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17-6 さむいひと、ねこたん

 あれから4、5日が経ったでしょうか。

 予定らしい予定、期日らしい期日もないここでの生活では時間の感覚が狂いっぱなしです。

 1日1日の時間がゆっくりと過ぎ去ってゆくせいか、たった5日が半月に感じられることもままありました。


 さて、前置きはさておき。急に肌寒い日が来ました。

 といってもわたしはネコヒト、毛皮を持つ生き物、少しくらいの寒さは何でもありません。

 いつものように結界の外側に発ち、近辺の獲物を狩って里に帰る。それを今日も忠実にこなしました。


 今回の狩りは成功です、秋季のワイルドボアに巡り会えました。

 この時期のボアは木の実を主食にしているので、美味と相場が決まっているのです。


 わたしはしとめたボアを、自分より大きな獲物を、ナコトの書の力で背負って里に引き返しました。

 息を吐くとうっすらと白い蒸気が上がることに、ようやく気づくことにもなりました。

 今日はどうやら肌寒いのではなく、普通に寒い日なのだと。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 結界の内部に入り込み、南の森から里への盆地を下りました。

 名付けて誰かさんたちの愛の巣を勝手に作ろう計画、そいつのために今は南部の伐採に力を入れています。

 手頃な建設予定地も確保出来ていました。


 いくらかの美しい樹木を残して、時刻ごとに木陰に包まれる家を建てるとバーニィが張り切っているのです。

 いい歳した男が、まるで悪ふざけに夢中になる少年のようにです。


 ああ、それと厩舎の方ですが、馬がモンスターに襲撃される可能性もありますので結局城内に置くことになりました。

 もしかして昔はそうだったのではないだろうか、と思われる廃倉庫が1階にあったので、そこに手を入れて使うことにしたのです。


 そちら側の整備がようやく片付きそうなので、終わったらすぐに新居を造るとバーニィが息まいていました。

 畑を広げるために伐採した材木を、消費する先が必要だったので不都合はありません。


 今は場所だけ確保して、木材の乾燥を待っている面もありました。

 建築資材ともなると、生木では後から不具合が出てくるものですので。


「なんだ教官か」


 そんなわけです。今も南ではトン、トン、トン、と小気味いい斧の音色が響いています。

 よく響くが不快ではなく、安定したペースで絶え間なく繰り返されるそれには、楽器による旋律では敵わない中毒的な魅力がありました。


「やはりあなたでしたかリック。おや……」

「ボアか……これは張り切りがいある獲物を、しとめてくれたものだな」


 ところで今日はいつもと様子が違いました。

 あの清廉なリックが、いつになくわたしに近かったのです。物理的に。


「しかし今日は寒いな、今は教官の身体が羨ましいよ」

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ。わたしはあなたの恵まれた肉体が欲しいです」


「恥ずかしいことを、言わないでくれ……」

「いえそういった深い意味で言ったのではないのですが」


 今日のリックはどこかおかしいです。

 わたしばかりを、それはもう熱心に見つめています。

「いや、本当に今日は寒い……。だが、コートの準備は、子供たちを優先させたい。オレは魔族、この程度の寒さ、何のことはない……」

「確かに寒そうな格好ですね。斧を振っていてもさすがに冷えますか。ああ、今理解しましたよ、そこに都合良く現れた毛布が、わたしだと言いたいんですね」


 リックが物静かにうなづく。

 確かに寒そうでした、完全に生ける毛布に目がいっています。


「恥を承知で言う、少しだけいいか……? 別に変な意味じゃなくて、ただ教官が、とても暖かそうで……。すまん、教官で、暖を取らせてくれ」


 もしわたしが純情な若造でしたらここで焦ったり、恥じらったり、エッチなことを考えたでしょう。

 ですが残念、300年生きたわたしの精神は磨耗していました。


「仕方ありませんね。ほどほどで作業をやめて城に戻る、とおっしゃるなら特別に許しましょう」

「おお……、では早速、教官、失礼します……!」


「どうぞどうぞ」


 大きなリックに、まるで人形のようにネコヒトさんは抱きしめられました。

 リックの大きな胸が密着しています。

 バーニィがもしこの現場を見たら、グチグチと羨ましい妬ましいズルいとぼやき続けることでしょう。


「ああ、あったかい……」

「あなたは氷のように冷えてますね。今日はもう伐採を止めて、厨房でできる仕事をしましょう」


「だが早めに伐採して、木材を乾かしたい」

「あなたに身体を崩されては困りますよ。美味しいあなたの料理が食べられないだけで、里の者は生きがいとやる気を失うと断言します」


 リックの料理は里の娯楽でもあります。

 人が生きるには衣食住だけではなく、喜びとなる何かが必要なのです。


「大丈夫だ、オレはバカだから風邪などひかない」

「なら契約は破談です、わたしから今すぐ離れていただきましょう」


 つれなくふりほどこうとしてみたところ、ええ、リックの怪力にわたしがかなうはずもありません。

 わたしという湯たんぽを、寒い今は逃すつもりなどないそうでした。


「無理だ、このやわらかな感触と暖かい温もりが、オレを離さない。教官、教官は素晴らしいな……」

「何を言ってるんですか……。しかしこうなってみると、あの子のメギドフレイムはわたしたちにとって、世界を滅ぼす焔ではなく、欠かせない恵みなのですね」


 傲慢なものです。強い力は人に恵みを与える。

 だが暖かな温もりも、ありがたがられるのは寒い季節だけ。

 必要がなくなると、強い力は、危険な力だと人は騒ぎ立てる。


「違いない。だが、まだ子供だ。オレたちでこれからも、あの子を守っていこう……」

「ええそれはいいのですが、いつわたしを離していただけるのですか?」


「すまん、もう少し、もう少し暖まらせてくれ……」

「ならそれこそ城に戻れば良いではないですか……仕方ありませんね。わたしの弟子の、数少ないわがままですから」


 わたしという温もりをもった毛皮は、さらに強くリックに締め付けられることになっていました。


 ●◎(ΦωΦ)◎●



 身体が温まると、リックはワイルドボアをわたしの代わりに背負って城へと運んでくれました。

 最初はその場に残って伐採を続けるつもりのようでしたが、一度暖かさに身体が慣れると寒さに心が折れていたようです。


「しかしあの材木を、城まで運ぶのはやはり骨が折れる……。あちらに資材倉庫を作るべきだ」

「ええそれがいいでしょう。では、わたしは収穫の方を手伝ってきますので、厨房はお任せしましたよ」


「心得た。教官、また寒い日が来たら頼む……」

「でしたらわたしは、その前にあなたのコートが完成することを祈りますよ」


 早めに切り上げたので、肉の解体はリックが受け持ってくれるそうです。

 彼女に秋の美味いボアを任せて、わたしは畑の方に出ました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 するとつい先ほどと同じ現象が起きていました。

 今度はカブの収穫をしていた子供たちが、わたしを取り囲んだのです。


「はぁぁぁ……あったかーい……」

「ふわふわー」

「寒い日はやっぱこれだよなぁ、あったけぇ……」

「ごめんね、エレクトラムさん」


 もちろん狙いはわたしの毛皮で、みっちりと余すところなくわたしは抱きつかれてしまいました。

 コートを着ている子までわたしにくっついているということは、相当に今日は寒いのでしょう。


「あっ、ねこたんだーっ! おーい、パティアもあっためてー……あれー……」


 遅れてパティアが気づいた頃には遅かった。

 彼女が入る隙間などもうどこにもない。歓喜と共に駆け寄ってきた娘が、立ち尽くし、大げさにうなだれました。


「すみません、満員のようです」

「ちょっとだけ待って、もう少し暖まったら離れるから」

「俺、眠くなってきた……」

「コート着てる人は場所譲ってよーっ!」


 皆パティアに譲る気などないようでした。

 それどころか外側に円が生まれて、順番待ちが始まる始末です。


「ぐっ、ぐぎぃーっ……パティアのねこたん、パティアのねこたんなのに……むぅぅぅーっっ!!」


 偉いです。自分に譲れとは言いませんでした。

 自分より年下の子たちもいましたから、それは彼女としてもできかねたのでしょうか。


「今日は寒いですね。収穫を手伝いにきたのですが、ここでも毛布ですか、わたし」

「ここでもー、って、どゆーことだ、ねこたーんっ!?」


「おっと失言でしたね。何でもありません」

「クーか! またクーか! クーは……ゆだんも、すきもない!」


 怒りにじだんだを踏むこのコテコテさは、パティアの個性であり魅力です。

 クークルスはいきなり濡れ衣を着せられてしまっていました。


「違います、彼女じゃありませんよ。……ええ、バーニィのやつです」

「うそだー! おんなの、においがするぞー!」


 パティアがわたしの前に駆けてくる。

 子供たちに囲まれるネコヒトに向かって鼻を突きだし、クンカクンカとかぎ分ける。


「スンスン……この、においは……。あっ、うしおねーたんだ! そか、なんだ、それならゆるす」

「態度違いすぎません……? なぜクークルスはダメで、リックなら良いんですか……」


 犬並の嗅覚にも脱帽です。

 将来この子の旦那になる男がいたとしたら、大変でしょうね。ええ渡す気などさらさらありません。


「んー……それはー、きぶんのもんだい」

「そうでしょうね……それ以外の何物でもないでしょう……」


「あっ、そうだー。こういうときはー、あれをつかおう」


 パティアがわたしから離れていきました。

 いえ、それから何を思ったのが再び戻ってくる。


「ねこたん、なこたん、かしてー」

「何をするつもりですか。まあいいです、少しお待ちを……どうぞ」


「ありがとねこたん。じゃ、みててね!」


 パティアは畑のはずれ、開墾の住んでいないあたりまで駆けていきました。

 それからナコトの書を大きくして、大方の予想通りの行動をしました。


「めぎどふれいむぅぅーっっ!!」

「ああ、やっぱりですか……」


 嫉妬のパティアはメギドフレイムを地に放ち、それを不滅のたき火に変えていました。

 そこには確かな成長の証拠があります。

 白焔はよく育ったカボチャよりも大きく燃え上がって、わたしに驚異的な魔力を誇示していたのです。


「ほらー、みんなきてー! こっちのほうがー、ねこたんよりずっと、あったかいよー、はやくはやくーっ!」

「ホントかよ!」

「パティアやっぱりすごい! 天才だよ!」


 それは灼熱の炎です。見かけ以上の熱量を持っていました。

 近づき過ぎれば熱気に子供たちが後ずさることになるほどの、強力な暖房でした。


 ただし危険極まりない。万一足でも滑らせてあれに触れれば、死ぬか、燃えた部分を斬り落とすことになる。

 パティアがキャンセルしたところで大火傷はまぬがれません。


「あったかい……エレクトラムさんのふわふわも恋しいけど、あったかい!」

「へへへー……どやーっ!」

「どやーではありません、火力を上げすぎです、こんなところにメギドフレイムを放ったら危ないでしょう、一度キャンセルして下さい」


 しかしパティアのおかげで自由の身になれました。

 ならこれをもっと安全にしましょう。


「えー……あぶないかなぁー? けしたよー」

「いい子です。ではそこに穴を掘りましょう」


 ちょうどここは畑、クワがあったので人の通らなそうなポイントを選んで、さっきの炎が入るくらいの穴を用意することにしました。

 パティアも皆も意図を理解してくれたようで、すぐに出来上がります。


「めぎどーふれいむぅー。ちょっぴり」


 そこに先ほどの3分の1に手加減させたメギドフレイムをパティアに撃ってもらい、上部を余っていた生木で、井の字にふさぎました。

 まだまだ危なっかしいですけど、その穴が燃料不要のたき火として周囲を暖めて始めてくれました。


「はー、さっきほどじゃないけど、あったかーい」

「確かにさっきの炎よりは安心感あるかなー。あの炎やべーもんな……」

「パティアすごいすごい、あったかいよっ、ありがとうパティア!」


 パティアに惜しみない賞賛と拍手が送られて、うちの娘はその性分にのっとって調子に乗りました。


「ううん、ねこたんのおかげだよー。ねこたんがね、パティアのこわいちからをなー、どうつかうか、かんがえてくれたからだ。はっ……?!」

「おや、どうされたのですかパティア?」


 何かに気づき、パティアがこちらに急速反転しました。

 後ろを振り返っても、どこにもおかしなところはありません。


「ふ、ふ、ふ……パティアはこのときをまっていたー! すべては、パティアの、さくせんだったのだっ。いくよーっ、ねーこーたぁ~~んっ♪」


 寒がるみんなを助けたいのではなく、作戦だったと言いたいそうです。

 パティアは元気に体重の軽いネコヒトにタックルをしかけて、あわやわたしを押し倒しかけました。

 そこからはもう、毛皮にしがみついったっきり離れません。


「さくりゃくを、もって、ねこたんとりもどしたー! ねこたーんっ、パティアはねこたんのあったかふかふかが、いちばんだぞーっ」

「そのようですね。無茶こそありましたが、知恵を使った良い判断でした。80点をあげますよ」


「えへへ……パティアはー、さくさくじょうずだったのだ」

「さっき策略って言えてたのに、なんでそこで間違えるんですか」


「なんとなくだー」


 しかし寒いシーズンがくるたびに、毛皮を持たない方々に引っ張り回されるわけにはいきません。

 これは仕立屋クークルスの手伝いを、今日明日中に増やさなければなりませんね……。

 冬はもうすぐそこに来ているのですから。急がなければなりません。


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