13-7 after of でかふく
取れたてのプリズンベリル4つを支払いに追加することで男爵との取引が成立しました。
「おい猫野郎、払うもん払ってくれりゃかまわんが……こりゃどういうカラクリだ、説明しやがれッ!」
「セリフの前半と後半が矛盾してますよ男爵。ええまあ、拾ったんですよ。けして盗品ではないのでご安心を」
出す物がないと言っていたのに、都合良くそこに現れたプリズンベリルです。
男爵閣下が出所を疑わないはずがありませんでした。嘘は吐いておりません、本当に拾ったんですよ。
「グルル……どうもげせねぇ……。だがこの輝き、確かに本物だ。てめぇっ、一体どんな裏技使いやがった!」
「フフフ、それは、秘密です」
「ああそうかよっ、なら質問を変える! コイツはまた手配できるのか? これは詮索じゃねぇ、商談だから正直に答えろよ糞猫、ああ猫くせぇっ!」
男爵はもう帰るそうで、どこか名残惜しそうにネコヒトの匂いを嗅ぎたくっている。
あのデカフクさんとの取引もありますし、今後も支払いにプリズンベリルと迷宮素材を使うことになるでしょう。
「はい、まあたまたま偶然都合良く、ふらちな冒険者と遭遇してお宝を略奪する機会があるかもしれませんね」
「わかった、途方もなくうさんくせぇが、もうそれでいい……」
石工のダンのおかげで城の食堂が修復されました。
バーニィが作った急場ごしらえのテーブルとイスがそこに並び、今はわたしと男爵だけがそこに腰かけている。
「帰る、タルトにはよろしく言っといてくれ。それとこの前も言ったがラブレーのやつは置いていく。せいぜいがんばりな」
「そうですか。良ければカスケードヒルまで護衛いたしましょうか?」
「お尋ね者のジジィに守られるほど衰えちゃいねぇよ! 余計なお世話だ、すっこんでろっ!」
「ああでしたら少し待って下さいね。合い鍵を作りますので」
パティアのこねた粘土人形の中に、犬に見えなくもない謎の四つ足動物のものがありました。
自分たちの部屋に戻って飾ってあるそれを回収し、男爵の前で鍵にして見せました。
「どうぞ、またお越し下さい」
「おめぇ……ずいぶん昔に衰えたんじゃなかったのか、ぁぁ~?」
渡すと彼はまじまじと赤い粘土人形を品定めした。
男爵は商人、物品を鑑定できなければ商売も足り立たない。
「細かいことはいいじゃないですか」
「全然細かくねぇっ、てめぇなんかおかしいぞ、明らかに……若返ってるだろ!!」
「フフフ、それは嬉しい。さすが大商人、年寄りの喜びそうなリップサービスをよくご存じで」
それはスリープの魔法の効果がまだ若干残っているからでしょう。
あの術がもたらす覚醒が、一時的にわたしを若返らせるようです。
「クネクネかわすんじゃねぇ! 俺様はテメェのそういうところが嫌いなんだよ! ああもう帰る、帰るからなッ!」
フガフガとたっぷり臭いを嗅ぎ分けて、男爵が城を去っていきました。
別に彼に隠す必要はなかったのですが、ついついからかいたくなってしまいまして。
「ラブレー、俺様は猫臭ぇからもう帰る。こっちのことは任せたぜ、お前なりにがんばってみせな」
「えっ、男爵様、もう行かれるんですか……僕、ひとりは心細いです。あのパティアって子、エッチだし……」
「おいラブレー、パティアちゃんはそんな子じゃねぇ……。悔しいが猫野郎が甘やかすのもわかる、うん、うんっ! いいかラブレー、かわいいパティアちゃんに、失礼なことすんじゃねぇぞ……ッ」
「え、えぇぇ……男爵様、そんな……そんなぁぁ……」
後でラブレーくんから聞きました。
台車はてめぇらにくれてやる、交易なり農作業なり、せいぜい使い潰してみせろや。だそうです。安定と実績のツンデレでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
せっかくなのでタルトを探して話を付けることにしました。
どうやらリセリと一緒に水くみに行っていたそうで、手に入れたプリズンベリル9つのうち残り5つを彼女に差し出すと顔色が変わりました。
「プリズンベリル……こんなのどこで手に入れたのさ」
「まあそれはいいじゃないですか。それよりこれで次の必要物資と、移民を工面していただきたい」
水がめをリセリと子供たちに任せて、タルトはわたしを森の中に引っ張り込みます。
5つの宝石は受け取るなりタルトの懐に消えました。
断る気は最初からない。こちらの要求を全て飲むという意思表示でしょうか。
どこかのウサギさんよりもずっと男らしい。
「ああ、例の仕立て屋かい? それならあのシスターさんにやってもらえばいいじゃないか」
「いえ服を作るとなるとプロの腕が必要になるでしょう。中途半端な衣服では、短い冬とはいえ寒い思いをさせてしまいます」
難しい顔でタルトが思慮する。それが必要なのは彼女もわかってくれていた。
「そう都合良く見つかるとは思えないね。ま、職能持ちを優先的に欲しいってことで理解したよ、それでいいんだね?」
「ええ、よろしくお願いいたします」
人格の方も付け足そうかと思いました。
ですが言うまでもない、リセリを迫害するような者を彼女は選ぶはずがないのですから。
「それはそうと、子供の心配するなんてさ、意外とやさしいんだねアンタ」
「ネコヒトは忠義バカのイヌヒトと違って、気まぐれなのですよ」
「あははっ、下手な照れ隠しもあったもんだね! わかったよ、とにかくあたいに任せておきな!」
赤毛のタルトがたくましく胸を叩いて、豪快に笑います。
男爵もそうですが、わたしたちは頼もしい協力者に恵まれたものです。
ところがその仕立て屋という才は、思わぬところからわたしたちの前に現れることになるのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
それと最後にもう1つ。
「おいネコヒト、ちょいと相談なんだがよ……ラブのやつがな」
「僕は人間となれ合う趣味はありません」
「まあ要するによ、野宿するとか言ってんだよ……」
「おやおや、それはまた無茶なことを」
タルトと別れて昼寝でもしようと城の正門前にやってくると、そこにバーニィとイヌヒトのラブレーがいました。
毛皮を持つイヌヒトの身体ならば、夜の冷え込みくらいならどうにかなります。
けれどそれ以外となるとなかなか無茶な主張でした。
「問題ありません、僕たちは脆弱な人間と違って、環境に強い種族ですから」
「いやそれはわかったけどよ、モンスターの出るこのへんで野宿なんてさせられねぇって。ネコヒトも説得してくれよ」
「なるほど……他に雨風を防げる場所もありませんしね」
大怪我をされたらヘンリー・グスタフ男爵に恨まれます。
どうもこの子をかわいがっているようですから、丁重に扱わなくては。
「僕なら大丈夫です、気にしないで下さい」
「そうは言われましても、こちらだってあなたを男爵殿から預かった立場ですからね。若いあなたを外に追い出すのは気が引けますよ」
やわらかい長毛のイヌヒトは大人の説得に納得しない。
うちの娘が失礼なことをしなかったら、もう少し上手く行ったのでしょうか。
「パティアのことは代わりに謝ります。だからどうか――」
「しょうがねぇ、今から小屋でも建てるか」
おやおやあっさり言ってくれちゃいましたね、バーニィ。
気前よく元騎士は笑い、イヌヒトの少年の方は少し驚いた様子でそれを見つめだした。
「えっ……で、でも、そこまでしてもらうのはさすがに……。ご迷惑ですし、男爵様に僕が怒られてしまいます……」
「わははっ気にすんなって、男爵さんとお前さんのおかげで俺もネコヒトもタルトに顔が立つんだ、ぜひ建てさせてくれ、俺の中の大工の魂がそう言ってるんだよ」
「でも、小屋を建てるにしたって、大変じゃないですかっ。僕、ただ荷物を運んだだけですし……」
「まあ、バーニィがそうしたいと言うならそれでいいんじゃないですか。一応それで問題は解決しますしね。ただし建つまで城で暮らしていただきますが」
本当はただ強がっただけなのかもしれない。
バーニィの見せた兄貴肌に、ラブレー少年は遠慮しながらも感動しているようでした。
「ってことでよ、手伝ってくれるよなネコヒトよ。アンチグラビティ、こいつと俺のテクがあれば今日明日でどうにかなんだろ」
「フフ……わたしの眠気と、41歳のおっさんの体力を計算に入れてるようには見えませんがね」
しかし城の外に住居を建てるという考えには賛成です。
城の中は確かに安全です。しかしスペースは有限で、今も皆さんに狭い思いをさせている。
木造の住居が外にあれば、ちょっとした休憩所にもなるでしょう。
「とはいえ場所はどうしましょうか?」
「当然東だな。あっちが一番安全で、俺たちはあっちに向けて畑を広げてる。ラブがそこに住んでくれるっていうなら、あながち俺たちにとっても悪くかねぇ。パティ公は残念がるだろうけどな」
「なるほど、それなら畑の見張りにもなりますね。わたしたちと打ち解けて城暮らしをしてくれたら、建物を納屋として再利用も出来るでしょう」
「だから、あ、あのっ、家を建てさせただなんて、男爵様の耳に入ったら……僕、怒られちゃいます……」
ラブレー少年はイヌヒトとしてはかなりの美形です。
美しい長毛を持った少年が困った様子で目を落とし、心細そうにしていました。
「ガキが遠慮すんなって。大工のせがれとしてはよ、家具よりも家が建てたくてしょうがなかったんだ。うっし、ダンとジョグも拉致すっか!」
「ば、バーニィさん……。ありがとうございます! バーニィさんって、凄くやさしいんですね……」
そんなまだ小さいイヌッコロが、尻尾を振ってバーニィの腹のあたりに飛び込んでいました。
それにバーニィが犬にするように頭をわしゃわしゃと撫で回すと、クゥンと出してはいけない甘えた声をラブレー少年が上げてしまうのでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
「んーー、いぬごや……?」
日も陰った黄昏時、工事現場にパティアがおしかけてきました。
すみませんラブレーくん、来るなり第一声がそれでした……。
「犬小屋じゃないっ!! これはバーニィさんが僕のために作ってくれてるんだ!!」
「パティア、それ、禁句だべ……」
「ら、ラブレー、くん。パティア、悪意ない、ごめん……」
犬小屋と言われたら確かにそれは犬小屋なのです。
心やさしいダンがパティアをフォローして、ジョグがイヌヒトの背中を軽く叩きました。
「ラブのいえ、できるのたのしみだ! いっぱいあそびにくるからー、あそぼうね、ラブー!」
「うっ……なんか身の危険を感じる……。バーニィさんっ、助けて……!」
「お、おぅ……。おいパティ公、ワンコってのはかまい過ぎるのも良くないんだぜ、覚えときな」
少年がバーニィの胸元に飛び込んで、パティアからの庇護を求めた。
すると条件反射か、再びバーニィがワシャワシャとイヌヒトの少年を撫で回す。
気持ちよさそうに毛皮を持った少年が目を細めて、彼の胸の中で安堵していきました。
「バニーたん、ずるい! パティアもラブちゃんモフモフしたい! う、うぅぅ……ねこたーんっ!」
ちょっとバーニィに懐き過ぎではないでしょうかね。
わたしはパティアの代償行為を、されるがままに受け入れるのでした。
デカフクさんの挿し絵が必要と思われる方は、ご一報下さいませ。




