15-2 あるネコヒトのささやかなる夢 黄金の大物エルドサモーヌを釣ろう - えるぴか -
「さっきから見てたけどよぉ、もしかしてエレクトラム、おめぇ……」
「何も言わないで下さい……それでもわたしは釣り上げるのです、伝説のエルドサモーヌを……」
300年生きてきて、いまだに口にしたことがありません。
いえカビかけた干物は食べたことがあるのですが、干物となると普通のサモーヌと見てくれがあまり変わらず、味の方も、ありがたみも、あまり……。
「ジョグ、確認のために聞きます。あなたはリセリのことが女性として好きなのですね?」
こうなれば腹いせにジョグを弄りなおしましょう。ちょうど面白そうなタイミングでもありましたし。
「ふごっ、こ、答える義務はねぇべ?! お、おら、だって、ワイルドオークだべ……。そりゃ、否定はしねぇけどよぉ……やっぱ、こういうのは難しいべよ……」
脈有りですか、良かったですねリセリ。後は彼の気持ちの整理次第で、次のステップに進めますよ。
「フフフ……。ところでですが、どうやらお手伝いが来て下さったようですよ」
ジョグがわたしではなく右手の森に振り返ると、そこに猫耳帽子をかぶったパティアの姿が茂みから現れました。
「ねこたーんっっ、パティアがきたぞー! ねこたんつりへたっぴだからー、おやこっこーに、パティアがつってやるぞー! えと、える……える……でんせつのえるぴかなー!」
「それは頼もしい限りです。親こっこーではなく、親孝行かと思われますが」
どうもうちの娘は長い名詞を覚えるのが苦手なようで、何でも4文字に収めようとするところがありました。
えるぴか。まあ要点は押さえていますかね。
「ははは、おらたち見ての通りのボウズだべ。どうかよろしく頼むべよパティア」
「おうっ、パティアにまかせとけー? あれー? リーセリー、はやくはやくー! こっちだよーっ?」
少しばかし意地悪が過ぎましたかね、パティアの呼びかけに森の奥から声にならない声が響いていた。
ジョグも予想していなかったのでしょう。
さっきの自分の発言を愛しのリセリに聞かれたのではないかと硬直して、それから遅れてわたしを恐いイノシシづらで睨んでいた。
「え、エエエエエ、エレクトラムおめぇぇっっ?! お、おらをはめたべなッッ!?」
「はてさて、何の事やら。わたしはただ確認がしたかっただけですよ。とはいえ彼女の鋭敏な聴力なら、バッチリ、全て、聞こえていたかもしれませんね」
事実のようです。森の奥から再びリセリの小さな悲鳴が聞こえてきました。
さてこの親あってこの子ありでしょうか。パティアは2人の心中などお構いなしに、カチコチに固まったリセリを引っ張って来て下さいました。
初々しいですね。青い頬をほんのりと赤く興奮させて、ジョグから目線を外していましたよ。
「おじゃまなようならわたしたち、場所を変えますが」
「わ、若者を虐めるもんじゃねぇべっ?! ……あっ!?」
しかしそのとき、湖が跳ねた。いいえそれは詩的表現というやつです。
湖に黄金の大きな魚影が現れ、それが水中から空中へと跳ね上がっていた。
「あれだべっ、おらっあれを見たんだべっ!」
「おおーっっ、なんだあれはー! ねえねえ、きんきらきんだったよー?」
「そうなの……?」
視力を持たないリセリだけ置いてけぼりの状況でしたので、わたしの方は理性を保ち、事実を説明することにしました。
カップルをからかって進展させるより、アレを釣り上げるのが目的だったのを今さら思い出したのですよ。
「全身に渡る黄金の鱗、コイーンにしては大きな体、ヒゲだってありませんでした。わたしが保証しましょう、今のは間違いなくエルドサモーヌ、本物です!!」
「ねこたん、おちつけー? こうふん、しすぎだぞー。だけどー、あれ、おいしそうなおさかなだったなーっ!」
わかってるじゃないですパティア。
本物が目の前に現れた以上、ふつふつとやる気がまた燃え上がってきました。
あんな魚影を見せられて、ボウズで帰れるわけがない!
「皆さんお願いします、どうでもいい色恋ざたなど置いといて、わたしたちに、いえわたしにアレをご馳走して下さい!!」
「あれだけおらたちをいじっといて、そこ、どうでもいいって言い切るべか……」
「えっと……ジョグさん、がんばろ、恩返しもかねて、一緒に……」
リセリとパティアが来てくれたことで、釣れる確率は2倍となりました。
いける! バーニィなどいなくとも必ず釣れる! わたしたちは一丸となってエルドサモーヌが跳ねたポイントを目標に絞るのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
ところがそうそう都合良く釣れるものではない。
いえ前向きにとらえれば、パティアとリセリの参加で流れが変わりました。
「やったーっ、またつれたー!」
「わぁ、パティアちゃん凄い。釣り名人だね」
「なんか良い流れ来てるべなぁーっ」
イワーン、マッスン、アユーンフィッシュが空っぽだった水瓶に集まっていた。
何も釣れずに涙を飲んで帰るという展開はこれで避けられた。
「ねえねえ、くさ、はいってる。このくさ、なにー? すてるー?」
「それは何でもありません。入れておいてやって下さい」
それはわたしがボウズではない証なのですから……。
水草だって水産物です、立派な釣果ですよ。食べれるかどうかは知りませんが。
「あっ、リセリまたつったー!」
「おっとと、先に釣ってた側の立場がねぇべなぁ……。よし餌また付けたべ」
「ありがとうジョグさん。釣りってこんなに楽しいんですね。あ、あの……今度、良かったら、また一緒に……」
盛り上がってるところにすみません、ついにわたしにも当たりが来ました。
それも強い引きです、あのエルドサモーヌでしょうか。期待に心が熱く踊る。
「ねこたんっ、ねこたんがんばれーっ、がんばれねこたーんっ!」
「うっ……まずいです、力負けしています! パティア、ナコトの書を早くこちらに!」
魚釣りにアンチグラビティを使うなんて大人げない? 知りませんそんなルール、どんな手を使ったってわたしは幻の魚を釣り上げて、この腹に収めるんです!
「まほーか! わかったー、えーと、うーんと……あったっ、ねこたんむぎゅぅーっ!」
パティアの力で大判化したナコトの書を、わたしは片手で受け取りました。
さらにパティアはわたしのもう片手に手をそえて、腰にしがみついて後ろから引っ張る。
「アンチグラビティ! エルドサモーヌよっ、我が手に来いっ!!」
アンチグラビティの力は装備や手荷物にも及ぶ。
これにより軽量化された得物は水底より引っ張り上げられ、天高く空中に舞った。わたしの失望と共に……。
「び、ビックリした……ねぇ、何が釣れたの?」
「あ、ああ……なんて言ったもんだべな。エレクトラム、まだ負けたわけじゃねぇべよ……」
それは大きな倒木でした。倒木まるごと一本を水底よりわたしは釣り上げていました……。
なるほどアンチグラビティが必要になったわけです。逆に言えば、この力を使わなければ糸か竿が先に壊れていたでしょう……。
「あのねー、ねこたんねー、き、つった! さすがパティアのパパだなー、き、つるひと、はじめてみたぞー」
「え、きって、木のこと……? そういうの釣れるものなんだね……」
「確かにある意味すげぇべ。おらびっくらこいたよ、子供たちに寝る前話したら喜びそうだべなぁ!」
バカな、魚類とわたしは縁がないというのか……?
倒木に歩み寄り、ぼんやりとそれを見下ろす。いくら見ても樹木の残骸がエルドサモーヌになることはなかった。
「ん……? ですけどこの木、なんだかちょっといい匂いがしますね」
「あ、それわたしも思っていました!」
「どれどれー? あっ、ほんとだ、いいにおいだー! ねこたんさすがだなー、これはー、いいものだぞー」
倒木は触れてみると硬く化石化が進んでいました。
娘に褒められると悪い気がしません。まあこれはこれで良いのではないかと思ってしまう。
「フフフ、そうでしょう。何せ今日のわたしはやる気が違いますので」
「んだけどそれは食えねぇべ……」
そういえばこの匂い、昔どこかのお城で嗅いだことがあるような気がしてきた。
それにそうです、思い出しました。水没した樹木から香料が取れることがあると、うんちく語りが絶えない同僚から聞いたことがあります。
「いえ、もしかしたら商材になるかもしれません。これは持ち帰ってタルトか男爵に見せることにしましょう」
「うるのかー? スンスン……はぁ、いいにほぉーい……パティアにもー、き、ちょっとちょうだいー」
「あ、なら私も欲しいです! ほんのちょっとでいいので」
古来より女の子は花やら何やら、良い匂いのするものが好きと相場が決まっています。
今回はたまたまでしたが、次は狙って採集してみるのも良いでしょう。
「お、おわぁぁーっ?! ねこたんっ、たいへんだっ、なんか、ひぱられるぅぅー!!」
「パティアちゃんっ?!」
「おとととっ、こ、こりゃすげぇべ?!」
ところがそのとき、パティアの竿に強烈な引きがきた。
湖に引っ張り込まれそうになったところを、リセリがパティアに、ジョグがリセリを抱き止める。
「おやおや3人がかりで苦戦ですか?」
「余裕こいてねぇで手伝ってほしいべよっ!」
「ねこたんっ、いつものやつ、たのむぅー!」
娘からのオーダーが入りました。アンチグラビティを再発動させて、わたしはパティアの隣に歩み寄り、その釣り竿に空いた右手をそえた。
するとパワーバランスが狂う。獲物の力と重さは半減し、いともたやすく水中より引きずり上げられていった。
「はてさて、今度は何でしょうかね。どうせ肩すかしでしょうが……ミャッ?! え……エルドサモーヌッッ?!!」
「おわぁぁぁーっ、でっ、でっかぁぁーっ!」
金色の巨大な魚影が天に舞い上がっていた。
それは魔界の暗雲と青空を背に、東からの日光に照らされて水しぶきと共に輝き、わたしの興奮のあまりかスローモーションで、背中の向こう側めがけて落ちてゆく。
振り返れば確かにそれはエルドサモーヌ。ジョグ未満、リセリの身長以上の超大物が草地の中でのたうち回っていた。
「で、でかすぎるべよぉっ?!」
「あのなー、リセリよりー、でっかいさかなつれたぞー! えるぴか!」
「そんなに大きいの……? 凄い、パティアちゃんってやっぱり天才だね」
ああ……ついに、ついに釣り上げた……。
感慨のあまりわたしは逆に舞い上がることもなく、ただ静かにエルドサモーヌだけを見下ろし続けていた。
300年がけの夢がまさかこんなところで叶うとは……。
それにわたしの力がなければ釣れなかったのですから、半分はわたしが釣ったようなものですよね。ああ、今日は素晴らしい日です。
「素晴らしい、素晴らしいですパティア! よくやりましたっ、あなたはまれにみる孝行娘です! 本当に偉いですよパティア!」
現金なものでして、わたしはパティアを抱きしめて褒め倒しました。
すると娘は謙遜することなく誇らしげに笑う。
「にへへ、そんなにほめるなよー、ねこたーん♪ パティアはてんさいかー? えらいこかー? むすめにしてー、よかったかー?」
「ええもちろん、あなたは最高の娘です! 明るく強く釣りも上手い、少し脳天気なところを差し引いても、花丸の娘にして一番弟子ですよ!」
早速新鮮なうちに持ち帰りましょう。
伝説のエルドサモーヌ、こいつをリックの手で最高の魚料理にしてもらうのです。
バーニィには薫製を作らせましょう。わたしたちが先に釣ってやったと自慢して、嫌みをたっぷり言って悔しがらせるのです。
「きょうのねこたんはー、せっきょくてきでー、パティア、こまっちゃうなー、でへへ……。ねこたん、だいすきだぞー。なくなってもー、また、えるぴか、パティアがつってやるからなー!」
これでもかと、無限ループかと言われかねないくらい、わたしはパティアを褒めて褒めて褒めまくり、倒木は後にしてジョグとエルドサモーヌを抱えて帰路につくのでした。
「ああ……天才ですかあなたは……わたしはあなたが誇らしい!」
「パティアもー、ねこたんがじまんだ! かわいくてー、ふかふかでー、つよい! あいしてるぞー、ねこたーん♪」
わたしたちはラブラブでした。
「それいつまで続けるべか! こんなこと言いたくねぇけど……いい加減うっとしいべ!」
「良かったね、パティアちゃん。エレクトラムさんのためにがんばって、偉かったよ。はぁー、わたしも将来パティアちゃんみたいな子供が欲しいな……」
「そうだろそうだろー。パティアは、おやこっこむすめなのだー!」
すみません、わたし現金なものでして。
常日頃褒めすぎないよう我慢している分、今ばかりは自慢の愛娘を褒めたくってしまいたくなっていたようでした。
「こっこっこー、こっこっこー、パティアはねこたんおやっこっこー♪」
その不思議な歌声がどこからともなくあの白くて丸い小鳥、しろぴよを呼び出して、パティアの頭の上でさえずりだす。
エルドサモーヌを釣り上げ、しろぴよを使役し、この土地そのものを生み出した。
誰が何と言おうとも、わたしの娘は人類最強にして、自慢の最高の我が娘でした。




