13-5 ねこたんとー、はじめてのめいきゅー
いつも丁寧な誤字報告を下さりありがとうございます。
とても重宝、感謝しております。
一足先に昼食を済ませると、わたしたちはあの井戸の前に立ちました。
わたしと、バーニィと、パティア。この秘密の井戸を知るものだけをここに集めました。
最強の戦士であるリックに秘密を明かすべきかどうか迷いましたが、知る者は少ないに限るという結論に至った。
それに約束もしてしまいましたしね。いつか一緒に迷宮を下ると、我が娘と。
「この期におよんでなんですが、反対なら反対と言ってくれてもいいんですよバーニィ」
「パティアには、きかないのかー!?」
「あなたは潜りたくてウズウズしてる側でしょう」
「へへへ……うん、だいせーかいっ!」
いちいち回る必要があるかないかと言えば、パティアにはあるのでしょう。
くるっとその場で回って、よろけて、転びそうになったところをバーニィに支えられていた。
「ったく、転ぶぞパティ公。……ま、しょうがねぇんじゃねぇか、今回限りってことでよ」
「そうですね、これは裏技です。今回限りにしておきましょう」
「わははっ、このままじゃタルトにカッコつかねぇしな! 自腹切ってあそこまで俺たちを支援してくれたんだ、今出来る努力をしねぇのはスッキリしねぇ」
「バニーたん、タルトすきだなー?」
「おいおい、ガキが大人をからかうんじゃねぇよ。ありゃただの……ああ、昔なじみだ」
覚悟を決めてわたしは井戸の前に立ちました。
薄緑の光が内部より室内全体に広がっており、猫は瞳孔をせばめてその奥を見下ろす。
「しかし大丈夫でしょうか。この井戸から安全に迷宮まで行ける保証はありません。そもそもわたしたちを受け入れてくれるのかという、疑問も生じますね……」
「人間様お断りの迷宮だったりしてな、あべこべだがよ」
「ええーーっ、ねこたんとぼうけんしたい! パティアのせいちょうを、みてもらうんだぞー!」
やる気は十分、資格は不明。現実としてわたしたちは迷宮の生み出すお宝が要る。
「ああ、安心しな、まだまだお前さんはチンチクリンだからよ」
「せいちょーしてるもんっ! へへへ……ここだけのひみつだけどなー、パティア、おっぱいおっきくなったぞー」
……太っただけでは?
「ガキが何言ってんだよ、それ太っただけだろ」
「ふーんだ。バニーたんにはー、しょうらい、おっぱいさわらせてあげないからなー」
触ったそのときはわたしがグーでバーニィを殴りますのでご安心を。
しかしそんなことはともかく、ここで生じた疑問は井戸を下りてみれば全部わかりますか。
「先に行って安全を確保してまいりますので、少し間を置いて飛び降りてきて下さいね」
わたしは彼らの返事も聞かずに井戸のロープを滑りつたって、翠に光る井戸の底へと降下した。
将来お前さんは美人になるよ、パティ公。バーニィの無責任な誉め言葉に、うちの娘がどう答えたかはもう知るすべもありませんでした。
●◎(ΦωΦ)◎●
この感覚も久々です。
また横へと落ちる奇妙な重力と共に迷宮内部へとネコヒトが落下した。
とはいえ二度目のことなので簡単な受け身だけ取って、わたしはすぐに立ち上がる。幸い敵はいませんでした。
「おや模様替えですか」
ですけどちょっと意外な情景が待っていました。白亜の迷宮は、翡翠の迷宮になっていたのです。
白かったはずの壁が美しい緑色の石に変わり、内部構造そのものも変わっている。
開かぬ扉が後方に1つ。向かいにも1つ。さやに収めたままのレイピアを握り、開く方の扉を押し開く。
するとその先にグリーンウーズ7体と、鈍色のメタルスケルトンが1体待ちかまえていた。
「ハズレですか……正直苦手なタイプですよ、こんなことならリックを連れて来たら良かった」
後悔したところでもうどうにもならない。
グリーンウーズとメタルスケルトンはわたしという侵入者に襲いかかってきた。
戦術を考えれば一度後退したいところでしたが、それではパティアとバーニィが降りてきたところを奇襲されてしまいます。
よって老いたネコヒトは部屋の入り口を壁にして、その場で敵を迎撃することになった。
毒性を持つグリーンウーズが先攻してきた。
どことなく美味しそうなゼリーボディはもちろん有毒です。その内部に浮かぶ核をレイピアで貫けば倒せる。
ですけど毒は毒、たった1本の大事な得物を汚すのは気が引けました。
こういうときはファイアボルトで焼き払いましょう。魔力こそ消費してしまいますが確実です。
「おっと、危ない」
ウーズ7匹全ての駆除が済むと、メタルスケルトンの片手剣がわたしの首の毛先をかすめた。
その剣はひび割れていてさらに錆びている。こんなもので斬られたら錆鉄の毒を受けることになる。
場合によっては剣の破片が肉にめり込むだろう。
レイピアは当然メタルスケルトンに効きません。
無理に斬りかかれば、小枝で大木を叩くに等しい結果が待っている。
レイピアは防御用にして、ライトニングボルトを放った。
雷鳴と雷光が派手に翡翠の部屋に輝きとどろく。
「効いているような、効いていないような……痛いなら痛いと言ってくれたりしませんかね?」
「カタカタ……」
歯と骨を鳴らすだけでメタルスケルトンは言葉をつむがない。
当然です、意志疎通が可能なら今頃魔族の一員になっている。
困りました、対処法がどうにもわかりません。
300年の長い経験をもってしても、これまで一度も対局する機会のないレア個体でした。
迷宮固有のモンスターなのでしょうか。不死の金属塊、その時点でもはや反則でしかない。
捨て身の猛攻を避けるために各種属性魔法での牽制をしつつ、わたしは糸口の見えない防戦を続ける。
そうです、アイスボルトで凍り漬けにしてしまえば――残念、斬り払われました。
「ナコトの書を持ってこなかったのは失敗でしたね……おっと、少しは手加減して下さいよ」
これがわたしの弱点でした。
わたしは軽戦士、圧倒的な体力、防御力を持つ者に弱い。
もしここが本当に、バーニィの言う人間様お断りの迷宮だったとすれば、わたしはその宿命をひっくり返さなければ詰みが確定していました。
●◎(ΦωΦ)◎●
初めて出会ったあの頃は思いもしませんでした。
戦う力すら持たなかったあの子供が、ここまで頼もしい切り札になって下さるなんて、とてもとても。
「ねこたんっ、そこどいてー!!」
「げっ、まさかそいつ、メタルスケルトンか?! この迷宮大ハズレじゃねぇか!!」
バーニィとも相性の悪いタイプでした。ですがわたしの娘からするとまるで違います。
絶大な魔力が背中の後ろで膨れ上がってゆくのを察知すると、ネコヒトはパティアの真横までバックステップする。
「ねこたんいじめるなーっ! めぎどふれいむぅぅぅー!!」
結果は語るまでもない。
全てを焼き払う白き焔がメタルスケルトンを飲み込み、その全身をドロドロに溶かしてただの床のシミに変えた。
親指1つ分しかなかった当時の炎が、今ではパティアの手のひらほどの大きさに変わり、密度と火勢も別次元の勢いとなっていた。
「ぜぇぜぇ……ふぅふぅ……やったっ、パティアがやっつけたー!」
呪われた金属すら消滅させる力でした。
この子が育てばあの鉄壁のギガスラインも、もちろんローゼンラインも全て焼き払える。
ニュクス――いえ、三魔将が何を企んでいるか知りませんが、全てをひっくり返す力がここにある。
その有用性、危険性、政治的な微妙な立場は、わたしとバーニィを沈黙させ、深く考え込ませるに十分でした。
「そんなんありかよ……。俺たちがただの引き立て役みてぇじゃねぇかよ……」
「あながちそれも間違っていないかもしれませんね……」
こそこそとバーニィが小声でつぶやく。
わたしもパティアには聞こえないように小さくそれにうなずいた。
パティアの持つ才能はそういうもの、育つにつれわたしたちの手に余るようになる。
「ねーねー、ねこたん、ほめてー? パティアやったぞー、ねぇほめてー、ほめてー? ねこたんはー、パティアのせいちょーを、もっとほめないとだめだぞー?」
「褒めると調子に乗るのがあなたでしょう。ですが危ないところでした、ありがとうございます、パティア、あなたはとても頼もしいですよ」
「にへへ……そうだろそうだろー、ねこたんはパティアの、つかいかた、わかってるなー。さすが、あったかもふもふ、いちばんだ」
いずれわたしたちより強くなり、わたしたちの言うことを聞かなくなるでしょう。
あったかもふもふ一番ですか、それは毛並み自慢として光栄ですね。
「とにかく無事にこれたようで良かったですよ。さあ上を目指しましょうか」
「下るんじゃなくて、上るんだっけか……どうもしっくりこねぇな……」
ええ、この迷宮は下るのではなく上るアベコベの迷宮なのです。




