18-2 しろぴよと、ねこたんと、たてぽろろん!(挿絵回 スカ注意
狩りが早くに終わったので、その日わたしはパティアを誘いました。
南部にある高台の草原、そのなだらかな傾斜面に腰掛けて、うちの娘に竪琴の演奏法をレッスンしたのです。
「ぱちぱちぱちぱち……ねこたんの、たてぽろろん、きれい。はー、ねこたんきようだなー、そんけーだ……こげにゃんのきもち、わかる」
「アレとはあまり口を聞いてはいけませんよ。悪いネコヒトですので、あなたなんて簡単に騙されてしまいます」
まずはわたしが演奏して見せて、それをパティアに模倣させます。
本当なら基礎や楽譜の覚え方から始めるのですが、残念ながら紙なんてありません。
ここは町とは違うのです。拙かろうと音楽になればそれでいい。ここでは誰だって下手でいいのです。
「こげにゃん、わるいこじゃないよー?」
「いいえ悪い子ですよ、とても」
パティアが使役するあの丸くて白い小鳥、しろぴよさんは音楽が大好きです。
当然このレッスンにもくっついてきました。今はなぜかわたしの頭の上に陣取っています。
「ぴゅぃぴゅぃ♪」
「えとねー、もっかいききたい、だってー、しろぴよ」
「これはわたしの演奏会ではないのですがね。ですが急ぐ理由もありませんし、別にいいですか」
「へへへー、ねこたんはなしわかるー。あっ、しろぴようれしそう! ぴよぴよ、ぴよぴよーっ!」
「きゅるるるる……ぴゅぃー♪」
忘れられた古い曲から、旋律が簡単なものをスローテンポに再び奏でます。
弦楽器の哀愁めいた音色が高台から盆地に向かって響き渡り、秋の深まった森を見下ろす。
何とも気の抜ける情景です。あまりに平和過ぎて、油断するとボケてしまいそう。
「ぱちぱちぱち……じゃ、つぎパティアのばんだ。しろぴよおいでおいでー」
「ぴよっ!」
「おわー、しろぴよ、きょうはげんきだなー。よーしよし……きょうもー、しろぴよは、ふわふわだなー、かるくてぷりぷりだ」
「ぷりぷりですか」
「うんっ、しろぴよは、ぷりぷりも、とくい」
しろぴよさんがわたしの頭からパティアの膝に移りました。
わたしから銀の竪琴を受け取ると、まだ子供には大きなそれを8歳の女の子が抱え込む。
持ち方が間違っておりましたけど、無粋な気がしましたし好きに持たせることにしています。
「いくよー、ねこたん、しろぴよ。あのね、もしうまくできたらー、パティアをほめてねー?」
「ぴゅいぴゅいっ♪」
パティアは急に立ち上がり、わたしの隣にピッタリと寄りそってきました。
それから甘えるようにわたしを見上げて、大胆に竪琴へと指を立てます。
ゆっくりと1音1音ずつ指が弦を弾くと、それが不器用な演奏になる。
「むー、むつかしいなー……。でもしろぴよ、みててねー。パティアはかならず、しろぴよのために、きれいなおんがく、ならせるようになるねー」
「きゅいっきゅいっ♪」
しろぴよさんはパティアの言葉に舞い上がり、翼を羽ばたかせて娘の上を旋回し始めました。
「えへへー、しろぴよにー、そういわれると、パティアがんばれる! あ、ねこたん、こっからさきわかんない、おしえてー」
「ええ、では失礼……」
「おっおぉぉ……ねこたん、そんな、ねこたんのほうから、くっついてくれるなんて、パティアうれしいぞー!」
「何を勘違いしてるんですか」
パティアの手を取り、小さな指先で弦を弾く。
わたしの胸の中で、わたしの娘は演奏家になってゆっくりと忘れられた旋律を奏でていきました。
「ぴゅぃっぴゅいっ、きゅるるるーっ♪」
「きいたかー、しろぴよ! いまのな、パティアがえんそーしたんだぞー。ねこたん、もっかいやって、しろぴよいってるー」
「趣旨がずれてませんかね。まあいいですか、ちゃんと自分の指先を見て覚えるのですよ」
「うん! パティアなー、おとなになったらー、びじん、なるってー。バニーたんがそういってた」
バーニィ、また余計なことを……。
それは事実でしょうけど、うちの娘が痛いナルシストになったらどうするんですか。
「だからねー、たてぽろろんができるー、びじん、めざす。あ、あとね、クーから、おさいほうもおそわるんだー」
「わたしはあなたに、針を持たせることにかなりの抵抗があるのですが……」
「だいじょぶー。パティアはー、さいしょからおさいほう、できるこだから」
「ああ、そういえばそうでしたね……」
実父エドワードに代わって縫い物をしていたと、出会って間もない頃に言っていました。
「ぴゅいっ♪」
「ほら、しろぴよもこういってるよ?」
「すみません、鳥の言葉はよくわかりませんで。なんて言ったのですか」
「いいからはやくー、えんそうしてー、だって」
「フフフ、それはごもっとも。指を見ていてくださいね」
ですけどこの鳥、本当に何なのでしょう。
人間の言葉を完全に理解している上に、パティアはしろぴよとの意志疎通ができている。
「うん! たてぽろろんおぼえてー、みんなよろこばせたい、だからむつかしくても、パティアはがんばる!」
「たてぽろろんではなく竪琴です」
「んーー……でもなー、ごと? ごとってかんじ、しないし……」
「だからぽろろんですか?」
「そうなのです。ぽろろんってなるからー、ぽろろんだ。パティアなー、ねこたんのぽろろんだいすき」
「そうですか」
嬉しいこと言ってくれるものです。
まあ子供の言うことですから正論は止めて、パティアの指先を使ってしろぴよさんを喜ばせることにします。
「いいですか、よく手を見てて下さいね。こうです」
再び旋律が高台より響き渡り、隠れ里ニャニッシュに広がっていきました。
ここは静かな土地ですから、歌や音楽を奏でれば遠くまで届くのです。
「おお、ふかふか、にくきゅー、ぷにぷに……た、たまらん……」
「言い間違えました、手ではなく指を見て下さい」
「じょうずだなーねこたん」
「あなたも頑張れば、いずれ意識せずとも自然とできるようになりますよ。では教えた通りに自分で演奏してみて下さい」
勉強はどうもダメですが、直感に頼った才能は高いとみています。
勉強にもその直感で、経験則を見いだしてくれれば……いえ、賢いパティアの姿が想像できません。
「えっと、こうやって……ぽろん、ぽろん、ぽろろーん、ぽろん、ぽろん……あっ、できたー。できたよ、しろぴよー!」
「ぴゅぃぴゅぃっ、きゅるるっきゅぃーっ♪」
曲の頭をパティアが演奏し切ると、しろぴよさんまで嬉しそうに娘の頭の周りを回る。
それから差し出された手のひらに飛び移って、パティアに自ら頬ずりを寄せていました。
「竪琴をかして下さい。続きはこうです。……さ、やってみて下さい」
「うん! なんだかねー、パティア、こういうのむいてるかも……たてぽろろんたのしいー! しろぴよ、よろこんでてね、うれしい、ねこたんせんせーすごい! そんけーだ!」
短い楽曲です。頭から最後まで残りを全て教え込みました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「間違えずに演奏できるようになったら、皆さんにお披露目しましょうね」
「それはー、ちょっと……んと、へへへ……なんか、ドキドキだ……」
音の数にして40にも満たない、短い哀愁の曲です。
それを竪琴で奏でては、何度もパティアは同じところで間違える。それでも努力して、ついに最後まで演奏し切っていた。
「おや、もしかして恥ずかしいんですか?」
「だって、パティアはへたっぴだ……ねこたんみたいに、うまくない……」
「たった3日でここまで覚えたのです、下手なんて言ったら楽士志望の若者に妬まれますよ」
もう一度チャレンジすることにしたようです。
すると今度は違いました。あのしろぴよさんが、パティアの演奏に合わせてさえずりだしたのです。
どうも何度も演奏しているうちに旋律を覚えてしまったようで、パティアの拙くてスローテンポな演奏に合わせて鳥の歌声が奏でられていきました。
「へへへ、どうだー。あんまり、まちがえないで、さいごまでできたよー。しろぴよ、ありがとー」
「おや、もしかしたらわたしなんかより、しろぴよさんの方が指導役に向いているかもしれませんね」
わたしは感情を隠しました。
娘が小鳥と共に音楽を奏でて見せたのです、拙いながらも息の合った演奏は、音楽としての魅力に満ちている。
「あ、しろぴよ、ねこたんのあたまのうえで、うんちしっちゃった……」
「ふみゃっっ?!! ちよっとっ、わたしの毛になんてことするんですかッ!!」
「あはははっ、ねこたんいま、ふみゃっっ、いったー! ふみゃっっ、だってー!」
「ぴゅぃー……」
しかししょせんは畜生でした。
いかに知能が高かろうと、糞を我慢できない生き物である事実は変わりません。
「いいなー、ねこたん」
「よくありませんよ、どこがいいんですか。ああ、わたしの毛が鳥臭く……」
「ぴゅぃぃ……」
ここには水もありません。毛から手で取り払ったところで、今度は手に白と黒の糞がこびりつく。
急に気分が沈んできました……。
「あのね、しろぴよがねー、ごめんね、だってー。うん、うんうん……それでねー、きづいたらー、いつもね、でてるんだってー。ぷりって」
「ぴゅぃ」
「ええ、そうでしょうね……」
鳥は糞を我慢するための筋肉がないと聞きます。
糞を我慢する必要がないからだそうで……。
「あとねー、ねこたんのこと、パティアのつぎに、すきだって、よかったねねこたん。あ、それとね、ふえもふいて、っていってるー」
「そうですか、仕方ありませんね。では一曲だけ、今の曲を竪琴と合わせてみましょうか」
早いかもしれませんけど、失敗したら失敗したでパティアは悔しさをバネにするでしょう。
しろぴよさんは思わぬ展開に再びテンションを上げてさえずり、今度はわたしとパティアの間を危なっかしく8の字に回り出す。
「おお、はじめての、きょうどうさぎょ……ドキドキ……」
「わたし時々、あなたの妙なませ方が無性に心配になるのですが……どこで覚えてくるんですか、そういうの」
わたしは娘と、歌に合わせてさえずる妙な小鳥と共に音楽を奏でました。
結果はぼちぼちです。これならばまあいいでしょう。
わたしに遅れたり、追い越したりとへたくそでしたけど、これはこれで暖かみがあります。
「かんどうだ……パティア、かんどうだー。ねーこたーんっ!」
「ぴゅぃぃぃーっ♪」
「ふにゃぁっ?!」
わたしは娘と、糞の我慢すらできない白い生き物に揉みくちゃにされました。
しかしですね、本当にこの小鳥、どこからやって来たんでしょう。
どうも通常の個体とは知能が大きく異なるようですし、そもそもこんな丸くて変な鳥、わたしこれまで見たことがありません。
たれ流しでもかわいい。




