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1-6 水と食料を確保して娘をさらに育てよう

 得意の軽い身のこなしでわたしは森を駆け回った。

 本当は4つ足も交えて自由に動きたいところだったが、あばら骨の負担も考えてそこは我慢することにした。

 必要最小限の物音で移動を繰り返し、手頃な獲物が見つかるまで地を蹴り、ときに木から木へと飛び移る。


 300年も生き繋いでこれたのは、単なる悪運以外にも別のわけがある。

 わたしたちネコヒトは飢えや乾燥に強く、また狩りを得意としている。

 たくましいが愚鈍な肉体を持ったミゴーらデーモン種や、知能に乏しいオーク種などとははなから方向性が異なるのです。


 ことに狩りに限れば、機敏な身のこなしと器用さ、潜伏能力が何にも勝ると言えましょう。

 さらに今わたしの右腰には、一撃必殺の刺突剣エペがあります。

 よって狩りは順調に進んでまいりました。


 吸血を狙ってくる小物ヴァンパイアバット、魔界のイノシシ・ワイルドボアの子、それからパティアの天敵・首狩りウサギを狩猟したところで、わたしはある事実に気づく。


「おや、張り切りすぎましたかね……」


 獲物の内臓は穴を掘ってそこに捨てました。

 ところがそれでも重いものは重いんです。わたし体重が軽いですから、筋力はあまりないのですよ。


「重い……。わたしとしたことが、こんな片手落ちにはまるだなんて……」


 失敗の原因は容易に想像がついた。

 あの子をお腹いっぱいにさせてやりたい。元は他人の子だというのに、わたしはそんな子煩悩な情熱にかられていたらしい。


「まあいいでしょう、あの子と合流さえ出来れば、荷物は半分になるのですから……」


 それに首狩りウサギはどうしても狩っておかなければならない。

 この辺りのモンスターの中では、あれは飛びきりの危険種。いかに8歳らしからぬ魔法の使い手だとしても、そこにはどうしても勝てない理由があった。


 そうして苦労しながら森を南に引き返していくと、ようやくあの湖に戻ってこれた。

 獲物を引きずり歩くのは楽ではない。歳なので実はもう腰が痛くなってきていました。


「パティア、何をしているんですか……」

「おお、ねこたん! みずがめな、いっぱいになったぞ! だから……きゅうけいだ!」


 パティアはどこだろうと周囲を見回すと、木陰の向こうの水辺に彼女の姿を見つけました。

 岸には彼女の衣服とバックが散乱しており、つまりそういうことですよ。


「すぐに上がって下さい、ここはギガスライン、とても危険なモンスターが水中に潜んでいるかもしれません」

「そのときは、まほうでやっつける!」


 甘いです。狩猟者は1撃で目的を達成しようとするもの、そうしなければ獲物に反撃されてしまいますから。


「きっとそうはいきませんよ。早く上がって服を着て下さい、わたしの活動時間が残っているうちに、獲物を城に運ぶのを手伝ってくれませんか?」

「わかった! おお、たいりょうだー! あっ、みどりのウサギがいるー!」


 全裸の8歳児が水滴をキラキラと飛び散らせて、わたしのちょっとえぐい戦果の前に飛び込んできた。


「繰り返しますが、このウサギには重々気をつけて下さいね。かわいいですが、動きが素早いので、あなたとすこぶる相性が悪いのです」

「ふーん……おなかすいてきた! はやく、おにくやこう!」


 かわいそう。普通の子ならきっとそう言う。

 ところがパティアはわたしのもたらしたお肉たちに興奮して、空腹を主張しました。


「1つ、どうでもいいことを聞きますが」

「ふぇ……?」


「気持ち悪くないんですか……?」

「えー、なんでだー? ねこたんがごはん、もってきてくれた! うれしい、パティアもがんばるぞ!」


 そう言ってパティアは裸んぼうのままくるくると回り始めました。

 毛並みに水がかかるので、それは止めてほしいのですがね……。


「つくづくたくましい子ですね。……とにかく水を払って、服を着て下さい、はしたないですよ」

「おお……パティアのはだかに、ねこたん、メロメロか……」


「バカなこと言ってないで早くお願いします、人間の子供に興奮するネコが、いるわけがないでしょう」


 けれどこうやって明るく全てを受け止める姿を見ていると、住めば都という気持ちの持ちようをわたしに教えてくれるかのようだった。

 水に濡れたブロンドが肌に張り付き、砂埃が洗い落とされたせいか清潔感がある。


「えー……。パティアはねこたんのこと、こんなにすきなのに……よのなかは、きびしい」

「はいはい。戻ったら狩りのコツを教えてあげますから、早くなさいパティア・エレクトラム」


「おう! えくれとら・べるたん!」

「エレクトラム、です」


 親の名前を間違える子供、これは不自然です。

 どうにかそこだけはちゃんと、覚えてはもらえないものでしょうか……。


「え……えれとくらむ……?」


 ああ、どうもしばらくは無理そうですね……。



 ○●(ΦωΦ)●○



「では、片手間ですみませんが狩りと魔法のレクチャーを始めましょう」

「はい! おねがいします、せんせー!」


 微笑んでしまいそうな自分を抑えて、わたしは真面目な教官役を演じ続けた。

 パティア自身の命がかかっているのだから、ここだけでも厳しく行くべきなのです。


「狩りのコツ、それは――相手に気づかれないこと。相手に気づかれる前に相手を見つけること。見つけた相手に気づかれる前に、1撃で確実にしとめることです」

「せんせー!」


 するとパティアが真摯に手を上げた。

 それはもう元気の良い、天を突く挙手を。


「なんですかパティア?」

「むつかしい!!」


「……ではもう一度、ゆっくり言い直しましょう。1.相手に気づかれないこと。2.相手に気づかれる前に、相手を見つけること。3.見つけた相手に気づかれる前に、1撃で確実にしとめること、です」


 するとパティアがまたあの時のように、手のひらを垂直に拳でポンと叩いた。

 ……まったく、いちいちかわいらしいから困ります。いえ、今は大切な授業中でした。


「わかった、かくれんぼ!」

「ほぼ正解です。自然というのは大きなかくれんぼです、悪い鬼に見つかったら大変、死んじゃうかもしれないので気をつけて下さい」


 獲物を運びを終えて、今は城の崩れた壁の前にいる。

 わたしはそこで獲物の解体を進めながら、片手間でパティアの専属教官をつとめていました。


「では座学は終わりです、実習に入りましょう。いいですかパティア、せっかくの魔法も、当たらなければこちらが疲れてしまうだけです。狩りにおいても、攻撃のチャンスというのはそう多くありません」

「はい! だからいっぱつで、やっつける!」


 いちいち挙手してパティアが見解を述べた。

 この若さでこれだけ吸収力があると、教える方も楽しいものです。


「では今から10個ほど、小石を集めてきて下さい。はい始め」

「いしか! わかった、まってろせんせー!」


 その隙にわたしは解体の手を早めた。

 黒曜石の短剣で頭を落とし、膜や硬い筋、骨、髄、味の良くない血管をはぎ取る。

 何度も繰り返すようですが、獲物の可食部というものは意外と少ないのです。


 毛皮は余ったらどうにかしてお金に換えよう。

 実はここより西側にある人間の国、パナギウム王国にわたしは何度も潜入したことがある。

 皮肉なことに今となっては魔界側より、人間の世界の方がむしろわたしにとっては安全な部類でした。

 ついでに言うとそれよりさらに安全なところというのが、正しくこの古城周辺なのです。


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