17-4 収穫の日 黄金の麦穂と剣の切っ先 - シスター・クークルスと騎士アルス -
わたしはその後、クークルスとアルストロメリアの担当する麦畑に向かいました。
ちなみにダンは今、石臼に合った硬くて崩れにくい石材をクサビで切り出しています。
なぜわかるのかと言えば、南の森の方からカンカンと石をクサビで打つ物音が届いていたからです。
さて目当ての2人の姿が見えました。
ところが彼女らは作業の手を緩めて、向かい合って何かを話しております。
「ところで~、アルスさんって、私に壁を作っていませんかー? クーちゃんって、呼んでくれてもいいんですよ~♪」
「急に話が飛んだな。だけどそれは何というか、ボクとしては抵抗がある……」
「あらー、どうしてですか~? こんなにカッコイイ騎士様に、クーちゃん、って呼んでもらえたら光栄なのですけど~♪」
シスター・クークルスは神託を受けてもサンキュー神様で済ませるド天然です。
今も思ったことをただそのまま言っているのでしょう。
これはどうもクークルスは、貧乏花の姫君を、いえ騎士アルストロメリアを気に入ってしまったようです。
しかしアルスの方はその態度に戸惑っていると。
「すまない、ボクはまだ、心の整理が付いてなくて……」
「整理ですか~? ああ~、悩みがあったら言って下さいね。これでも聖堂では、私シスターをしていましたからー♪」
「いやシスター、それが言えない悩みだから困ってるんだよ」
「だいじょうぶですよー♪ きっと誰もがこの地に、何かしらの問題を抱えてくるのでしょうね♪ 貴女だけではありません、みんな大変、それがニャニッシュですよ~♪」
みんな大変。とんでもない言い方されていますが、そんなに間違ってもいませんか。
蒼化病の子供たち、わたしやリック、バーニィだって元の居場所を失ってここに来ました。
「だがちょっと待ってくれたまえシスター、なぜボクの手を取るんだい……?」
「神様の思し召しです♪」
おや、アルスの頬がちょっと赤くなってきていますね。
それでいて困り顔を浮かべている。
心の整理。もしかして男装したその姿で、どう女性と接したものやら悩んでいると?
シスター・クークルスは綺麗でたおやかで魅力的な女性なので、わからないでもありません。
ですがそこで手と手を触れ合わせた男女が、実は同性なのをわたしとアルスだけが知っているのです。
「美しい……」
「はい~?」
パティアを天使と言い切る姫君は、クークルスの清らかなやさしさに見とれてました。
一方的に取られた手を、手と手を結び合う形に自ら変えて、のぞき見しているわたしをさらに困らせる。
「あ、いや何でもない! ただその……美しい人だなと、つい思って、口に出してしまっただけで……。ああ……っ、ニャニッシュに貴女のようにやさしい方がいて、良かった……」
「あら、もしかして~、それってわたしのことですかー? あらどうしましょ~、カッコイイ騎士様にそんなこと言われてしまうなんて、うふふ~♪ それにしても外では、やっぱりニャニッシュになってるんですね~♪」
外ではニャニッシュ、内ではバニッシュ、クークルスが不思議そうに首を傾げています。
その無自覚な凝視に、騎士アルストロメリアの頬がどんどん熱を持っていっているように見えました。
「うっ……ボ、ボクは、何を言って……」
なるほど。性別を偽っていることに加えて、女性を否応なく引きつける今の自分の姿に困っているのですか。
おまけに付け加えるならば、かわいい女の子が別に嫌いではない自分自身にも。
「ではそろそろ仲良くなれたことですし、親愛の印に、クーちゃん、って呼んで下さい♪」
「難しい注文をしますね……。く、クーさん……ぁっ、ぅ……っ」
自分で自分の言葉に恥じらう、それが若さです。湯も無しにアルスは風呂上がりの血色になっておりました。
それにしても恐るべしシスター・クークルス、天然の怪物です。
ではそろそろ飽きてきましたし助けてさしあげましょう。
二人の間に勘違いが起きてしまったら大変ですしね。
「あ……」
ところがわたしが割り込む前に、奧の茂みの方から枝を踏む物音と、リセリの声が響きました。
「えっと……ごめんなさい、お邪魔しましたっ! わ、私何も見てません! 見えてませんからこの目っ!」
「あらー、見られちゃいました~♪」
「えっ、いや、これは誤解ですリセリさん! ボクらはただ友人として歩み寄っていただけで、そうですよね、クークルスさん?!」
いえはたから見る限り、それは誤解しても仕方がないほどのいい雰囲気でしたよ。
それを勘の鋭いリセリが勘違いしてしまったとしても、仕方ないのでは。
「もぅー、さっきはクーさんって呼んでくれたじゃないですかー、逆戻りは嫌です……」
「お、お二人って、いつの間に、そういう関係になられてたんですかっ?!」
何だか混沌とし始めましたね……これでは出るに出れません。仕事を手伝えない状況になっています。
いつまでわたしは麦畑の中に身を潜めていればいいのでしょう……。
「リセリさん、勘違いしないで下さい! それに、これでもボクはおん――あ、いや、えっと、お、恩義を、恩義を裏切るタイプじゃないんだっ!」
「義理堅いんですねー♪ そういうところも、素敵ですアルスさん」
「私、何だか混乱してきました……ええっと」
盲目の乙女が頭を抱えて黙り込む。
それから少し考え込んだ後に結論が出たようです。
「つ、つまりっ、エレクトラムさんとの三角関係ってことですか……っ?!」
ちょ、ちょっと待って下さい、なんで急にそこへとわたしが入ることになるんですか!
「あ~~、そうだったんですね~♪」
そうだったんですねー、じゃありませんよシスター……。
「誤解だって言ってるだろう、リセリくん……」
「そうそう、ところでリセリちゃん、何かご用があるのではー?」
「あ、そうでした。でもお邪魔じゃないですか? エレクトラムさんには秘密の、2人の愛のひとときを邪魔するだなんて……」
「いいんですよー、アルスさんとはいつでもイチャイチャできますからー♪ いえここはー、クーさんって言ってもらっちゃったから、あるたんって呼ぼうかしら♪」
「キミの性格がそろそろ把握できてきたよ、シスター・クー……。リセリくん、こっちのことは気にしないでくれ、それよりどうしたんだい?」
するとリセリが2人を見上げる。
彼女は栄養状態が良くなかったため、背丈に恵まれていない。
「アルスさんに相談、乗ってもらおうかと、思って……」
「え、シスターじゃなくてボクにかい?」
「はい……」
「そんな顔しないでくれリセリくん、もちろん構わないに決まってるよ」
リセリの光映さぬ瞳が不安に細く開かれる。
そのしぐさに、女の子が大好きなアルスが手を差し伸べて即答しました。騎士の模範のごとく誠実に。
「良かった……。あの、実は、ある人ともっと仲良くなりたいんです! だけどなかなか上手くいかないんです! 私とその人とは種族が違うから、どうしても一歩が踏み出せなくて……。だから男性のアルスさんの意見が聞きたいんです、どうすればいいんでしょうか私っ!」
「え。いや、それは……う、ううん……」
そうは言われてもアルスの正体は姫君ハルシオンです。
男性目線の意見が欲しいと言われても、それは最初から無理な注文でした。




