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17-10 猫と猫のエンゲージ

 一人馬の背に揺られながら、ローブの端でくすんだ竪琴を磨く。

 やはり思った通りでした。輝きを失っていた鈍色は徐々に色合いを取り戻し、少しずつあるべき銀色の姿に戻ってゆく。


「教官」


 それはまるで、わたしという楽士に巡り会えたことに竪琴が歓喜して、店主には隠していた銀色の正体を披露してくれているかのようです。

 いえあながちそれは大げさな比喩とも言い切れません。なぜか売れ残る竪琴を、磨いて価値を高めようとあのオーク女も考えたはずでしょう。


「教官……?」


 彼女は必ずこれを磨いたはずなのです。なのに鈍色の竪琴としてわたしに買われた。まったくおかしなこともあったものでした。


「夢中だにゃ……賢い馬で良かったにゃ~」

「ああ、どうやらそのようだ。ふふ……教官にも、かわいいところがあるんだな」

「おや、何の話ですか? すみませんね、これに夢中になっていたようで」


 軽く弦を鳴らしてみると、竪琴独特の高く美しい音色が響く。

 それは魔界の暗雲に包まれたカスケードヒルの夜に、少しばかしの哀愁を生みました。


 ここはもう郊外、華やかな街から遠ざかりすっかりうら寂しくなっている。

 それとどういうわけか、リックはわたしを見て場違いにやさしい微笑みを浮かべておりました。


「あの伝説の魔王様が喜ばれた、ベレトートルートの演奏を聴ける日がくるとは嬉しいにゃぁ~ぉ」

「連れて行くとは、まだ一言も言っていませんよ。そもそもなぜ一緒に来たいのです、ミゴーやニュクスに、わたしの居場所を売るおつもりですか?」


 ところがクレイは答えません。

 辺りを見回して、念のため場所を変えたいとの意思を見せました。

 わたしたちはしばらくをただ静かに歩き、カスケードヒル最後の城壁を抜ける。するとようやくクレイが口を開いてくれました。


「個人的にみゃーを猛烈リスペクトしてるにゃ。それに言ったにゃ、長老もババ様たちも、殺されたにゃ……」

「ああ、理不尽な話だ」


 馬から降りてリックに任せました。

 同じ背丈の低い者同士、わたしはクレイと肩を並べて郊外と魔界の森の境界線を進んでゆく。


「なのに貴方は魔将の思惑を超越して、こんなところにまで忍び込んできた。ふみゃぁぁ……超絶カッコイイにゃ……」

「そうやって相手をおだてて油断させる、あなたはそういう人でしたね」


「違うにゃ、にゃーは無害にゃ」

「はいそうですか。ところで先ほどこんなものを買ったのですが、これ、ご存じですか?」


 それは指輪です。何の変哲もない、真鍮に彫金道具で波模様を刻んだものでした。


「ん……どこかで、見覚えがある」


 リックが前屈みになって隣からそれをのぞき込む。

 ところがクレイは指輪には目もくれず、リックの無防備な谷間に目を向けていました。


「クレイ、話の途中だというのに、今どこを見ているのですか」

「でかいにゃ……」


「そんな感想は誰も聴いていませんよ」

「え……き、貴様ッ、ど、どこを見てるんだッ!!」

「それは誓約の指輪だにゃ、にゃーに使うつもりかにゃー」


 すっとぼけたやつです。

 クレイはバザーでわたしがこれを買った時点で、正体を見破っていたのかもしれません。

 ならば説明が省略できて都合が良いと思いますか。


「ええどうしても来たいというならば、それ相応の覚悟を見せて下さい。あなたはわたしより、ずっとミゴー側に近い存在なのですから」

「ラクリモサでただ静かに暮らしてただけにゃ。何を誓えばいいにゃ?」


 殺戮派の都、魔界都市ラクリモサ。あそこにはもう長らく帰っていません。

 わたしは殺戮派の古参から見れば裏切り者、近寄れる場所ではない。


「わたしの許可なく、隠れ里ニャニッシュを出ないと誓いなさい」


 これに応じるかどうかで狙いがある程度絞れます。

 外へと情報を売るのが目的なら、出入りを禁止してやればいいのです。


「誓うにゃ。大先輩ベレトートルートの許可なく、にゃーは隠れ里ニャニッシュ――ひどい名前にゃ、ミゴーさんが聞いたらブチ切れて暴れだして酒場ごとぶっ潰しそうにゃ……」


 しかしです、クレイはわたしが顔色を読む前に即答していました。

 これではクレイの腹を探れません。


「もう少しちゃんと考えて下さい。行ったこともない土地から出れなくなるんですよ、意味わかってますかあなた?」

「ニャーはニャニッシュを出ないにゃ。これからは大先輩にお供しますにゃ」


 やれやれ、つくづくたちの悪いネコヒトです。

 誓約の指輪には強制力があり、誓いを破ろうとすれば着用者に苦痛を与える。

 これは言ってしまえば、一方が一方にアンフェアな契約を強いるための最低の呪具でした。


「さ、エレクトラムさん、契約結びましょ」

「食えない人ですね……わかりました。わたしエレクトラム・ベルは、クレイを隠れ里に連れてゆくことを約束します」


 クレイの指に誓約の指輪を通しました。

 するとわずかな青い燐光が生まれてすぐに消える。地味ですがこれで……


「契約成立にゃ」

「ここまでされたら、折れるしかないだろう。下手にもめてここで別れるより、ずっといい……」


「そういうことですにゃ、いやぁホーリックスさんはわかっていらっしゃるにゃぁ~」


 泥色のネコヒトがしぐさと態度でゴマを擦る。


「軽薄なやつだ……あきれを通り越して、もう何も言えん」


 リックと同意見です。フードを下ろして新しいレイピアを引き抜き、ちょうど頭上にあったブラッディベリーを枝ごと落としました。


「クレイ、裏切ったら殺します。同族であろうとも、裏切り者は裏切り者ですからね」

「三魔将が先ににゃーたちを裏切ったにゃ。状況が変わった、とでも思ってくれればそれでいいにゃ」


 それこそ信用できません。

 さらにまた180度状況がひっくり返る何かが起これば、簡単にこちらを裏切るという意味でもあるのですから。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 魔界の森に入った後は、北東の隠れ里ニャニッシュに向かって走りました。

 ネコヒトのクレイはとても軽いので、リックの背中に張り付かせて夜の森を馬で駆け抜けたのです。


 クレイがあっさり誓約の指輪に応じたことに、わたしは拍子抜けと共に新たな疑念をいだかずにはいられません。

 これで里からの外出を封じたことになります。情報屋のクレイは本当にそれでいいのでしょうか。


「クレイ、何が狙いなのです、何から何まであなたらしくもない」

「ネコヒトの伝説、魔王に尽くした絶対に死なない猫を、間近で見たくなったにゃ」


「ラクリモサでの仕事の基盤を捨ててまでですか? それはまた、都合の良い気まぐれが起きたものですね」

「全て、捨ててしまいたくなったのか? バニーのように……」


 バーニィとクレイを同列にしたくありません。同じ悪党でも別物です。もはやアレは……そう、わたしの大切な相棒であることを認めましょう。


「故郷の連中ならきっと、にゃーと同じことしたと思うにゃ」

「ええ、かもしれませんが、出会ってしまったのがあなただったというのが問題でしてね……。言っておきますが、里の者に妙なことをしたら許しませんよ」


「にゃーは雑魚にゃ。力のない者の生き方は心得てるにゃ。よーするに力を持った者に(・・・・・・・)、従うだけにゃ」


 その力が大地の傷痕に、ニャニッシュに存在しているとでも言うつもりでしょうか。

 そうなると、あの土地を丸ごと隠蔽した大いなる力、パティアにクレイがすり寄る可能性も見える……。


「にゃぶっ?!」


 ところがそのときでした。リックが馬のたづなをいきなり引いて、まあ要するに急停止させたのです。

 それから正面方向に鬼気迫る目線と注意を向け、その向こう側の気配を読み取ろうとする。


「教官、悪い話だ。待ち伏せされている」

「そのようですね」


 索敵を済ますと彼女は下馬しました。かと思えばクレイの胸元をつかんで軽々と持ち上げる。


「ギッ、ギニャァァーッッ?! く、苦しっ、酷い誤解にゃぁっ!」

「お前、オレたちを売ったな……?」


「売ってないにゃっ、誓うにゃっ、のどがつぶれたら、お、お酒が美味しく……ミギャーッ?! この人止めてにゃぁぁーっ!」


 止めてやる義理などありません。しかしぼんやりとそれを眺めている余裕もありません。


「そんなことしている場合じゃないでしょう、今はここを切り抜けませんと」


 わたしは騎乗したまま古い方のレイピアを抜く。

 待ち伏せされていたとなれば、最悪後ろもふさがれています。


「いつのまに、かはわからない。だがこいつがオレたちを密告した、そう考えるのが自然だ」


 言いたいことを言うとリックは頭を切り替えてクレイを馬の背に戻し、十字槍を背から両手に移した。


「馬はわたしにお任せを。正統派の元斬り込み隊長ホーリックス、あなたは突破口を作って下さい。ああそれと、そこの酒臭い猫はまだ我々を裏切ってはいません。これまでずっと一緒で、たれ込む隙など一度もなかったでしょう?」

「にゃぁっ、大先輩に擁護してもらえるなんて光栄にゃ!」


 わたしの背中にクレイが抱きつく。

 わたしに向かってゴロゴロと喉を鳴らさないで下さい、ホモですかあなたは。



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