17-7 猫と牛の隠密旅行 細剣と重槍が刻む魔界の絆 - 行きますよピッコロさん -
約束は約束です、リックと共に大地の傷跡を発つことになりました。
といってもそれは0泊2日の夜行の旅です。泊まらない以上は日帰りの旅とも呼べましょう。
さて少し解説します。
魔界自由都市カスケードヒルは、ここニャニッシュより魔界側になります。
回りくどく言いますと、あそこは空の3分の2を魔界の暗雲に飲まれた土地なのです。
つまり住民にとって昼は貴重ではありますが、昼を活動時間に選ぶ必要性は薄く、カスケードヒルは深夜0時過ぎになっても眠らない。
そして隠密行動ならば暗いに越したことはない。
そのため夜に到着するよう計算して、昼過ぎの仕事を片付けた後にわたしたちはニャニッシュを出ることにしました。
●◎(ΦωΦ)◎●
レトリバー種に近い子供のイヌヒト、ラブレー少年もわたしたちの隠密行動を見送ってくれました。
「ホーリックスさん、エレクトラムさん、あまり無茶はしないで下さいね……? もし男爵様のお耳に届いたら、僕叱られちゃいます……」
「はぁぁ……きょうは、ねこたんなしで、ねるのか……むなしい……。あ、そだ、らぶちゃんいっしょにねよーっ?!」
「そんなの嫌に決まってるだろっ!!」
わたしが里を出るのです、当然ながらパティアも見送りに加わっていました。
何だか平気そうですね。日に日にたくましく育ってくれて、寂しいやら嬉しいやら。
「いえお願いします。この子と一緒に寝てくれると、わたしも安心して出発できますので、ラブレー、そこはぜひお願いします」
「そうだな……オレからもお願いする、今日一晩でいい、パティアを頼む」
しかしわたしという毛布の不在は、必ず寂しさへと繋がってしまうでしょう。
その点、毛皮の性質こそ異なりますが、ラブレー少年は最適な存在でした。
「え、えぇぇ……。で、でも、この子……触り方が……」
「今晩だけです、ではよろしくお願いしますね」
「こ、困りますよぉーっ?!」
さあこれで後顧の憂いはありません。
新しい装備を調達して、リックには重槍を晴れて手にしてもらって、唯一無二の里の守護者となっていただきましょう。
「りかいあるパパで、よかったぞー。らぶちゃん……、ふつつかもんでござるが、よろしく、よろしくごぜぇますだぞ。いっしゅく……いっぱいのれいは、かならずかえす……しだい? おひかえなすって!」
「パティア、それじゃヤクザだ……」
リックの言うとおりです。
そもそもどこでそんな妙な言葉覚えてきたんですか……。
まさかタルトが連れてきた男衆じゃないでしょうね……?
「ぴっころさんも、がんばってね」
パティアが背伸びをして首を撫でると、ピッコロさんはいななきを上げて喜びました。
ええ馬です。馬具に刻まれているのを最近発見したのですが、この馬の名はピッコロ《小さい》だそうです。
その名の通り少し小柄な馬でしたが、その割にパワーのある若くたくましい――雌馬でした。
「では頼みましたよ、ラブレー」
「ああ、パティアを頼んだ」
「え、えぇぇぇ……そんなの、困りますよぉーっ!?」
「ねこたん、うしおねーたん、いってらっしゃーい! おみやげ、まってるねー!」
ちょっとだけ精神的に頼もしくなったパティアを背に、わたしたちは隠れ里を出て魔界の森を南東にひた進みました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ホーリックスを後ろに乗せて、わたしはギャロップで馬に森を駆けさせる。
このピッコロの力があれば、ついでに他の物資やおみやげも買って帰れるので連れていくことにしました。
馬の機動力とアンチグラビティを組み合わせると、森の中であろうとも問答無用の機動力を発揮するのも魅力でした。
こうしてわたしたちは難なくカスケードヒルの街区に入り込みました。
クークルスが作ってくれた新しい黒ローブをまとって、馬を引き連れバザーを回ります。
ちょうど時刻は夜の入りかけ、東南の空で太陽が魔界の空に飲み込まれ、ぼんやりと光る雲に明るさで負けはじめていた頃です。
バザーの1つ1つが赤、蒼、紫、緑、などなど色とりどりのランプを灯して、食いぶちのために店主が客を呼び込んでいる。
ウェポンスティールの術を使えば、武器などいくらでも盗めます。
だがそれをすると目立つことになる。
レイピアと重槍というマイナーな武器を持つ者も少ない。
というよりほとんどいないのではないかと思います。
細剣は魔族が使うにはもろく、人間の冒険者どもが使うにしても対魔族、対モンスター向きではありません。
「おっと、そこの怪しいおふたりさん、こいつは迷宮から見つかった魔剣だよ、安くしておくから買っていきなよ」
リックと共にバザーを物色していると、ヤギの顔と目を持つ魔族から怪しい剣を勧められました。
こちらとしても手頃な物が見つからず困っていたところです。
足を止めて魔剣とやらを受け取りました。
これは正確には迷宮帰りの冒険者から奪った魔剣です。
しっくりこないのでそれをリックに渡すと、リックもすぐにそれをヤギ男に返却していました。
「わたしには重いようです」
「オレには軽いようだ」
「ならこっちの短剣はどうだい。そっちのお姉さんは斧使いかい? こいつを試しなよ」
リックは続いて黄土色のバトルアクスを受け取りました。
これは錆びているわけではなく、元からそういう色の金属のようでした。
こういった妙な金属は職人が作ったのではなく、迷宮から得られたものです。
周囲を見回してから、軽くリックがそれを縦横に1回ずつ振りました。
「いや、まだ少し軽いようだ」
「おおっ、とんでもない怪力してんだな、ねーちゃん!」
店主の言うとおりです。
魔族がいかに身体能力に恵まれた種族であろうとも、バトルアクスを片手で紙のように振り回す者などそういるはずもない。
「ちょっとリック、そんなバカ力を披露したら目立ってしまいますよ……」
「ああ、そうだったな。だがオレたちは、自分たちに合う武器を、見繕いにきたのだ、試さないのは矛盾だ……」
「それもそうなのですがね……。もう少しこっそりお願いしますよ」
わたしも簡単に軽くだけ、ヤギ男が差し出した短剣で突きと薙ぎを試す。
「そっちの小柄なにーちゃんもただ者じゃなさそうだな。って、待てよ、これもダメだって言うのかよ?」
魔力を持った良い短剣でしたが返却です。
「すみません。やはりエペ、レイピア、フルーレあたりでないとしっくりきません」
「オレも戦斧は合わない。斧を二刀流で持つくらいなら、もっとずっしりとした得物を両手で持ちたい」
リックも黄土色の斧を店主に返却した。
細剣、重槍は扱っていないようです。わたしたちはヤギ男から背を向けました。
「ああああ、待った待った、ならこっちのやつはどうだ?! もっと重いやつならある。見ろっ、この両手用のウォーハンマーなら……へへへ、どうだよお客さん?」
「はて……」
気のせいでしょうか、店主の顔つきと、そのウォーハンマーに妙な違和感を覚えました。
久しく忘れていたこの感覚の名は――そう、悪意です。
だがリックは無防備にもウォーハンマーに手を伸ばしました。
わたしが慎重な性質なだけです。
何か危害を加えられようとも、ねじ曲げる力があるからこそ彼女はそうあるのです。
無用な騒ぎを避けるためにも、ここは止めておくべきですか……。
待った。そう一言発音すればリックは軍人、ピタリと止まってくれるはず。
「ちょっと旦那、そりゃないですよ、それ、呪われてるようだ、にゃ。持ったら最後、それから離れられなくなるにゃ」
「な……なんだってっ?! これはどういうことだ店主!」
ところがでした。そこに懐かしい匂いがしました。
「ちっ……文句ばっかつけやがって……なら他の店行けよ、うちはもう店じまいだあっちいけ!」
同じネコヒトの匂いにふと振り返ると、ああ、なんということでしょうか。
あまり、いえ、絶対に会いたくない同郷の者がおりました……。
「お久しぶりですにゃ」
「ぇぇ、そのようで」
「助言下さり助かった、ネコヒト殿。……え、教官っ?」
わたしは率先してバザーを離れて、人通りの少ない裏路地に彼らを招きました。
助言そのものはいい。だが出会ってしまったこの相手が悪かったのです。
「ここならゆっくりおしゃべりできますにゃぁ。ひひひ、ミゴーさんたちがずっと、アンタを探してたにゃ。やっぱり生きてた、大先輩、ベレトートルート・ハートホル・ペルバスト……」
まずいやつに遭遇してしまいました。
このネコヒトの名はクレイ。泥のように茶色い毛色をしていることからそう呼ばれている。
いえ、泥のように汚い性根を持ったネコヒト、そういった意味をももってクレイという通り名を付けられた、たちの悪いネコヒトがそこにいたのでした。




