15-2 あるネコヒトのささやかなる夢 黄金の大物エルドサモーヌを釣ろう - 魚影 -
人はときに効率を全く無視した行動に、他者から見れば無意味と呼べるほどに並ならぬこだわりと、価値を見い出すものです。
すっかり老いて大半の物事に関心が薄れたわたしにも、譲れない執着というものがありました。
「なんと……ジョグ、それは本当ですか?」
「あ、ああ、嘘吐く理由なんてねぇべ、本当だべよ。確かに見たけどよぉ……?」
話の始まりはジョグの何気ない世間話でした。
東の湖の対岸で、黄金の魚、それも結構な大物を見たと彼が言うのです。
「ど、どうしたべよエレクトラム……? なんかこう、いつになくシャキッとした顔、するべな?」
「わたしの顔などどうでもかまいません。それより魚の色合いはどうでしたか? 金色の魚といっても色々あるでしょう、銅に近い赤い金ですか? それとも明るい純金の輝きですか? それと具体的な大きさは?」
「お、おぅ……明るい色だったけどよ。具体的な大きさは、距離あったしよ、そこはわからねぇべ……」
なるほど色合いは合致している。可能性は十分にありそうです。
ジョグがわたしの柄にもない積極性に困っておりましたがね、今は取り繕う気などありません。
「それはまさか、伝説の黄金鮭……おお何ということでしょう、こんな辺境で出会うことになろうとは……!」
「あ、いや、おらの見間違えの場合もあるべ……? ただの金色のコイーンかもしれねぇべ?」
そんなロマンに水を差すようなお言葉は、わたしの耳に入りませんよ。
そこに魚の影があるのなら、駆けつけるのがネコヒトのあるべき姿でしょう。いえそんなことより時が惜しい、急がなくては。
「急用を思い出しました、今日の狩りは明日に延期しましょう」
「はっはっはっ、まさか自分で釣りに行くつもりか? 悪いが結果はもう見えてるぜ」
そこに釣り名人バーニィが森の奥からやって来た。
ここ最近は伐採の方針を東に狙いを定めて、広場から続く畑の拡張を目指している。
水源である湖と、朝日の方角に向かって森を切り拓くのは当然の判断です。
「お、おら余計なこと言ったべか……? エルドサモーヌって、そもそも、なんだべ?」
「おいジョグ、知らねぇのか? エルドサモーヌといや、金色をしたでっけぇサモーヌのことだぜ」
さすがバーニィ、よくわかっていらっしゃる。
わたしよりも興奮が控えめなところがどうも気になりますが、価値は認めてるようでした。
「エレクトラムが興奮するってことは、それ、う、美味いんだべか?」
「おう、釣り人の間じゃ絶品と評判だそうだぞ。食いたがる美食家は多いが、その夢が叶ったやつは数少ねぇ」
そうです、そうなのです。わたしは美食家などではありませんが魚となると話は別、夢を叶えたくないはずがないのです。
「ええっ、何せ川魚、それも滅多に穫れない、知る人ぞ知る魚です! 手元に届く頃には、鮮度が落ちて食べれたものではなくなってるのですよ! せいぜい干物や薫製としてどこかの市場に並び、運良くその価値を見いだした交易商の手により運ばれて、真に欲しい者の口に入るかどうかでしょう!」
わたしとしたことが少し語り過ぎてしまった。
ですけどこればかりはわたしの生き甲斐と呼べる部分、自重などする気などさらさらありません。
「ひははっ、語るねぇネコヒトよぉー、俺もその気持ちはわかるけどよ、興奮し過ぎだぜ」
「こ、子供たちが、喜んでくれそうな魚だべなぁ……。ならおら、エレクトラムについてくよぉ」
「おお、ジョグ、あなたが手伝ってくれるとは頼もしい。さすがはイケメンです、あなたの心はあのエルドサモーヌが棲む湖のように美しい!」
ジョグの魅力というのはこのさり気ないやさしさ、謙虚さ、悪意の無い善性でしょう。
リセリが惚れ込むのもわかります、彼は誰にでも公平です。ならばイケメンと呼ぶ他にない。
「そ、そのネタいい加減に勘弁してくれよぉ……鼻、鼻が、ヒクヒクむずがゆくなるべ……」
「あ~、悪ぃ。俺もメチャクチャ惹かれるんだが、大工仕事があってな……。リックちゃんが山ほど伐採してくれるもんだからよ、今は材木を消費してぇんだ」
ガッカリです。バーニィがいれば勝算が跳ね上がるというのに、リックへのおべっかの方を優先するそうです。
「薄情な男ですね、わかっているんですか? エルドサモーヌですよ、今を逃したら次はいつになるやらわかりませんよ?!」
「俺だって遊びてぇさ……。だけど俺が作らなきゃならねぇものが山ほどある。やっぱ今すぐ納屋だって欲しいしよ、ラブ公の家にもうちょっと手を入れてやりてぇ。すまん、夜釣りならつき合えるぞ?」
それだけの才能を持ちながら、中途半端な方の大工仕事を優先させますか。
バーニィ、あなたには失望させられました。
「そうやって里の事や、効率ばかり考えていると、騎士をやってた頃と同じてつを踏みますよ。はぁっ……ならわたしたちだけで行きましょう。行きますよジョグ!」
「お、おぅ、目当てのやつ、釣れるかわからねぇけどよ、新鮮な魚、みんなに食わせてやりてぇべなぁ」
バーニィが苦笑いを浮かべてわたしを見ている。
ああなぜ神は彼に二物を与えたのでしょう。
わたしがクークルスに才能を与えた自称神なら、剣と大工の才能を取り上げて、釣りしか能のない男に変えてしまいたい。
「何ですかバーニィ、やっぱり付き合いますか?」
「いやぁ……今は元々の予定の方を優先するぜ。それよかよ、アンタがそこまではしゃいでるのを見るのは、もしかすっと初めてかもなってよ。……ま、結果は見えてるかもしれねぇが、せいぜいがんばれよネコヒト」
失礼な男です。なら今すぐ力を貸してくれたって良いじゃないですか。
ジョグがイケメンなら、こっちの方はただのスケベオヤジです。タルトの評価が正しかった。
「必ず釣り上げて、付き合わなかったことを後悔させてあげますよ! 行きますよジョグ!」
「お、おぅ……あ、あのな、あんまり大きな声、出さないでくれよぉ……?」
こうしてわたしとバーニィはすれ違って、それぞれの持ち場に慌ただしく進んでゆくのでした。
必ず、必ず伝説の魚をわたしが釣り上げてみせましょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
ということでわたしはジョグと共に、東の湖、その対岸で釣り糸をたらしておりました。
平和です。いつもの西側から見る湖は日射しによる乱反射によりギラギラと輝いていましたが、こちら側にはそれがない。
「ふごっ、ぶふぅっ……はぁ、釣れねぇべなぁ……」
しかし乱反射が生じないということは、それだけ湖水が澄んで見えるということ。
水底に沈んだ倒木や大岩が日光にライトアップされて、そのままの姿がここから見えてしまうほどでした。
「そうですね」
「うーん、何でだべかなぁ……?」
「まあ魚もわたしたちの都合で餌に食いつくわけでもありませんしね。根気よくいきましょう」
「ああそうすっべ。がんばって美味い魚、あの子らに食べさせてやりてぇしなぁ」
だいぶ粘りましたがどちらもボウズ。水面は穏やかで風も弱い。
木陰に包まれた休憩には快適な環境に、ついつい眠気を覚えかけるほどでした。
「そう言えば……」
「おう?」
「これが本当のボーズトーク、と言ったところでしょうかね」
「お、おぅ……」
まあいいでしょう、わたしたちは最近働き過ぎでした。
いえバーニィにああして大見得切った以上、ボウズで帰るわけにはいかないんですが……。
隣を見るとイノシシ男の方も眠気を覚えてか、カクンカクン船をこぎ、わたしのジョークがつまらないと姿でおっしゃっておりました。
ちょうど良い、少し意地悪をしましょうか。
「ところでですが、リセリとは上手くいっているのですか?」
「ぶふぉぉっ?! な、なんで急にそっちの話になるべよっ?!!」
「いえただ気になったもので。新居が欲しいようでしたら、バーニィに急がせますが? 城外の方が何かと都合が良いでしょうしね、何かと」
「や、ややや、止めるべよそういう冗談はよぉぉっ?!」
こうやって動揺する姿を見ると思います、ジョグも若いですね。
歳を取ると刺激に慣れ、羞恥心にも鈍感になってゆくものです。
彼は、いえ彼らは羨ましくなるほどに若く輝いていた。
「フフフ……見ていてもどかしいもので、ついお節介をしたくなりまして」
「そ、そりゃ、おら……リセリのことは好きだけどよぉ、おらは……醜いべ」
「彼女はそうは思っていませんよ。はっ?!」
その時、わたしの釣り竿に引きが来た!
ですが焦ってはなりません、いい加減学習して、これまでの二の舞三の舞は繰り返させません。
まあわたし300年これを繰り返していますので、二万の舞、三万の舞とも呼ぶかもしれません。
魚に飢えたネコヒトはこれでもかと猫背になって焦る心に耐え、ここぞとタイミングを見計らって竿を力いっぱい振り上げました。
「ぅ……っ」
釣果は、ただの水草の塊でした……。
落胆を押し隠し、わたしは水草を外して新たに餌を付けて再び糸をたらす。
エルドサモーヌが遠い蜃気楼のようです……。
※手違いで15-1話が抜けていましたので差し替えました。
ご迷惑をおかけします。




