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13-2 犬と猫の商談(挿し絵あり

 大地の傷痕というカラクリをブルドッグづらの男爵に明かしました。


「むぅ……グルル……」


 彼は半信半疑です。なにせ年寄りですからそこは仕方がない。

 いつもの彼らしく顔をクシャクシャにして、不機嫌な凄みを放っている。ようにも見えますが、元からこういう顔なんですよこの方。


「ママのしてくれた昔話だって、もう少し現実感があったわ」

「確かに。ですが現実はえてしてアベコベでデタラメなものですよ」


 考えが決まったらしい。

 男爵はもったいぶって食べていたジャーキーを口に押し込んで、健康な歯でかみ砕いた。


挿絵(By みてみん)


「実物を見せろ、話はそれからだ猫野郎」

「もちろんそのつもりです。ですが隠れ里に向かう前に、魔界の酒をいただけませんか? 代価はこちらです」


 リュックを開けて中身を犬野郎に見せた。

 薬草とオウルベアの毛皮です。バーニィが見事しとめて下さったので売り物にさせていただきました。


 人間には硬くて食べにくいその肉も、歯の強い種族には味わい深い珍味です。

 そこで美味しい部分を今あちらで干し肉にしてもらっていました。


「なんだ、あっち側の交易品じゃないんだな」

「すみません、急に決まった話なのでそちらの手配はまだでして。ですが里に来て下さればきっと納得できるかと」


「オウルベアを狩るたぁ、てめぇ隠居してたくせに全然衰えてねぇな……。その若さを俺に分けてくれよ」 

「いえこれはわたしの――そうですね、相棒と呼べなくもない方がしとめたのです。それにわたしは弱いネコヒト、オウルベアなんてとても倒せませんよ」


「抜かせ猫野郎」


 男爵の手が新しいジャーキーに伸びる。

 干し肉を好物にしているその姿は、猫野郎から見ても犬野郎としか見えない。

 その今にも噛みついてきそうなお顔が、またもや難しくなっていった。顔をしかめて深く考え込んでいるご様子。


「どうかなされましたか男爵、何か懸念事項でも?」

「グルル……てめぇが消えてから、魔界じゃ妙なことになっててな。猫野郎のおかげでそれが少しだけ見えてきたんだよ、クソが」


「はぁ。つまりどういうことです、まどろっこしいのは好みませんので短く、要点だけお願いします」


 わたしもつられて美味いジャーキーをかじる。

 ほど良い塩気と脂の味、食べ応えのある凝縮された赤身がミルクでたぷたぷのお腹に結構ガツンときます。


「うちの長老が殺された……いやうちの長老だけじゃねぇ、オークも、デーモンも、ネコヒトの里だって同じだ」


 おやそれはそれは。それはどこかで聞いたような話です。

 そうなると、簡単な推理を頭がひとりでに始めてしまいましたよ。


「なるほど、下手人はミゴー。しかし強者を求める彼の性格からして、衰えた老人を殺して回る理由がない。そうなるとその主人、殺戮派のニュクスが怪しいですね」


 わたしが大地の傷痕に落とされたのは、一番死にそうもないやつから確実に殺しておこう、という魂胆だったのではないかと。

 あくまで推理の中の可能性の話ですがね。


「ぅ……」


 ニュクスという名を耳にすると、男爵閣下は尻尾を下げて小さく震え上がりました。

 男爵の名誉のためにいいましょう、彼は別に臆病ではありません。

 今の魔界ではこれが正常なのです。


「もう二度とこの町にくるんじゃねぇぞ猫野郎……っ。ミゴーも大概だがニュクスはもっとヤバい、てめぇ、今度こそ殺されるぞ……」

「それはあなたが我々との取引に応じてくれるかどうかにかかっていますね」


 ニュクスは気まぐれで同族を殺す。ちっぽけな怒りで巨大なその力を行使する。

 おまけに魔界の3分の1を支配する独裁者で、魔軍穏健派も正統派も彼の暴虐については不干渉を貫いてるのだから、当然も当然です。


「ニュクスもミゴーも義理人情というものがなくて困りますよ。では男爵、今すぐまいりましょうか」

「はぁっ?! おい、こっちは取引の帰りでな、あの酒場でカルーアミルクでもゆっくり楽しもうかと思ってとこだったんだ! だがそこに、臭ぇ猫野郎がなぁ!」


「カルーアミルクって顔じゃないでしょうあなた」

「うるせぇっほっとけッ!」


 おとなしくミルクを注文すればいいじゃないですか、わたしみたいに。

 まあこんなバカなやり取りは終わりにしましょう。


「わかりました。つまり昼間にわたしと一緒に外を歩きたいと、男爵殿はそう申されるのですね」

「わ、わぅぅ……」


 それはまずいと彼の顔に浮かんでいました。

 男爵がジャーキーの残りをぶどう酒で腹に流し込み、喉をグルグルと不機嫌に鳴らしながら立ち上がる。


「わかった、そのリュックに酒を詰め込めるだけ詰め込んでいくぞ……。だが酒だけでいいのか? 交易をするなら他にもありそうなもんだが……」

「ええ、酒は万国共通の嗜好品です。それに人間の世界では、魔界の酒を飲みたがる者も少なくないのですよ。あちらには光る酒なんてありませんので」


 ところが男爵はなかなか納得しません。

 そこには商会主としてのプライドや、こだわりがあるのでしょう。


「名前はなんていうんだ、その里」

「名前はまだありません」


「そうかよ、ふざけやがって……。グルルルル……ああ、妙なことに首を突っ込んじまったよママ……。だからネコヒトは嫌いなんだ……都合のいいときだけ尻尾ふる現金な生き物が、ケッ」


 逆にイヌヒトは忠義を尽くし過ぎる。その忠義心のせいで自分たちで数を減らす。

 イヌヒトは孤高の狼などではなく、本質は犬なのです。

 あなたたちはもう少し、わたしたちネコヒトを見習うことをオススメしますよ。


「オンッ!! 下らねぇこと考えてんじゃねぇぞベレト!!」

「はて、ただ犬は犬だなと思っただけですよ」


「犬じゃねぇっ俺様はウルフだッ!!」


 繰り言なのでわたしは黙り、彼と彼の部下と共に価値の出そうな酒をヘンリー・グスタフ商会の倉庫から見繕いました。

 こんなバカなことやっていないで早く出発しなくては。


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