝を集めて下さい。それをメギドフレイムの焔で焼き、麦畑があった場所にまくのです。護衛としてパティアとラブレー少年を連れてゆくといいでしょう」
巻き貝は食べれる種類もあるものの、判別も難しく、毒をため込んだ当たりもいます。
少しもったいないかもしれませんが、身ごと焼いて砕くのが無難でした。
「あれ、エレクトラムさん寝るんじゃなかったのか?」
「何だか眠そうにしてたのに、今から出かけるの?」
「ええちょっとそこの山まで」
彼らを働かせて、わたしがここで寝るというのも不公平な気がしてきました。
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手頃なモンスターにスリープを使い、眠気を押し付けました。
ですがそう都合良くもいかないようです。モンスターが本能で生きているせいか、わたしの活動時間はさほど伸びませんでした。
それでもわずかな活動時間を使い、中型のボアをしとめて狩りから戻ると、何だか賑やかなので厨房に立ち寄ってみました。
「教官、これを見てくれ」
「お帰り、でかいボアじゃないか。アンタがいなきゃここでの生活は成り立たないね」
そこにリックとタルトのエプロン姿がありました。
それと美味しそうなムール貝も。
「これはカールとジアですか」
「ああそうだ、灰にするのは忍びなかったみたいでな、わざわざここに持ってきてくれた」
「今晩は楽しみにしなよ。あたいとリックが腕によりをかけて、美味い貝料理を作ってあげるよ」
新鮮で大きな貝でした。
これをあの白焔で焼き払うのは確かにもったいない。
「ホーリックスちゃーんっ、おみやげ持って来――なんだ、お前らもいたか」
「あたいを邪魔者扱いたぁ、良い度胸してるじゃないか、バーニィ……っ」
そこにバーニィが戻りました。
森の方に行っていたのか、カゴにタロイモと川魚を3匹入れたものを厨房に置く。
「げっ、タルトお前までいたのかよ……。お、こりゃムール貝じゃねぇか、へぇ~……この辺りでも採れるんだな」
「あたいとリックでずいぶん扱いが違うじゃないか……。気を付けなよリック、どうせコイツはアンタの胸を見に来たんだ、そういうスケベ野郎だよこの男は!」
「えッッ……?!」
なぜこの2人は顔を合わせるたびに、悪態を吐きあって周りを巻き込むのでしょうね……。
リックは胸のことを気にしています。タルトの言葉にその隠しきれない胸を抱いて、バーニィに警戒と恥じらいを向けました。
「おう、否定はしないぜ」
「なっ、なにを言ってる……っ。そこは否定しろバニーッ!」
「ほらこれだ。よーく覚えておくんだよリック、このスケベづらをね!」
ただ1つ確かなことは、仕事もしたので晩ご飯まで寝ていたい、この欲求のみです。
それに素直に従い彼らに背を向けました。
「ああちょい待ちネコヒト、報告がある。例の南側の家だが、冬の間は作業もあまりできない。そもそも冬は城にいた方がずっとあったかいからな、完成は冬明けでもいいだろう」
「ええその判断は正解でしょう。ならば今できるのは、伐採と防護柵の増設あたりでしょうか」
しかしタルトの前でその話をしますか、バーニィ。
「冬の間に他の家に使う木材も乾かしておけば一石二鳥、はははっ、春からは忙しくなるぜ、建設ラッシュといこう!」
リックは伐採を担う者として、バーニィのやる気と建設ラッシュとやらに胸を躍らせました。
ただしタルトは腕を組み、怪しむようにバーニィを睨んでいたのですけれどね。
「待ちなバーニィ……、あれは納屋だって、あたいに言ってなかったかい?」
「ああそうだったけか? いや納屋でもあるんだ、南部の素材を集積する場所が欲しかったからな」
バーニィの性格をわたしたちより知っている方です、そんな嘘1つで騙せるわけがない。
嘘なのを見破り、難癖を付けるかのようにバーニィとの距離をジリジリ詰めてゆく。
「まさかと思うけど、あたいに勝手に、よからぬことを考えていないだろうねぇ……?」
「はっはっはっ、なに言ってんだよタルト。アレにはジョグとコゲネコが住む。あの2人なら南部の見張りに最適だしな、何も悪いことは考えちゃいねぇって」
「はんっ、どうだかね……? 何かあたいに、隠してないかい? 目を見て言いな」
「しつけぇぞタルト、俺は何も悪いことは考えちゃいねぇよ」
「教官、いずれバレるのに、なぜああも平然と嘘が吐ける……バニーは、凄いな……」
「そりゃそうです。あの性格じゃなければ、2000万ガルドなんて盗もうとしませんよ」
●◎(ΦωΦ)◎●
後で必ずバレる、烈火のように怒る。ならその時になってから謝ればいい。
ジョグは良いやつだ、リセリは一途でどうもほっとけねぇ、ならめいっぱい手伝ってやろうじゃねぇか。
バーニィ・ゴライアスはしたたかにも、後でわたしにそう言い直していました。
「はい、絞め殺されても事故死で処理しておきますよ」
「はははっ、そりゃ面白ぇ冗談だ。さすがのタルトもそこまでしねぇよ、俺はアイツの兄貴みたいなもんだからな」
「タルトからすれば、リセリは妹同然、やっと地獄からはい上がれたこの状況です。タルトのあの気性の荒さもありますし、その程度で済めばマシな方では」
「い、いや……そうやって脅かすなよ……。だってジョグはいいやつだろ、タルトだって認め始めてるし……。さすがにそこまではしねぇって……しねぇよな、なっ?」
バーニィの命も春まで。春になったら必ず一悶着が起きるでしょう。
わたしは返答を自粛し、彼の肩を叩いて別れました。
どちらにしろ、タルトが知ったらなだめるのはあなたの役割です。嘘のツケをそのときにあなたが払えば万事問題ありませんよ。




