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17-9 目的も果たしたので、カスケードヒルで物資を買い足して帰ろう

 その後、わたしたちは先ほどのカスケードヒルのバザーに戻り、みやげ物と物資を探しました。

 といっても馬を使った二人旅、積載量には限度があります。


 さて生活の基礎、これを衣食住と呼びます。まあわたしならここに娯楽を足しますがね、それはともかく。


 衣。あの寒い日以来、衣類の生産に力を入れることになりました。

 裁縫の得意なリセリと、ジアと、年長の女の子2人を仕立屋クークルスの手伝いとしておいたのです。

 不安はありますが、どうにか冬までに供給が間に合うでしょう。


 食。食糧備蓄は必ずしも十分とは言えませんが、短い冬を越える分には問題ありません。

 冬の間は獲物が冬眠に入ります。モンスターの活動も発生も鈍ることになります。

 狩りの効率が落ち、さすがのわたしでも苦労することになるでしょう。

 ですけどご心配なく、ほんの2ヶ月足らずの我慢ですから。


 住。あの古城があって本当に良かったです。もしあれがなければ、雨風さえ防げない日々が続くことになりました。

 わたしの毛皮はふかふかさを失い、パティアの黄金に美しい髪もボサボサのガサガサなってしまっていたでしょう。心もまた。


 さらにもう1つわたしに幸運があるとすれば、パティアと出会ったことでしょう。

 メギドフレイムのぬくもりがなければ、冬を凍えて過ごすことになったのですから。

 あの子はわたしたちにとって、比喩でも何でもなく恵みであり太陽でした。


 さて説明が長くなりました。

 ということでして、現状において冬を越えることは可能となりました。

 ならばここからは、いかに冬を有意義に、人間的に過ごしていくかの話になります。


 まずは魔界の蒸留酒を大瓶で3つ買いました。

 クレイの交渉術により3割引で手に入ったのですけど、わたしは彼のわがままにまだ応じてはいません……。


「お酒、お酒は大好きですにゃ。向こうに行ったら、大先輩と酒盛りしたいにゃー」

「連れて行くとは一言も言っていませんよ」


「こっちもミゴーさんに売らないとは、1度も言ってないにゃ」

「殺しますよ」


「ベレトートルートは同族を絶対殺さない、みゃーは知ってるにゃ」


 どうしましょうね、本当に……。

 同族殺しはお断りです。しかしクレイ、このネコヒトはやはり信用ならない。

 先ほどのカラント老に詐欺師と言われるくらいには悪人なのです。


「この酒は非常用だ。万一、あの場所の冷え込みが、オレたちの想定以上だったら、これで体を暖める」

「そう言われると、何だか行くのが不安になってきたにゃ……。屋根と壁はちゃんとあるのかにゃ?」


「ええ、ありますとも。あなたの棺桶の話ですよね」

「エレクトラム様ってば、冗談きついにゃぁー♪」


 彼にはあまりプライドらしいプライドがありません。

 コウモリ野郎扱いを受け入れて、ミゴーのような強い者に媚びる。

 己が弱者であることを、彼はこの上なく理解しているのです。だから信用ならない。


「教官を、したってるように見える」

「擬態です、擬態。信じちゃいけませんよ」

「酷いにゃ、憧れてるのはホントのホントにゃ!」


 その次は生活雑貨と、冬の暇潰しの材料です。

 短いとはいえ冬、あの辺りは積雪が発生する。

 毛皮を持つわたしやジョグはともかく、他の者は住居に引きこもることになる。


「サイコロ! サイコロも好きにゃ! ころころ転がって興奮とお金に変わるにゃ!」

「トランプなら子供たちも覚えれる。ポーカーやブラックジャックも悪くない、バニーを誘うか」


 賭博に片寄っている気もしますが、次にサイコロとトランプを見つけたのでそれを買いました。

 ランプに照らされた暗いバザー街は、買い手と売り手のもたらす喧騒で騒がしく、多少の大声も簡単にかき消される。


 次に目に付いたのは分厚い本でした。

 盗品かもわかりません。その店は品が雑多だったのです。


「これは説話集ですね。それに作者の名に覚えがあります、これは面白いやつですよ。書き手はとうの昔に死にましたが」

「エレクトラムさんの昔話はいつだってそうにゃ……死にました、で区切るのは盛り下がるにゃ……」

「読んであげたら、子供たちが喜ぶと思う。値段は少しはるけど……」


 本は安い物ではありません。

 ですが正規のお値段から見れば、これだけの厚みのあるものが1000ネクロで買えるのはお買い得でした。

 やはり盗品と見るべきでしょうかね。ま、すぐにここを出るわたしたちには関係ありませんが。


 その他にも娯楽になりそうな小物を買い足し、次に魔導師のバザーで面白い指輪が安く売っていたのでそれも買いました。

 最後に寄ったのは主に雑貨品を取り扱った店でした。


「どうした教官、何か気になるものがあったか?」

「ええ、そんなところです」


 竪琴を見つけました。

 興味を覚えたわたしはそれを手に取り、軽く弦を引く。

 すると音程の狂いなく、美しい高音が鳴り響きました。状態は良いようです。


「音楽! みゃーは音楽を聞きながら飲むお酒が好きにゃ!」

「オレも賛成だ、武骨なオレだが、教官の演奏は嫌いじゃない」


 横笛は演奏がとても難しく、誰かに教えるのもまたそれだけ大変です。

 ですが竪琴ならば、指を立てるだけで心地よい音色が響く。例えば、わたしの娘の指でも。


「うふふっ気に入ったかしら? それねー、亭主が冒険者からふんだくってきたやつなのよ~」

「おや、迷宮産でしたか」


「きっとそうね。でもね、ぶっちゃけちゃうと、なかなか売れなくて困ってるのぉ~、それ」

「みんな見る目がないにゃ、3倍の値段で転売しても売れるはずにゃ」


 同じネコヒトの背丈です、こそこそ話でクレイがわたしにそう告げる。

 ちょっと声が大きいです……余計なことは言わないで下さいよ、クレイ。売り手が欲を出したらどうするのですか。


「はて、何かこの竪琴そのものに問題でも?」

「んもーっ! 絶対問題なんてないのに、なんでか売れないから困ってるのよぉー! これだけ相場より下げてるはずなのに、何で売れないのかしらっ!」


「それはおかしいな。カスケードヒルには歓楽街もある、需要はいくらだってあるはずだ」

「そうよねぇっ、やっぱり! 絶対絶対おかしいのよ、んもぉっ、やんなっちゃうわ! あんたたち、買うの、買わないの、どうせ買わないんでしょあたし知ってるんだから!!」


 ああちなみに店主ですが、やさぐれたオーク女でした。

 スケベのバーニィに見せてやりたいほどに胸の大きい方で、おかん(・・・)といった表現がとても似合う気がします。

 竪琴には1150ネクロの値札が付いていました。


「買います」

「本当かい!? もうあたしっ、この琴に呪われてるんじゃないかって不安だったの! 引き取ってくれるならそれだけでありがたいわっ、1250ネクロでもっていきなさい!」


「おい、1150って値札が付いてる」

「急に気が変わったのよ!」

「ごうつくばりなオークにゃ……」

「おやそうですか」


 甘い反応を見せて、さらにふっかけてきたら困ります。

 そこでわたしはわざとらしく、考え込んだように見せかけました。


 しばらくして店主の顔色が曇りだしたのを見計らって、皮袋から魔界通貨ネクロを取り出す。


「良かったぁ買ってくれるって信じてたわぁ、毎度あり! これならもうちょっとふっかければ良かったかしら~、まあいいわよねー! またおいでねぇ、かわいい白猫ちゃん♪」

「あまりそういう売り方すると客が長続きしませんよ。それとわたしは猫ちゃんではなくネコヒトです。では良い取引でした」


 ぶるんぶるんと暴れまわるオーク女の胸に気分が悪くなってきました。

 わたしたちはそれを最後の買い物にして市場を離れて、カスケードヒル北郊外に出ました。厄介者を引き連れて、娘の元に帰るために。


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