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12-2 泥棒と夜逃げ屋 騎士と旧市街の乙女の視察 - オウルベア -

 全部あたいの杞憂だった。

 あたいは旧市街の暗部、バーニィは国を守る騎士団の一員、住む世界が違い過ぎて知らなかった。


 あたいの記憶の中の騎士様は、すっかり老けてしまったけれど、あたいの憧れの騎士様だった。

 騎士の剣がオウルベアの馬鹿力をいなし、剣の鋭い切れ味が硬い敵の肉を切り裂く。

 何でこんな実力者が40過ぎまで下級騎士止まりだったのか、階級社会の理不尽さをあたいは改めて知ったよ。


 騎士様の一撃一撃が確実に敵の生命力と血液を奪い、やがてオウルベアは地に膝をついた。

 いやほどなくして崩れ落ちて動かなくなったよ。出血多量からのショック死ってやつだったさ。


「ふぅぅ……あ、誤解がねぇように言っとくが、コイツぁ久々の大物だ。パティ公が遭遇する前に倒せたのは幸運だったわ」

「どういうことだい? エレクトラムの娘はそんなに聞き分けが悪いのかい?」


「あ? ネコヒトから聞いてねぇか? この場所は実質パティ公が作ったようなもんだ。ネコヒトのハイドの魔法を、あの子が超広範囲化、とやらしてこの場所そのものを世界から隠し取ったんだよ」


 バーニィはあたいを混乱させたまま、オウルベアの左右の手首を両断した。

 そしてあり得ないよ、その気味の悪い毛むくじゃらの片方を、あたいに押しつけたのさ……。


「待ちなよっ、こ、こんなのあたいいらないよっ?!」

「わははっ、街の小娘みたいなこと言うなよ。せっかく来たんだ、手伝ってくれてもいいだろ。さ、帰るぞ」


 呆れてものも言えないよ、魔界に順応し過ぎじゃないかこのオヤジ……。


「はぁっ……それにしたって驚いたよ。あのヘタレが強くなったもんだね」

「ヘタレで悪かったな。オウルベアの爪は薬や刃物になる、国へのみやげが増えて良かったな」


「だけどあっちの肉はどうするんだい」

あの怪物(オウルベア)はあんま美味いもんじゃない。味はまぁ悪くねぇんだが、どうも硬くて上手く食えん。ここの野生動物にくれてやってもいいんじゃねぇかな」


 何だかもったいないような気がするけど、ならしょうがないのかね。

 里に出資したあたいとしては、ちょっとでも元手が戻ってくるのは嬉しいけれどね。

 もっとガンガン稼いでリセリの生活を良くしてやりたいから当然さ。


「ぅ……ッ」

「お、どうした?」


「何でもないよっ、まったくこのあたいにこんな物持たせて、あたいは視察に来たんだからね!」

「ああ、そういやそうだったな。まあいいだろ、俺とお前の仲だ」


「寝言言ってんじゃないよっ、この不良オヤジ!」


 あたいとしたことが、森の起伏で少し足をひねっちまったようだよ。

 けどこのオヤジに悟られるのはしゃくだよ、だらしないとか言って絶対笑うに違いないさ。



 ・



 足首の痛みと違和感を堪えて森を進むと、やっとこさバリケードの前に戻ってきた。

 急ごしらえの門、というより材木を植物のツルで十字に組んだだけの物をバーニィが緩める。

 あたいたちが通過すると、またそれを元に戻してツルを縛りなおしていた。


「はいお疲れさん、さてここまで来たら……お、どうした?」


 バーニィが立ち上がって城の方に振り返る。

 そこであたいは両手を広げて道を阻んでやったよ。ちょうどいい機会だったからね。


「待ちなよ。アンタには聞いておかなきゃいけないことがあるんだ」

「何だよ、リセリとジョグのことならもう諦めろ、個人の問題にお姉ちゃんが関わるんじゃ」


「違うよッ、アンタのことさ!!」

「わははっ、まさか俺の大活躍を見て、若い頃の恋心が再燃したか?」


「寝言言ってんじゃないよ! 2000万ガルドを盗んだバカ男!」


 バーニィのふざけた笑顔がその一言で消えた。

 そうさ、あたいは確かに視察にきたさ。

 だけどね、最初からもう1つの別件として、このことをどうにかしようと考えていた。


「ああ、そっちの話か……」

「金、どこに隠したんだい?」

「それを聞くかよ。ネコヒトは一言もそんなこと言わなかったぞ。なるほどな、大方それがあればここをもっと豊かにできる、とでも考えたか?」


 それもあるよ。だけどそうじゃないんだよバーニィ。あたいは……。


「はんっ、回収できなくて困ってるんだろ。ならあたいが代行してやらなくもないよ。誰かに奪われる前に、ここに運びたいんじゃないかい?」

「1割よこせとか言うんだろ、お断りだ。あれは俺の退職金だ、1ガルドですら誰にも渡さねぇ」


「ケチなこと言ってんじゃないよッ!」

「ケチで結構だ、俺は誰にもあの金を渡す気はねぇよ」


 2000万ガルドを盗んだ愚かな男、バーニィ・ゴライアス。あの愚図の石工のダンですら知ってる名前さ。

 だからこそまずいんだよ、バーニィ……。


「バカ言ってないでこの里のために使いなよ!」

「やだね! どうせろくなことにゃならねぇよ。……ありゃ汚れた金だ、ここの連中には関わらせたくねぇ」


 思えば昔からこういうやつだったよ。

 ずる賢いわりにガンコで、一度決めたら譲ろうとしない。強引に押し通そうとする。


「あっはっはっ、あのバーニィ・ゴライアスが仲間の身を案じるのかい、変わったもんだね。それに金塊なんて、潰しちまえば出所なんてわからないじゃないか」

「うるせぇ。ありゃ量が量だ、絶対に足が付く。それにこの里から(きん)なんて輸出してみろ、頭のおかしな連中を引き寄せるようなもんだ」


 だけどそうだね、考えてみれば確かに、そういったデメリットもある。

 妙な連中が来ないようにするためにも、盗んだ金に手を付けないというのも正しい。

 けどそれじゃアンタは……。


「マジで金に困ったときは頼るけどよ、今んところあの金はいらねぇ。ほっとけ」

「エレクトラムはそれで納得してるのかい?」


「タルト、おめぇマジでお節介な女だな……」


 頭にくるよ、そんな言い方があるかい! あたいがアンタを心配して何がいけないんだい!

 アンタお尋ね者だよ、変な連中に見つかれば何されるかわかんないんだよ?!


「このあたいが心配してやってるんじゃないかい! アンタ、自分の立場わかってんのかい! 悪党から見りゃアンタは2000万ガルドの交換券さ! ヤバいなんてもんじゃないよ、一歩間違えれば死んだ方がマシな目に遭うよ! だったら、いっそ使い切っちまうのも手じゃないのかい!!」


 あたいの必死の叫びはバーニィには届かなかったよ。

 おかしそうにこっちを笑うだけで、ホント、腹が立つオヤジだよ……。


「そういうところがお節介だっつってんだよ。夜逃げ屋なんて妙な商売も始めやがって……」


 怒りで我を忘れるところがあたいにはある。そこを突かれてしまった。

 あたいはバーニィの急接近を許してしまい、気づいたら鮮やかにも男の背中におぶられていたよ……。


「ちょっ、な、なんっ、なにすんだいこのエロオヤジッ! 今尻を触ったね?!」

「はぁっ……昔はかわいかったのによ、何でこうなっちまったかな……」


「何度も何度もうるさいね! 色々あったのさ! もう昔みたいにはいかないんだよ!」

「ははは、まあそこは違いねぇ……」


 暴れるあたいを無視して、不気味なオウルベアの手も放置してバーニィがあたいを背負って歩きだした。

 そういえば昔、まだあたいが小さい頃、大工の息子だったバーニィにこうやって背負われたことがあったっけ……。


 あの頃は父も、リセリもいた。バーニィが騎士ゴライアスに気に入られて、旧市街を去るだなんて、リセリが蒼化病を発症するなんて思ってもいなかった。


 あたいのそばから、ドンドン人がいなくなってったんだよ……。

 だから、アンタが旧市街に顔を出してくれたあの時は、あたいは……。


「どうした、久々にときめいたか?」

「何言ってんだいっ、40過ぎのおっさんにときめくわけがないよ!」


「そりゃ同感だ。クークルスちゃんの薬塗ってやるからよ、城まで我慢しろ」


 あたいは返事を返さなかった。

 ここまでされたら仕方ない、バーニィのしたいようにさせるしかなかった。

 ただ黙って運ばれてゆくことを選んだ。


 変なことになったよ……。あたいの運命、どこで狂っちまったんだろうね……。

 亡き父の子分と一緒に、夜逃げ屋商売を始めてそれなりに成功したは良いけど、思ってもみない未来に迷い込んじまった気がするよ……。


「あのさ、アンタ……騎士ゴライアスに貰われなかったら、今頃どうしてたと思う……?」

「想像力を働かせなくてもそりゃわかる、貧しい大工生活にあえいでるだろうよ。ま、あるいは……」


 あるいは旧市街の暗部としてお前の隣にいたかもしれない。


「何でもねぇ。俺は今の生活に満足してる、過ぎたことを思い返したってしょうがねぇさ」


 そうは言ってくれないことをあたいは知っていた。

 バーニィは昔っからずる賢くて、付き合い切れないほどひねくれてるのさ。



 ・



一方その頃、パティアは――


「お、おととっ、とととっ、がぉぉーっ、といやーっ!!」


 鉄のクワに振り回されていたそうです。

 8歳の子供が持つにはさすがに重い。

 不安定な足取りで畑に小さな足跡を作りながら、照準の定まらない一撃一撃で大地を掘り返していました。


「あぶねぇってパティア?! おいジア、止めろよコレ!」

「そうだけど無理だよ、パティアってすごいガンコだもん」


 一緒に開墾を担当していたカールの足元に鉄のクワが突き刺さり、おしっこちびりかけたとか。……まあそれはジアの脚色かもですがね。


「ふぅふぅ……ちょと、て、すべった、ごめんカール。だがこれも、しゅぎょうだ。うぉぉーっ!」

「うわぁっ、こっち来んなよぉーっ!!」


 別の作物の畑を耕しているはずなのに、なぜかカール少年の隣にばかり、鉄クワ振り上げたパティアがよれかかって来たそうです。


「おっっとっ……。すまん、カール、なんでかわかんないけどなー、もちあげると、こっちいく。お、おおっ、おっとと……」

「ひぃぃっ、お、俺を殺す気かーっ!!」

「カールがチビだからじゃない?」


「関係ねーよっっ、このデカ女!!」


 年少組さんは木器のクワを使いましょう。

 うちの娘はどこに行っても騒ぎを引き起こす困った体質をされていました。


「おとととっと……」

「追いかけてくるなよぉぉーっっ!!」


 それはまるで磁石のような執拗な追尾だった、とのジアの談です。


いつも感想、誤字報告ありがとうございます。

前回で投稿100話達成いたしました。これからも応援よろしくお願いいたします。

感想の方、そろそろまとめて返信いたします、お待たせして申し訳ありません。

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