16-6 百合水仙の騎士は女の子がお好き(挿絵あり
「お、おお……なんて美しい場所だ、これがニャニッシュ……」
「だからバニッシュです、ニャニッシュではありません」
何もない魔界辺境の森に盆地が生まれておりました。
そこに畑がようやく広がり始め、それなりの見栄がはれる美しい景観が生まれ始めつつあります。
湖の向こうに小さい森、その先に畑、そして古城の姿が、ここ東側の高台から見えたのでした。
「ハルシオン、花の名前ですね」
「ああ、東の方では貧乏花と呼ばれている。奇しくも名にふさわしい末路を描いたわけだね、ボクは、落ちぶれたのさ」
ナルシストのたわごとは無視するに限ります。
わたしの目は貧乏花の姫君ではなく、森に狂い咲いたとある花に向けられていました。
「ならばちょうどそこに咲いているアルストロメリアを名乗ってはどうでしょう。女性としてのプライドも保ちつつ、アルスと略せば実に男らしいかと」
「んー、アルストロメリアか、悪くはないかな……。だけど男のふりなんて、ホントに大丈夫かな……ボク、自信ないよ?」
「いえ今のお姿、この上なく似合っていますよ。ですが少し髪を切った方がいいかもしれません」
「サラサールが失脚するまでの我慢か……わかったよ、もう好きにしてくれ……」
彼女は覚悟を決めてくれました。
腰に下げていたキシリールの短剣マンゴーシュを引き抜き、後ろ髪を鋭い切れ味で断った。
たったそれだけで、彼女は美貌の騎士アルストロメリアに生まれ変わりました。少なくとも外見だけは確実に。
「アルス、1つだけ言っておきます。ここで暮らしてゆくにつれ、わたしがそうであったように、あなたも変わってゆくでしょう。もし将来やってくる己の役目を、もう捨ててしまいたくなったら、その時は捨てておしまいなさい」
「それは無理だ、兄上を謀殺したサラサールに、ボクはいつか一矢報いるつもりだ」
「ええ、わかっております。だから今は覚えていて下さるだけで結構です」
話は付きました。わたしと麗しの騎士様は隠れ里への下り坂を、馬と共に進んで行きました。
ええ馬です。馬が来たとなれば厩舎を急ぎバーニィに作らせないといけません。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ねこたーんっ、おかえりー!」
湖を迂回し、東の森を抜けてバリケードの内側に戻るとそこは日差しあふれる昼の世界でした。
パティアの姿が城の方角から現れて、どんどん大きくなってゆく。
「あの子は?」
「わたしの娘です」
「かわいいじゃないか」
「そうですね、そこがまた困りもので、つい甘やかしてしまいます」
「ふぅん……」
ハルシオン、いえアルスには親バカと心の中で笑われてしまったことでしょう。
含みのある態度がそこにありました。
「みてみてー、パティアなー、ねこたんのためになー! クリ、いっぱい、とっといたんだぞー! おわぁぁーっ、うまぁーっ?!」
ちなみにわたしの娘ですが、麗しの騎士アルスには目もくれず、クリを抱えて飛び込んでくるかと思えば、馬にびっくりして後ろに飛び退いておりました。
「フフフ、クリは辛いトゲトゲ味ではなかったのですか?」
「それがなー、ちがった! ねこたんいうとおり、あまかった! リセリがねー、おしえてくれたのー!」
「それは良かった。しかしどうしてわたしの帰りがわかったのですか?」
さすがに気づくのが早すぎます。
歓迎される身としてはとても嬉しいものですけど、不思議でなりません。
「あのねー、すごいんだよー? しろぴよがなー、おしえてくれたんだー、おりこーでしょ。ねえねえ、なんだこのうまー、あとこのおねーさん、だれー?」
「うっ、いきなりバレてるじゃないかっ……」
耳元でそのおねーさんがぼやきました。
おかしいですね、これでもかと美形の騎士としてハマっているような気がするのですけど。
「すみませんね、この子、妙に鋭いところがありまして」
「ねこたん……まさか、そいつ……あたらしいおんなか……?」
それはパティアなりの敵意でした。
唇を突き出して、この毛皮は自分のものだとわたしに張り付く。
「くんくん……におい、においする……。そのおんなのにおいだ……どういうことなのーっ、ねこたんっ!」
「クックククッ、アハハハハッ! これがネコヒトくんのプライベートなのかい? カッコイイ救世主様かと思ったら、意外とアットホームじゃないかキミ♪」
どうやらわたしのシリアスモードも、カッコ付けもここでおしまいのようでした。
パティアには本当にかないません。
そうですよ、彼女がクールなわたしをアットホームに変えてしまったのです。
「お姉さんではありません、彼は男ですよ。こちら騎士のアルストロメリアさん、うちの里で暮らしたいそうです」
「おとこかー! なんだ、そか、それならいい。じゃあおねーさん、これあげるー。あ、ちがった、お、おねにーさん……?」
「やっぱり無理がないか……男のふりなんて、長続きする気がしないよ……」
おねにーさんはパティアからクリの実を受け取り、またわたしにコソコソとぼやいた。
それからどうしたものかと困った様子で、手のひらの中の木の実を見下ろす。
「ところでかわいいお嬢さん」
「パティアでいいぞー、あるたん」
「あるたんか、キミに言われるとなかなか悪くない響きだ」
「そかー、きにいってくれたかー。じゃ、アルスト……なんとかは、あるたんできまりだなー」
やっぱり4文字が記憶容量の限界のようですね。
アルスもどうやらパティアの愛らしさや懐っこさを早速気に入ってくれたようで、親として一安心でした。
「じゃあパティア、悪いけどこの木の実はどうやって食べるんだい……?」
「おおー、あるたん、しらないのー? ならパティアがおしえてあげるー! これはなー、クリってゆーんだぞー」
「おお、名前だけは聞いたことがある。これがあのクリか、実物を見るのは初めてだよ!」
何だか盛り上がっています。
さっきまで敵意を向けていたくせに、急に態度を変えてパティアは無垢な笑顔を向ける。
それが麗しの騎士アルストロメリアの心の壁を、すぐに取り払ってしまっていました。
「うん! これ、からそうにみえるけどなー、すごい、あまい。ここ、ここになー、つめを、ぐさーっ、てしてなー」
「おおっ、割れた!」
「はい、たべていいよー。あるたん、あーんっ」
「おっと悪いね、あ~ん♪」
世間知らずな男装の姫君に、うちの娘はクリのむき方を教えました。
背伸びをしてアルスの口にクリを運ぶと、相手は美味しそうにそれをほおばる。
「あ……甘い……クリって驚くほど甘いんだな。ありがとうお嬢さん、よければもう1つ食べたい」
「しょうがないなー、あるたん、おなかすいてそうだし、あげるー」
「本当かい?! 恩に着るよかわいいお嬢さん!」
「ねこたんもいいよねー?」
「ええ、どうぞお好きなように」
娘は早々にハルシオン姫あらため、パナギウムの騎士アルスの心を開かせていました。
この辺りがうちの娘の恐るべき2つ目の才能です。
無垢でストレートな善意が、周囲の者を無自覚にたらし込むのです。
「へへへ、かわいいねお嬢さん、あ~ん♪」
「あるたん、ちょっとおじさんくさい。でもおもしろいからー、いいとおもうー」
わたしの想定以上に、騎士アルストロメリアは小さい女の子が大好きでした。
パティアの差し出すクリを、まるで犬みたいに嬉しそうにほおばっていました。
「かわいいじゃないか、キミの娘……こんなかわいい子がいるなら、町を捨てた辺境生活も苦じゃないよ、ああキミはかわいいね、お嬢さん!」
「へへへー、わるいき、しない」
親としてちょっと心配になってきました。
あの、あなた本当に、恋愛対象は男なのですよね……?




