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12-2 泥棒と夜逃げ屋 騎士と旧市街の乙女の視察 - 神様のお情け -


タルト到着のその翌日、朝――


・夜逃げ屋タルト


 勘違いしちゃいけないよ、あたいはここに仕事をしに来たのさ。

 リセリに会いに来たようなもんだけどね、それだけじゃうちの男衆にあたいの顔が立たない。

 だけど今思えば、あたいとしたことが昨日はかなりの恥を晒したもんさね……。


 だけどあのイノシシ男……力は強いようだけどどうも頼りないよ。

 あたいの妹分を任せるには不安が残るよ。ただでさえリセリはハンデを抱えてるんだよ、並の男に守れるものかい!

 そりゃ、今のリセリは幸せそうだけどさ……。


「それにしたって……何でアンタなのさ、人選間違ってるんじゃないかい!?」


 魔族リックの作った朝食は、苦労して調理道具をかき集めてやったかいがあったよ。

 だけどその後が気に入らないね。


「いいや合ってるよ。これは俺とネコヒト、2人で始めた計画だ」


 よりにもよってバーニィがあたいの視察のガイドをすることになったんだよ。


「ならエレクトラム・ベルに案内させなよ、何でよりにもよってアンタと一緒に散歩しなきゃいけないんだい!」

「そりゃダメだ、毎度毎度無茶ばかりおねだりしてるからな。このくらいしなきゃ俺の仕事がなくなっちまうだろ」


「アンタの都合じゃないかい!」

「いや別の事情もあるんだけどな、ネコヒトは近いうちにまた出立するんだ」


 あたいはあの猫を気に入っているようだ。その情報に小さな落胆を覚えていた。


「へぇ、あたいというゲストを置いてどこへさ?」

「西側だ」


「はぁっ?! 西って、アンタ……」

「せっかく来てくれたんだから、お前に手みやげを持たせたいんだとよ。……お、そんなことより見えてきたぜ」


 いい歳したおっさんがあたいにウインクを送ってきた。

 20年前ならともかくね、41のアンタにされても嬉しくとも何ともないよ。

 それにしたって西……? 東の間違いじゃないのかい……?


 そう聞き直すつもりで口を開きかけたところで、あたいは別のものに意識を奪われていた。

 さっきから湖の輝きが前の草木をエメラルドグリーンに照らしていたのさ。


 それに元騎士のアホづらから視線を戻すと、これまで隠されていた輝きの全容が現れた。

 あたいはその大きさと静けさに驚いてしまったらしい。


「東の森の湖だ。名前はない、今んところ東の湖で十分だからな」


 あたいは返事も返さず湖に近づいていったよ。

 ネコヒトの遠征話も気になったけどね、その湖はあたいの知る限りこの世で一番美しかったのさ。

 海と違って波のない静かな湖水を見下ろして、それから人の手のついていない対岸の岸を眺めた。


「綺麗な湖じゃないか。ちょいと不自然なくらいにね」

「ははは、自然相手に不自然なんて言ってたらそれこそ切りがねぇよ。これはな、哀れな俺たちに下さった、神様のお情けだ」


「ここは魔界だろ、それを言うなら魔神様のお情けじゃないかい」

「かもな」


 綺麗な生活用水と、身を守るための古城、それから肥沃な大地がここにはある。

 情勢が情勢なら遥か昔の時点で、ここにそれなりの小さな町が生まれていてもおかしくないくらいさ。


「ああそうだ、その魔神って単語、あまりネコヒトの前では言わねぇ方がいい。本人は気づいてねぇが、露骨に不機嫌になる」

「はんっ、アンタだって親父さんの話されたら面白くないだろ、誰だって嫌な昔話の1つや2つあるもんさっ」


 ネコヒト、エレクトラム・ベル。神話の中で生きてきた化石みたいな猫。

 そうなりゃろくでもない記憶なんて山のようにあるだろうさ。


「違いねぇ……お前の口から言われるとなおさらな」

「それどういう意味だい!!」


「深い意味はねぇけどその通りだろ? ともかく、水源の量、質共に問題ねぇってことでいいな?」


 言葉にあたいは足下にまた目を向ける。

 やっぱり奇跡としか言いようがないよ。

 魔界側の常識はわからないけど、これだけ豊富な水量が枯れずにこんなところに集まってるなんてね……。


「そうさね。だけど川と違って湖だよ、汚さないよう気を使いな。汚れるときは一瞬だからね」

「んなこと言われなくともわかってるよ」


「はんっ、どうだかね、あたいは忠告したよ」

「お節介なババァだ……」


「聞こえてるよ! アンタに言われたくないよっ、このおっさん!」


 その次は城門前広場、という名の耕作地に連れていかれた。

 だけどそこは来たときに1度見ている。

 次の場所を案内しなとあたいが要求すると、バーニィは少し考えたあとに北側の森という単語を使ったのさ。


 ああちなみにだけどね、男衆には仕事を命じておいたよ。

 先行投資、という名目で今日はバリケードの増設を手伝わせたのさ。

 盲目のリセリがモンスターに襲われたらひとたまりもないからね……。


「ちょっと、どこまで行くのさ」

「もうちょいだ、もうちょい。多分だけどな」


「それさっきも言ったじゃないかい!」

「そうかもな。ガミガミ言ってねぇで先行こうぜ」


 通称・北の森。東側と違ってどことなく怪しい雰囲気があったよ。

 高い木が多いせいかあっちより薄暗い。多分そのせいかもしれないね。


「いつ帰るんだ? できればもう3日くらいここに居てくれないか?」

「なんだい、ガミガミ女はさっさと帰れって言いたいのかい?」


「いや何でそうなるよ……お前だって仕事があるだろ。こうして俺たちの無理に付き合ってくれるんだから、ありがてぇけどよ」

「大丈夫さ、あたいがちょっとくらい不在にしたところで夜逃げ屋は勝手に回るよ」


 帰り道がちょっとおっくうだけどね、休暇をかねた出張だと思えば悪くないさ。


「そうか、ならネコヒトが戻るまで待っててくれ。上手くいけば良い儲け話になるはずだ」

「ああ、じゃあそうするよ」


 西側への遠征に、儲け話ね……。

 西の茨の森(ローゼンライン)を超えるのは現実的ではないとすると、あの辺りってところかね。


「で、あたいをこんな森の奥に連れてきてどうするつもりだい? あの頃みたいに年端もいかないあたいを、甘い言葉で食い物にするのかい?」


 それはそうとして、あたいは少し意地悪をしてやることにした。

 昔はこのオヤジもカッコ良かったのさ。

 下級とはいえ騎士の養子だよ、それがあの頃のあたいには、王子様が迎えに来てくれたように見えたもんさ……。


「ああ、あの頃はお前はかわいかったわ。それが今じゃ鬼ババァ、時の流れってのは残酷だわな」


 それが今じゃこの有様さ。だけどあの頃よりバーニィは幸せそうに見える。

 騎士なんて初めから向いてなかったのかもしれない。

 カエルの子はカエル、大工の息子は大工だったのさね……。


「お、やっと出たな」

「出たって、何が――ちょ、ちょっとっ、出たってアレのことかいっ?!」


 レゥムの町で市民として生きる限り、一生出会うことのない怪物がそこにいた。

 魔獣系モンスター・オウルベアが森の奥から姿を現した。驚いたあたいがナイフを身構えたのも当然さ。

 だけどバーニィのバカは平然としてる、冒険者たちでも手を焼く怪物が現れたっていうのにさ!


「土地の良いところばかり見せるのも不誠実ってもんだろ、これがこの地の課題だ。お前はそこで見てろ」


 鎧を着けなくなった元騎士バーニィが剣を抜いた。

 現役とはもう言いがたい41のおっさんだよ、そいつが、オウルベアの巨体に突進したのさ!


 バカじゃないのかい! 今からたった1人で、ヒグマよりでかい怪物を狩って見せるだなんて、年寄りのアイスウォーターどころじゃないよっバーニィ!!


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