18-1 落ち延び王女と敗色の公子
前章のあらすじ
元姫君ハルシオン姫、偽りの騎士アルストロメリアは教養こそあったが、辺境においては生活能力のない世間知らずだった。
彼は里での仕事に悪戦苦闘し、長らく特権階級としてうぬぼれていた自分自身を知る。
一方、イヌヒトのラブレーは負けた方が何でも言うことを聞く、という条件でパティアに決闘を申し込んで、あえなく負けた。
この日よりラブレー少年が夕飯の席に加わるようになった。
レゥムの街より夜逃げ屋タルトが里にやってくる。彼女は布や羊毛を主とした約束の物資と、ハルシオン姫救出の報酬である魔王の腕輪を届けた。
その後カスケードヒルに向かい、男爵との取引を成立させる。男爵は里に物資を提供してくれた。
異常な速度で麦畑が育ち、冬を前にして収穫をすることになった。
その際にリセリはアルスに相談を持ちかける。どうすればジョグともっと仲良くなれるのか、男性目線の意見が聞きたいと。
しかし本当は女性であるアルスから結論は出なかった。そこでネコヒトが代わりに提案する。
ジョグとリセリの新居を建ててしまえばいい。こうしてその日より家の建築計画が始まった。
それからしばらくして、ネコヒトとリックは劣化してきた武器の代わりを求めて、馬ピッコロと共にカスケードヒルに潜入した。
現地で好みの品が見つからずさまよっていると、偶然にもネコヒトの情報屋クレイと出会ってしまう。
彼に腕の良い鍛冶屋を紹介してもらい、新しいレイピアと、十字槍を手に入れた。
最終的に隠れ里ニャニッシュへとクレイを連れてゆくことになった。
竪琴、説話集、酒、トランプ、サイコロを街で買い、契約の指輪をもって悪党のクレイを許可なく大地の傷痕から出れないように強制する。
帰り道、彼らはミゴーら殺戮派の待ち伏せにあった。
ミゴーの圧倒的な剛剣に苦戦するも、どうにか突破口を開き、アンチグラビティの力を使った騎馬の加速で見事逃げおおせる。
その後彼らは無事に大地の傷痕に帰還した。
クレイを娘パティアに紹介すると、【こげにゃん】というありがたいニックネームが彼に与えられることにもなった。
麦畑の異常成長を引き起こした犯人から。
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ねこたんとのにちじょー
銀ぴかのたてぽろんと、しろぴよ
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18-1 落ち延び王女と敗色の公子
・敗色の公子
僕……いや、ワシの名はリード・アルマド。齢は今年で14。誉れある魔界の名門、アルマド公爵家の男子にして現当主だ。
父の名はレ・アルマド。魔界深部に存在するアルマド公爵領の統治者。あの伝説の存在、魔王とも縁があったと父からしつこく聞かされている。
「若様、このままでは……」
「若ではない、ワシの名はアルマド公爵だ、訂正しろ!」
「は、申し訳ありません若様」
「だからっ公爵って呼べって言ってるだろ!」
長年父に尽くしてきた臣下の一人、老いたイヌヒトがまるで世界の終わりが来たみたいな顔をしている。
ここは公爵家の宮殿、魔界の一地方を長きに渡って与ってきただけあって、贅という贅が尽くされていた。
だがそれが近い将来、略奪を受けることになるともう決まっている……。
「それはともかく……気高き魔界の名門、魔貴族アルマド公爵家が、まさかこのようなことになるとは……。爺は口惜しいです、若様……」
当家は半月ほど前に反乱を起こした。当主のレ・アルマドが魔将どもの手により暗殺されたからだ。
しかし既に旗色は最悪だ。たった半月で旗色がどんどん悪化して、気づけば主立った家臣の半数が討ち死にした。
予想はしてた、きっとこうなるだろうと。
「爺、降伏したらどうなる……?」
「惨たらしく処刑されます。あるいは、若様はいと愛くるしい容姿をされておりますし……」
「ぅっ……もういい、そこから先は言うな」
「はい、口惜しいことです」
魔軍の一派、正統派の魔将の名をアガレスという。そのアガレスから先日、降伏勧告が来た。
彼は命の保証をすると言っている。しかし実際はわからない。
「アガレスは信用できるのか?」
「なりませんぞ若様。アガレスは詐欺師のような油断ならぬ者です。魔王の後継者などと言っておりますがな、あれは嘘っぱちでございます」
「知ってる、爺とガルヴィンに嫌というほど聞かされたからね。先代魔王に子はいない。当時魔王の遠い外戚だったアガレスが、勝手に後継者を騙っているだけ、だっけ」
「その通りでございます。そんな男を信用できますかな?」
ならどうしてこんな勝ち目のない戦いを始めたんだと、僕は恨み言を言い掛けて止めた。そんなの今さらだった。
アガレスは魔王の外戚であり、本当は血縁者ではない。この歴史の真実を知る者も、最近になっては大きく数を減らすことになった。
「だけどこのままじゃワシらは、全滅することになるぞ……」
「そうですな」
長老殺しを正統派が受け入れたのは、真実を知るものが減れば減るだけ、アガレスにとって都合の良い世界が生まれるからだ、きっと。
爺は死ぬのが怖くないのだろうか。僕は怖い、怖くてたまらない、魔将アガレスにひれ伏して、命乞いをしたい僕と、魔公爵の誇りをまだ持った僕がいる。
「しかし若様、そのワシ口調はいやはや、全く似合いませんな。普段通りの僕、でいいのでは?」
「良くない、それでは相手に舐められる。ワシは、レ・アルマドの跡を継いだんだ」
「ご立派でございます若様」
「はぁ……。人間を滅ぼす寸前まで追い込んだっていう、あの魔王が復活して、ワシを助けてくれないものか……」
泣き言を言ってみせた。もしかしたら爺も降伏を決意してくれるかもしれないと、淡い望みをかけて。
「既に伝説の存在です。しかしそうですな、奇跡でも起きない限りこの劣勢は、さすがに……」
それは失敗に終わった。
アルマドの公爵家の宮殿に、ガルヴィンと呼ばれるデーモン種の重臣がやってきた。
僕からみれば、こいつが全ての困難を引き起こした疫病神だ……。
「そんな軟弱なことを言っているから負けるのだ! 負けたとしても、大義のために戦えたなら本望よ! 後世の者は我らを勇士と崇めるだろう、さあ、最後の時は共に散りましょう、新公爵様!」
「あ、ああ……だけどガルヴィン」
彼が家臣団をあおり立てた……。そのせいで、後継者である僕は父上の仇討ちをしなければならなくなった。
そうしなきゃ、彼らは僕を父の後継者として認めなくなってしまう。
「負けるために戦うなんて、やっぱり変だ……」
「リード公爵! 貴方が後ろ向きでは、勝てる戦いも勝てない! 奇跡を信じて最後の一兵まで――」
結局反乱を起こしたはいいが、誰もアルマド公爵になびかなかった。
正統派以外の全勢力が中立を選び、こうして魔将アガレスに破れようとしている。
「まあまあそこは若様もわかっているはず。そうですな、若様?」
「いや、だけど奇跡なんて……。わかったよ、爺、ガルヴィン、二人に任せた……」
戦いなんて止めよう、降伏しよう。なんて僕には言えなかった……。
僕らは負ける、降伏勧告を突っぱねてこれから全滅する、もうそれは変えられない……。
・(ΦωΦ)
これは後から聞いた話です。
その日、城を出た先にある光る楓の大木前で、偽りの騎士アルストロメリアは思いもしない誘いを受けました。
「へっ……?」
「一緒にー、水浴びにいきませんか?」
相手はシスター・クークルスです。
秋にしては暖かい日でした。身体を洗うなら今を逃すと辛い、というただの親切心だったのかもしれません。
「こ、困りますっ! そういうのは、男女のすることではありません! な、ななっ何考えてるんですか、元シスターともあろう貴女が!」
「ふふふ……男女、ですかー?」
不思議そうにクークルスが首を傾げる。
ただそれだけで美しかったと、元お姫様は世迷いごとをわたしにおっしゃっていましたよ。
「そうだ、異性同士で水浴びはまずいだろう! た、確かに、とても、魅力的な申し出ではあるんだけどね、へへ、へへへ……おっとこれは失礼、このよだれと笑いは全て気の迷いだ、忘れてくれ……」
「んー……ですけど、一人じゃ、背中を洗うのも大変ですよー? 遠慮しないで、ここはあなたのクーちゃんに任せて下さい♪」
美しい、やっぱり美しい、シスター・クークルスはなんてやさしくて面倒見の良い女性なんだ!
ああ、今すぐ真実を話して秘密を共有したい。いやだがそれをしてしまうと、僕は彼女の興味の外側に追いやられてしまうのではないか! それは嫌だ! このまま美形の男騎士を演じていたい!
などと、男装のお姫様が苦悩しながら語ってくれましたよ。
「だから、困るんだってば、そういうのは……。僕にも事情というものがあってだね……」
ですけどその事情、やはり見破られているのではないでしょうか。
普通は男性を水浴びに誘わないでしょう。だから逆なのです、クークルスはあなたを女性だと見破った上で誘っていたのですよ。
「あらっ、なんででしょうか~?」
「何でってっ、僕ら男と女だよ?! ハレンチじゃないかっ、仮に同意の上だとして、誰かに見られたらどうするつもりだいっ!」
「ふふふー、大げさなんですからー。わかってます、全部わかってますから、大丈夫なんですよー」
たぶんですがね……。
「わかってないよ絶対! 君のような美しい女性に、そ、そんなハレンチな言い方されたら、一般的な男性目線から見た限り、もう辛抱たまらーんっ! この誘惑に負けてすべてをさらけ出してしまおうかッ! わーいクーさんと一緒に水浴びだぁー♪ などと世迷いごとを叫びかけるくらいにダメだよ、ごめんクーさん!」
既に叫んでますけどね。男装の騎士アルスは本当に女性が大好きでした。
男装という提案をしたのはわたしですけど、何だか少し心配になってきます……。
「しゅーん……残念です……とっても楽しそうだと思ったのに、断られちゃいました……」
「ごめんシスター、だけどこういうのは良くないと思うし。それに悪いのはむしろ、君じゃなくて僕の方なんだ、元から、無理のある話だったんだよ……」
こんな世迷言も言っていましたしね。
ネコヒトくん、君は僕がどれだけ女の子が大好きなのか理解していないようだね。
確かに僕の恋愛対象は男だ。だけど女の子のかわいさに対しても敏感に反応するのだ、僕の高貴な感性は!
理想の男性とそいとげたいと憧れる反面、僕は愛らしい女性をただ愛でたいと望む。
いや勘違いしないでくれ、別にアブノーマルな趣味を持っているわけではないよ。
ただ僕は、かわいい女の子が大好きなだけなんだ! そこを性別でくくるなんて愚かなことだとは思わないかね!
ええ、さすがのわたしも返答に困り果てたので、そこは寝たふりをしてごまかしましたよ……。
「でも~、本当に水浴びしなくて大丈夫ですかー? スンスン……」
「ちょっ、ちょっとシスターッ!?」
くんくんと、アルスはクークルスに首筋の匂いをかがれました。
無性に恥ずかしくてたまらなくなって、顔が真っ赤になっていたとハルシオン姫が言っていました。
「ならネコヒトさんに頼んでおきますね、うふふ~」
「何で彼の名前がいきなり出てくるんだ!?」
はい、シスター・クークルスは大らかな方なので、それが良いと思ったのでしょう。
秘密を知っているわたしが代理候補だと。
しかし客観的に見てもこれは10割方バレてますね。
まあこれはこれで面白いので、あえてそっとしておきましょうか。
「あら、ネコヒトさんはお嫌いですかー? なら、私が水浴びに誘っちゃおうかしら♪」
「フフフ……残念だけどクーさんが彼に断られる姿がまぶたに浮かんだよ。彼は紳士……いや、奥ゆかしいところもあるからね」
「そこがかわいいんです。それにあの人は、私を悪い王子様から救って下さった、白猫の王子様ですから……私、ネコさんのためなら何だってします」
後でハルシオン姫は憤慨と共にわたしに言いました。
義兄サラサールの結婚式から、花嫁がさらわれたことは知っていた。
けれど義兄は結婚ばかりしていた。だからまさかそれが、クークルス本人だったとは会った最初は気づかなかったと。
「奇遇だね、僕も彼に恩があるんだ。彼が僕を助けてくれなかったら、僕のプライドは酷く傷つけられる事態になっただろう。君がサラサールの毒牙にかかる寸前で、彼に救われて本当に良かったと思っているよ」
「あら……」
親族として、王族の一人として野放しにしてきた事実に申し訳なくなったそうです。
騎士アルスはクークルスの手を取り、典雅に膝を突いて言いました。
「騎士として貴女に謝罪したい。いや、そんなことより、ああっ、クーさん貴女は美しい、サラサールのクズになんてもったいない! できることなら一緒に水浴びを……いやダメダメだっ、それはできないんだった、くぅぅっ、神よ、これは何という試練なんだ!」
いつもの世迷言を。
まったくもう、女の子が大好きな困った騎士様もいたものでした。
18章はかなり長く続きます。
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