2-3 予期せぬ侵入者、パティアに迫るあやしい影 - 侵入者 -
朝、わたしは狩りのポイントを北東山間部に移して狩猟を行いました。
将来の取引のために毛皮をもっと集めておきたい。特に首狩りウサギの毛皮は、人間の世界で良い値が付く。あちら側では手に入らないからです。
同じ理屈が一部の薬草類にも言えました。そこで目についたもの採集しておき、パティアの作った壷に保管するのが最近の日常です。
「おや……これはまた、ご丁寧に……」
ところが今日のわたしは冴えていました。
森の中に草木の生えない狭い平地があり、そこに何者かが滞在していたらしき形跡を見つけていたのです。
最初はわずかばかりの匂い、人の匂いが残っていることに足を止めました。
それから辺りを見回すと、ご丁寧に隠蔽されてはいたが、土くれの地面の上に野営の跡があったのです。
「ふむ、夜明け前といったところでしょうか。数は、1……たった独りでこんな辺境に来るバカ、ですか」
足で盛り土を払うと、まだ熱を持った燃えカスが掘り出された。
たき火することからして、おそらくこれは人間。あるいは人間に近いタイプの魔族です。
ミゴーらデーモンは肉体そのものが桁違に強いので、たき火など必要としないのですよ。
さらに入念に調べていくと問題がすぐに浮上した。
わたしたちの縄張りに入り込んだこの侵入者なのだが、どうもかなりの訓練を受けている。
例えば足跡などの痕跡はそれといったものが見つからず、狩人たるわたしの追跡を拒んでいました。
しかしどんなに訓練されていようとも、わたしとは年季が違います。
わたしの中に大樹のように刻まれた年輪が、追跡を可能にしていました。
潜伏ならばわたしの方が上手、さらにはこの嗅覚がある。
痕跡をたどり、わたしは狩りの予定を打ち切って侵入者の追跡を開始した。
これだけの熟練兵がどうしてこんなところに来たのか。
最悪の可能性は、これがパティアを狙った追っ手で、捜索の手を分散させているというケースです。
「この方角は……フフ」
さらに痕跡を追っていくと、どうもそれがすみかの古城に向かって伸びていることにわたしは震えかけた。
入れ違いです。下手をすればこの侵入者がパティアと遭遇してしまう。
こんな場所まで人間が入り込んでくる理由を想像してみれば、やはりわたしの娘を狙った、追っ手と考える他になかった。
大地を蹴り、わたしは山間部から城、その付近の泉目指して一気に駆けた。
この時間、パティアは水くみと果実や山菜の採集をしている。
次にこいつは、最初の冒険者どもと違って練度が高い。
パティアの魔法が命中すればいいが、あの子はまだ8歳、訓練も足りていない。よってわたしが代わりに侵入者を狩らなければならない。駆けた。
●◎(ΦωΦ)◎●
湖が見えてきた。
あと一歩だ、さらわれて東の要塞を越えられたらもう助けられない。
エドワードさんとわたしは約束したのです。ナコトという奇跡の魔導書を代価に、あの子をわたしが守ると。
焦る気持ちを押さえ込み、足音を消して敵との遭遇を警戒しながら道なき森を進んだ。
わたしはそれを見つけたとき、己の目頭に熱い物を感じた。同時に激しい敵意も。
木々と木々の隙間にわずかにだけ人影が見えた。遠い遠い遠方に、武装した人間の男と、それと向かい合うパティアの姿を。
今すぐ突撃――いいえその選択は否です。野生動物の親がするような安直な行動です。
幸い敵はただちに害をおよぼそうとしているようには見えない。剣を腰にかけたままです。
相手は高練度の剣士、対するわたしは人間より小柄で非力なネコヒトに過ぎない。
狩りのコツを思い出しましょう。今は短絡的な情を捨てて、相手に気づかれずに近づき、一撃でしとめるべきです。
それがわたしのやり方、力のないわたしのセオリーなのだから。
姿勢を落としてゆっくりと敵に近付く。ある程度まで距離を詰めたらほふく前進に動きを変えよう。
「何でこんなところにお子様がいるんでぇ、お嬢ちゃん、名前は? お前さんどこの子だよ?」
「…………。そんなこと、きいて、どうするつもりだ。あやしいおじさんだな……」
「なんだ、いっちょ前に警戒してんのか? あやしいって、そんなに俺怪しいかね? ……お前、人間だよな?」
「にんげんで、なにがわるい! パティアはー、にんげんだ! ……あ、しまったー!?」
名前を明かしてしまうだなんてなんてお粗末な……。
パティアのその様子に男は不審がった。
「おい、ついてこい。ここよりもっと良いところに連れてってやるよ」
「いい!」
ヤツはうちの娘に手を伸ばした。
それを目撃するなりわたしは潜伏を解除して、加速を選んでいた。
エドワードさんとの約束をたがうわけにはいかない、ネコヒトのセオリーからは外れるが、これが確実です。
「とにかくついてこい! 俺は別に、怪しいもんじゃないっての!」
「おお、そうだった。あやしいやつ、いたら、ようしゃなく、ぶちこむ!!」
そうそうそうです、わたしそう教えました。
こんなところに来るやつはどっちにしろまともじゃないので、怪しいやつにその5属性ボルト魔法をぶち込めと。
「へ……?」
「おじさん、あやしい! がおーーっっ!!」
「な、待っ――」
パティアはいともたやすく5色の魔法の矢を指先に発生させ、子供らしい後先考えない思い切りの良さで、ソイツをあやしい追跡者にぶち込んだ。
「ゲ、ゲハッッ……」
多属性の反発作用により怪しいおじさんが吹き飛んでゆく。
砲弾のように林の中を飛び、その先にあったカエデの木の幹に背中と頭を打ち付けていた。
「あっ、ねこたん! みてみて、パティアなー、あやしいおじさん、やっつけたった! ほらほらみて、ちゃんと、あたったぞー!」
「この至近距離で当たらない方がおかしいですけど、それにしたって見事な奇襲でしたよ。拍手をあげましょう、お見事」
「やったーー!! ねこたん、ほめじょうずだなー! まあ、パティアはー、ゆうしゅうだ、おじさんくらい、かんたんなのだ!」
拍手と賛辞を向けると、8歳の少女はブロンドを木漏れ日に輝かせてピョンピョンと飛び回った。
舞い上がってます。増長するかもしれません。叱る厳しさを持つべきなのでしょう。しかしそれは置いておきましょう。
「それはどうでしょうね。おじさんは、意外と平気そうですよ」
「え……えーーーーっ!?」
わたしは威嚇を混ぜた眼光であやしいその侵入者に振り返った。
「装備がいいのか、本人のレベルなのかはわかりませんが、ずいぶん高い魔法耐性を持っているようですね」
「いっつつつつ……。なにすんだよちびっ子、ああ度肝抜かれたわ……」
人攫いや暗殺者にしてはどうも緊張感がない。
彼は頭と腰をさすりながら平気で立ち上がっていた。
「って、ネコヒトかアンタ」
「そうですよ。ネコヒトですので、ニャー、だなんて言いませんよ」
「いまいったー! いまいったぞ、ねこたん!」
パティアは素直なので丁寧に明るいツッコミを入れて下さいました。
危ないので、わたしの背中の後ろに隠しちゃいます。
パティアを狙った刺客には何だか見えなくなってきたのですが、とはいえそれも演技かもしれないです。見定めなければなりません。




