表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/443

16-5 The great escape. 魔界への大いなる逃亡 - 秋風と裸馬 -

 スリープ、それはつくづく便利な力でした。

 人道などという甘えた言葉などわたしの辞書にはありません。

 ですが殺害という不可逆な解決方法とは異なり、スリープは死体や失踪という結果を残しません。


 目覚めた兵はこう考えるでしょう。不覚にも眠気に負けてしまった。上にバレる前に警備に戻ろう、と。

 そういうわけです。眠りこける警備兵を尻目に、わたしとハルシオン姫はイブリーズ監獄を走り抜けてゆきました。


「まさかこれ、全部キミがやったのかい?」

「ええそうです。たまたま脱獄に向いた力を持っていたがために、あなたの救出を頼まれてしまいましてね」


「頼もしいな……だけど質問だ、なぜ上に向かっているんだろう?」

「フフフ、それは行けばわかります。わたしを信じて付いて来て下さい」


 兵を眠らせて確保した道です、難なくわたしたちはイブリーズ監獄屋上部に到着しました。

 絶壁の前に立ち、足下の彼方に揺れる小舟を見つけました。

 姫もわたしの目線を追って、退路がその小舟であることを悟ったようです。いえ、同時に青ざめておりました。


「ちょっと待ってくれネコヒトくん……」

「いいえ時間の猶予はありません」


「いや、まさかとは思うんだけど……こ、ここから一緒に湖水に飛び降りろとか、人でなしなことは言わないよな……? 誤解無きように念押ししておくけど、ボクは姫だよっ!?」

「この上なく存じていますよ。ですがご安心を」


 ナコトの書を取り出して大判化させました。

 真夜中の監獄、その屋上に蝶番の外れる金属音が響き渡る。


「それは魔導書か……しかしそれでどうする?」

「こうするのです、アンチグラビティ。では失礼ハルシオン姫」


「えっ、何を、わぁっ?!」


 これは緊急時、ならば失礼にあたりません。

 わたしは縦長のお姫様を背中におぶりました。


「魔導書をお願いします。では行きますよ、このまま壁を下りますので、ちゃんとわたしにしがみ付いていて下さいね」

「え……えっえっえっ、ちょ、ちょっと待ってっ?! ボクだってさすがにこういうの……っ、ひっ、ひぃぃぃぃーっ?!」


「騒がないで下さい、気づかれますよ」

「そっちこそ無理を言わないでくれっ、こんなの聞いてないっ、うっ、うわぁぁぁ……っっ」


 姫君という大きな荷物を背負って、ネコヒトは要塞の壁を下る。

 ハルシオン姫からすれば気が気じゃなかったでしょう。


 己よりずっと小さい生き物が己をおぶっている。

 その者がいつ力尽きるのやら、不安のあまりかわいらしく震えておりました。

 あの褐色の小姓にこの現場を見られたら、わたし叱られてしまうかもしれませんね。


「到着です、では大いなる脱走(グレート・エスケープ)の始まりといきましょうか」


 小舟に到着しました。姫はその上で腰を抜かしております。

 王族がするには情けない姿でした。


「ハハハ……もう何が起きてもボクは驚かないよ……。ボクがもし男なら、この暴れ回る胸の心拍を、キミに確認してもらっていたところさ……はぁぁ……っ」

「それは仮に男であったとしても、積極的に遠慮させていただきましょう」


 麗しい姫君のざれ言を聞きながら、わたしはイカリを戻して小舟を出発させる。

 後は森の教会に案内して、一目散に大地の傷痕目指して逃げるだけ。時間を無駄にしたくありません。


「ふぅ……それでこの後の予定は……?」

「付近の教会に寄り、そこで協力者の手を借ります。退路に問題がないようなら発覚する前に、一気に馬で高飛び、といったところです」


 イブリーズ監獄の様子に変化はありません。

 静かな湖水に揺られながら、わたしたちは監獄のかがり火から遠ざかってゆく。

 ハイドを使っているとはいえ気づかれたら大変です、あそこから矢の雨が降ってくるかもしれません。


「悔しいな、兄殺しの汚名を着せられたまま、ボクは名さえも知らぬ辺境に逃げるのか……。いや違った、名前は聞いていたな。ニャニッシュ、素敵な名前だ」

「バニッシュなのですが……」


「ん、何か言ったかい?」

「いえ、今は捨て置くべき、ささいなことですので……」


 思い返せばあの時だったのでしょうか。

 議論の結果バニッシュという名でまとまり、安心し切ったわたしはパティアに伝言を頼みました。

 伝言ミスが生じるとしたら、そのときの他に考えられません……。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 対岸でキシリールが待っていてくれました。

 さすがです。仕事の早いことで、ただの騎士にさせておくには惜しいとさえわたしに思わせました。


「キシリール・メサナと申します。ご無事で何よりでした」

「その顔、どこかで見たことがあるな。すまないねキシリール、ボクや兄がしくじらなかったら、こうはならなかった。今はキミらに謝りたいくらいだ……」


「姫様……ご無事でいて下さっただけで何よりです。今はただ、逃げおおせることだけをお考え下さい」


 キシリールは誠実にして堅物です。

 膝を突いてこうべをたれ、貴重な時間をムダにしてくれちゃいました。

 騎士バーニィ・ゴライアスとはだいぶ性質が異なります。


「そんなことしている場合ではありません。それより首尾はどうでしたか?」

「ああ、退路に問題はない。来るとき使った街道を西へ西へとひた走ろう。だがいずれ早馬に追い抜かれ、道が封鎖されることになるだろう、急いだ方がいいな」


「そうですか。では行きましょう」


 わたしは率先して先に進み、その先にある神秘的なようで不気味な森の教会へと彼らをエスコートしました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 そこでこの時のために体力を温存させた馬を1頭貰い、姫には布の古着を着込ませた。


「馬ならボクも嗜みがある、任せてくれ」

「ではエレクトラム殿はこちらに乗って下さい」


 キシリールの馬の背にわたしがまたがると、森を抜けて街道を目指す。

 いえその計画は出発してすぐに、森の中にて変更することになりました。

 わたしがたづなを勝手に操作して、馬を止めて差し上げたのです。


「何だ、どうしたエレクトラム殿?」

「気が変わりました。キシリール、ここでわたしたちとあなたは別れましょう」


「えっ、そんな、急に何を言うんですか!」

「この先姿を見られれば、あなたに、あなたの親しい者にるいが及びます」


 パナギウムはいずれにしろサラサールが支配することになるでしょう。

 蒼化病患者の殺害命令を出した宰相も、失脚するか、あるいはサラサールに屈することになる。


「バカな! 俺は騎士です、そんな遠慮はいりません!」

「いやボクも賛成だよ。3人はそれだけ目立つ。ネコヒトくんのハイドの術も、ボクとペアで行動した方が維持が楽だろう」


 ハルシオン姫もわかっていらっしゃる、そういうことです。

 この先は3人で逃亡する意味がない。


「それはそうかもしれないが……だが、ここまで来て、何の貢献も出来ないなんて! 俺に何かさせて下さい姫!」

「ええそれについてはご安心下さい。キシキシのキシリールさん、あなたにお願いがあります」


「監獄に反転して、攪乱すればいいのか?」

「いいえ、その騎士の服……姫様のと交換してやって下さい」


 夜の森の中、それは面白いと麗しい姫君が口元を意地悪に笑わせる。


「な、なんだと……?!」

「なるほどね。騎士なら馬を飛ばして駆け回っていてもおかしくない。なら男くさいだろうけど、そこは我慢するさ」


 そういうことです。馬にまたがるならそれ相応の服装が必要でした。

 そこはキシリールの服があれば解決します。


「ああそれと、馬は元気なこちらの1頭だけで十分です。わたしがこの子を最高の名馬にしてさしあげましょう」

「ちょっと、冗談でしょう……? 姫様、お考え直し下さいっ」


「悪いけどネコヒトくんに賛成かな。パナギウム王国第三――いや、第二王位継承者として命じる。キシリール、その服をボクに差し出せ!」

「お、俺に、裸で教会に引き返せって言うんですかッ?!」


 そこは清廉潔白なキシリールとして辛い部分なのでしょうか。

 ですがこれが一番だと思うのですよ、わたしは。


「そこは特別にボクの服を着ていい」

「ちょ、ちょっと姫様っ、それこそ変態じゃないですか!」

「キシリール、時間が惜しいので早く脱いで下さい。今こそあなたの忠誠を見せるところです、腹をくくって下さい」


「秋風が身にしみるせいかな、俺、急に泣けてきました……」


 こうしてハルシオン姫は騎士の装束をまとい、わたしと同じ馬にまたがりました。

 キシリールはパンツ1枚の半泣きで自分の馬にまたがり、ですが律儀に姫とわたしの再出立を見送って下さいました。


 どちらにしろギガスラインの向こう側に彼は行けないのです、ならばここで別れて正解でした。


いつも誤字報告、感想ありがとうございます。

返信が遅れてしまっていて申し訳ありません。

本章の最後に挿し絵回が来ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ