17-3 隠れ里ニャニッシュは密輸の中継地点 とあいなりまして - 男爵とパティアの予定調和 -
商会の主とアポ無しで会おうというのです、少しばかし待つことになりましたが上出来の対応速度でした。
交代で短い睡眠をとると、寝ぼけたネコヒトの前に鼻をフガフガと鳴らすブルドッグ野郎が仁王立ちしておりました。
「おや、ごぶさたですね男爵」
「このっ、このネコ野郎ッ、ここには顔を出すなってっ、再三言ってただろ俺様がよぉ!!? スンスンッッ、ああ~っネコヒトくせぇっ、うんざりするぜ!」
いきなり現れた強面、強烈な個性にアルスは絶句しておりました。
魔族の商会主で、通称男爵ともなると、もっとカッコイイ人をイメージしていたのでしょうかね。
「フフフ、ですがわたしという斥候無しでは、ここまでカスケードヒルに近付くのは不可能でしょう。ラブレー、男爵に例の話は?」
「はい、もうそちらの準備も出来ています! 魔界からの、いえ男爵様からの支援物資もしっかりお持ちしました!」
「けっ……あんなところに住み着きやがって、ネコ野郎に似て迷惑な連中だぜ……」
男爵が不機嫌にそっぽを向く。
長い付き合いですので、それが照れ隠しなのをわたしは知っていますよ、男爵。
「ちょっと待ちな、金ならあたいが出すよ! 良いところを横取りするんじゃないよ!」
「うるせぇ、俺に口答えするな、逆らうっていうなら首にするぞっ!」
「男爵様っ、タルトさんは取引相手ですよぉーっ?!」
つまらない意地の張り合いには付き合ってられません。
わたしは男爵の隣をすり抜けて、その背中の向こう側にいるイヌヒトたちに手を振る。
こんなところで騒いでたら誰かに見られてしまいますよ。
「おいネコ野郎、勝手なことすんな! よしお前ら、パティアさぁぁんっ♪ のところまで貢ぎ物と商品を運ぶぞ! ラブレー、お前も手伝え!」
「ぇ、ぇぇ……っ。あのぉ、男爵様、またアイツに会うつもりですか……?」
すると男爵は逆に正気を疑うような目で、小さなイヌヒトを見下ろす。
それからなぜか背中を向けました。
「いいかラブレー、こいつは俺様の、ママンが言ってた言葉だ。……いいかいおチビちゃん、女の心はシチューより冷めやすいの」
男爵、またあなたのママの話ですか。
「え。もしかして、そこで終わりなんですか?」
「ああそうだ。おめぇにもいつかわかる、おめぇにも、この言葉の意味がよぉ……」
男爵も男爵ですけど、ママもママで個性的ですね。
返事に困るラブレーくんを放置して、わたしは男衆とイヌヒトたちと共に移動の準備にかかりました。
「なあネコヒトくん、今のはどういう意味だったんだろう」
「アレはいつものたわごとですよ。ああいうぼんやりとした迷言は、解釈する者が好きにとらえれば良いかと」
「いくら好かれていても、つれない態度ばかり取っていると、いつか嫌われるということか……?」
「ラブレーとパティアに当てはめて見てみると、そうなるかもしれませんね」
それをさらにざっくり言ってしまえば、パティアさんのありがたい好意を受け入れろ、ラブレー。という意味になります。
●◎(ΦωΦ)◎●
ニャニッシュへの帰還は朝方となりました。
カスケードヒル郊外での待ち時間と、頭数と物資の増えた荷台部隊により時間を食うことになりました。
「ピヨピヨッ、キュルッピュルルルルッ……♪」
「もう気づかれましたか、おはようございます、しろぴよさん」
結界を抜けて盆地に向かって下るなり、白くて丸いやつがわたしたちにつきまとう。
ですがパティアへ報告に向かわないところをみる限り、既に密告済みといったところでしょうか。
「何だぁ、この毛玉は。む、だがほのかに香るこの、ミルクの匂いは……」
あまつさえネコヒトを安全な生き物と勘違いして、歩くわたしの頭に乗っかる始末です。
羽毛と猫毛、どちらが触り心地に優れているかといえば、もちろんわたしの方に決まっています。
「フッ、今は男爵殿の鼻が羨ましいよ。教えてあげよう、この子はパティアくんに使役されているんだ。つまりそれは、天使のフレグランスさ……」
「フッフガッ、スンスンッ……パティアさん、パティアさんのかほり、ぁぁ……っ」
その親の前で変態発言はそのへんにしてほしいのですが……。
恋い焦がれていたようですね、男爵もうちの娘に。
坂を抜けて城門前広場の南に出ると、しろぴよさんが飛び去ってゆく。
いえ、こちらに危なっかしい元気な足取りで駆けてくる者がおりました。パティアです。
「ねこたぁぁーんっっ! あーっ、ブルたんだぁーっ!」
「わっわふっ、ぱ、ぱぱぱ、パティアさぁぁーんっっ!!」
あなたほとほと犬に成り下がりましたね男爵。
男爵はパティアに向かって走ってゆくと、その足下に向かって腹を出したまま地を滑りました。
パティアもパティアで、そのダイビングお腹をもふってを受け止めて、わしゃわしゃとたるんだ腹と毛並みを撫で回す。
「アンッ、オッオオンッ、パティアさんっパティアさぁぁんっ! キュゥゥンッキュゥゥゥンッ♪」
「おーよしよしよしよしー♪ ブルたん、ひさしぶりだなー。ブルたんはー、ぽよぽよのおなかがいいな。ふへへ……しろぴよ、いつもありがとー!」
「ピュィッ!」
男爵、確かにパティアは最高のモフり手ではありますが、それで本当に良いのですか……?
「はぁぁっ。だから会わせたくなかったのに……」
「オンッ、オオンッ、アォォォォーッッ♪」
今回はラブレー少年だけではなく、成人したイヌヒトの荷物持ちが3名ほど同行しています。
骨抜きにされた男爵の姿に驚き、しかしそんなにイイものなのか? と熱心な好奇心を向けていました。
「何あなたまで羨ましそうな顔してるんですか」
「ふふふっ、わかるかいネコヒトくん。ボクもパティアくんになら全身まさぐられてもいい。見たまえ男爵のあの顔を、実に気持ちよさそうだ……」
状況にあきれていたのはわたしとラブレー少年だけでした。
その後、男爵のだらしのない鳴き声が、これは何事かと里の人間を集めさせたという。
●◎(ΦωΦ)◎●
要約します。無事にタルトと男爵の取引が成立しました。
どちらも金になる交易品を手に、隠れ里ニャニッシュに物資を残して帰っていかれました。
いえタルト本人は例外です。帰り道はわたしが送る約束になりましたが、もうしばらくこの里に力を貸してくれるそうでした。
「おい、ネコ野郎」
「おや、帰ったんじゃなかったんですか」
「ただの忘れ物だ。てめぇに警告がある」
「フフフ、はてなんでしょう。心当たりが多すぎてわかりませんね」
「前にも言ったがよ、魔界で年寄りが次々と殺された。気を付けろよ、死にたくなかったらこの結界の中に引きこもってろ、ネコ野郎」
そんなことをわざわざ言いに戻ってきたのですか。
口は悪いですけど、ありがたいことにこの旧友は心からわたしを心配してくれていました。
「聞いてんのか、ああくせぇっ! 裏で糸引いてるのは三魔将だ、とにかく注意しろよ、俺は言ったからな、じゃあな!」
「ええ心には留めておきましょう。ありがとうございます男爵、あなたは良い友人です」
「な、何都合の良いこと言ってやがる! てめぇが死んだらパティアさんが悲しまれる。それが気に入らねぇだけだっ、スーハァッスーハァッ、ふぅ、じゃあなネコ野郎っ」
男爵ならびに彼が連れてきた3名のイヌヒトは、パティアの指使いに骨抜きにされて、どこか満足気にカスケードヒルに帰って行かれました。




