15-1 殺戮派のベレトートルートと白化病の少年
前章のあらすじ
シスター・クークルスは夢の中で神様に仕立て職人の才能を与えられた。
そんな都合の良い奇跡をネコヒトは怪しむが、職人としての技術は本物だった。これにより蒼化病の子供たちに良質の衣服が供給されてゆく。
そんな中、里の名前を決める選挙が執り行われた。ネコタンランドという命名を回避するため、ネコヒトは卑怯な謀略を尽くす。
結果、不幸な連絡の行き違いで里の名がバニッシュではなく、ニャニッシュで確定してしまうのだった。
それから10日が経ち、深夜の仕立て部屋をネコヒトが訪ねる。夜なべしてクークルスは服を作っていた。
ところがクークルスの瞳が紅色に変わり、ネコヒトを襲い吸血する。しかし本人には自覚がなく、他にこれと言った害もない。ネコヒトも対処法がわからず困惑した。
その翌日の朝、パティアにクークルスからプレゼントが差し出された。パティアは手作りの白い猫耳帽子に大喜びして、にゃーにゃーと天真爛漫に舞い上がった。
イヌヒト・ラブレー少年の家が完成した。ラブレーはバーニィによりいっそうの尊敬を向け、突然現れたパティアに恐怖した。
そこで魔法使いでもあるラブレーは、自分の強さや怖さをパティアに見せつけることにしたが、人類最強の8歳児の予期せぬ超魔力におしっこをチビっていた……。
――――――――――――――――――――
続・魔王の僕
笛を奏でるネコヒトと忘れられた旋律
――――――――――――――――――――
15-1 殺戮派のベレトートルートと白化病の少年
・嫌われ者のミゴー
やっぱつまんねぇ仕事だったわ。ようやく最後の標的を片付けると、俺はラクリモサの町に戻ってきた。
そこで一杯ひっかけて酒の力を頼り、それからニュクスの城に上がった。蒼と白ばかりの悪趣味なあの城にだ。
「ってことでよ、最後の標的を片付けてきたぜ。だけどニュクスよ、こういうのはストレスたまってよくねぇ……頼むぜ、俺の期待を裏切らねぇでくれよ?」
そこで俺はいつものようにヤツにひれ伏した。
だけどよ、こっちだって言いてぇことくらいある。
頭を上げて、次こそはまともな仕事なんだろうなとこちらの意思を示した。
「ミゴー」
「何だよ大将」
ところが取り合っちゃくれねぇ。ニュクスの冷てぇ殺気の混じった瞳が俺を見た。
相手が悪すぎる、俺からすりゃニュクスは巨人、ニュクスからすりゃ俺は利用価値のある虫けらだ……。
「本当に、嘘偽りなく、最後の標的だったんだね?」
「ああ、俺は最後の標的を片付けてここに来た。あの時、あのクソネコに手心なんて加えてねぇよ」
「なら討ち漏らした可能性は?」
「……ある。だが今となっちゃ確認しようもねぇ。それにあのジジィは事なかれ主義だ、魔界から追い払えたんだからそれで妥協したらどうだよ」
ニュクスはあのジジィを過大評価し過ぎだ。確かに技量は魔界随一だが、意欲も肉体も年老いた。
何をそんなにニュクスが恐れているのか、俺にはわからねぇ。
「それよか、次の仕事がないなら俺は前線に戻るぜ」
「ミゴー、俺はベレトートルートを消せと命じたはずだ。ヤツを探し出せ」
「大将よ、冗談きついぜ……」
逆らうことはできねぇ、俺は視線を地に落としてひれ伏した。
まいったな、幽霊を探して殺せと言われても無理に決まってる。
「人探しなら他のやつに任せてくれ、俺には向いてねぇ。俺は殺しが本業だ」
ニュクスは普通じゃねぇ。俺という最高の手駒すら、勘気1つでぶち殺すかもしれねぇやつだ。
こうして口答えするのはなかなかスリルがあったよ。
「そうか。そこまで言うなら、その判断を信じて、他の者に頼むよ」
「そうしてくれ、頭ばっか使う仕事は俺に向いてねぇ」
ド冷や汗かいた。安堵の息を吐きそうになる自分をどうにか押さえ込んだ。
頭痛ぇわ。なんでニュクスともあろう者が、あんなクソネコ1匹にビビってんだ。
ジジババ殺しの意図は何となくわかるが、コイツがやっぱ理解できねぇ……。
●◎(ΦωΦ)◎●
・(ΦωΦ)
彼は――人間の母親から生まれたニュクスは、人里で生まれて魔界に来た文字通りの変わり種でした。
ずっと自分のことを、少し変わった体質の人間だと思っていたそうですが、それは間違いです。
その正体は白化病を患った魔族、その肌の色もあって殺戮派内部では無用にからかう者もいる。
わたしはそんな彼に同情すると同時に、おとなしいようで非常に危険な人格を隠し持っていることも理解していました。
まあだからといって対立する理由もない。排除して軍派閥を良くしようとも、これっぽっちもわたしは思いませんでした。
魔軍内で孤立しがちなニュクスの話し相手、それがわたしの役回りだったのです。
「ねえベレト、どうして魔王は人間を滅ぼさなかったんだろう。根絶の一歩手前まで追いつめたんでしょ、なのにどうして生かしたんだろう。人間は、滅ぼされて当然の種族なのに……」
わたしと彼の関係は師弟ではありません。あくまで話し相手。必ずわたしが聞く側で、彼が話す側でした。
「それはわたしが聞きたいくらいですよ。しかしニュクス、あなたはとても古い血筋で、きっとその先祖返りというやつなのでしょう。強すぎるその肉体、生まれながらの強大な魔力がその証です。あなたのその肉体はわたしたちより、むしろ亡き魔王様に近いのかもしれません」
魔王様もそうでした。生まれながらに絶対の力を持っていました。
だからこそ、わたしは魔王様に近い肉体を持つ彼に同情的だったのでしょう。
「なら魔王に代わってやり直そう。滅ぼされて当然の存在を、今度こそ滅ぼして、人間のいない魔族だけの世界を作ろう。いつかこの軍を、殺戮派を乗っ取ろう。……もちろんそのときは手伝ってくれるよね、ベレト」
とはいえその人格は魔王様とは似ても似つかない、憎悪と悪意の塊のような存在でした。
人間に迫害され、母を殺され、生まれ故郷の者を皆殺しにして、ニュクスはこの魔界に現れた。もはや狂わずにはいられなかったのでしょう。
「まずは今の戦争を大きくするんだ。人間の領土で魔族討伐を煽って戦いを激化させる。そうしたら簡単だ、一番強いやつに殺戮派の軍団長の任が回ってくる」
彼は陰謀を特に好みました。誰もが羨む絶大な魔力を持っていたというのにです。
人間界生まれという、魔軍では難しい立場が彼にそうさせて、繰り返すにつれそれが当たり前の生活の一部に変わっていった。とも言えるかもしれない。
事実、その方法で彼は殺戮派の軍団長、魔将の地位まで最終的に上り詰めていった。
「すみませんがその話には乗れません、わたしの同胞はとても弱いのです。ですが誰にも言わないと約束しましょう。わたしを生んでくれた顔も名も知らない母に誓って」
「知ってるよ。人間の真似事をして、魔軍の派閥を越えた軍学校作るんだってね。その教官役にベレトは招かれてる。やめようよ、そんなつまんない誘い捨てて、世界を滅ぼそうよ」
彼はわたしのことを誤解していました。
わたしがその話に乗ると思っていたのですよ。わたしの奥底には、人間への憎悪があると、彼なりに思っていたようで。
「すみません、もうそういうのは疲れました。情熱的な活動は新しい世代にお任せします」
「俺の願いを断るの……?」
あの時、彼がつらく寂しそうな顔をしたことをまだ覚えている。
少年の心細そうな問いかけにわたしは長い無言を選んでいた。
「ああ……そう。ベレトなら理解してくれると思ってたのにな。お前だけは、俺と同じ側にいるはずなんだって……」
「すみませんニュクス。わたしもあなたと似た憎悪を持っていた頃もありましたが、果てしない月日の前では憎しみの業火もただの灰となるようでして。炎ではなくなった汚れた灰は、あなたの道をいたずらに汚すだけでしょう」
ニュクスは憎しみの炎をいまだに絶やしていない。
それだけのことを人間にされたとして、200年も激情を保ち続けることなど可能なのだろうか。
それとも殺戮派の魔将になるべくして生まれた器が、彼だったというのか。
「覚えていろ、俺は今日この日の屈辱を忘れない。ねぇ、あの最低の種族を滅ぼせば世界は救われるんだ。いいや、やつらを滅ぼさなければ、俺たちは最終的に負ける」
人間はしぶとい。滅亡寸前から魔族の軍勢を押し返し、ギガスラインという巨大長城をついに取り戻していた。
あの巨大な壁の向こう側で、人間は少しずつ力を付けていっている。
「同胞ネコヒトの将来を閉ざしたくないなら、やつらが知恵を付ける前に滅ぼすべきだ。知っての通り俺は人間に育てられた。だからわかる、早く滅ぼさなければ、惨めに殺戮されるのは魔族の方だ」
その瞳には母を殺された憎悪が冷たく絶えることなく燃えていた。
それがニュクスという男の本質だった。
わたしはその誘いを断り、殺戮派を抜けて、軍学校の教官となった。
彼が陰謀を巡らせようとも口を閉ざし、見て見ぬふりを続けた。ひとたびは殺戮派に身を置いた者として、彼のやり方を否定などできなかった。
その後バカ弟子ミゴーを育て、何の因果かニュクスに引き合わせたのもわたしだった。
そのツケを、まさか今になって支払うことになろうとは……。
長く生きると関係が糸のようにもつれてゆくものだと決まっていても、こんなものは納得しがたい。
ニュクス、あなたが何をするつもりかは知りません。
ぶっちゃけるとそんなことどうでもいいので、どうか、わたしたちをそっとしておいてくれませんかね……。
定時より遅れて申し訳ありません。
いつも誤字報告、感想ありがとうございます。
楽しく読ませていただいております。
でかふくさんの挿し絵が上がりましたので、頃合いを見て投入する予告、です。
追記.投稿する話を間違えました。明日の投稿で「15-1 殺戮派のベレトートルートと白化病の少年」に差し替えます。申し訳ありません。




