13-1 ネコヒト商談紀行・いざ自由都市カスケードヒルへ - ハイエナの町 -
前章のあらすじ
ネコヒトはフルートを手に入れた。
当時とても弱かった彼は主人である魔王を喜ばせるために、武器の代わりに笛を吹いて楽しませた。
ところが奏でるべき主人はもういない。300年ぶりのブランクが音色を立てることすら躊躇させた。
元生徒ホーリックに慰められるも覚悟は付かない。
翌朝、パティアとリセリと共に湖に向かう。そこで演奏を娘にせがまれた。
どうにか無事に古の楽曲を奏でることに成功するも、300年ぶりの音色はネコヒトからすればお粗末でしかないものだった。
亡き主人の名誉のためにネコヒトはその場を去り、結界の外にて猛練習に励むのだった。
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夜逃げ屋タルトと元騎士バーニィの物語。
バーニィがタルトの視察のガイドを受け持ち、里を案内する。
ネコヒトが西への遠征を決めている、戻ってくるまで滞在していて欲しいとバーニィが願うと、タルトがそれに応じてくれる。
タルトが里にきた魂胆はもう1つあった。天下の大泥棒バーニィ・ゴライアスが盗んだ2000万ガルドを代わりに回収すると言い出す。
だがバーニィは汚れた金が里を狂わせることを嫌い、断った。
2人は互いに歳を取ってしまったが、何だかんだ深く理解し合っていた。
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その頃、パティアが鉄クワを振り上げてカール少年を追い回す。悪意はなかった。殺す気はなかった。
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ネコヒト買い出し紀行・魔界編
ネコタンランド(仮)は交易路を望んでいるようです
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13-1 ネコヒト商談紀行・いざ自由都市カスケードヒルへ - ハイエナの町 -
「では行ってまいります」
フルートの練習に夢中になってしまったのもさておき、ええ残念ながらブランクはなかなか埋まりませんでした。
その翌日の昼、わたしは娘に見送られて旅立ついつものパターンを繰り返しました。
「またいくのか、ねこたん……。ねこたんっ、このまえ、おでかけしたばっかだぞー?! パティアを、ぅぅーっ、さびしさせるつもりかー!」
いちいち大げさに寂しがるところもいつものやつです。
ブロンドの愛らしき8歳児童が、地だんだ踏んで抗議しておりました。
「それもしかして、寂しいと、死をかけてますか?」
「せいかいー! へへへ、さすがねこたんだなー。パティアのことー、ぜ~んぶ、おみとおしか……はぁ……っ」
嬉しそうに喜んだかと思いきや、ため息を吐いて肩を落とします。
もうこの子の性格は理解しております、あふれるその感情の全てを受け止めていてはこちらがもたないことも。
「すみませんね。どうしてもやっておきたいことが出来まして、長くて3日ほどここを留守にします」
「3にちか……パティア、たえれるかな……ねこたんの、ふかふかがないせいかつ……、そんなの、むなしい……」
娘は大げさに落胆しています。しかしわたしの方はそれほど気になりませんでした。
「みんないるじゃないですか」
リックにクークルス、バーニィとタルト、リセリとジョグもいます。
カールとジアも危なっかしいこの子を気にかけてくれますし、すみませんが、これっぽっちもわたしに不安はありませんでした。
「ねこたんじゃないとだめなのー! リセリはー、へへへ、いぃ~においだけどー、でもーっ、ふかふかじゃないでしょー! あったかいふかふかはー、ねこたんだけだぞー!」
「熱弁されてもどう返したものやら……。珍しいおみやげを買ってきますので、許して下さい」
すると娘の顔色が変わりました。現金なのですよ。
それに子供というのはおみやげが大好きなものです。しかし。
「あ、ありがたい、もうしでだ。だけどっ、いいっ! みんながよろこぶの、かってきてー!」
「フフフ、ひいきはお断りですか。わたしはあなたの父親です、少しくらい贅沢してもいいんですよ?」
「いらない! それよりね、はやくかえってきてね、ねこたん! あったかいふかふか、ないと、パティアは……あたまが、おかしくなる……」
「はいはい、最初からその予定ですよ。では、行ってまいります」
やさしく人間の子供の頭を撫でる日が来るだなんて、つくづく妙なことになったものです。
わたしは毛皮狂いの彼女に背を向けて、しろぴよさんらしき小鳥の見送りを受けながらも西へ、西へと小走りに駆けてゆきました。
正確には南西、そこが今回の目的地となります。
いつもの大きなリュックを背負い、わたしは出力を抑えた微弱なアンチグラビティを発動させてひた走ります。
東側が人間の領土ならば、西側は魔族の領土。そう、今回向かうのは人の領域ではありません。
タルトは私財と労働力を投じて、荷台6つ分の物資を提供してくれました。
この善意に甘えてばかりいられません、行動で返さなければなりません。
そこでわたしは決めたのです。リックには反対されましたが元より決めていたことだと押し切りました。
そういうことです。これからわたしは、魔界穏健派の町に向かいます。
では少しそれについて解説しておきましょう。
さて魔界中央および北部ではあり得ないことでも、南部にあたるこちら側では例外となります。
なぜならこちら側は人間との戦争状態ではないからです。
その町は茨の要塞ローゼンラインの外側に位置しております。
といっても穏健派のお偉方が生み出したのではなく、勝手にできた町でして。名を【カスケードヒル】といいます。
その町の発生の経緯は一言で済みます。カスケードヒルは、冒険者を狩るハイエナたちが生み出したのだと。
要するにあの地の先住者たちは、いちいち茨の森を抜けるのが面倒になったのです。
初めは横着者どもが今のカスケードヒルがある丘の上に住み着きました。
人間から奪い取った迷宮素材や物資が、いつしかそこで売り買いされるようになると、お偉方の都市防衛計画をよそに町が生まれてしまっていたというわけです。
つまり厳密な意味では、カスケードヒルは魔界の3つの派閥に属していない。
穏健派の保護こそ受けているものの、平たく言えば魔界では数少ない自由都市でした。
さあ、先を急ぎましょう。少しでも早く娘の元に帰るために。
●◎(ΦωΦ)◎●
魔界側に向かうにつれ日照時間が減ってゆく。
よって現地カスケードヒルにたどり着いた頃にはもう暗くなっておりました。
もとい、魔界の空に浮かぶ紫雲がぼんやりと世界を照らし、薄暗い光が町を照らしております。
カスケードヒルはアウトローひしめく町です。治安はビックリするくらいよろしくありません。
魔軍の指揮下で暮らすよりも、人間を狩って暮らす道を選ぶような連中が集う町です。
起源から現在に至るまで、この町はまともじゃありませんでした。
その郊外で薄茶色のローブのフードを深く下ろし、わたしというリュックを背負った小柄な魔族は町を見つめる。
ここで暮らしていた頃もありました。軍に従わず、冒険者を狩る生活は楽でしたから。
逆に町が彼らに襲われることもありましたがね。そこは自由都市の宿命です。
そういうときに限れば、この町の団結力は大したものでした。なにせ猟師が獲物に負けるわけにはまいりませんので。
とにかく姿を見られてはならない。一見したところでネコヒトはネコヒト、他種族からすれば個人の区別などなかなか付かないものです。
しかしそうでない連中もいる。獣に近い外見を持った魔族には注意がいります。
死んだはずのベレトートルートが町を歩いていた。なんて噂が広まったら、ミゴーがわたしを殺しにきます。
これまで以上に動きにくくなってしまうに決まっていました。
魔界の変に白い麦畑を抜けて、郊外から町の中心に入った。
石造りの町に多種多様な魔族が闊歩し、冒険者から身ぐるみはいで浮かれているオーク種たちが隣を通り過ぎる。
ハイエナを狙うハイエナといった存在もこの町には住み着いております。
よって怪しいわたしの姿に警戒心を向けつつ、横をすり抜けていきました。




