ある中2男子の朝
ふと目が覚めたとき、自分がどこにいるのか見失ってしまうことがある。
今がまさにそうだ。
ここは、夢なのか、現実なのか?
いや、最近読んだ小説の影響で古風な言い回しになってしまった。
正確には、仮想現実なのか、現実なのか、だ。
今や、仮想現実と現実の違いは無いに等しい。
昔は、味覚、嗅覚、触覚などの有無で区別がついたそうだ。
しかし、それらの感覚がエミュレート (模倣) できるようになって久しい。
夏みかんの爽やかな酸味を感じても、香ばしいコーヒーの匂いを感じても、頬をつねって痛さを感じても、それは現実ではないのかもしれないのだ。
そのような現実と区別がつかないような仮想現実のことを「ニューリアル」と呼ぶ。
だから、ふとした時に、現実なのかどうかが分からなくなってしまうのは、もはや仕方がないことなのだ。
勿論、現実かどうかを判別する方法は存在するし、僕はそれを3つほど知っている。
まず、ログアウトができるかどうか。
ログアウトできるなら、それはニューリアルということだ。
ただ、ログアウトが反応しないニューリアル空間も存在する。
そんなときには、強制ログアウトができるかを確認する。
これが二つ目の判別方法である。
ニューリアルでは、強制ログアウトはいつでも必ず出来ることが保証されている。
最後に、それら技術的な方法以外での、判別方法を紹介しよう。
それは、悲しいことや辛いことを思い出すという方法だ。
その延長線上の世界が現実だと認識できる。
そしてまた、こうも認識する。
ああ、現実はクソだ!と。
………………………………
昨夜は、学校の友達から教えてもらったニューロSEX (ニューリアルでの仮想彼女とのSEX) に夢中になってしまった。
もう、瀬里奈、可愛すぎ!
しかもエロすぎ!
容姿、性格、声、匂い、肌触り、温もり、そして、気持ち良さ。
どれを取っても最高級!
あんなにドキドキしたことは今までなかった。
初恋をしたことはあったけど、瀬里奈に出逢った後だと初恋なんて霞んでしまう。
それ程までに彼女の愛らしさに悶えるような胸の苦しさを覚えた。
そして、身も蕩けるようなエッチ。
瀬里奈は、はにかみながらも僕を優しく包み込んでくれた。
僕は、信じられないくらいに何度も果てたし、彼女も何度も一緒に達してくれた。
多幸感を浸る僕に、彼女は微笑みながら、キスしてくれた。
あんな娘が現実にいないのは分かっている。
分かってはいるが、だからなんだと言いたい。
もう現実なんて要らない!
瀬里奈のいない現実なんて、こちらから願い下げだよ!!
ふぅ、思わず熱くなってしまった。
あぁ、日本に生まれて本当に良かった。
そんなことをこれほど思ったことは無い。
なぜかって?
それは、多くの国がニューロSEXを禁止している中、日本は許可している数少ない国だから。
瀬里奈のような天使に出逢えたら、現実の女性なんて目じゃなくなる。
それに、ニューロSEXは、現実のSEXの何倍も気持ちがいいそうだ。
そりゃ、出生率がガタ落ちする訳だ。
多くの国はそれを禁止の理由にしている。
ただ、許可している国では、性犯罪が激減しているから悪いことばかりじゃない。
性犯罪的なプレイがしたいなら、ニューリアルの仮想女性としたほうが気持良さも段違いだし、逮捕されるリスクも無い。
また、噂によると、ニューリアルで犯罪的なことをすると、現実で密かにマークされるらしい。
そのため、犯罪はほぼ未遂に終わり、公安的に非常に好ましいらしい。
ちなみに、今の日本では、ニューロSEXは12禁 (12歳未満禁止) となっている。
ついこの前までは、16禁だった。
だが、中学生の性犯罪が度々ニュースで大きく取り上げられ、中学生にもニューロSEXを解禁すべきではとの声が多数聞かれるようになった。
そんな世論の後押しを受け、ついに年齢制限が大幅に引き下げられたという訳だ。
つまり、僕は14歳だから、瀬里奈とラブラブしても合法なのだ、ヤッホーイ!
親には恥ずかしいから内緒だけどね。
ああ、今夜、また瀬里奈に逢うのが待ち遠しくてたまらない!
今夜はどんなプレイにしようか、今からワクテカしてしまう。
……まぁ、現実逃避はそこまでにして、戻りたくない現実に直面しよう。
まずは、この惨状をどうにかしなくては…。
友達から、ニューロSEXが初めてなら、オムツを履いてからダイヴ (没入) した方がいいとは聞いていた。
その時は冗談だろと笑い飛ばした。
冗談じゃなかったよ!
パンツどころかパジャマのズボンさえケフィアが軽々突破し、布団までグショグショ…orz
オネショと変わらねーし、オネショよりも恥ずい!
認めたくないものだな、若さ故の暴発というものを。
まぁ、まだ、朝の5時だし、とにかく洗濯機に突っ込んで証拠隠滅しなくては。
そう思ったのも束の間。
僕の部屋のドアが突然開き、
「おはようございます。直人さん。今日はお早いお目覚めですね。」
と笑顔を浮かべるカレンさんに挨拶されてしまった。
サッと血の気が引いた。
「あら? お布団が濡れているようですが、どうかされましたか?」
さらに血の気が引いた。
いや、まだ慌てるような時間じゃない。
カレンさんは、金髪碧眼の美人だが、アンドロイドだ。
僕の寝起きを感知して、毎朝のようにやってきたのだろう。
アンドロイドには守秘義務があるから、誰にも話さないでいてくれるはずだ。
そんな考える時間をカレンさんは待ってはくれなかった。
「ん? 顔色も悪いようですし、旦那様にすぐにお知らせした方が「やめてー!」」
思わず叫んでしまった。
すぐに取り繕おう。
「あ、誤って飲み物こぼしちゃっただけだからっ……ごめん、洗濯お願いしてもいい? それと、情けないからこのことは秘密にしてもらっていい?」
「はい、かしこまりました。ちなみに何をこぼされたか教えていただけますか?」
「えっ?! …んーと、何だったかな? 何とかケフィアって言う新発売の乳酸飲料だったはず」
「ん? 今、お調べしましたが、過去一年以内にそのような新商品は無いようですが?」
「えっ?!」
「それにこの臭いは乳酸飲料とは違うようですが」
うわーん、技術が高度化しすぎて嘘がつけないよ〜。
こうなったら、もう押し切るしかない。
「こ、細かいことは忘れちゃったけど、とにかく洗濯お願いね!」
「はい、勿論です。それにしてもオネショみたいなこぼれ方ですね。」
いつもは愛らしく思うカレンさんの笑顔が、この時だけは憎らしく思えてしまった。
本当は分かった上で、とぼけてるんじゃないだろうか?
まあ、ほかの家族に見つからずに済んだだけ良しとしよう。
ああ、現実はクソだ!
…………………………
【注記】
アンドロイドの守秘義務は親権者には通用しない。
そのため、父親の
「今日、変わったことは無かったか?」
の問いに対して、カレンが
「直人さんが何とかケフィアなるものを盛大にこぼされてしまったそうで、直人さんのお布団を早朝に洗濯いたしました。それと、その時の直人さんのお顔の色が急激に青ざめたり、真っ赤になったりされたので、少し心配です。」
と素直に答えてしまうのは当然のことである。
そして、父親が腹を抱えて笑ってしまったのも当然のことである。