16-3 監獄への暗夜行路 ある悪党の素顔を知る青年
その夜更け、優秀なサポートとやらと合流することになりました。
場所はレゥム市を東に抜けた街道付近、そこにある敬虔な農家の納屋内が再会の場でした。
わたしはネコヒト、わずかな光源さえあれば真っ暗闇でも不都合などありません。
わたしの潜む納屋の扉を、まぶしいランプを持ち、立派な馬を引き連れた青年が押し開いていました。
「これは驚きましたよ、優秀なサポートとはあなたのことでしたか」
「いや……驚いたのはこっちだよ……。救出計画の切り札が現れたと聞かされて、半信半疑で来てみれば、それがまさか貴方だったんだから……」
それは騎士バーニィ・ゴライアスの同僚、あの蒼化病患者の移送時に出会った男、キシキシの騎士キシリールでした。
「そのご様子では、相手がネコヒトとも聞いていなかったようですね。フフフ、あの新司祭殿も意地が悪い。危うく騎士様に征伐されるところでした」
「まったくだよ……。エレクトラムさん、俺ごときが貴方を倒せる気はしないけどね」
「フフ、そういう言葉は、武勇におごり高ぶる筋肉バカにでも言ってやるといいですよ」
キシリールの脇を抜けて納屋から外に、彼をおいて東に歩き出す。
彼は馬を引いて、特に文句も言わず背中を追ってきてくれた。
「1つ聞かせてくれないか? ホルルト司祭……いや、名はもう会話に出さない方がいいな。彼は貴方を脱獄の切り札、ワイルドカードも同然と評価していた。だけど俺は……えっ」
ヤドリギウーズ戦ではアンチグラビティによる軽業しか見せておりません。
そこでハイドを使い、彼の視界から消えてさしあげました。
なるほど、人間にしては優秀です。見失いはしましたが彼はすぐにわたしを見つけ出しました。
「お見事、なかなか筋がいいですよ。そのまま極めてゆけば、どこかのスケベ男を越えることもできるでしょう。いえ、こっちのことで」
「今、貴方の気配が消えた。いや感じられなくなって、不覚にも見失ったというのだろうか……驚いた、こんな技が世界にはあるのか」
「ハイドという少し珍しい魔法です。同時にわたしはこんな術を持っておりまして」
続いてナコトの書を大判化させました。
「それは魔導書……!? おい、こんな夜中とはいえ、ご禁制の物を、こんな場所で見せびらかさないでくれっ!」
「問題ありません、わたしは魔族ネコヒト、人間の法には元より縛られておりません」
「そういう問題じゃないぞ……。しかしなんだこれは、スリープに、アンチ、グラビティ……おお、これは……」
スティールについては見せる必要がないので隠しました。
愉快な挿し絵と共に書かれた解説文を、キシリールは救出計画という目的のために熱心に読み解く。
わたしたちの目的は脱獄の幇助、および魔界辺境への誘拐、いえ保護。
それを実行する上で、まこと都合の良い術がそこに並んでいたことでしょう。
「あなたを信用した上でお見せしました。あの時はお世話になりましたからね。勝手に退却してしまい申し訳ありません」
「森での件か? いや、あのとき助かったのは俺たちの方だ。俺たちだけでヤドリギウーズを迎撃することになったら、もっと多くの被害が出ていた。だけど……そうだった、そのことで気になることがある」
「では目的地に向かいながら楽しいおしゃべりといきましょう。馬の後ろ、乗せていただけるのですよね?」
彼が先に騎乗して、わたしに手を差し伸べてくれました。
わたしが極端な軽戦士であることを知ってもらうために、あえてその手に引かれて馬上に登る。
「おお、驚くほど軽いな……」
「それがネコヒト、わたしたちの弱点にして武器ですよ」
キシリールと共に夜の街道を進みました。まずはゆっくりと馬を歩かせて、彼なりに質問をまとめたようです。
「蒼化病の子供たちをさらったのは、貴方なのか? エレクトラム・ベル」
「姓まで覚えていて下さいましたか。ええまあ、こうなった以上はわたしと貴方は仲間、隠す必要もありません。はい、さらいました、一人残らずわたしたちの里へ」
もしかしたら魔族と共闘したという部分を、上に伏せて報告したのかもしれません。
でないとうるさい勢力が人間の世界にもいるのですよ。
「そうか。それがギガスラインの向こう側にあるという、隠れ里ニャニッシュなのだな……」
「……はい? 何ですかそれは?」
「違うのか? 彼には、それがハルシオン様を保護して下さる里の名と聞いたが」
「フフフ……なんだそういうことですか。それは聞き間違えでしょう。バニッシュですよ、バニッシュ」
キシリール、堅物かと思いましたけどかわいらしい聞き間違いをするものです。
「いや、彼はハッキリと、ニャニッシュとおっしゃっていた。……ん、急にどうしたんだ?」
頭が言葉を理解するよりも先に、心がショックを受けてわたしは愕然とした。
嘘、でしょう……? ニャニッシュ、ですって……? こちらにはそう伝わっていたと……?
「いえ、少し、立ちくらみがしてしまいまして……」
何がどうしてそんなことになってるんですか!
バニッシュですよバニッシュ、ニャニッシュってなんなんですか!?
これじゃ、ミゴーや魔将どもに、バレバレじゃないですか……。
「まあこの際名前はどうでもいいな。それなら他に聞きたいことがある」
どうでもよくなんてありませんよ。死活問題です、その名が広まれば、三魔将に中指立てたようなものです。
何でこんなことなってるんですか!
「なあ、バーニィ・ゴライアスっていう男を知らないか?」
「いえ、存じませんね」
誠実な男が、平時以上に真面目極まらんまなざしでわたしに聞きました。
さっとはぐらかしておきましょう。
「もっとちゃんと思い出してくれ! バーニィさんは王家の金を盗んだ濡れ衣を着せられて、魔界側に逃げていったそうなんだ。もしかしてどこかで見てないか?!」
ははは、何をおっしゃる。それは濡れ衣ではなく本人の意思でしたよ。
あのスケベ男も、外では何かと慕われているようだから不思議ものです。
「すみません見ませんでしたね、そんな立派そうな男は」
どちらにしろ軽率に漏らせる情報ではありません。
こちらから教えてあげることはできませんでした。
「それより監獄までどれくらいかかりそうですか? できれば急ぎたいのですが。実は里に娘を待たせていまして」
予定より里への帰還が遅くなるのが既に確定しています。
パティアは帰らぬわたしに気落ちするでしょう。長引いた時間の分だけ。
わたしも早く帰ってエルドサモーヌの2匹目を狙いたいものです。
●◎(ΦωΦ)◎●
昨晩深夜のパティアは――
バーニィに見つかって止められたので、皆が寝静まった真夜中を狙って寝床を脱走したそうです……。
剛胆なわたしの娘は明かりの魔法を無防備に灯し、落ちたクリのイガを踏みつぶしては実をアケビのツルで作った籠に入れていきました。
「いてて……。さいしょにー、クリさんたべようとしたひとー、えらいなぁー。お、ふくろーのこえだ、ほほほっほーほーほー。あんまりにてないな……」
真夜中に8歳の人間の子供が、魔界の森でクリ拾いをしていたんです。
どうぞ狙って下さいと言っているようなものだったでしょう。
「よし、これだけあればー、ねこたんのぶんまでたべたの、ゆるしてもらえるかなー。おー?」
しかもそこは危険だから絶対入るなとあれだけ言ったはずの、北の森でした。
「おおっ、とろろだ。すごーい、あかとろろ」
赤いトロルは緑のやつより危険です。回復力がとても高く、火力が不足すればそのまま押し切られます。
「こらーっとろろーっ、パティアのクリはー、あげないぞー!」
いえクリではなく、そいつはあなたを喰おうとしていたんですよ……。
「あ、ほん、いまなかったなー。まいっか、がぉぉぁー、ふぁいあー、ふぁいあー、いっぱいふぁいあー!!」
五体満足な元気なパティアと後日わたしが再会したということは、真夜中の秘密のクリ採集に無事成功したということに他なりません。
「はぁはぁ……ふぇぇぇ……たいへんだったー……。とろろ、あかとろろ、つよいなー……」
いいえ。ナコトの書無しでトロロ亜種を倒してしまうあなたが強いんです。あ、いえ違いました、トロロではなくトロルでした。
わたしの娘は籠いっぱいのクリと、深紅のトロールストーンと共に、皆が寝静まった古城に末恐ろしくも舞い戻ったのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
翌朝――
「こらてめぇパティ公! 俺の言いつけ無視して夜遊びしやがったな?!」
「パティア……あまりオレたちを、心配させないでくれ……」
「うふふー、も~困った子ね~♪ 今日は朝ご飯、抜きですからね♪」
「そか、じゃあパティアは、ラブちゃんとこでー、クリやいてー、いっしょにたべてくるねー。いってきまーす!」
「おいこら待て野生児っ!!」
「はぁっ……なんて、たくましい8歳なんだ……」
すみません、エドワードさん。
前にも言いましたが、あなたの娘はすっかり野生化しています……。




