83 音無沙耶の心情
「おじゃまするわよ」
私は善治郎の部屋に入る。
善治郎の部屋というより善治郎にあてがわれた部屋ね。
中には大柄で熊みたいな顔をした男、善治郎がいる。
およそ高校生には見えないが私達と同い年だ。
「沙耶か、どうした?」
「何よ、用が無かったら来たらだめ?」
少し冗談めかして言う。
「そんな事ない。それよりも佐藤さんの所にいたんじゃないの?」
「ええ、さっきまで居たわよ。でも朱理寝ちゃったから」
そう、さっきまで親友の朱理の部屋にいたのだ。
「どうだった?」
「泣いていたけど、昨日までよりはだいぶマシね」
朱理は泣いた。
泣いて泣いて泣いて眠った。
その涙は悔しくて悲しくて、そして嬉しい涙だったと思う。
この世界に来て2ヶ月。
朱理は必死に生きようとして死のうとしていた。
矛盾しているが朱理はそうだった。
朱理は茨木くん、今はスズくんかしら、スズくんに惚れていた。
スズくんの前世は私達と同じ学校に通う人だった。
スズくんはそれは美しい容姿でいろんな女の子を魅了した。
本人は面倒にしていたけどね。
朱理は綺麗でかっこいい人だとは言っていたけど、スズくんの事はファンの人達みたいに異性として好きでは無かった。
でも、ある事件が起こった。
朱理が攫われたのだ。
理由はスズくんへの復讐。
スズくんは面倒がって最初は朱理の事を助けようとしなかったけど、なんだかんだで助ける事になった。
私達十人ほどのお荷物を連れて。
スズくんは強かった。
100人ほどいた人達をあっと言う間に倒した。
銃弾をナイフで斬ったりもした。
そんな時、沙耶が拳銃を突きつけられた。
それを見たスズくんは拳銃を突きつけている奴にナイフを投擲、殺した。
勇輝はスズくんを非難したが、スズくんは朱理が殺される可能性を0にしてくれたのだ。
スズくんは何らかの拍子に朱理に向かって引き金を引く可能性があると思ったから殺した。
私はそれが正しかったと思う。
クラスメイトが目の前で人を殺したのはショックだったが、何もしなかった私達とがそれを責めるのは酷だと思う。
朱理は恐怖の中から救い出してくれたスズくんを自分の王子様に見えたのかもしれない。
それと同時に自分の為にスズくんに人を殺させさせたと思い、罪悪感に塗れたのだろう。
それらが合わさりあって朱理はスズくんの味方でいる事を決め、結果的にスズくんの事を好きになったのだと思う。
それからは良く、私と朱理とスズくんと善治郎の4人でいる様になった。
それまでは幼馴染である勇輝なんかといる事が多かったけどそれは無くなった。
勇輝は正義感が強い。
それは美徳だと思うが時にはおかしな方向に進む事がある。
勇輝は人を殺したスズくんを許してはいけない悪だと断じた。
確かに人殺しは良くない。
でもスズくんを責める事ができるのだろうか?
私はそうは思わない。
私は都合のいい正義感を人に押し付ける勇輝に辟易とした。
元々勇輝はスズくんの事をよく思っていなかった。
学校をサボったり自分勝手な行動をするからと。
その癖してみんなに認められ、褒め称えられているからと。
たぶんスズくんに嫉妬しているのだろう。
勇輝はモテていた。
常に正しく、ハイスペックでみんなの中心だった。
高校に入ってすぐでもそうだった。
それがスズくんが来てから壊れたのだ。
勇輝は文武両道で見た目も良かった。
世間から見てもトップクラスだと思う。
しかし、スズくんはそれからかけ離れていた。
世間で超人と呼ばれるのも納得の、いや、それ以上のスペックを有していた。
世界一とも思える容姿に頭脳、身体能力。
ありとあらゆるものが世界一の超人だった。
いくら物語でよくありそうな勇輝のスペックでもスズくんと比べると大きく見劣りした。
スズくんにはたくさんのファンができた。
盗撮された写真なんかが出回れば数万円で落札されたりもしたらしい。
授業中はタブレットを弄っていて授業なんて聞いていないのに全教科100点だった。
スポーツも頭が痛くなるほど万能だった。
後で善治郎から聞いた事だが、スズくんは海外で格闘技をやっている時に大会の出場を自粛するように言われたらしい。
あまりにも強すぎたから。
また、世界ランク上位の人とテニスをやった事があるらしい。
その時スズくんは初めてテニスをしたらしいが、1時間経つ頃には相手を圧倒し始めたらしい。
いろいろとめちゃくちゃな人だ。
勇輝はそんなスズくんに嫉妬したのだろう。
スズくんはあんなに能力があるのに真面目にしない、みんなの為に使わないと言っていた。
私は自分の為に力をつけて自分の為に力を使っている事は間違いじゃないと思う。
勇輝が言っているのは単なる正義感の押し付けだ。
事実、善治郎に聞いた事だが、スズくんの幼い頃は結構悲惨だったらしい。
それを打開するために力を付けたのに他人の為にその付けた力を強要するのは間違っていると思う。
しかし、そんな超人的なスズくんが死んでしまった。
鉄骨落下の事故だった。
その瞬間、側にいた人の話を聞けば、スズくんは鉄骨の落下地点にいた4歳の少女を助けるために少女を投げ飛ばした。
結果、少女は助かりスズくんは死んだ。
スズくんのお葬式にはたくさんのひとが訪れた。
信じられないくらいのお偉いさんもたくさん訪れた。
勇輝はあんな事を言っていたが、私達が知らないだけでスズくんは世間にたくさん貢献しているのだろう。
スズくんが亡くなって、みんな悲しみにくれた。
私も、スズくんの親友の善治郎も。
中でも朱理が酷かった。
ショックでほんとうに死にそうになっていた。
スズくんの後を追いかね無かった。
私は何とか朱理のカウンセリングをして朱理の精神を回復させた。
朱理は学校にも来て、笑ったりする様になったのだが、日に日に痩せている様ようにしか見えなかった。
無理に笑っている様にしか見えなかった。
スズくんが亡くなって数ヶ月、私達は異世界に召喚された。
朱理はスズくんみたいに強く生きるんだと言った。
朱理は武器なんてとった事無いのに剣を取り、必死に訓練をして、魔物とも必死に戦った。
スズくんの様に強く生きると言ったのは本当だと思う。
でも、その姿は死に急いでいる様にしか見えなかった。
朱理をどうにかしたかったが私達、私と善治郎も必死でどうにもできなかった。
私達を召喚したイルレオーネ王国はどうも胡散臭く、信用できなかった。
当然だ。
魔王だか何だか知らないが関係の無いはずの私達にそれを討伐させようとしているのだから。
私と善治郎は逃げる準備をしていた。
この世界に来てわかった事は命がとても軽いという事だ。
だから私達は生きる為に選んだ。
例え本当にこの国が滅びようとも逃げて生きると。
クラスメイト全員を連れて逃げる事は出来ないだろう。
せめて朱理くらいは連れて逃げたかった。
そんな時、彼が現れた。
この世界に転生したスズくんだ。
スズくんは髪が伸びて鬼の様な角が生えていたけど、顔などは何も変わっていなかった。
スズくんはこの国を罰しに来たと言う。
スズくんからこの国の真実を聞かされた。
世界を壊す異世界召喚を行ったこと。
それをする為に亜人30万人を生贄にした事。
私達を利用して魔王の国を侵略、その後は他の国も侵略しようとしていた事。
それでも勇輝は勇者と言われた事に浮かれて、この国を罰しに来たスズくんを悪だと断じて抵抗しようとしたが一蹴された。
実は勇者でもなんでもなかったようだけれど……それはどうでもいいわね。
そして、私達は操られた。
正確には私と朱理と善治郎以外の皆が。
私は自分が操られないようにするのに必死で何もできなかった。
何も出来ずにクラスメイト達がスズくんを攻撃するのを見る事しかできなかった。
勇輝なんかは操られているとはいえ、本気でスズくんに攻撃していた。
そんな時、天使が乱入してきた。
スズくんはその瞬間に私達にかかった呪いを解除して守ってくれた。
スズくんは天使を倒した後にこの国を断罪した。
とてつもなく巨大な杭を王都に打ち込んだのだ。
その時、私達は遥か上空にいたので遠すぎて様子は見えなかったけれど、王都の人たちはおそらく……。
私達は元クラスメイトの好なのかスズくんの気まぐれなのか、スズのいる国で一旦保護される事になった。
スズくんの屋敷に連れられた私達は個室を与えられた。
屋敷の中なら基本自由にしてもいいと言われた。
しばらく考えろと言われた。
きっとスズくんの配慮なのだろう。
自由行動が可能になって私はすぐに朱理の部屋に向かった。
朱理は目を覚ましていた。
朱理は泣いていた。
当然だ、スズくんに婚約者ができていたのだから。
朱理は失恋して泣いていた。
少し不穏な動きを見せたけれど、それにも反省していた。
でも、嬉しそうでもあった。
おそらく生きて再びスズくんと会えた事が嬉しかったのだろう。
朱理は泣いて泣いて泣いてスッキリしたかの様に眠った。
たぶん朱里はもう大丈夫なのだろう。
きっと前を向いて生きる事ができる。




