17-8 おうごんのきらきら~!
「ぉぉー……なんだ、かわいい子連れて来たんならそうと言いやがれ! そっちのはネコヒトか、ぐわははっ、どっちもかなりのやり手と見たぜ」
「教官、とうとつだが教えてくれ……。オレは、かわいい、のか?」
「ええまあ、年寄りから見れば美人もかわいいの部類です。あなたは十二分にかわいいですよ」
急にリックの血色が良くなったのを確認して、わたしは巨体の老人を見上げる。
ミノス族はとても大きい。それはもう鍛冶屋に向いた恵まれた体躯を持っていました。
「そういうこった。こっちにきな、一般客には見せねぇワシの傑作を見せてやるぞ!」
「本当か? それはありがたい!」
奥の鍛冶場を通って、とある物置に通されました。
老が明かりを灯して中を照らすと、そこにも数々の武器防具がひしめいている。
見ればすぐにわかります、どれもかなりの業物でした。
「重槍はないのかにゃ?」
「ああ? 重槍つったって、どんくらいのが欲しいんだ、かわい子ちゃんよ?」
問いかけに対しては返事ではなく、リックは倉庫の中を静かに見回す。
それからわたしの背丈の2倍はあろう長槍を指差し、無表情に老へと目を向けました。
「あのくらいの長さがいい。大きな穂先と斧が付いていて、遠心力で敵を叩き斬る、運用法をする」
「みゃぁぁ、にゃんか、聞いてるだけでおっかない話にゃ……」
レイピアは3本ほどありました。
その中からわたしは己に向いた一番小さい物を選び、手に取って重さと刃を確認する。
「おいおい、そこまでのブツになると特注だ、さすがにここにはねぇ。ああそうだ、ほぉ~らおいで、こっちの十字槍はどうだ、かわいいこちゃんよ」
「十字槍か……」
老から槍を受け取り、リックは新しい得物を吟味する。
重さと遠心力で叩き斬るという要望にはやや届かないが、とても長く、左右に出た刃が頼もしい。
「良い仕事だ。カスケードヒルに、これだけの名工がいるとは知らなかった。とても、良い槍だ」
「気に入ってくれてワシも嬉しいぜ。そっちのネコヒトもそれでいいのか?」
こちらのレイピアも問題ありません。とても頑丈そうで刃も鋭い。
飾り気のない質実剛健な作りも好みです。
「気に入りました。ですが1つ問題があります。これも、それも、間違いなく、お高いということです」
「あ~~、そこはにゃーにお任せ下さい大先輩。カラントさん、少しお耳を……」
といってもクレイは背伸びしたって牛耳には届かない。
老がちっぽけなネコヒトの前にしゃがみこむことで、ようやくそれは可能になりました。
「この方は……でして、にゃ……そこで……負けてほしいにゃ」
わたしの聞き耳を警戒してたいたようなので、全部は聞き取れませんでした。
どうもわたしの正体を使って値切ろうという、筋の全くわからない話らしくも聞こえる。
「どういうつもりですかクレイ、わたしたちに確認もせず、市民である彼を、面倒に巻き込むおつもりで?」
「大丈夫にゃ、カラント爺さんは話のわかる男にゃ。にゃーともあることで意気投合した仲にゃ」
信じがたいですが本当らしいです。老が立ち上がり、腕を胸の前で組んで不敵に笑う。
ネコヒトという体躯に恵まれない種族からすれば、何度見ても羨ましい筋肉でした。
「それ、10割引だ。十字槍はそうさな、5割引でいいぜ。遠慮したって値上げしねーぞ」
「さすがカラント爺さん太っ腹ですにゃ、助かりますにゃぁ」
何を考えているんでしょう、それでは原価割れです。
鉄はただそれだけで価値がある。加工された鋼の武具ともなればその何倍も。しかも彼の傑作だそうで。
これでは赤字、こんなことをしていては商売になりません。
「値段設定も豪快なご年配だな。だがそうはいかない、正規の値段で売ってくれ、この槍とレイピアには、それだけの価値がある。オレはそれに報いたい」
リックが珍しくも饒舌に主張する。
しかしそれは老を喜ばせるだけで、割引の撤廃を決意させるものにはなりませんでした。
クレイが何かを使って彼を動かしたのです。
「どういうおつもりですか? わたしたちの正体を、そこの信用ならぬコウモリ猫から知ったようですが、それが値下げに繋がるとはとても思えません」
「なっ、なんだって?! クレイ、オレたちに勝手に、一般人を巻き込むな!」
これだから信用ならない。
ネコヒトの里でも嘘ばかり吐く問題児でした。その悪癖が歳を取ったからといって治るわけがない。
「それは簡単だベレトートルート、うちの長老連中も殺られた……。ただそれだけのことよ……」
「そういうことですにゃ」
老人を盾にしてクレイが顔をのぞかせる。
ミノス族のカラントは先ほどまでとは打って変わって、真摯な眼差しをわたしに向けていました。
わたしの正体を知って態度を変えたようです。
「まあそんなご時世ににゃー? 三魔将の狙いを逸脱して生き延びる猫に、サービスをしたくなった、というわけかにゃぁぁ~?」
「ああ……ワシぁ難しいことはわからんがそういうことだ。そっちは正統派のホーリックスだな?」
リックは死んだことになったわたしと違って今もお尋ね者です。
名誉は汚され、魔軍を裏切ったことにされていました。
「こうなっては隠してもムダだな……。そうだ、だがオレははめられたんだ、軍を裏切ってなどいない……」
「信じるよ。今となっちゃおかしなことばっかりだ。正統派も、穏健派も、ニュクスのやり方に同調してるようにしか見えねぇ……」
すみませんが他人事にしか聞こえませんでした。
わたしたちはあの地で静かに暮らせればそれでいい。全ては長い長い時間が解決してくれます。
「信じてくれるのか……?!」
「ああ信じるね。ところで話は変わるがな、俺様の槍を大事に使おうだなんて思うなよ。そいつはお前の理想の重槍が手に入るまでの繋ぎだ、使いつぶしてやってくんな」
するとその言葉にリックは嬉しそうに槍を抱き直しました。
それから、彼女にしては表情豊かに老へと笑顔を向ける。
「ありがとう、大切にさせてもらう、素晴らしい十字槍だ……」
「あぁ~? かわいこちゃんよ、ワシの話聞いてたかぁ? そんなもん使いつぶしてくんなッ!」
「面と向かってそうとは言えない、大切にする」
「かぁぁーっ、それじゃ本気でぶん殴れねぇだろ! ぶっ壊すつもりで使えっての!」
「それこそ無理だ」
「お前も頑固なねーちゃんだなッ、武器ってのはそういうもんだろが!」
何をやってるやら、そんなの言葉の受け取り方の問題でしょう。
リックが本気で振り回したら、どんな武器だって刃がもちませんよ。
「しかしわたしたちに投資しても、望む結果は得られないと思いますよ。ニュクスとも、人間とも、わたしたちは敵対する気はありません。もちろん、ミノス族長老の仇なんて取りませんよ?」
「教官、それはきっと違う」
ところがさっきまで言い争いスレスレを行っていたリックが、急にカラント老の肩を持ちました。
わざわざ老の隣に歩み寄ってわたしを見るのです。
「教官には、ただ生きていて欲しいんだ。殺された長老たちの代わりに」
「そういうことにゃ。それに、長老殺しが三魔将の狙いなら、今は生きていてくれるだけで、彼らの目論見をひっくり返せるかもしれないにゃ」
「難しい話はわからねぇけど、そういうこった! 生きてくれ、死んだジジィどももそれで喜ぶ」
何かと思えばつまらない理由です。
全種族の長老を見境なく殺して回るくらいです、彼らは何がなんでも、わたしを殺そうとするでしょう。
……年寄りの当てずっぽうですがね。
「やれやれ、わたしを年寄り扱いですか? あなたもわかっているはずでしょうけど、そんなこと言われても年寄りは喜びませんよ」
新しいレイピアをさやへと戻し腰に付ける。
このレイピアならそうそうすぐには壊れることもないでしょう。
「ところで大先輩、にゃーを大先輩の本拠地に案内してくれにゃい? 連れてってくれないと、ミゴーさんに密告、するにゃぁ♪」
「フフ、彼にわたしを密告ですか」
良い話で片付こうとしたところに、いきなりこれですよ。
クレイ、これだからあなたを信用したくなかったのです。どういうおつもりですか……。
・
その頃パティアは――
真夜中に目が覚めてしまったそうです。
場所がいつもと違ったのも原因の1つでしょう。
ラブレー少年の家、そのベッドの上でパティアは真っ暗闇の世界で周囲を見回しました。
「ほけー……。ここ、どこ……。なんか、くらい……」
幸いは魔界側の暗雲と月が、世界をうっすらと照らしていたことです。
「あ、おもいだした。ここー、ラブちゃんちだー」
そのイヌヒト・ラブレー少年は同じベッドで寝ていたはずなのに、床にある毛皮の敷物の上で丸まっていたそうで。
「おお……ラブちゃん、わんこみたい。ラブちゃん、かわいい……」
ラブレーが聞いたら気分を害するでしょうね。
うちの娘はしばらく少年の前にしゃがみこんで、触りたい気持ちをうずうず抑えながら寝顔を眺めたと言っていました。
「こまったー……ねれない……。あ、そだっ!」
やさしい子です。少年に自分の毛布をかけて立ち上がりました。
こまった子です。さも当然のように家を抜け出して、明かりの魔法を灯し、どこに行くのかと思えば畑の前に立つ。
「むふふー……しょうがないもんなー、ねれなくてー、ひまだ。よし、やるぞー」
しばらく精神を集中して、それが済むと8歳の少女がキラキラと光り輝く不思議な粉を振りまく。
畑に、闇夜に輝く黄金の粒子をまいて回りました。
「はぁっはぁっちょっとお前っ! 何も言わないで抜け出すなよっ、心臓が、止まるかと思ったじゃないかっ! え……というか、え、何してるんだお前……?」
そうでしょうね、ふと夜中に目を冷ましたら預かってた娘が消えたんです。
さぞや肝を冷やしたでしょうとも。
「へへへ、ないしょー。もー、しょうがないなー、ラブちゃん……パティアがいないとさびしくて、おきちゃったかー」
「僕はエレクトラムさんに頼まれて、お前の面倒見てやってるだけだよ! 寂しくなんかない、バーニィさんが作ってくれたこの家が、一人ぼっちでも僕を守ってくれてるんだ!」
「ラブちゃんはー、バニーたん、だいすきだなー。それ、わかるー、バニーたん、パティアもだいすきだ」
「お前もそう思うか!? そうだろ、バーニィさんはやさしくて大人なんだっ! カスケードヒルにはあんなやさしい人――あ、あれ……?」
ラブレーは不審に思いました。
パティアが光る粉をまいていたが、袋らしき物を持っていなかったからです。
近付いてポケットをこっそりのぞいてみても、そこに疑いの粉は詰まっていない。
ならばどこから光る粉を出して、それを畑にまいているのか。
「あのさ……」
「どしたー、ラブちゃん? あとでパティアが、いいこいいこしてあげるぞー」
「いらないよっそんなのッ! それよりそのキラキラした粉、どこから出してるんだよ?!」
粉と言うよりそれは光の粒子でした。
畑に降り注ぐと雪のように溶けて、跡形もなく夜の世界から消える。
ええわたしから申しましても、勝手に何をしているんですかあなたは……。案件でした。
「んーー……。そだっ、じゃ、しっぽ、さわらせてー」
「し、尻尾?! やだよっ、尻尾だけは絶対ダメ!」
「えー、そんなこといわないでー、ちょっとだけ、ちょっとだけぇ……。にへへへへっ、らぶちゃーんっ、パティア、なんか、しんぼーできないー! がおーっ!」
「ひっ、ヒャンッ、く、くるなっくるなよぉぉぉっ?!」
「まってー、らぶちゃーん!」
そんなこんなです。月夜の追いかけっこはとっても楽しかったそうですよ。
ええ、もちろんパティア個人の感想でしたが。
結局、ラブレー少年は光の粉の正体を聞けずじまいで終わりました。
ま、何であるかは大方の推理がつきますがね……。
恐らくは、あのクリ花粉の大津波を引き起こした、生命活動増幅の系統に位置する魔法であると。
先日は、誤投稿してしまい申し訳ありません。
誤字報告、感想等、いつも楽しく読ませていただいております。




