17-3 隠れ里ニャニッシュは密輸の中継地点 とあいなりまして - 騎士アルストロメリアの役割 -
太陽が3度空に昇り、魔界の暗雲に2度沈んだある日、隠れ里に客人が現れました。
といってもこの土地に入るには割り符であるパティアの猫陶器が必要です。
つまりそれは赤毛のタルトと夜逃げ屋の男衆たちでした。
「ようやくおいでなすったね。ほら見なよ、たんまり約束の物資を運んできたよ」
「それはそれは、交換条件とはいえすみませんね」
今は夕方前です。スリープによるブーストが終了したわたしは、元のお寝坊さんに逆戻りしておりました。
眠気まなこをこすりながら毛並みを整えつつ、黄金の麦畑が広がる広場で彼女らを迎えたわけです。
そこにリセリがやって来ました。もちろんお姉ちゃんのタルトに会うためでしょう。
「ああリセリっ、会いたかったよ! あのイノシシ野郎に変なことされなかったかい、もしされたら、あたいにちゃんと言うんだよ!」
「う、うん……ありがとうお姉ちゃん。むしろ、何もしてくれないから困ってるかな……」
後半はタルトに聞こえない音量のグチでした。
何ともうしますか、ジョグとリセリは見ていてまどろっこしい。
「そうだ、リセリのために飴を買ってきたんだよ! 昔、嬉しそうに食べてたのを思い出したんだよ!」
「あ、ありがとう……。え、これ、全部飴……?」
タルトが荷台に駆け寄り、それから丸い飴の詰まった大瓶をリセリに押し付けました。
貿易の儲けで買ったのでしょうか。早速そわそわと子供たちが興奮を始めています。
子供と老人というのはああいった物に弱いですから。
「みんなで分けて食べてかまわないけど、ちゃんとアンタが一番多く食べなよ。わかったねリセリ」
「お姉ちゃん、そういうのひいきだよ、人前でやられると私恥ずかしいよ……」
どうやらタルトはリセリ以外は眼中にありませんでした。
そこで見覚えのある男の前にネコヒトは立つ。
精悍な顔をした元冒険者、タルトの右腕と勝手にわたしが思い込んでいる方でした。
「ごぶさたしております。おかげさまで俺も貴重な魔界の酒を、一杯だけ姉御に奢っていただけましたよ」
「フフフ、不満なく儲かっているのなら何よりです。それより、聖堂からの荷物は……?」
魔王様の遺品、破損したオリハルコンの腕輪。アレは誰かに見られる前に隠したい。
アレがここに存在していることは、わたしと少数だけが知っていればそれで十分なのです。
「ならば少しお待ちを。姉御っ、エレクトラム殿に報酬を払いますけど、立ち会わなくていいんですかいっ?」
「勝手にしなよっ、あたいは今忙しいんだよっ!」
「お、お姉ちゃんっ、どこ触ってるの……っ」
「少し肉が付いてきたけど全然足りないね! もっと太りなよリセリっ、昔みたいにさ!」
「ええっ、そんな昔は太ってたみたいな言い方しないでよっ、もうっ……」
大まじめに腹や腰、胸、頬をつつかれたり撫で回されている情景を無視して、わたしは彼と共に奧の荷台に向かう。
大量の布の補給、羊毛、それに新たな農具や工具を工面してくれていた。
交易品とおぼしき織物や酒、宝石、骨董屋で見かけた類の商品もある。
「こちらでよろしいですね?」
司祭ホルルトより見せられた白い箱が開かれる。
中には確かに魔王様の腕輪がありました。
「ええ、間違いありません。では失礼」
その箱を無造作に受け取り、わたしはすぐさま広場を離れて城の井戸に向かいました。
ここは封鎖しています。入り口の扉を開き、バリケードの廃材をどかして、迷宮に繋がる井戸の隣に立つ。
後は廃材を使って穴を掘り、箱ごと土の中に腕輪を隠しました。
仕方ありません。手元に残しておいても悲しいだけ、過去を振り返って足を止めてしまうだけです。
それにもう二度と誰にも、たとえ遺品であろうとも、わたしの主人を利用されたくありませんでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
タルトはしばらく滞在することになりました。
しかしその前に魔界との貿易の方を済まして、男衆を返さなければなりません。
彼らはタルトの護衛と開拓の支援を望んでいたようでしたが、成長期の子供ばかりの土地に大食らいの男どもは要らないと、女親分に一蹴されていました。
そういうわけでして、もう太陽が高々と昇り暗雲に沈みかかっていましたが、急ぎ男爵に渡りを付けることになったのです。
「ちょ、ちょっと待ちなよ姫さ――あ、いや違った、アルストロメリアさん!」
本当なら男爵に連絡を入れて、中継地点であるここニャニッシュで待ち、この場で取引をすればいい。
だがそれでは貿易にしかならない。
儲けの一部でカスケードヒルから隠れ里へと物資を供給したいと言い出しました。
しかしタルトにも計算違いがあったようでした。
「キミに助けてもらったお礼がしたい」
「そんなの要らないよっ、あたいはただ、そこのネコヒトをお偉方に紹介しただけだよっ」
自分には馬術があるので、馬で荷台を引いてみせると元お姫様が立候補されたのです。
自ら馬を引き連れて、カスケードヒル行きの準備をするわたしたちの前に騎士として現れていました。
「ちょっとアンタも何とか言ってくれよ!」
「わたしのことですか? そうですね、本人が善意で言っている以上は、断るのも野暮かと」
わたしもあまり危険な仕事をさせたくない。
仮に死なせれば、結果的にホルルト司祭から腕輪を騙し取ったことになる。それは不名誉です。
「そういうことだよ。ふっ、それに小さなレディから頼まれてるからね、ねこたんを。おっとそのレディが来たようだ」
「おーい、ねこたーんっ、パティアだぞー、みおくりにきたぞー!」
いつもなら出立を寂しがるのですけど、アルスが上手くやってくれたのかパティアは明るい。
それからすぐにラブレー少年を見つけて、荷台の方に大股の全力疾走で駆けて行きました。
「うっうわっ……な、なんだよぉっ?!」
「ラブちゃんもいってらっしゃーい。あ、これなー、うしおねーたんからだぞー」
「ホーリックスさんから……? いい匂いがする」
「あのねー、においでー、クマさんとかくるかもだからー、たべてからいって、だってー」
何かと思えばあの硬いオウルベアの干し肉でした。
その木板のように頑固な肉を、イヌヒトの少年がオーダー通りすぐにガリガリとかじる。
そんな餌付けじみた光景を、ニコニコと嬉しそうにわたしの娘が眺めていました。
「あの馬もアルスが御者なら安心するでしょう。わたしの方が好かれているふしはありますがね、ほら」
近づくと背の低いネコヒトに馬が己の頬をすり付けてきました。
人が馬を選ぶように、馬も理想的な騎手を望むのでしょう。
「ならアンタが御者になりなよっ!」
「わたしはネコヒト、斥候が仕事です。では諦めてまいりましょう、麗しの騎士アルストロメリアと共に」
「ねこたんいってらっしゃーい! へへへ、きょうはねー、クーがおにんぎょー、つくるから、それみるんだー」
羊毛が沢山きました。
本来コートに使うものでしたが、女の子にはある意味で必需品なのでしょう。
わたしたちは見送るパティアに手を振り、タルトがレゥムより運んできた交易品と共にカスケードヒルに出立しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
カスケード・ヒルの寂しい郊外に着いた頃には深夜でした。
そこまで来ると手頃な森に身を潜めて、ラブレー少年に男爵への連絡を頼みました。
「そうそう、行方不明のハルシオン姫が見つかったそうだよ。脱獄をはかったが元の監獄に連れ戻され、今は兄殺しを深く反省しているそうさね」
その間、タルトがパナギウム側の情勢を語ってくれました。
ハルシオン、いえ騎士アルスは一言も口を開きませんでした。
「それと近いうちに宰相は今の地位を下りるようだね。国王陛下のご身体もいよいよもって、といってところさ」
「ああなるほど、それらが遅れた理由ですか」
「そうだよ。ギガスラインにも検問がしかれてね、おかげさまで準備の時間がたっぷりできたもんさ」
ところで姫様、そうやって怖い顔で沈黙ばかりされると、逆に怪しいのですが。
まあ無理にしゃべって、うっかり涙ぐんだりされるよりはマシですか。




