17-12 こげにゃん!
「まさか、ミゴーと出くわすとはな……」
安全圏まで距離を稼ぐと、既にかなりの道のりを踏破していました。
ええまったく、さすがのわたしも肝が冷えましたよ。
「言っておくけどにゃーは売ってませんにゃ、もし仲間だったら、あのとき馬ごと敵に回ってるにゃ!」
「はい、もし裏切ったら、先ほどの力で一気に距離を詰め、あなたをピッコロさんから蹴落としていましたよ」
ですがクレイは裏切りませんでした。
ミゴー、しいてはその背後にいる死の化身ニュクスと対立する方を選んでいました。
「なら正直に言うにゃ。実はほんの一瞬、裏切りも考えたにゃ」
「フフフ……そうですか、いつもそれくらい正直でいてくれると付き合いやすいのですけどね」
「せっかく信頼しようと思ったのに、わざわざ、そんなこと言わなくてもいい。難儀なやつだな」
こうなっては仲間として受け入れて、真意を探るしかありません。
そのためにもここは……。
「いいでしょう。クレイ、今日からあなたはわたしたちの仲間です。共にもり立てていきましょう、まだ未熟な隠れ里ニャニッシュを」
折れたふりをしておきましょう。
「にゃぁぁぁっ、嬉しいにゃぁぁっ♪ 大先輩と一緒に新しい夢を追えるなんて、にゃーは感激だにゃぁ!」
「教官がそう言うなら、オレはそれでいい。よろしくな、クレイ」
小さな天馬ピッコロさんも、機嫌の良いいななきを上げてクレイを歓迎しました。
背中に乗せて、弓術を披露した小さなネコヒトに一目おいたのでしょうか。
「同じ村人になるのです、もう少し普通に付き合えませんか……?」
「無理にゃ! リスペクトそのものは絶対消せないにゃ、弱い種族ネコヒトの枠を越えたその生き様が、もう最高にクールだにゃ!」
「信じましょう。だが信用はしません、あしからず。早く尻尾を見せて下さることを祈っていますよ」
コイツは何か狙いがあってこちらに近づいたのでしょう。
少なくともそれは殺戮派の利益とは一致しないことのようです。
人の性根というものは変わりません。クレイと呼ばれるこのネコヒトは、里で見かけた頃から詐欺師の片鱗を見せる問題児だったのですから。
●◎(ΦωΦ)◎●
大地の傷痕、いえニャニッシュへの帰還は予定をずっと早めた夜明け前となりました。
馬ごとクレイを結界内部に導くと、彼も理解しました。この土地の意味と価値に。
「魔界と人間界のはざまにある、外から完全に閉ざされた土地! にゃぁっ、そういうことだったかにゃ!」
どこの世界にもいられなくなった者に残された、最後の安住の地、それがニャニッシュです。
はぁ……それにしても、やっぱりこの名前どうにかなりませんかね……。
「言っておきますが、もしこの土地の者に危害を加えたら許しません。特に、パティアという名の小さな女の子には……いえ、そうでした、逆でした、それより彼女には気を付けて下さいね……?」
「気を付ける――どういう意味だにゃ? それより大先輩、にゃーから1つ提案があるにゃ」
ちゃんと聞いていません。同じ毛皮を持つ者として、親切心で忠告してさしあげたというのに。
「それはまた、着くなり気が早いことだな……。ありがとうピッコロ、お前は勇敢な馬だな」
リックに首を撫でられてピッコロが嬉しそうにすり寄る。
ピッコロさんはあの状況で逃げ出さず、冷静に敵陣を駆け抜けました。あなたは実に素晴らしいですよ、ピッコロさん。
「ニュクスに対抗する方法を1つ知ってるにゃ」
「なんだそんなことですか。残念ですがわたしにその気はありません。ここでの生活が気に入っていましてね、もうミゴーもニュクスも、わたしを切り捨てた残りの魔将どもも、今となっては全部どうでもいいのですよ」
ただ1つ不安があるとすれば、この土地を包囲したり、通商妨害を将来働くのではないか、という可能性でしょうか。
あの男爵が殺戮派に捕まるような展開は避けたいです。
「ミゴーさんが殺した標的には、魔界貴族最高位の、公爵もいたにゃ。その跡取りをここに招けば、今の三魔将もここを軍事的に包囲したりできなくなるにゃ」
「なるほどな、アルマド公爵家か」
たかが情報屋ごときが頭の回ることで。ですがそれは……。
「お断りですね。この土地はわたしたちの共有財産、形式上であろうとも、誰にもさしだしませんよ」
「だけどミゴーさんたちに見つかったにゃ。そうでもしないと、周りを取り囲まれることになるかもにゃ」
三魔将がどうして長老殺しに躍起になっているやら知りません。
ですがわたしはもう隠居を決めていますし、この地ごとそっとしておいてくれませんかね……。
「いえそもそも、公爵家の方々がわたしたちの土地になど、来るはずがないじゃないですか」
「にゃ……町で聞かなかったにゃ? その公爵家の公子様、今、反乱起こしてドン詰まってるにゃ。もしお救いすれば感謝されること間違いなしにゃぁ」
「反乱だって?! そんな、さすがに勝ち目があるとは、思えないぞ……」
興味のない話です、説明も割愛します。
前当主レ・アルマド公爵は昔の知り合いでしたが、今となってはもう疎遠です。
権力を持った者から遠ざかる、それもわたしの処世術の1つでしたので。
「それよりクレイ、うちの娘なのですが……とても、その……マニアックな趣味を持っていますので、重々気を付けて下さいね」
「教官、悪いがみんなに、子供たちに返り血を見られたくない……。オレは先に、湖に行く」
そういえばそうでした、わたしも片付いたら水浴びをしなくては。
リックはよっぽど今の自分の姿を気にしているのか、わたしの返事も待たず去っていってしまいました。
「子供に返り血をみせたくにゃい? あのホーリックスとは思えない発言にゃ」
「ええ彼女もここで変わったのですよ。あなたも変わって――更正して下さると楽なのですけど」
「にゃーはもう更正してるにゃ」
「フフフ、それはまた陳腐な冗談ですね」
騒ぎが起きることはもう確定しています。
ならばわたしの目の前で起こした方がいくらかマシというもの。
そこでうちの娘があそこで眠っていると踏んで、ニャニッシュの東側、ラブレー少年の小屋に向かいました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ノック1つです。
ノック1つで朝日も出ていない夜明け前に、パティアはわたしの帰りに気づき、バーニィが作った家を飛び出してきました。
ちなみにしろぴよさんですが、さすがにこの時間はどこかで寝ってらっしゃるようでした。
「おわぁっ?! ね、ねねねねね、ねこたんが……ねこたんがっ、ふえたぁぁーっ?! ほわぁぁ……これはおどろきだ……。あ、たいへんたいへん、ラブちゃんっ、ねこたん、ふたりになっちゃったよー!」
「うるさい……お前のせいで、僕の方は寝不足なんだ……ほっといてよ……」
一見それはイヌヒトの少年と、人間の少女が同居しているようにも見えました。
それにしても父親と詐欺師を見間違えるなんて、あなたの目は節穴ですか。
「何か言いたいことがあるなら聞きますよ、クレイ」
「大先輩に懐いてるようですにゃー。初めまして人間の娘さん、にゃーの名は情報屋のクレイ、ただのちっぽけなネコヒトですにゃ」
「ぉぉー……にゃーにゃーいってる……」
パティアが目を丸くしてクレイを見つめています。
何をしでかすか少しばかし不安なのですけど、どうやら観察に夢中のようでした。
「ねこひと……あっ、わかったー、ねこたんの、おとうとかー?!」
「違います。嫌ですよこんな弟」
「そんなハッキリ言われると傷つくにゃ。にゃーは大先輩ベレトートルートの遠い遠い遠い親戚ですにゃ、頭の悪そうなお嬢さん」
最後の一言がパティアの顔色を変えていました。
それがどうも怒ったのではなく、驚いているようでした。
「なんで……なんでパティアが、おべんきょーにがてなの、わかったのーっ!? ねこたんっ、このこげにゃん、すごい! こころをよむねこだ!」
おや驚きの5文字ですね。
こげにゃん。まあ要点は押さえてますか。腹も焦げて真っ黒ですし。
「皮肉のつもりだったんだがにゃー。こげにゃんって、まさかにゃーのことですかにゃ? ……ふっ、ふにゃァァッ!?」
そのこげにゃんが隙だらけなのが悪いのです。
パティアはクレイにぴったり張り付いて、尻尾やら背やら胸毛をまさぐりだしました。
「んーー……ごわごわだなー。ねこたんみたく、あんまり、ふわふわしてない。スリスリ……でも、これはこれで、にへへ……」
「ふ、ふにゃぁぁ……力が、抜け……そんな失礼だにゃ! ごわごわなのは酒のせいにゃ、にゃーの毛に、面白がって酒ぶっかけるバカが多いにゃぁっ!」
文句を言われながらもパティアはお構いなしです。いつまでも頬をこげにゃんの毛並みにすり付けていました。
それにしても、こげにゃんですか。あのクレイがかわいらしくなってしまったもので、フフ……彼もこの子に変えられてしまうのでしょうかね。
「ねこたん、おかえりー。おみやげ、これー?」
「いえ、それは森で引っ付けてきたイヌフグリのようなものです。あなたへのおみやげは、どうぞこちらです」
帰り道は竪琴を磨いて帰りました。
わたしがその銀色のピカピカになった竪琴を渡すと、パティアは感情そのままに笑いました。
幸せいっぱいの満面の笑みで、本当に嬉しそうにそれを抱き込んで、クルクルといつものように回り出す。
「やったー、パティアこれしってるよー! た、たて、たて……たてぽろろんだ!」
「存じませんねそんな楽器は。これは竪琴です」
「それ!」
「にゃ……大先輩ともあろう方が、とてつもなく頭が残念な子を娘にしたもんだにゃ……」
「失礼ですね。パティアはこれでも頭の回転は良いのですよ、魔法の実力も人類屈指、この子はわたし自慢の娘です」
「え……えーー!? あ、あのねこたんが……ねこたんが、パティアを、ほめてくれた……。へへへぇ、そうだぞー、パティアはすごいんだぞー、んーと……こげにゃんにゃーん♪」
それから鳴らしたくてうずうずしていたようで、パティアの指先が銀の竪琴を爪弾く。
その美しい楽器の音色に、彼女は指を止めて、それから大きく息を飲んで感動していました。驚くほどに綺麗だと。
「魔法とか剣術も生きるために必要ですが、そればっかりではダメ人間になってしまいます。冬が来たら暇になることですし、こっちのお勉強もしてみませんか?」
「するーっ! パティアもねこたんみたいになるー、ラブちゃんラブちゃんっ、みてみてこれっ、ねこたんにもらったんだよーっ! たてぽろろん」
うるさい、寝れない、あっちいけ。
ラブレー少年の抗議もむなしく、メチャクチャで騒がしい演奏が彼の安眠を妨害していました。
パティアが夜な夜な生命力増幅の術を畑にまいていたことを、ラブレー少年から密告されたのはその後のことです。
小さな豊穣神の秘密はパティアのことを考えて、皆に黙っておくことにしました。




