18-5 ばにーたんとタルト、ふたりもなかよし
・旧市街を捨てた大工のせがれ
どっこい、静寂はまた破られた。森の中じゃよく目立つ赤毛の女が、俺の隣に立って湖水を眺めだしたからだ。
「4日後に帰るよ。あたいとしたことが、ここののんびりした空気にあてられて、すっかり長居しちまったよ……」
「別に帰らなくてもいいだろ」
しがらみ全部捨てて、無責任なことを言いたくなるときもある。
「バカ言うんじゃないよ、なら誰が移民をここに運ぶんだよ!」
「そうだな、だがお前が帰っちまうのが少し寂しくてな、心にもないことを言ってみた」
「寂しい……。ね、寝言言ってんじゃないよっ! あたいはもうアンタの嘘には騙されないよ!」
ほんの少しだけ若い頃のタルトが見えた。
タルトとはだいぶ歳は離れていたが、そんなのとは関係無しに、旧市街で再会した当時はイイ女に育っていた。
「そうだな、この里ニャニッシュの発展にはお前さんの存在が不可欠だ。だからよ、もう2度とネコヒト抜きでここに来るだなんて、考え無しの無茶はしないでくれ」
あん時、俺はあきれたよ。肝が冷えて、それから怒りも覚えた。
無事にたどり着いてくれたことに神に感謝した。
「なんだいっ、そんなのあたいらの勝手だろっ!」
「お前っていう人材の換えは利かねぇって言ってるだけだ。覚えとけ、ギガスラインからこっち側には、桁違いにヤバい化け物も発生する。もし倒せない相手が目の前に現れたら、どうするつもりだったんだよ」
ネコヒトというガイドがいるからこそ魔界の森を渡れる。
危険な怪物や魔族の冒険者狩りと遭遇する前に察知して、迂回ルートを示してくれる。ニャニッシュの外側は安全な世界じゃない。
「ああもうっ、そんなことわかってるよ、うるさいオヤジだね! けどね、エレクトラムはそれだけのことをしてくれた! 親父さんの名誉を踏み台にして金を盗んだ、どこかの恩知らずとは違うんだよ! それにアンタだって、だった1人でここに来た口じゃないか!」
ああ、そこか。そこ突かれるとつらいわ。
だが他に逃げる世界もなかったしな。北方や東方の国々に逃げたところで、国々は外交問題を恐れて俺を保護しちゃくれなかっただろう。
「まあそうなんだが。ああ、あとよ、夜逃げ屋なんて始めたこともそうだ、俺はお前が心配で言ってるんだよ。恨みを買う商売してんだぜお前」
「はっ、口で心配して見せるだけなら誰だってできるよ!」
めんどくせぇやつ……。けど昔はこんなじゃなかった。何でこんなにスレちまったんだろうな。
大人になるっていうのは良いことばかりじゃねぇな。パティ公はこうならないで欲しいわ。
「けど……ああもうっわかったよ! 一応はあたいを心配してくれてることだけはね……。ま、ここへの行き来についてはこっちで考えておくよ」
「その頑固さ、嫁の貰い手が見つからねぇのも納得だな……。頼むから気をつけろよタルト?」
「あははっ、何だい自分は棚に上げちゃってさ、独身のおっさんには言われたくないね!」
「んなっ……?! あー、いやま、それもそうだったな……」
「そうだよ」
言い訳をするならばそれは俺の立場だ。
俺は確かにゴライアスの家と騎士の位を継いだが、元平民だ。なかなか良い縁に恵まれず、開き直って嫁も探さず遊びほうけていたさ。
騎士という地位と名誉ばかり目に行くが、実態はきつい商売だ。跡継ぎって言葉にもピンとこねぇ。
「ちょっとバーニィ、これは何のつもりだい?」
そんで話を戻す、やっぱコイツが心配だ……。
元近所のお兄ちゃんとして、同郷の女が不幸になるのは見たくねぇ。
そこで俺はポケットから、一見ちっぽけな首飾りをタルトに突き出した。
「やる。こいつはパティ公の魔法を喰らっても俺を無傷にしてくれた、正真正銘のお宝、レジェンド級のレアアイテムってやつさ」
見た目は古ぼけている。銀色は輝きを失ってくすみ、宝石も小さな傷だらけで輝きも鈍っていた。
「そんな金目の物、かえって危険を呼び寄せるようなもんじゃないか!」
「大丈夫だ、一見は価値があるようには全く見えんだろ」
こいつがあれば魔法の面では安全だ。俺よか無茶してるタルトが持っていた方がいい。
「ならそれほどのレアアイテムをさ……、アンタはどこで手に入れたんだい!」
「そりゃぁぁ……へへへ、ま、聞くのも野暮ってもんだろ。王家の宝物庫で拾った」
「ぁぁ……バーニィ……」
「おお嬉しいだろ、まあ俺とお前の仲だ、ほら遠慮すんな持ってけ」
女っていうのはこういう物に弱いって決まってるんだ。
銀の輝きは鈍っている。しかしアンティークとして見た限りでは、なかなかにオシャレだ。
「この旧市街の追い剥ぎより頭の悪いアホ男ッッ、バカ言ってんじゃないよッッ!! そんなヤバいブツを、あたいに持たせようとすんじゃないよッッ!!」
「ならネコヒト抜きで魔界の森を渡ろうとするな。受け取るなら考えてやる」
タルトは俺から鈍色の首飾りを受け取らなかった。
差し出す俺の手を包み、握らせて俺に返す。若い頃はもっとスベスベしてたな……。
「気持ちは受け取ったよ。次はもっとマシな物、用意しておいてもいいからね……バーニィ、ありがとう、帰り道も一応気を付けるよ」
「おう、積雪が始まれば暇になる。じっくり考えておくぜ」
タルトは満足したのか畑の方に引き返していった。
俺も釣り竿を構えなおして、水辺にまた腰かけた。で、まあそこまではいいんだ。
珍しくタルトの素直な顔が見れて、今ほどツンツンしてなかったあの頃を重ねて思い返せた。
だがよ、ヤツは起きていた……。
「タルトさんは、バーニィさんの元カノか何かですかにゃ?」
嫌らしい猫なで声だったよ。ネコヒトがコイツを警戒する理由が理解できた。
性根だ。人の弱みを握ることに敏感な人種、クレイは見たぞと嬉しそうに笑っていやがる。
「てめぇ情報屋だったそうだな。しかも又売り上等の悪党だって聞いたぞ」
「又売りの何が問題なのかにゃ? どうせ誰かがすることにゃ、みゃーがしてもしなくても結果は同じにゃ」
俺は騎士をしていた。だからよ、悪党には慣れている。
悪党は2種類いる。やむなく悪事を働いてるやつと、とっ捕まっても悪びれず反省もしない真性の悪だ。
「はぁっ……ここは釣れたてのアユーン1匹で手を打たねぇか? 魔法もできるんだろ、火をくれたら焼いてやるよ……」
「みゃぁ♪ ウサギさん、話わかるにゃ~、にゃーは、みゃーが大好きにゃ♪ 脅しじゃなくて、賄賂をくれる人は特に大好きニャァ♪」
アユーンフィッシュ1匹の賄賂とはかわいらしいもんだ。
本人はそれに大喜びで満足している。今だけのポーズかもしれんがな。
「ったく、ホントうさんくせぇ野郎だな……」
「それは言われ慣れてるにゃ」
「はいはい。あ、このことネコヒトには言うなよ」
「わかってますにゃ、もし知られたら大変……。そんな蜜の味のする賄賂をくれる、ウサギさんがにゃーは好きにゃ♪」
すまんネコヒトよ、大物はコイツの黒い腹の中に消えるようだ。
アンタがクレイをここに招き入れたのは、どうやら失敗だったらしいぜ。
ごめんなさい! 投稿が遅れました!




