17-1 新顔、騎士アルストロメリアのささやかなる才能 - 麗人の畑仕事 -
前章のあらすじ
クリが実って秋が来た。
パティアがクリの実をイガごとつかみ、浅はかにもこれは辛い実なのだとムダな警戒心を抱いた頃のこと。
隠れ里ニャニッシュでは、布不足という軽視できない問題が発生していた。
じきに訪れる冬を越えるために、ネコヒトは布の補給を求めてレゥムの街、タルトの骨董屋を訪れる。
ところがそのタルトから彼は再び頼みごとをされてしまった。
とある貴人の脱獄を手伝って欲しい。報酬は職能を持った夜逃げ人だとタルトが言う。
ネコヒトが望むのはパナギウム王国との中立の関係だったが、依頼人ホルルト司祭に引き合わされると考えを改める。
代価として、亡き魔王の腕輪がネコヒトに支払われたからだった。
騎士キシリールのサポートを受けながら、ネコヒトは王族ハルシオンの幽閉された監獄に向かう。
ホルルトよりもたらされた情報によると、そのハルシオンは、次期国王にして人肉喰いのサラサールと対立し、兄殺しの汚名を着せられている。
キシリールの馬で東に進み、翌日現地に到着。湖から監獄内部に潜入し、持てる力を駆使してネコヒトがまんまと気取り屋の姫君ハルシオンを救い出した。
その後、逃亡のためにキシリールから衣服をハルシオン姫が接収した。
アンチグラビティの影響下となった馬が、最高の名馬となって姫と猫をギガスラインの向こう側に運び出すと、姫君がパナギウムの騎士アルストロメリアに名と経歴を改めた。
やがて隠れ里ニャニッシュに帰還。そこですぐに2名と1頭がパティアの出迎えを受ける。
男装の麗人アルスはクリのむき方もしらない世間知らずで、かわいいパティアに惚れ込む程度に女の子が好きだった。
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収穫と冬ごもり
秋を迎えた隠れ里ニャニッシュの他愛なき情景
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17-1 新顔、騎士アルストロメリアのささやかなる才能 - 麗人の畑仕事 -
ハルシオン姫――いいえ騎士アルスは気取り屋ではありましたがとても社交的です。
わたしが皆に紹介してさしあげる必要も特になかったようで、移住したその日のうちに里に溶け込んでおりました。
ですがそこは元姫君です。日付をまたぎ彼女に仕事を割り振ることになると、胸をなで下ろしていたはずの状況が懸念に一変することになりました。
残念ながらアルスは、王族相応に、世間知らずだったのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
まず彼女は畑を手伝うことになりました。
今植えて、冬を越えた先の春に収穫できるタマネギの種を畑にまいていたのですが……。
「ちょっと騎士のにーちゃんっ、種はそんな1カ所に植えちゃダメだって! ったく大人なのに畑仕事もできないのかよ!」
わたしが連れてきたのです。今日1日に限り、わたしは男装の騎士アルスに付いて回ることにしました。
どうやら薄々感じ始めていた懸念が的中してしまったようでした。
「ちょっとカール! 年上にそんな言い方したら失礼でしょ!」
「歳なんて関係ねーよ! 大事な種をもったいない使い方するなって、言ってるだけじゃん!」
鋭いネコヒトの耳を立てて、少し離れたところから彼らのやり取りを盗み聴く。
「あ~っ、もしかしてアンタさ、アルスさんが背が高くてカッコイイ騎士様だからって、嫉妬してるんでしょ」
「しねーよっ! 俺の憧れはどっちかというとバーニィさんたちの方だし! つーかあんま強そうじゃないじゃん、コイツ」
この辺りはもう開墾が済んでいます。
わたしはクワを下ろしたまま土をこそぎ、種が育ちやすいよう軽くだけ耕す。
アルスの様子ですか? 失敗に動揺してオロオロしていますね。
仕方ありませんよ。お姫様がいきなり畑仕事なんて、土台できるわけがないのですから。
「すまないカール……。ジアもケンカしないでくれ、カールの言ってることは間違ってないんだろ……?」
「ううんっ、人間として間違ってるからお説教してるだけ!」
「おまっ、お前こそどんだけ上から目線で俺を見てんだよぉっ!」
1つだけ騎士アルスを褒められる点あります。
彼女には蒼化病の子供たちについての説明をすっかり忘れていたのですが、けして驚かず、今に至っても公平な態度を取ってくれています。
「だからケンカしないでくれよ2人とも。すぐに種まきをやり直すよ、それでいいんだろ? すまなかったなカール、大事な種をムダにするところだったよ」
「お、おう。別にわかってくれりゃいいんだよ。ジアが俺にケンカ腰なのは今に始まったことじゃないしな、まあ気にすんなって!」
だからカール少年もアルスのことを悪く思っていない。そこはわたしが保証しましょう。
蒼い肌の子供たちはいつだって、今だって、自分たちを迫害する大人の姿に怯えているのです。
「ごめんねアルスさん、こいつバカで失礼なの。だけどチビのくせに戦士志望だから、もし気が向いたらアルスさんの剣を教えてやってよ」
「ジア、今度はお節介かよっ! お前に言われなくても、こっちは最初からそのつもりだったっての!」
「なら最初からまともな態度を取りなさいよ!」
「そんなの俺の勝手だろ!」
アルスに多少の剣の心得があるのは魔界の森で確認済みです。ですが騎士相応かと言えばそうでもない。
さてそろそろボロが出る頃なので、助けてさしあげましょう。
「アルス、仕事を交代しましょう。わたしは力仕事が苦手でして、種まきの代わりにあの辺りの開墾をして下さい」
「わかった、そのクワで地面を掘り返せばいいんだな?」
「何を当たり前のことをおっしゃってるんですか。では頼みましたよ」
「うん、それならボクにもできそうだ。任せてくれネコヒトくん」
カールとジアが心配そうにアルスを見たような気がしました。
ですが3人で面倒を見るようなことでもありません。持ち場に戻ってもらうことにしました。
●◎(ΦωΦ)◎●
今日一日使って、お姫様の適正を見ることにしています。
そこで昼の入りかけまで畑仕事を進めつつ見守ると、ついに彼女はクワに抱きついたまましゃがみ込んで、動かなくなっちゃいました。
「がんばりましたね。元お姫様にしては、なかなか立派な働きぶりですよ」
「くっ……姫扱いは止めてくれ……。それと理解したよ、確かにこの地において、姫など要らないということにね……ハハハ……」
疲労困憊、普段使わない筋肉を使い切ってもう身体が動かない、悔しい、自分が情けない。アルスは今そう思っているのでしょう。
不思議なものでして、人というのは自分の肉体に大なり小なりの自負心を持っているものなのです。
「ええ、あなただけ特別というわけにはいきません。騎士アルスを里の足手まといにする気など、わたしには到底ありませんで」
「それでかまわないよ、ボクは子供たちやパティアくんに情けない姿を見せたくない。ああ、こんなことすらボクはまともに出来なかったのだな……。自分が情けないよ」
アルスの口からパティアの名前がいきなり出てきて、少し意表を突かれました。
どうもこの方、よっぽどあの子が気に入ったようで。
やはりかわいい子が大好きなたぐいの人なのでしょうかね。
「フフフ、結構です。明日はきっと筋肉痛でうめくことになるでしょうが、それは成長の兆しです、どうか堪えて下さいね」
「これなら宮廷剣術の稽古の方がまだやさしいよ。ここのみんなは凄いな……」
「ええ全く、誰も彼もたくましいようで。では騎士アルストロメリアよ、ヘバってないでお早く立ちなさい。次はシスター・クークルスの手伝いに向かいますよ」
「なるほどな……ネコヒトくん、確かにキミは教官だよ。鬼の付く方のね……」
牛魔族ホーリックスはわたしのことを教官と呼ぶ。
どうやらそのことに、彼女は今さらしっくり来たようでした。
「フフフ、魔軍ではやさしく生徒を育てても、戦死がただ早まるだけでしてね。さ、立って下さい。それとも立ちたくなるようにして差し上げましょうか?」
「言われなくとも立てるさ、ボクは騎士アルストロメリア、軟弱な女じゃない」
結構。あなたみたいな意地っ張りな人、わたし嫌いじゃありませんよ。
●◎(ΦωΦ)◎●
危なっかしい足取りのアルスを連れて城内に戻り、仕立て部屋のクークルスを訪ねました。
彼女はコートの縫製に集中するあまり、最初は隣から話しかけてもこちらに気づかなかったくらいでした。
「あら、いつの間に」
「いつの間にも何も、ずっとそこにおりましたよ」
「次はここを手伝えばいいんだな。シスター、若輩者だがどうかよろしくお願いする」
朝のうちに伝えてあります。アルスの適正を見定めるために様々な仕事を割り振ると。
ちなみにわたしですが、イブリーズ監獄でスリープを使った反動で今日はすこぶる元気です。
「はーい♪ ではー、ん~、まずはそうね。この針に糸を通してみてくれる~?」
「針に糸か、わかった」
裁縫針と白い糸がアルスに渡されました。
それを横目にクークルスがコートを引き続き縫製してゆく。夢から湧いてきた不思議な才能を使って。
「ん……っ、おかしいな、上手くいかないぞ。よっ……あれ、う、ううーん……。意外と難しい……」
結局、アルスが糸を通せたのはクークルスの縫製作業が終わった後でした。
「あっ……やった、できた、通ったよ! 見てくれネコヒトくん、時間はかかったがボクはちゃんとできたぞ!」
「おめでとうございますー、パチパチパチ。がんばりましたね~、アルスさん♪」
いつも通りすみません、結論からもうしましょう。
この人不器用です。これじゃ仕事では使い物になりそうもありません。
「ありがとうシスター。ネコヒトくんも何とか言いたまえ!」
「はい、あなた裁縫は向いてませんね」
「わかってるよ、でも褒めてくれたっていいだろう! 初めてにしては上出来じゃないか!」
「がんばりましたね~、偉い偉いですよ~」
もう一度クークルスが男装のアルスに拍手を送ると、満更でもなさそうに騎士様が照れる。
たかが針に糸を通しただけなのにです。
「意外と前向きですね、もしかしてここを受け持ちたいのですか?」
「あらっ、私なら大歓迎ですよ~」
シスターのやわらかで慈愛に満ちた微笑みが、針と糸を持った騎士様を包み込む。
元お姫様の方も、この持ち場に悪い気がしていない様子です。
「しかし冬までもう刻限が迫ってます。クークルスの手を止めさせるわけにもいきませんし、これはちょっと成長を待ってられませんね、次行きましょう」
「なら最初から人に聞かないでくれよっ!」
不器用な人がちょっと訓練したところで、最初から器用な人には勝てません。
リセリのような裁縫ができる女の子もいますし、そうなると優先順位が下がるのですよ。
「残念だわ~……」
シスター・クークルスと別れて、わたしたちは再び城外に出ていきました。




