くしゃみがでるのよ
読んで頂けたら幸いです。
くちゅん!
隣を歩いている夕凪つかさが、これぞ見本といえるようなくしゃみをした。
「風邪か?」
「そうだと思う?」
質問を質問で返された。
「つかさの体調のことなのに、俺がわかるわけないだろ」
「いや、見た目的に明らかに風邪っぽいとかあるでしょ、どうなの」
そういうと、つかさはまたくちゅんと一回やった。
「くしゃみしてるんだから、そら風邪ひいてるんじゃないのか」
半ば呆れて俺は答えた。
俺とつかさは家が近所の幼馴染である。
幼稚園から同じ場所にいて、今も同じ高校の同じクラスである。
今はこれまた近所といっていい距離にある学校に二人で登校している。
歩いて二人で登校する。考えてみたらこれをもう十年近くやっているのだ。長いものだ。
「もしかしたら噂されてるのかも」
つかさは鼻をすすりながら言った。
「いや、風邪でしょそれ」
今は真冬の寒い時期で、花粉症ということはあまりないと思う。
「そうかもね、実は私もそう思ってた」
こともなげに答えるつかさに、俺は呆れ顔をした。
「いつから思ってたんだそれ」
「目が覚めた時かな。さわやかな朝の目覚めと共にくしゃみと鼻水がでてた」
「それってさわやかだったのか?」
「朝だからね」
「今も朝だけどさわやかか?」
「薫がティッシュをもってるとしたならば、きっとさわやかになれるわ」
つかさはまた鼻をすすった。
「つかさはもってないのかよ」
「あいにくとね」
俺は鞄からポケットティッシュを出すと、つかさに渡した。
「ほら、これ使えよ」
「ありがとう…、私のためにもっててくれたのね」
「いや、違うって」
つかさは基本的な身だしなみはしっかりしてるのだが、抜けている部分も多かったりする。
「っは!」
つかさはわざわざ気合の声を出して鼻をかんだ。
あまり女子高生がだして良いとは思えないような音が響く。
ずるずるずるって感じだ。
「さわやかになったか?」
「なんだか頭が痛くなった」
「風邪だな」
「そうかもしれないね」
そういうとつかさは手元に残っているくしゃくしゃになったティッシュを数秒みつめてから
こっちを見た。
「はい、これ返すね」
「返すな馬鹿!返すならまだ使ってないほうを返せ」
「そっちはだめ。もう私のものになってるから」
「なんでそうなるんだ」
「薫は私に、はなたれたまま学校に行けっていうの!?」
俺の質問に、悲劇のヒロインでもあるかのような態度をとった。
「そうわけじゃないけど…」
「そう、ならもらっとくわね」
そういうとつかさは、俺のものだったティッシュをポケットに入れた。使用済みのものは、通り
にあるコンビにのごみ箱に捨てていた。
そこで少し会話がとぎれた。
冷静につかさの顔を見てみると、頬が余分に赤くなっていて、目がとろんとしている、そして
鼻ではなく口と肩をつかって呼吸をしていた。
明らかに風邪が酷くて苦しいというふうに見えた。
「おい」
俺はぶっきらぼうにつかさを呼んだ。
「…”おいさん”をお探しなら、ここにはいないと思うわよ」
つかさが不機嫌そうに返事をした。こういう返事をするときは、機嫌が悪いか、余裕がないとき
だということは、長年の経験からわかっている。
「つかさ」
「…なに?」
「熱あるだろ」
「生きてるからね」
「目がとろんとしてるぞ」
「寝不足かもね」
「運動をした犬みたいに”ッハッハ”って息してるぞ」
「なにがいいたいの?」
そこで一瞬だけ、俺は言葉が止まった。
「風邪をひいて、鼻水ずるずるで高熱だしてるんじゃないかってことがいいたいんだ」
「うん、そうかも」
そこでまたつかさはずるずると一回やった。
俺はつかさのおでこに掌をあてた。
「っひい!つめた!くちゅん!」
つかさは抗議からくしゃみをするというコンボを決めた。
見た目てきには面白かったが、つかさのおでこはかなり熱くなっていた。
「帰っとけよお前、先生には言っとくからさ」
「うーん…」
俺の提案につかさは悩むようなそぶりを見せた。
いつもなら学校が休めるなら仮病でも使ってでも休みたいという人間なはずなのに、この反応
は理解ができなかった。
「…あれなんだよね。今日は学校に行きたいのよ」
つかさは深刻な打ち明け話でもするような雰囲気でいった。
「どうして」
「ううん、正確には家に帰りたくないの」
つかさの家は四人家族で、つかさのほかには両親と弟がいる。どの人もつかさに比べたら、
非情に良い性格をもっており、帰りたくないという理由がいまいち思いつかない。
「なんで、熊でも出没するのか?」
「でるわけないでしょ、馬鹿じゃないの」
つかさの突っ込みは、時折厳しい。
「昨日さ…、深夜に映画をやってたの」
急に別の話をはじめた。意味がわからない。
「それ関係あるのか?」
「あるんだから聞きなさい」
俺はしぶしぶうなづいた。
「アメリカ産のくっそくだらないB級映画でさ、しかもすっごい古いの…」
そこで、つかさは一呼吸おいて、くちゅんずるずるとやった。
「カラーじゃないの、モノクロよ。でね、モンスター映画でさすっごい安っぽいのよ。作りから
演出、演技、効果音にいたるまでもう安っぽさのかたまりだった」
つかさの顔には、風邪のせいだけではない熱っぽさがでていた。
長年の付き合いである俺には、先がよめた。
「垂れ下がるモンスターを吊っている糸はビニール製で、セットの裏側はすべてベニヤ板よ。
裏側もわかるんだから、ちらちら見えるのよ。大爆笑ものだったわ」
つかさは変なものを好きになる傾向がある。なんというか、人が好むものの裏をいきたがる。
「っで、夜遅くまでそれを見ていたと」
「そう、見ていたのよ。笑い声が響いてたみたいで、お母さんから怒られたけど…」
そこでつかさの熱は少し落ちたように見えた。
「なんて怒られたの?」
「風邪をひいてもしりませんよって。早く寝なさいって」
「…そう」
先の読めていた俺は、予想した通りの展開だったので、特に驚きもなく頷いた。
「…二本立てだったの、その映画」
「何時まで起きてたの」
「3時55分…」
「四時だろ」
「風邪をひいたのは夜更かしが原因じゃないと思うの。朝おきたらなぜかお布団がベットから
落ちてたからだと思う」
「落としたのはつかさだろ」
「妖怪のしわざよ」
「なんて妖怪?」
「妖怪布団おとし」
「そのまますぎるだろ」
くちゅん、ずるずる。
「で、家に帰ると、つかさのお母さんから怒られるから帰りたくないというわけ?」
つかさは少し悔しそうな表情をして頷いた。
「薫はうちのお母さんが怒るとどれだけ怖いかしらないからそんなこと言えるのよ」
「たしかにつかさのお母さんが怒るところなんて、想像もできないな、家の親に比べたら女神様
みたいに見えるぞ」
つかさのお母さんは、いつも笑みのたえない、素敵な人だと思っている。家にいくといつも
おいしいお菓子と紅茶をだしてくれるし。
「あんなの外面に決まってるじゃない。あれこそは般若よ般若!」
「…般若って」
そんな単語が出てくるところがつかさらしい。
「いいから帰れ。その熱で学校に行っても、帰るまでに酷くなるだけだろ。怒られるのがのび
て、無駄に学校にいるだけだぞ」
「そ、そうかなあ」
「そうだって、それにつかさのお母さんだって、そんなに体調の悪いつかさを見て、怒るわけ
ないだろ。大丈夫だって」
「う、うーん…」
「今日の体育は縄跳びだぞ」
つかさは極度の運動音痴である。
「か、帰るかー」
「おう、帰っとけ、先生には言っとくからな」
「わかったわ。死んだ気分になって帰ってくる」
どんだけの覚悟が必要なんだ。心でそう突っ込みつつも、つかさを帰すほうがせんけつだと
思ったので突っ込まなかった。
「気をつけて帰れよ」
「わかった。私の無事を祈っといてね」
「なんだそれ、帰る時に見舞いによるな」
「うん、それじゃね」
そう言うとつかさはもときた道をもどりはじめた。
お昼の時間、つかさを抜いたいつもの女子仲良しメンバーで昼食を食べていると、携帯にメール
が届いた。
つかさからで、件名はなくただ”般若が、般若がー!”という文字が打たれていた。
合掌。
ありがとうございました。