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15-3 消えた魔王の僕と忘却の旋律 - 幸せの宴 -

「ああちょうど良いところにいましたね、バーニィ。わたしの誘いを断っての、リックとのお喋りは楽しいですか?」

「おっ、何だネコヒトかよ。ワハハッ、そろそろ諦めて帰って来る頃だと思っ――んなっ、にっ、おっ、どっ、ドヒャァァァァーッッ?!」


 東の森から戻ると、そこにバーニィとリックが切り株の上に腰を落ち着かせていました。

 いえ正しくは、こちらに振り返るなりそこから情けなく転げ落ちたおっさんを、わたしたちがエルドサモーヌを頭上に抱えて見下ろしていた。とも言えます。


「驚いたな、こんなに大きな魚が、あの湖にいたのだな……。それとバニー、さすがに驚き過ぎだ」

「う……嘘だろ……だ、誰が釣ったんだ?! ていうか、でけぇぇぇぇっっ!!」


 わたしもエルドサモーヌがこれほどまでの大物とは知りませんでした。

 大きく成長したサモーヌが黄金に染まるのか、ただ単にこの個体が大きいのか、レア過ぎてその辺りはよくわかりません。


「フフフ……あなたの助けなどいらなかったようですね。ええ何を隠そう、これを釣り上げたのは――」

「えへんっ、それはー、パティアだぞー」


 ピヨピヨと白い小鳥しろぴよさんがパティアの周囲を飛び回って賞賛する。

 恐らくこの丸っこい小鳥も、いつものようにオコボレを期待しているのでしょう。

 鳥類ですらエルドサモーヌの価値を理解している、そういうことにしておきましょう。


「驚いた。やはり、パティアは凄いな。教官が目をかけるだけはある」

「まあ正確にはパティアの竿の当たりを、みんなの力で釣ったわけですので、わたしが(・・・・)釣り上げたということにもなります。そうでしょうパティアさん?」


 黄金の魚を一度下ろし、パティアに含みの混じった笑顔を向ける。


「お、おぅ……ねこたん、そこー、だいじか……?」

「大事ですね、とても。そこの付き合いの悪い男は別に、必要なかった、という意味でも」

「かぁぁ~~嫌みったらし言い方だなぁおいっ!? そこまで言うかよ!」


 実に良い気分です。

 釣りを得意とするバーニィに先んじて、エルドサモーヌを釣り上げてやったのですから。娘の優秀さがわたしは誇らしい。


「はて、そういえば言っていましたねあなた。悪いが結果はもう見えてるぜ、でしたっけ? おやおや、どんな結果が見えていたのでしょうね?」

「こりゃ、メチャクチャ根に持ってるべな……」

「う、うん、かなりねちっこいです……」


 バーニィはそれなりに落ち着いた大人でしたが、釣り好きとしての自負心があったのでしょう。

 わたしを気持ちよくしてくれるくらいには悔しそうに言葉を失い、嫌みを直視しかねて顔を落としておりました。


「はぁぁ……やっぱ行きゃ良かったよ……。そうだよ、アンタがエルドサモーヌを釣り上げてくる姿が、俺には見えたさ……」

「フフフ、それは見事な慧眼ですねバーニィ。エルドサモーヌを釣り損なったバーニィさん」


「くぅぅっ……300にもなって大人げねぇぞネコヒトよぉっ?!」

「バーニィ、知らなかったのですか? ネコヒトは執念深いのですよ」


 するとリックがエルドサモーヌに近寄って、それをたった1人でたくましく持ち上げました。

 下手な獣より大きな肉の塊を平然とです。牛魔族ホーリックスはこの里最高の男手でした。


「バニー、尾の方を持ってくれ。せっかくの大物だ、鮮度が落ちる前に処理しよう」

「ほわぁぁ……うしおねーたん、しゅげぇー……でっかいえるぴか、よゆうかー。かっこいいなー、あこがれるなー」


 バーニィはいちいち美人への下心が見えてよくありません。

 言われるがままにすぐさま大魚の尾を肩にかけて、釣り好きとして嬉しそうにニヤけていました。


「そんなに、褒めないでくれ……ただ、身体が大きいだけだから……」

「伐採はおいらが引き継ぐべ。んだからよ、2人とも子供らに、美味い飯さ作ってやってほしいべ」

「パティアもおてつだいするぞー。おさかな、さばくのなー、パティアもできるからなー」


 危なっかしい気もしましたが、そこに言葉をはさめば過保護というものでしょう。

 ええもちろん、リックもバーニィも約束されし危なっかしさとやらに困った顔をしておりました。


「ではよろしくお願いいたします。リック、今日の夕飯を楽しみにしていますよ。バーニィ、あなたの薫製もね」

「わりぃが薫製は時間がかかる、早くて明日の昼過ぎになるぜ」

「教官が憧れ続けてきた幻の魚だ。オレも全力で立ち向かわせてもらう……」


 こうして釣り上げたエルドサモーヌをリックとバーニィ、おまけのパティアに任せてわたしは眠りについた。

 リセリの方は当然ながら、愛しのジョグの仕事を手伝うことにしたそうです。


 わたしのちょっとしたお節介で、2人の関係が進展したら面白いのですけど……。

 どちらも奥ゆかしいことですし、まだまだ望み薄です。

 いっそバーニィに新居でも建てさせて、そこで同居させてしまえば良いのではないかと、要らぬお節介を考えてしまうほどに。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 気分が良い日は寝起きもまた爽やかです。

 静かな足音に感づき、彼女が言葉を放つ前にわたしという寝坊の権化は目覚めていた。


「エレクトラムさん、パティアちゃん、リックさんが夕飯だって」

「そうですか、ついにその時が来ましたか。それはそうとパティア、あなたはわたしの寝床に忍び込む天才ですか」


 妙に温かい何かがあるなと思っていました。

 それは長いブロンドに寝癖を付けた8歳児で、それが寝ぼけ顔で身を起こしてゆく。


「ほけー……ごはん……? おおっ、えるぴかごはん! しろぴよーっ、ごはんだってー!」

「うっ……。寝起きのわたしの前でいきなり大声を上げるとは、パティア、困ったお子さまですよあなたは……」


 まさか召喚魔法なのですか? などと疑うほどの即応でしろぴよさんが現れる。

 それがパティアの肩に乗り、リセリを見つけて喜び、交互に乙女たちの身体を飛び回っていました。


「しろぴよちゃんかわいいね。こんなに懐かれるなんて、さすがパティアちゃん、イケメンだよ」

「でへへ……しろぴよとはなー、なんかきがあるんだー。よしよし、パティアのえるぴか、わけてあげるねー」


 気が合う、では?

 まあ毎度毎度突っ込んでいたらきりがありません。わたしたちは期待と空腹を胸に、城1階食堂に下りました。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 今夜の晩ご飯は特別に豪勢でした。

 主役はもちろんエルドサモーヌの串焼きと鍋です。

 どうやらこのあいだパティアと年少組が焼いた、巨大な土鍋をこれを機会に使ったようでした。その大きさはバーニィをそのまま煮てしまえるほどでした。


 具は畑で穫れたカブとニンジン、いつものウスヒラタケとノームマッシュルーム、とろみのあるヤマイモ、新鮮で青々しいアサギ、野生のネギであるノビルを薬味として加えています。


 わたしは期待を下方修正しませんでした。

 それはうちのリックとパティアが、伝説の名魚を使って作った鍋です。不味いはずがありません。


「こ、こりゃぁ……ぶったまげたわ、エルドサモーヌってやつはこんなに美味ぇのかよ!」

「おいしいおいしいっ、お魚苦手だったけど、これならいっぱい食べれるよ!」


 魚が苦手な子供たちですら宗旨替えするほどの美味しさだそうです。

 期待はなお高まり、わたしは己の串焼きと、具だくさんとなった器を見下ろす。


「どしたねこたん? パティアがね、ねこたんへのー、あいをこめてつくったんだぞー」

「はい、その子はわたしの隣で先ほどまで、寝ていたような気もしますがね」


「そのことか。実は起こしに行ってくれと、オレが頼んだんだ。パティアが教官につられて一緒に寝てしまうとは予想しなかった……」

「にへへ……だってなー、ねこたんしあわせそーにねてた。それみてたらなー、パティアもねむくなってきてなー、ふかふかにくっついたら、ねてたー」


 なるほど、ただの平常運行でしたか。

 パティアのよだれがくっついた部分を軽く手ぐしして、わたしはまず串焼きを手に取る。


「安心しろ、お前さんの分は薫製としてたっぷり保存しておいてやるよ。だからもったいぶらずでかい口で食えよネコヒト」

「おや、誰かと思えばエルドサモーヌを釣り損なったバーニィさんですか」


「いい加減しつけぇなアンタ?! ああそうだよっ、俺の負けだ! こんなうめぇ魚を釣り上げた、アンタが英雄だ!」


 なかなか悪くありませんね。

 バーニィのその言葉と悔し顔を(さかな)に、エルドサモーヌの串焼きにかじり付きました。


「どうだ、教官……? 教官の期待を裏切らないよう、がんばったつもりなんだが」

「だいじょぶ、ねこたんはー、おさかなだったらなんでもよろこぶ」


 身もふたもない言い方しないで下さい。


「美味しいです。期待を裏切らない見事な味です。サモーヌは元から脂の美味しい魚ですが、エルドサモーヌとなると脂の乗りが違いますね。300年がけの期待をゆうに越える、至高の味わいでした。ああ、もう無くなってしまいましたか……」


 何が面白いのでしょうか、パティアもバーニィもリックも、他の子たちまで微笑んでいる。

 そうですね、多少饒舌過ぎたところは認めましょう。わたしが興奮する姿は珍しいことも。


「調理人名利に尽きるよ。だけど教官、鍋の方も冷める前にお願いできないか?」

「あっ! あのなー、まっしゅ! まっしゅはパティアがきった! おさかなもー、ちょっとてつだったんだぞー」


 それはそれは、現場の気苦労が目に浮かぶようですね。

 一歩間違えればパティアの小さな指が落ちる。考えただけでもそれは……。


「はははっ、見ていて尻の穴がムズムズしたけどな」

「バーニィッ、食事中に汚ねぇたとえするんじゃねぇべよっ!」

「ばにーたん、ふんづまりかー?」


 鍋を食べる一歩手前で、わたしは木のさじを戻すはめになった。

 人がこれから食べようとしてるところに、尻の穴だの、糞詰まりだの、よくも言ってくれましたね……。


「バニーが悪い」

「俺だけかよリックちゃん?!」

「ふふふー、バニーさんはー、ちょっと子供たちの教育に悪いかもしれませんねー♪」


 エッチなおじさんはシスタークークルスにまでダメ出しされて静かになりました。

 その隙にわたしはさじで鍋料理を口に運ぶ。

 それは最初からわかっていたことです。鍋も鍋で最高に美味しかった。


「ねぇねぇ、ふんづまりとべんぴって、おなじー?」

「ゲフッッ?!! ミ、ミャァァ……」


 つい鳴き声を上げてしまうほどに、わたしは娘の不意打ちにむせた……。

 こういうところがバーニィの悪影響? いえ元から自然体極まっているところはありましたが……。


「どうしたねこたんっ、なんかまずいのはいってたかー?! にがてなのあったらー、パティアがたべてやるぞー!」

「お前さんのせいだっての、パティ公よ」

「違う、元を正せば、バニーのせいだ……」

「パティア、食事中に汚い話は禁止です。わかりましたね?」


 パティアに悪気はないのです、この子はただ大らか過ぎるのです。

 やり取りをしながら脂と出汁の溶け出した最高のスープをすする。ああ、美味しい、それに温まる。止まらない、もう一杯……。


「べんぴ?」

「ブッッ?!!」


「べんぴって、ふんづまりとおなじだから、きたないってことー? あーもー、ねこたんもったいないぞー」


 なぜ待望のエルドサモーヌ、それもリックの調理した美味い鍋を食べているときに、糞詰まりと便秘の定義について、説明しなきゃならないんですか!

 それもこれもやはりバーニィの口が悪いからいけない、ネコヒトは彼を鋭く睨みました。


「パティアちゃんっ、そのへんにしてあげて。後で私が教えてあげるからっ」

「無邪気って怖ぇぇべな……」

「おいおい、俺はもう悪くねぇだろ!」


 何て軽薄な男なんでしょう。鍋をがっつきながらわたしは彼を睨み続けます。

 ああ、美味い、美味くてちょっとどうでもよくなってきました。


「いや、バニーが悪い……」

「俺の味方はラブ公だけかよ……」


 ああ彼、イヌヒトの少年ラブはわたしたちと食事を共にしません。

 どうせ最終的には折れて融和するのです、意地を張らずに食べに来たらいいのに強情でした。


「そうでしたね、彼の分を残しておきませんとね。ネコヒトほどではありませんが、イヌヒトが好む味わいだと思いますので」

「うふふー、それね~、大丈夫よね~パティアちゃん♪」

「うん! あとでパティアがー、ラブちゃんにおとどけするんだぞー」


 それはまた、汁がだばだばにこぼれて大変なことになりそうな話です。

 ラブ少年も夜中にパティアが襲来したことに、さぞや尻尾をお腹の方に丸めることでしょう。


「ねこたん、もしかしたらー、ラブちゃんのいえに、おとまりしてくるかもしれないからー、きにしないでねー?」

「わははははっ、こりゃまた大胆だな!」

「そうですか。あまり先方を困らせないでやって下さいね。もし帰れと言われたら、ごねずに真っ直ぐ戻ってくるのですよ」


 娘はわたしの念押しを無視して、魚の串焼きの残りをほおばる。

 この子はいつもそうです。譲りたくない話になると、はいでもいいえでもない態度を取るのです。


「こういうところは、教官に似てきたな……」

「それはないですよリック、わたしこんなですか?」


「ああ、ガンコさがそっくりだ」

「あ~確かに~♪ ねこさんもー、パティアちゃんもー、絶対に譲らないところありますよね~♪」


 そうでしょうか、出会ってすぐの段階でわたしの言いつけを無視して、森を一人歩きする剛の者だったと思いますよ。


 しかしそれにしても賑やかな晩餐です。

 盛り上がる食事の席から一度意識を離し、わたしは期待以上のエルドサモーヌ料理の味わいにだけ意識を向け、恍惚の時間を過ごしました。


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