13-3 もふもふのおでかけ、みおくったら、もふもふふえたー!!
道中は割愛します、大地の傷痕にわたしは帰還しました。
乗り物を使おうにも整備されていない森を突っ切るわけですから、つい最近どこかでしたのとまた同じ仕事をすることなりました。
「最近妙なことばっかだ……土地そのものをハイドの魔法で全て隠蔽しただぁ? そんなの聞いたことねぇ、どんな大魔法使いが住み着いたんだよここにっ!」
男爵は台車を1台と、商会に奉公する少年を手配してくれました。
その少年と共に台車に乗せた酒類と、彼なりに選びそろえた商品をここまで運んできたのです。
わたしですか? 斥候は荷物なんて持ちませんよ、行ったり来たりしますからね。
「どんなと申されましても……ええそうですね、あなたたちは気に入られるかもしれませんよ、あのレディに」
「グルル……女か、女は嫌いだ、すぐ嘘を吐く。ママ以外の女は信用できねぇ」
「あまり人前で言わない方がいいですよ、そのセリフ」
「おいっ、猫野郎が俺にいつまでも触ってんなっ!」
大地の傷痕の結界をくぐり抜けると、男爵がつれなくわたしの手をふりほどく。
この結界を抜ける鍵を新たに作成して、タルトと男爵の双方に渡しておかなければなりませんね。
「イヌヒトの臭いが手に染み着いてしまいましたよ」
「俺のセリフを潰すんじゃねぇ! 俺様はてめぇの、そういうところが嫌いなんだよッ!」
「おやおや嫌われたものだ。昔はあなたもかわいい子犬ちゃんだったのに」
「俺様はウルフだって言ってんだろッ!!」
ここまで来たら緊張感は必要ありません。
城南西の森から城門前広場へと彼らを招きました。
怒り狂って仕事をしない主人の代わりに、少年のために台車を後ろから押してさしあげたのです。
あの後、酒の手配だけで済みませんで、なんだかんだ時間を食ってしまいました。
空は魔界側とは思えないほどに清らかです。見上げてよく見れば既に時刻は昼前でした。
「あ、エレクトラムさんだ! おいジア、パティアを呼んでこいよ!」
「なら言い出しっぺが呼びにいけばいいじゃない! ……えっ、い、犬っ?! カールっ、なんかっ、ブルドッグがいるよ!?」
カールとジアのコンビに見つかりました。
ジアは魔界貴族様に指を指して、言ってはならない禁句を大声にしたようですね。
「俺様はブルドッグじゃねぇっ、ウルフだ!! 喰い殺されてぇかガキ!!」
「男爵、子供相手に無理を言わないで下さい。第一あなたが狼に見えるわけないでしょう、大人げない」
男爵はこの沸点の低さで誤解されがちです。
もちろん人間を食う趣味嗜好なんて持っていません。
「おいジア、なんかスッゲェ~怒ってるぞ……ていうかお前失礼なんだよっ」
「ホントのこと言っただけじゃない!」
「グルルルルルルッッ……聞こえなかったのかクソガキッ、てめぇだって雌ザルだろが!!」
男爵の背中をどうどうと叩いて落ち着かせました。
別にブルドッグ型のイヌヒトということで良いじゃないですか。
そうやってすぐに怒ると、逆にあなたの同部族を卑しめる結果になりますよ。
「しょうがないな、一緒にいくぞジア。待っててエレクトラムさん、すぐにパティア呼んでくるから!」
「え、ちょっと待って下さい、まさかわたしたちここで待つんですか?」
「ちょっと引っ張らないでよカール! だけどビックリしたー、ネコヒトがいるんだから、イヌヒトもいるんだね」
わたしの話を聞こうともせず、2人はもう行ってしまいました。
どうしたものやらと、後ろの少年とその主人に振り返る。
「おい、アレは蒼化病か?」
「ええそうですよ。迫害されていたので、さらってきちゃいました」
男爵はすぐに怒りを鎮めて、わたしの言葉にちょっとだけ不憫そうな感情を見せた。
続いて呆れ顔がわたしを見返しました。
「おめぇらしくもねぇ、どういう気まぐれだ猫野郎」
「里の総意というやつです。わたしの意思1つで、この里が動いているわけでもありませんので」
「おめぇまでニュクスと同じことを始めるとはな……。だが何となくこの里についてわかってきたぞ。ここはああいう連中をかき集めた里か」
「はい、どこの世界にもいられなくなった者が、ここに集まってくるようです」
男爵は殺戮派のニュクスを嫌っていました。
彼は元からわたしと同じ穏健派寄りでしたから。
さて少し待つとそこに角のある褐色の乙女、ホーリックスが出迎えに来ました。
「おかえり、教官。あ、そちらは……」
男爵は少年と打ち合わせをしておりました。
荷台の陰となっていたせいで、近づくまで姿に気づかなかったようです。
「ごぶさたしています、ヘンリー男爵。こんなところでお会いするとは、思ってもいなかった」
「反逆者ホーリックス、こんな大物までかくまっているとはな。久しぶりだな」
互いに面識があったようです。
領地無き男爵ごときにリックは丁重な礼と敬意を送った。
「違います、オレははめられただけだ」
「そうだろうな。あぁぁぁ……ネコヒトくせぇ、ちょっと離れろベレトっ、吐きそうだ」
「あなたがわたしから距離を取ればいいだけの話でしょう」
男爵は言っていることと、やっていることが矛盾していました。
さっきから鼻をフガフガと鳴らして、周囲に漂う匂いを嗅ぎまくっていたのです。
「まさかと思いますが男爵、あなた……本当はネコヒトの匂いが好きなんじゃないですか?」
「俺様はそんな変態じゃねぇ! よくあるだろ、臭いとわかってても気になって嗅いじまうことくらいよぉ! グルルルル……わふぅっ?!」
わかるようなわからないような、言い訳にも聞こえる物言いでした。が、そう来ましたか。
ところがそのあったかふかふかのブルドッグの胸元に、すみません、わたしの娘が張り付いておりました。
「パティアあなたいつのまに……」
「ね、ねこたんっ、たいへんだ! でっかいわんこがいるー!」
わたしとしては対処に困る事態でしたが、パティアは初めて出会ったイヌヒトに夢中でした。
良い笑顔をしていたんです。余計な一言で水を差すのも申し訳ないくらいの。
「おおーよしよしよしよし♪ これはー、いいわんこだぞー、パティアには、わかるー!」
ですけどそうもいきませんか……。
怖いもの知らずにも男爵閣下をモフりまくっておりますし……。
「パティア、男爵閣下は、その方はとても気むずかしい人なので……おや?」
いつもの男爵なら小型犬並みにギャンギャンと怒り散らず事態でした。
なのにさっきからいやに静かなので、彼の顔色をうかがうと……。
「くぅぅんくぅぅん……♪ な、なんだこの小娘、人間臭っ……あっあっ、きゅ、きゅぅぅ~んっ♪ お、俺様にっ、触るなよぉっ!?」
でかいブルドッグがグニャグニャにとろけていたとくる。
バカな……あの短気で手が付けられないと有名なヘンリー男爵を、既に手懐け始めている……?
「ねこたん、これー、おみやげー?」
「はい、おみやげです」
「おめぇ何勝手にっ、お、おほっ、おほっほっほぉぉぉ……♪ わ、わふっ、わふっ、わおぉぉっ、ぁっ、ぁぉぉぉぉ……♪」
イヌヒト――いえただのでっかいブルドッグは、たるんだ肉体をパティアに撫で回されて甘い遠吠えを上げていた。
恐るべし、恐るべしパティア、やはり彼女は天才的なモフり手です。
このわたしをトロトロにしてしまうくらいです、男爵ごとき若造が堪えられるはずもない、それが道理でした。
「おおーよしよし、いいこいいこ。はい、このぼうみて。じゃ、なげるよー? とうっ、とってこーい!」
「わふっ! わっふぅぅぅーんっ♪」
これがイヌヒトのあるべき姿なのか、それとも醜態か。
男爵は出会って十数秒でパティアに籠絡されておりました。
嬉しそうに舌出して笑いながら、ばっちぃ木の棒を口にくわえて戻ってくるという、ミラクル&マジック……。
恐るべし、恐るべしわたしの娘。ああはなるまい、ああは絶対なるまい。
男爵の姿を冷めた心で見下ろしながら、わたしは胸に誓った。
あれは孤高のウルフなどではなく、ただのでかいイヌッコロです。




