17-7 猫と牛の隠密旅行 細剣と重槍が刻む魔界の絆 - 泥の名を持つ猫 -
「敵か……?」
鋼が冷たい音色を響かせて闇夜に銀色の刃をさらけ出した。
いえ平淡に言い直せば、リックがロングソードの片方をさやより引き抜いたということです。
「ちょ、ちょっと待つにゃ! 同族を売るほど落ちぶれてないにゃ!」
わたしはそれを止めませんでした。
さやより完全に引き抜かれた剣は、確かに買い換えたくなるくらいには劣化したものです。
鍛冶屋の名誉のために言っておくと、鋼の剣がいかに頑丈であろうとも、使い手の筋力に刃がもたなかったようでした。
「ちょっとっ、この人止めてにゃ! ネコヒト虐待にゃぁっ!」
「止めても何も、あなたあまり故郷でも評判が良くありませんでしたよ」
「つまり悪党か……」
もう一本のロングソードが引き抜かれ、リックは殺す気で泥色のネコヒトを睨み付ける。
リックは不器用な人です、その態度は譲歩の可能性すら見えない本気でした。
ここは魔界の自由都市。人間の世界とは違って、この程度の殺す殺さないなど誰も気にせぬ日常の1ピースです。
「ふにゃぁっ、おいら悪いネコヒトじゃないにゃ!!」
「と、言っているがどうなんだ、教官」
「ええ、白か黒かで言えば黒ですね。情報のまた売りはまだいいとして、故郷では人を騙したりすることで有名な子でした」
うっかりわたしが子、と付けてしまったことでリックの敵意が鈍りました。
困ったネコヒトクレイはそれを敏感に察して、縮こまっていた体を元に戻してしまう。
「そこまで覚えていてくれたなんて光栄ですにゃ」
馴れ馴れしくもリックの前をすり抜けて、クレイはわたしの目の前にすり寄る。
フェイクかもわかりませんが、嘘を吐いているようには見えません。
「クレイ、よりにもよってあなたがわたしを見つけてしまいましたか。ですが先に言っておきましょう、たかりをするようなら、この場で刺殺を代価にしてさしあげましょう」
レイピアに手をかけて見せました。ところが困ったやつです、ちっとも臆しません。
ここまでこぎ着ければ、己の口車で人を丸め込めるとでも思い上がっているんでしょうか。
「魔王に仕えたネコヒト、ベレトートルートといえばネコヒトのあこがれだにゃ。情報を売って生きるしかない、にゃーみたいなネコヒトからすれば特に」
その言葉にリックが剣を腰に戻してしまいました。
それだけクレイは巧みに、尊敬の態度に己を擬態していたからです。
「クレイ、それは初耳ですね。あなたの口から、そんな言葉が聞ける日が来るだなんて」
「本心ですにゃ」
ですがわたしはこれが厄介な相手であることを知っている。
「それにあなたに生き返られると、ミゴーさん、都合が悪いにゃ。絶対に死なない猫を殺せ、そうニュクス様に命じられてるからにゃ。この前は上手くかわしたみたいだけどにゃ、今もしつこくて、頭抱えてるようだにゃ」
「おやおや、ミゴーも大変ですね。きっとわたしの殺し方を間違えてしまったのでしょう」
「あの恩知らずが、そんなのただの自業自得だ……」
情景が目に浮かぶようでした。
ニュクスという男は、気分屋で、言い訳が通じない子供みたいなところがあります。
ところがその性質は、独裁者として上手いこと機能しているようでした。
「それに知ってるかにゃ? 長老たち、ババ様たち、みんな殺されたにゃ……。犯人はミゴーさん、命じたのはニュクスだにゃ……」
殺戮派の者に聞かれたら面倒な話です。
リックが裏通りの外に目を向けて、それから周囲に人影はないだろうかと確認してくれました。今はいないそうです。
「クレイ、あなたはわたしに何を望むのです。そろそろ要点をお願いします。ええ、その返答によっては……」
レイピアを浅く引き抜いて刃を見せても、もうクレイは怯えもしない。
彼は怯えたふりが得意なのです。そうやって相手を油断させる狡猾なやつです。
「ミゴーさん、良い客。ベレトートルート、憧れの大先輩。どっちを売っても得にならないにゃ」
「筋は通っている。確かに教官は、ネコヒトたちの誇りだろう。実際に耳にしたこともある」
「それは残念、わたしは誇られるほど立派なことはしてませんよ」
結局わたしは生き抜いただけ。
時代時代の激流に飲まれながら、獣のように己を生かし続けただけです。強者と弱者のはざまで。
「タダで案内してやるにゃ。どんな武器が欲しいんだにゃ? にゃーはカスケードヒルでも顔が利くにゃ」
「あなたが無償の奉仕ですって? それこそ怪しいですよ、いい加減本音を言ったらどうです」
「リスペクトしてるって言ってるのに、そりゃないにゃ! ただ力になりたい、おいらみたいな悪党がそう思って悪いかにゃ!」
困りました。見つかってしまった事実はもう揺るぎません。
しかし口封じに同族を殺すのも、わたしの流儀に反します。
ネコヒトは弱くはない。だが武力には恵まれていない。
だから一人一人が力を合わせ、知恵を絞って精一杯生きています。
出会ってしまったのがこのクレイでなければ、どんなに良かったことか……。
「教官、これでは、らちが明かない」
リックの言うとおりです。それにここで決裂してクレイと別れるのもまずい。
「わたしたちはレイピアと重槍を買いに来ました。彼女は得意の得物を失ってしまいましたし、わたしの物もガタが来ています。手配を手伝ってもらえますか、ネコヒトの情報屋、コウモリ野郎のクレイ殿」
「同族は売らないにゃ。あのベレトートルートの力になれるなら、お金なんているわけないにゃ、任せてにゃ」
それもどこまで本気なのやら、額面通りには信じませんよわたしは。
「いえわたしの名はエレクトラム・ベル。もう魔王の僕ベレトに戻る気はありません」
抜きかけのレイピアをさやへと戻し、わたしは仰々しくクレイに向けてお辞儀を向けました。
同族は殺したくありません。かくなる上は……。
・
わたしより少し背の低いネコヒト・クレイに導かれてカスケードヒルの街を歩きました。
「バザーなんかより、もっと良い店を知ってるにゃ。そこなら手に入るはずにゃ」
「それは助かる。なかなか良い物が、見つからなくてな……」
距離はさほどありませんでした。
バザーの集まる混沌としたエリアから、郊外の方角へと西に進むと一軒の鍛冶屋が建っていました。
「ここですにゃ。知り合いのミノス族がやってる店ですから、フードを下ろしても大丈夫ですにゃ」
「それは実際に相手を見てから考えますよ」
「ああ……うかつに姿を見せると、先方に迷惑をかけることに、なるかもしれないな」
鍛冶場は奥で、軒先は店舗のようです。クレイのうさんくさい笑みが鈴の付いた木戸を押し開きました。
カランと鈴が鳴り響き、それに従って石造りの古い建物の中に入ると、そこにはありとあらゆる金属武器がひしめいています。
すぐに奥から大きなミノス族の男がやってきました。
ミノス族の外見はというと、ウシヒト、という別称に違い無き姿ですよ。
「お前かよクレイ……ったく、寝覚めに景気の悪い野郎を見ちまったよぉ、かぁぁっ、今日は最低だ! んんっ、そいつらは詐欺の仲間か?!」
「教官、オレたちは、詐欺師に見えるのか?」
「まあこんな姿ですからね、好意的な視線はないでしょう」
あなたのせいで詐欺師扱いされたと、クレイに向かって暗い目線を向けてやりました。
わかってはいましたが少しも悪びれません。
「そんな目で見ないでにゃ。客に向かって失礼なこと言わないでほしいにゃ、カラント爺さん」
「お前が客!? バカ言うんじゃねぇ疫病神! おいそっちのやつらもフードくらい下ろせ、ワシの店ではワシに従え!」
鍛冶ハンマーを振り回しながら、ミノス族の男、いえ御老体は大きな体躯から小さなネコヒトを見下ろしていました。
「勇ましい老人だな……どうする教官?」
「どうもこうもありません、クレイの言葉を信じましょう。それに物は良さそうですから」
「カラント爺さんはにゃーと違って善人にゃ、短気でうるさいところ以外はにゃー」
わたしがフードを下ろすとリックもそれに従う。
リックは美しい女性です。
フードの中から現れた褐色の牛魔族、いえ正しくはレッサーミノスの姿に彼は驚いて下さいました。
申し訳ありません!
同じ話を投稿していました! 報告を受けて3/27/01に最新話に修正しました。ごめんなさい、またやりました、ごめんなさい!!




