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17-11 入り混じる邂逅 嫌われ者のミゴー

「だが……最初から、オレたちを罠にかけるつもりで、あの街で張っていた、という可能性もある……」

「ええそれもあるかもしれませんが、今議論に時間を割くことはできません。わたしとクレイは馬上より遊撃します。あなたは突破口を」


「わかった」

「では下馬したところ悪いですが、まずはお手を。行きますよピッコロさん!」


 ナコトの書を開き、リックの手を取って重戦士の体重を半分に変える。

 そのリックが馬にしがみ付くと、わたしは馬を急速前進させた。


 ここは川と岩場と崖が重なっていて、迂回の難しいエリアです。

 そのルートを塞ぐ待ち伏せ部隊に向かって、ネコヒトと牛魔族が真っ直ぐに突っ込む。奇襲をしかけるために。


「教官ッ、アイツがいるッ!!」

「おや……そうですか、これは早速予定外ですね」


 だがそこにあっては困る顔があった。

 上位種族デーモンの面汚し、殺戮派ニュクスのお気に入り、恩知らずのミゴーの姿が。

 ミゴーもわたしとリック、それにクレイの姿を見つけて地に突き刺していた大剣クレイモアを引き抜いた。


「へっへっへっ、こりゃ驚いた! 妙な顔がそろってるじゃねぇかよ! しかしよぉ、こりゃぁよぉ、どういうつもりだよてめぇっクレイよぉっ!?」


 でしょうね。ラクリモサを拠点とする時点で、クレイは殺戮派の配下とも言っていい。

 これはミゴー側から見て明確な裏切りでした。


「み、ミゴーさん……こ、これは、その……なんでそこにいるにゃぁぁ、タイミングが悪過ぎるにゃぁ……」

「ま、仁義のねぇクズなんてどうでもいいけどよ。よぉ久しぶりだな妹弟子、愛しの教官の下に、無事に合流できたようで何よりだぜ、クカカッ!」


 なぜあなたがここにいるのですミゴー。

 確かにニャニッシュとカスケードヒルの間を監視すれば、わたしの同行をつかめるかもしれない。

 だがその監視網にミゴー自らが加わる理由がわからない。殺戮派の最強格を前線ではなくこんな場所に置くなんて。


「おかげさまでな、恩知らずのミゴー。あの時の礼代わりに、教官にもし謝罪するなら、取り持ってやってもいいぞ」


 もちろん彼にその気などない。リックの挑発が歌声にでも聞こえているのか、わたしの弟子、デーモン種のミゴーが上機嫌でただ道を阻んでいる。

 わたしはナコトの書のおかげで強くなった。だがそれを超越して、このミゴーはけた外れに強い……。


 困りました、リックの戦闘力と十字槍で突破口を作るはずが、計算が狂ってしまった。

 歴代の弟子の中でも最強の存在、嫌われ者のミゴーはリックでは抜けない。


 わたしは馬を反転させてミゴーに背を向ける。いえダメでした。

 後ろにはやはり伏兵がいる。下がればその伏兵を呼び込むようなものです。判断を訂正してもう1度ミゴーに振り返りました。


「つれねぇじゃねぇかよぉクソ猫、今度こそ決着をつけようぜ。弟子が師匠を越える瞬間をよぉ……最低の裏切りを俺に体験させてくれや!」

「ミゴーさん、話せばわかるにゃ……にゃーはまだ裏切ってにゃいし……」


「黙りやがれドサンピンッ、口をはさむんじゃねぇ、俺たちの因縁に!!」

「だそうです、ではよろしく」


 クレイに馬を任せてわたしは下馬した。リックの隣に並び、戦闘狂のミゴーと対峙する。

 馬と一緒にミゴーに寝返ることもできる。どうするかはクレイの本音次第でしょう。


「さあ楽しもうぜ、同門同士よぉッ!!」

「教官は突破口を。ここがお前の墓標だミゴーッ、この恩知らずが!」


 ミゴーがクレイモアと共に突っ込んできた。

 それに少しも臆せず、リックが十字槍で剛撃を受け止めた。

 パワー系とパワー系の激突です。並外れた両者の力は他者の付け入る隙を与えない。

 わたしごときがそれに加勢しようとすれば、風の前の木の葉のように巻き添えを食うことになる。


「なぜここにいる、クレイがオレたちを売ったのか?!」

「だがら売ってないにゃぁぁーっ!!」


 ならここになんでミゴーがいるんですか。

 あなたが売らなきゃ、ミゴーがここにいる説明が付かないのですよ。 


「へっ、ニュクスの野郎がうるさくてな、どうあっても、俺たちの教官が生きていちゃ困るらしい。クソたまらねぇぜ……ようやく前線から戻れたと思ったら、またクソ猫を殺れ、クソ猫を殺れとか言ってきやがるッ!」


 リックがミゴーを押さえてくれている間に、わたしはヤツの配下を切り倒してゆく。

 クレイはどういう意図かいまだ裏切らず、騎馬弓兵として敵から逃げながら矢を射かけている。


 そいつらは殺戮派に属する正規軍といったところでしょう。ミゴーの直属、汚らしい取り巻きどもとは別の連中でした。

 オーク種に、レッサーデーモン種、リックと同じレッサーミノスもいる。


「ミゴー様ッ、強いですコイツ、た、助けて、ギャッ?!」


 わたしは体格に恵まれた敵を技術と速度で翻弄した。

 ナコトの書は使っていない。それでも我ながら鮮やかなものでした。喜ばしいことにわたしは若さを取り戻し始めていたのです。


「クッククッ、クカカカッ……! マジかよ、こりゃつぇぇっ!」

「おいミゴーッ、こっちを見ろ! どういうつもりだ!」


 リックが怒るのもわかる。ミゴーは後ろに下がり、打ち合いを止めてしまっていた。

 仲間がやられていっているというのに、わたしの戦いを見物し始めた。


「まさかこっちの旗色が悪くなるたぁ思わなかったぜ! クハハッ、おいおい冗談だろ、何だよその動きの冴えはよぉっ、まさか今日までずっと、うん十年も俺たちを騙してきたのかよっっ!?」


 違いますね、わたしは事実老いさらばえた。

 パティアの父、エドワードさんとナコトの書と出会うまで。

 ミゴーはもうわたしにしか眼中にない。リックを無視してこちらに向かってこようとしている。


「待てミゴーッ、オレを雑兵扱いするつもりか!」


 リックだってそんな扱いをされたら穏やかではない、ミゴーを止めようと詰め寄った。


「邪魔すんじゃねぇ! 気が変わったんだ、やっぱテメェより、あっちが先だ! クソ猫ッ、今度こそ俺と、本気で勝負しろ!!」

「止まれミゴーッ! くっ、止まれと言っている!!」


 リックがミゴーの前をふさいだ。

 それがミゴーの怒りを呼び覚まし、たちまち激しい激突が始まる。

 防戦上手のリックがミゴーの恐ろしい大剣の乱舞を見事全て防ぐ。


 反撃する余裕はない、しかしそうやって時間を稼いでくれればそれで十分です。

 このままわたしが敵を減らせば、突破口を作り出せる。


「グッ……テメェ!」

「オレの前で、下らないよそ見をしたからだ」


 ミゴーはわたしと戦いたいあまりに焦った。隙を突かれ、リックの十字槍に腹を浅く斬られる。

 青い血が吹き出し、さすがのミゴーもリックとの距離を取ることになった。


「防戦一方に見せかけて、この一撃を狙っていやがったか……クックククッ、成長したじゃねぇか妹弟子!」

「あなたがマヌケをおかしただけですよ。クレイ!」

「にゃ、ミゴーさんごめんにゃ!」


 もう1つマヌケがありました。

 彼が戦いに夢中になっている間に、わたしは突破口を作り出した。


 起死回生の退路に、これ幸いとクレイが馬を飛ばす。

 リックもわたしもピッコロに飛びついて、まんまと待ち伏せ部隊を抜いた。


「おい待てクソ猫! 俺と戦えッ、なんで逃げるッ、てめぇを殺らなきゃ……俺はいつかブチ切れたニュクスに殺されるじゃねぇか!!」

「あの男の下につくということはそういうことです。ニュクスが魔界にもたらすのは死だけです」


 兵を隠していたらしい、抜いたつもりが少数に道を阻まれた。

 それも排除すればいい。リックが馬上より十字槍を振り回し、クレイの短弓が正面の敵を片付ける。

 わたしのアイスボルトが的確に放たれ、ミゴーの追撃をいやらしく妨害した。


「今さらてめぇの説教なんて聞くかよ! 決着を付けろよ! 俺に裏切られて、ブチ切れてんだろてめぇもよぉ?!!」

「いえいえむしろ感謝していますよ。あなたに殺していただいたおかげで、わたしは多くの友人を得ることになりましたから」


「逃げるな……逃げるなら、この場で全部ッ、消し飛ばすッ!!」

「教官っ加速を!」


 ミゴーはデーモン種、肉体以外にも先天的な強力な魔力を持っている。

 あれは広範囲に及ぶ爆裂魔法バースト。早い話が全てを吹き飛ばす空気爆弾をわたしたちに投げ付けようとしているのです。


 ええわかっていますよ。馬の背に乗ったまま、わたしはナコトの書をこっそりと開く。

 可能な限りこちらの手の内はニュクスとミゴーに見せたくない。


「ミゴー、リックを助けて下さりありがとうございます。それとニュクスに伝言をお願いします」

「ふざけるなッ、止まれ、止まらなきゃバラバラにテメェらを吹っ飛ばすッッ!!」


「これ以上こちらに干渉してくるなら、わたしは報復に、茨の森(ローゼンライン)を焼き払います。それでは……」


 パティアの力を隠す方法をとっさに思い付きました。

 全てわたしがやったことにすればいい。わたしは偽りの黄金、エレクトラム。きっとそれがお似合いです。


「待ちやがれクソ猫ッ、んな報告したら俺がぶち殺されるだろがっ!! 止まれ、止まれって言ってんだろッ、この、クソ猫がァァッ!!」


 ミゴーは目の錯覚か、夢かと思ったでしょうね。

 アンチグラビティの発動により、馬は彼の想定をはるかに越える、神の奇跡のごとく超速度で、バーストの射程距離を抜けてゆこうとしたのですから。


 やつは貴重な魔力を消費して、術をぶっ放してしまったようでしたが、それはわたしたちの背中を押すただの爽快な追い風にしかなりませんでした。

 わたしたちはまんまとミゴーの追撃を、天馬ピッコロさんのひずめで痛快にぶっちぎったのでした。


投稿タイミングを逃し続けていた補完絵「しろぴよ」を過去話に追加しました。

あまりに尊い絵でどうしても入れるべき場所がわからなくてつい、とにかく尊い!


挿絵(By みてみん)


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