17-4 収穫の日 黄金の麦穂と剣の切っ先 - 刃に焦がれる乙女 -
畑の麦が育ちきり、小さくそよぐそれが朝日に照らされて黄金色に輝いていた。
今日はそれを20名がかりで収穫して、食堂隣の元娯楽室に運ぶ予定になっています。
全員分の鎌は調達が間に合いませんでした。
鉄鎌はタルトが親切心で持ってきてくれた3本のみです。
しかしそこは言い訳をしましょう。こんなのおかしいのだと。
小麦は生育から収穫まで約1年かかる作物です。本来はこんな短期間で実が実るはずがない。
通常の4倍の速度で穀物が育つなんて、わたしはこの300年聞いたことがありません。
大地の傷跡の土という特殊な環境のせいなのか、あるいは別の原因があるのか。
首を傾げながらも育ちの良すぎる小麦を、わたしたちは今日収穫することにします。
さて鎌の代用品は、バーニィの愛剣ナイトソードと彼のマンゴーシュ、あのとき城で見つけた黒曜石のナイフ、リックが冒険者から奪ったナイフと、ロングソード2本、それとキシリールの装備にあったマンゴーシュです。
残念ですがわたしのレイピアはこの用途に向きません。
そこで石工のダンが機転を利かせてくれまして、剥離しやすい石をクサビで割って、残り全員分の石器のナイフを作り出しました。
それと当然ですけど、収穫した小麦はそのままでは食べられません。製粉が必要です。
ですがご安心を、これもダンがどうにかしてくれます。
普段は無口で目立たないものの、彼はその大柄な身体で石臼まで作ってくれると約束してくれました。頼もしいことです。
●◎(ΦωΦ)◎●
「これだけあればきっと、初夏頃まで麦を主食に加えることができますね」
収穫作業をいざ始めると大きく賑わいました。
黄金の麦穂が喜びとなって皆の笑顔を呼び起こしたのです。
それは豊作でした。あまりに都合の良い幸運過ぎて、この先に落とし穴があるのではないかと疑うほどのです。
「聞いてますかバーニィ」
「はぁ、ああ聞いてるよ……」
わたしはバーニィとペアになって収穫を進めておりました。
刈り取った麦は輸送担当の子供たちが引き取り、城まで運んでくれています。
「はぁ……なんで俺は、ゴライアス家の家宝を収穫作業なんかに使ってんだろな……」
「他に都合の良い刃物がないからですね」
「ああ……そうだけどよ、このナイトソードはよ、あの馬1頭分よりお高いんだぜ……」
「なら使わなければいいではないですか」
親子代々引き継いで使えるほど頑丈な、切れ味エンチャントが加えられた剣です。
使えるなら使えばいいのです。
わたしもバーニィのマンゴーシュで麦を刈っては左手側に並べてゆく。
「そういうわけにはいかねぇんだよ! レイピア出し渋ったネコヒトと違ってな!」
「あれは細く薄い繊細な武器です。収穫になんて使ったら、刃がすり減ってなくなってしまいますよ」
ただでさえ狩りやつゆ払いで使いまくっているのです。これ以上あれを酷使したくない。
するとわたしたちの話を聞きつけたのか、そこに角の立派な褐色肌、リックが現れました。
「教官、それならあの男爵殿に、新しい物を注文してはどうだ……?」
「おおーっリックちゃんっ! 手伝いに来てくれたのかよ助かるぜ!」
「まあそれもそうなのですが」
ここの住民は冗談抜きで運命共同体。一人がみんなのために、みんなが何とやらでして。
「わたしたちは別に、戦争してるわけでもありませんしね」
そんなわけであれも欲しい、これも欲しいとやっていると、武器など気づけば二の次になってゆくのです。
それはそうとリックがバーニィの右手に陣取り、冒険者から奪ったあのロングソードで静かに麦を刈り出しました。
「リック、自分の持ち場はいいのですか?」
「もう終わった。だから教官とバニーを、手伝いにきた。二人の手が空けば、遅れているところのフォローもしやすい」
「嘘だろっもう終わったのかよっ、さすがだなリックちゃん、刃物を持たせたら里一番ってわけだっ!」
ええ、どこかのおじさんと違って、まだ彼女は若いですから。
「教官には到底かなわない」
わたしの物静かな弟子は、それっきり作業に集中して黙り込んでしまいました。
しゃべってばかりのバーニィとわたしもそれを見習って、自分たちの持ち場を先に片付けることにしました。
●◎(ΦωΦ)◎●
片付きました。わざわざ来てくれたリックの判断にむくいるためにも、これから他を手伝いに行きます。
「そんじゃ、俺はカールとジアのお子様組を手伝ってくるぜ。しかしよ、この調子じゃ思ったより早く終わりそうだな」
「ならオレは、リセリとパティアのところに行く」
この予期せぬ豊作にバーニィもはしゃいでいたようです。
さやにナイトソードを戻すと、彼はすぐさま振り返りもせずに去っていきました。
「教官、これは提案だ」
「武器の調達の話ですか?」
「フ、教官は何でもお見通しだな……」
「あなたがそういう顔をしていましたから」
そういえば、彼女に頼まれた重槍をいまだ手配できていません。
というよりそんな特殊な得物を、その辺の雑魚が持ってるはずもありませんでした。
かといって特注しようにも運搬が……。
「今度一緒にカスケードヒルに行かないか?」
「はい、ついこの前、そこでわたしに男爵の雷が落ちたばかりですよ」
命が惜しかったら閉じこもっていろ、と言われたばかりでもあります。
「だが市場に行けば人間の冒険者から奪った武器が多く出回っている。それなら安く手配もできる」
「まあそうですが、それこそ男爵に任せればいいのでは?」
「武器は実物を見ないとわからない。それに男爵殿は、きっと使いっぱしりにされるのを嫌うタイプだろう」
まあそうであり、何かとあれもこれもと頼みにくい相手ではあります。
失そうしたリックが愛用する珍しい武器、重槍を調達しようとすれば三魔将に足取りを追われるかもしれません。
そう考えると彼を危険な目に遭わせることにもなる。
ネコヒトは腰のレイピアを抜きました。
それを太陽に向けてかざし、背の高いリックの視線を受けながら眺める。
前から気づいてはいましたが、刃が少し欠けている。
やはり狩りやモンスターの駆除で、だいぶ劣化してきているようですね……。
「教官、それが折れたら命取りだ。もっと良い物を、探すべきだと思う」
「もろい武器です、否定できませんね」
例の……はて、名前が思い出せない。もうデカフク殿でもいいですか。
あの迷宮に願掛けする、という手もあります。このレイピアの出所があそこですから。
ただあの迷宮、普段は必ずしも欲しいものが出るというわけではないようでして。
高品質のレイピアと重槍が欲しいと願ってしまうと、どんな無茶な試練を課せられるかわかりません。
うちのパティアをそんな危険に付き合わせるわけにもいきませんでした。
「安全は金に換えられない、姿を隠して、2人で買いに行こう」
「……仕方ありません。男爵に気づかれないよう気をつけて、こっそり買い物としゃれ込みますか」
「ああっそうしよう!」
そのとき表情にとぼしいリックが笑っていました。
危険のともなう妥協の決断に、嬉しそうに笑っておられましたよ。
これはもう、気が変わったからやっぱ止めは通りませんね。




