18-3 かちーん、ぱりーん、しゃくしゃく
冬の間は森でベリーも採れなくなる。
そこでリックはパティアに依頼しました。氷の魔法で果実を凍り漬けにしてくれないかと。
「ほげ……? ベリー、こおらせる……なんで……?」
「凍らせておけば腐らない。冬の間も、果物の栄養が取れる。だから頼む」
ところが今パティアはちょうどおねむでした。時刻は夕過ぎ、今日はバーニィを手伝って家の基礎工事をしたそうで疲れていたようです。
城2階の窓辺から空を見渡せば、遠くそびえる東の山々がもう蒼く染まりかけている。
「ん、むにゅ、んん……わかった、こおらせる……」
「代わりましょうか?」
「だいじょうぶ……パティアのほうが、まほー、つよい……いくぞー、とー……」
パティアが氷の魔法をベリーの入った壷の中に放ちました。
いえなんだかいつもと違います。壷ごと氷塊の中に閉じこめるのではなく、壷の中に向かって冷気を放っている。
「おいパティア、何かいつもと違うような気が……。ちゃんと起きて、起きた状態やってくれ! 氷が発生していないぞ、それに、寒い……」
言葉にパティアの術が止まる。目が全く開いていなかったのですが、それが今さらほっそりと開かれました。
「ふぇ……? あれー……ほんとだー……ふみゅぅ、ねむい……」
「これはダメですね、代わりますので寝かせてやって下さい」
カクンカクンとパティアが立ったまま揺れる。危なっかしいのでリックがそれを抱き支えて、少しばかし考えた後に軽々と大きな胸におぶる。
「よっと……そのようだ。ん、しかしこれは、おお……」
「リック、今、何をしたんですか?」
冷気が落ち着いてきたところで、リックがベリーに触れました。
すると凍ったベリーが粉々に砕け散る。そうまるで、水分全てを失ってしまっているかのようです。
「それが教官、からからに乾燥している……」
「凍らせたらそうなった、ということですか」
「どうもそうらしい。水気が完全に飛んでいる」
「水分が完全に、ですか……」
面白い。眠気に任せて出てきたこの術、何か別の使い道があるのではないでしょうか。
水気があるからこそ食べ物は腐る。乾燥させれば体積も減らせる。
「あ、これ、美味しい……」
「ふぇ……それー、ほんとー? パティアにもちょうだい、うしおねーたん」
「ああ、ベリーそのままより甘い気がする。ほら……」
「あーん……お、おぉぉぉーっっ、このこな、あまいあまい、ねむいのなくなったーっ、これ、あまーい!」
わたしもそれにつられて粉末化したベリーを指で舐める。
繊維質までまとめて砕け散ったそれは、まるで精製されたシュガーのように甘い。
「おや本当ですね。水を少し足して凍らせば、シャーベットというやつになりそうです」
「なんだとー、それっ、やってみるー!」
「いえお待ちを。その前にこちらをお願いします」
ここは厨房、アルスが釣ってきた小魚を別の壷の中に入れる。
これを凍らせて粉々に破砕すれば……。
「おさかな? よくわかんないけどやってみる! いくぞー、ひえひえーぱりーん!」
再び冷気が壷の内部に放たれる。結果を先に言えば成功でした。
食べにくく骨の多い小魚は、パティアの冷却乾燥術でもろくも砕けて粉となっていったのです。
「おお……要するにこれは、魚粉か! 驚いた、水分を与えずに凍らせると、物はこんなに簡単に粉々になってしまうのだな……」
「パティアはよくわかんないけど、これって、すごいのー?」
「ええ素晴らしいお手並みです。普通に魚粉を作ろうとすると、煮たり乾燥させたりと、やたらと手間暇がかかりましてね」
慣用句で言うところの、嬉しい誤算というやつです。この地で生きる楽しみが増えましたよ。
きっとクレイのやつも、目の色変えて今晩のスープにがっつくことでしょう。
「これは汁物のだしに最適だ。パティア、よかったらまた、お願いしていいか?」
「うん、いいよー。じゃー、パティアは、ねこたんのいってたやつ、つくる。しゃ、しゃーなんとかってやつ」
「そうか、なら手伝おう。少し贅沢な使い方のような気もするけど、美味しそうだからな」
ベリーの粉末が詰まった壷に、リックが水瓶より水を加える。
後はそれをパティアが凍らせてゆくと、完全には氷とならずみぞれ雪のような赤い氷菓がそこに発生していた。
●◎(ΦωΦ)◎●
そのシャーベットとなったベリーを木さじでリックが崩して、パティアの大きく開かれた口に運びました。
「こ、これはー、うまっ、うまぁっ、あまくて、シャリシャリで、うま、うまい! おねたーん、これうまい!」
「本当? ん……あっ、甘くて冷たくて、美味しい。教官もよかったら、これ凄く美味しいから……」
わたしはベリーのシャーベットより魚粉の方を舐めたい。
ですがこっちは今夜の大事な食材です。リックの手でもっと美味しい料理に変わることがもう決まっています。
ネコヒトは牙のある口を開けて、リックの木さじから氷菓をいただきました。
「おや、これはこれは……本当に美味しい。なるほどこれはなかなかのものですね……」
「シャリシャリでおいしいぞー。はーー、パティア、まほーつかえて、よかった……まほー、つかえなかったら、たべれなかった」
つくづくうちの娘は食い意地がはっていますね。
いえ喜ぶところが子供らしくて愛らしい、ということにしておきましょう。
「しかしこんなに美味しいと、すぐになくなってしまうな……。パティア、オレは料理人として、パティアと出会えてよかったよ。また頼む」
「まかせろ、うしおねーたん! いつも、ごはんのおせわになってるからなー、えんりょするなー?」
とまあこういうことがありました。いいえ、ここで終わっていれば良い話で済みました。
ですがこの話、これだけでは終わらなかったのです。技術とは人を惹き付けて、大なり小なり狂わせるものなのですよ。
●◎(ΦωΦ)◎●
その晩、遅く。
「ねこたん……さむい……」
「見かけないと思ったらまた作ってたんですか……」
「しゃーべと、おいしい、とまらない。でもさむい……はぁぁぁ、ねこたん、あったかーい……♪」
書斎ベッドでゴロゴロしていると、身体まで冷たく冷えた娘がわたしに張り付いてきました。
「親で暖を取らないで下さい、普通は逆でしょう」
子供の方が身体が温かいのですから。
「だってねこたんあったかいからー、うま、さむ、うま、さむぅぅぅ……でもふかふかぁー♪」
「なら食べなきゃいいじゃないですか、それ」
それでもパティアはシャーベットの小壷を手放しませんでした。
美味しそうに氷菓をほおばりながら、寒い寒いとわたしの毛並みに顔を深く埋める。
「しろぴよね、しゃべとは、あんますきじゃないみたい」
「そりゃ鳥ですからね。ひっ冷たっ、こぼしてますよパティア?!」
「へへへー、ごめんねねこたん、ぺろーん♪」
「人の毛皮を果糖でべたべたの舌で、舐めないで下さいっ!!」
わたしという温かい毛布と、冷たいベリーのシャーベットにパティアは夢中でした。
それはもうあきれて言葉もでないほどのハマりようで、彼女がシャーベットの壷を手放すのは、全て食い尽くして身体が冷え切ったその後となるのでした。
「ねこたん……さむい、あっためて……おねがい」
「しょうがない人ですねあなたは」
お腹が冷えないように腹部に手のひらを当てて、わたしは困った8歳児童が温かくなって寝てしまうまで保温することになっていたようです。
「ねこ、たん……ずっと、いっしょ……ずっと……」
こんなかわいらしい寝言も、親離れしたら聞けなくなります。
成長した娘はいずれ、わたしなどいなくても平気になってしまうでしょう。それは子の必然です。
「ねこたん……。すぅ、すぅ……すぴー……」
永久にこの時間が続いてほしい。
ねこたんに甘えるパティアと、その保護者エレクトラム・ベルの関係が、時を止めて永久に続いて欲しい。
わたしはまどろみのさなか、そう強く願っていました。




