18-4 ばにーたんとこげにゃん、ふたりはなかよし
・2000万ガルドを盗んだ男
その日は休みにして釣りをしていた。
俺もネコヒトほどじゃねぇがもういい歳だ。冬まで休まず突っ走りたかったが情けない、おっさんの身体には休日が要るらしかった。
さて、何から話したもんかな……。
ここでの生活には満足している。なんでかって言や、きっとそれは仕事に意味があるからだ。
いやまあ、下級騎士の仕事に意味がなかったとは言わねぇ。
だけどよ、やっぱ大工のせがれにははなから向いちゃいなかったみてぇだ。
俺がいくらがんばっても、旧市街の連中の生活は良くならねぇ。むしろその敵となる命令だって少なくなかった。
下級騎士はしばしば小隊を指揮する。ギガスライン周辺の掃討を王家より命じられ、命を落としたりもする。
あるいは王族の護衛、王族の尻拭い、あのクソムカつくサラサールを守るはめになることもあった。
ああすまねぇ、グチが長くなっちまったな……。
要するによ、腐った王家に仕えているより、ネコヒトのやつと一緒に、ガキどもの世話してる方がべらぼうに楽しくて、やりがいもあったってこった。
「引いてますにゃ、ウサギさん」
「おっと……わりぃな、助かったぜコゲネコ」
でよ、俺の無為の時間ってやつに邪魔者が入ったんだよ。
ネコヒトが連れてきたあのクレイって野郎だ。やつは今、俺が釣り上げた大物のアユーンに鼻息を荒くしていやがった。
「おめでとうございますにゃ、美味しそうな大物にゃ♪」
「ああ、ここまでのやつは珍しい。湖の女神さんに感謝しねぇとな」
「ウサギさんほどの色男なら、女神さまもほっとかないにゃ♪」
「調子の良い野郎だな。そうやっておべっかばかり使ってると、いざという時に出すカードがなくなるぜ」
1時間くらい前かな、クレイがフラッと現れて木の幹に登り、そこから俺の一部始終を見物し始めた。
その位置関係からすりゃわかるだろうが、全く手伝いもせずに俺と、ツボの中の釣果を舌なめずりしながら眺めてるんだよ……。
「その時は別のカードを引きますにゃ」
ネコヒトっていうのはよ、どいつもこいつも変わり者ばっかなのかよ?
「そうかよ。だがあのよ、さっきから……何でそんなに俺のことを見てるんだよ?」
「みゃー、そこはお気になさらず続けて続けて下さいにゃ♪ いや~、素晴らしいお手並みですにゃー、じゅるり……」
「ぜってー狙ってるだろアンタ……。言っとくがこりゃみんなの飯だ。泥棒猫みたいなことすんなよ、コゲネコ」
「そんな気は猫の額ほどもないにゃー。あっ、今度はイワーンですかにゃ、これはお見事にゃぁ~」
なんつーか、ネコヒトのやつがコイツを苦手としてる理由がわかってきたわ。
心から嫌ってはいねぇみてぇだが、つか俺が言うと鏡見ろとか言われるだろうけどよ……。コイツ、うさんくせぇ……。
「だから止めろってそれ、やりにくいんだって……。そもそもお前さん、ネコヒトの、いやエレクトラムのどういう知り合いなんだよ?」
「同郷ですにゃ。といっても約300歳差ですかにゃ。魔王に仕えたネコヒト、ベレトートルートは、ネコヒトの憧れですにゃ」
どこかで聞いたような気もするな。それがあの子煩悩の本名か。
長ったらしい名前と、あのスカした態度が似合うかもわからん。いやそれよか……魔王か。
「へー、あいつ魔王の家臣だったのかよ。どうりでバカ強ぇぇわけだな……」
アレには勝てる気がしねぇ……どう打ち込んでも速さと技術でからめ取られる。
俺は下級騎士だが、パナギウムではちょっとしたもんだった。闘技大会ではお偉方に花を持たせたがな。
「正確には家臣とは違いますにゃ」
「あぁー? だってさっき仕えたって言っただろコゲネコ」
「大先輩といえどしょせんはネコヒト、当時は魔王様の寵愛を受ける、ただのペット扱いだったそうですにゃ」
あのネコヒトがペットだぁ? そりゃちょっと想像できんな……。
誰だって若い頃はあるんだろうけどよ、誇り高いエレクトラム・ベルが、ペット扱いに甘んじていただなんてな……。
「へぇ、アンタいやに詳しいじゃねぇか」
「大ファンですにゃ。ネコヒト・ベレトートルートは、一部では絶対に死なない猫と呼ばれてますにゃ」
よく喋るネコ野郎だ。
偽りの黄金と違って、こっちは自分からネコのふりをする。
とにかく、コイツの術中にはまらねぇようにしねぇとな。
「弱いのに、どうしてか死なずに戦場から戻ってくる。ずば抜けた生存能力と、奇跡的な悪運の持ち主、それが歴史の生き証人ベレトートルートですにゃ」
大げさな言い方だったよ。俺にとってネコヒトは、子煩悩なところが玉にきずの、ただの頼れる相棒だ。
「あの金づる、ではなくて失礼……。ミゴーさんは言いました。最後まで立っている者が最強。どんなに強くとも死ねばそこまで、生き抜いた者こそが勝利者、死んだ者は敗者、にゃーもそう思いますにゃ」
乱暴な考え方だ。だがその哲学にはちょっとばかり共感しねぇでもなかった。
俺が元いた騎士の世界では許されん考え方だ。
王の為に、王国の未来の為に、名誉ある騎士として奉仕しろ。それがパナギウムの騎士階級の考え方だ。
「ふーん……考え方としちゃ、それも悪くねぇんじゃねぇかな」
「あ、引いてますにゃ!」
「ほいよ。……おっとフナッシュか。こいつは臭いや汚れをため込む魚でな、本来あまり美味くねぇんだが……」
だがここの清らかな水で育った魚なら別だ、これも美味い。
やぼったいことは言わずに笑顔をクレイに送って察してもらうことにした。
「お見事ですにゃ、本当、お見事、天才ですにゃウサギさん!」
「そうやっておだててよ、付け入ろうとしてんだろ? まあいい、ネコヒトのプライベートをこんなところで聞けるとは思わなかったしな」
ネコヒトには悪いが面白い話だった。
隙を見せることにはなるけどよ、俺はネコヒトの野郎が好きだ。この里を与る裏方として、もっと隣から支えてやりたい。
「ウサギさんも、大先輩をかなり気に入ってるように見えるにゃ。これは親近感の現れにゃ」
「どうだかな。それよか見てないで釣り竿もってこいよ、アンタの話をもっと聞きたい。いや、アイツのことをもっと知りたいんだ。秘密主義の友だちを持つと大変でな……、頼むよコゲネコよ」
しかしよ、もしかしてこれってよ、どっちかというと……。
忠誠心に近い感情なんじゃねぇかな……。
いやそれは騎士の考え方だった。俺はただ、自分が惚れた男を支えたいと思っただけだな。
「釣りはあんまり得意じゃないにゃ」
「ネコヒトのやつもそうだな」
「違うにゃ。にゃーの場合は……にゃ、見ればわかるにゃ」
焦げ色のネコヒト、クレイはひょうひょうとしていてつかめない野郎だ。
信用していいのかはまだわからん。だが……。
「おい、引いてる引いてる、引いてるって!」
「ふにゃぁ……」
釣り竿を握ると3秒で熟睡する才能の持ち主だった。
こいつも釣りの才能はなさそうだな……。そういう種族なんかね、ネコヒトっていうのはよ。
クレイの釣り竿を代わりに引いて、ヤマメンを釣り上げると俺の元に静かなひとときが戻ってきていた。
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