8 狂鬼王
戦闘が始まったようだ。
今、俺は広場のすぐ近くの村長宅の屋根の上にいる。
ここからだと遠くてあまり見えないがあれはオーガかな?
魔力を感知した感じB〜Dランク位の強さがありそうだ。
ただ、後ろの方で控えている一体のオーガ、あれはヤバい!
今戦っているオーガ達とは比べものにならない位の魔力量を感じる。
今はこちらが有利であるようだけどあれが動き出したら一気に戦況が変わる。
多分だけど他のオーガ達全体とあのオーガ一体だと後者の方が遥かに強いだろう。
それほどの力を感じる。
ー▽ー
グレイスは焦っていた。
確かに今はこちらが有利のようだ。
オーガの中にも個体差があり弱いものは既に撃退されたりしている。
その中でも強い個体もいるがそれは自分が相手をしているし、自分の方が強いようだ。
他の人たちもほとんどダメージを負っていない。
しかし、後方に佇んでいる一体の巨大なオーガ。他のオーガが2メートルくらいなのに対して3メートルくらいあるだろう。
あのオーガだけは危険すぎる。
スズやハルのように感知能力は高くないがそれでも分かる。
その圧倒的な力を感じる。
あれは本当に危険だ。
以前、ハル達と冒険者をしていた時に倒した最も強かったであろう大悪魔よりも強いのではないか?
グレイスはそう感じていた。
しばらく戦闘が続いた。
グレイスはオーガを圧倒していた。
そのオーガに止めの一撃を加えようとした時、グレイスの冒険者として培ってきた直感が危機を感じた。
長年かけて築き上げてきた危機感だった。
グレイスはすぐさま『闘鬼化』を発動させ防御に全力を注いだ。
次の瞬間、先ほどまで後方にいたリーダー格のオーガによって戦っていたオーガもろとも一緒に吹き飛ばされた。
グレイスが戦っていたオーガは即死した。
それに対し、グレイスはスキルを発動し、自身の持つ太刀"桜"を盾にした事で致命傷は免れた。
しかし、少なくないダメージを受けた。
「い、ぐ、がはっ!」
グレイスは吐血して、立ち上がろうとするが、いつの間にかオーガが目の前まで迫って来ており、先ほど自分を吹き飛ばした丸太のような巨大な棍棒を振り上げていた。
(あ、これは避けられねぇ)
グレイスが死を覚悟した瞬間、何者かがその体を抱えオーガの攻撃範囲から離脱した。顔を上げて確認すると、それは自身の息子、スズであった。
「〜〜〜〜!! スーーズーーー! なんでここに来た!」
グレイスは怒った。
スズは村長に状況を伝え、もしもの時は他のみんなを守りながら撤退すべき役割を持つ。
すなわち絶対に死んではならないのだ。
ここに来るという行為自体が撤退時に逃げる事ができる村人や妖精達、なりより妻のアーシャとそのお腹の中にいる子供、そしてスズ自身を危険に晒すことになるのだと。
しかし、グレイスの怒りは次のスズの言葉によって吹き飛んだ。
「母さんの陣痛が始まった」
ー▽ー
俺は覚悟を決めていた。
おそらく撤退するとなると殿に父さんが残ることになると。
殿になるとほぼ生き残ることができないだろう。
本当は一緒に戦いたい。
しかし父さんは覚悟を決めていた。
ならば俺も覚悟を決めようと。
父を見捨てて母と生まれてくる弟妹と逃げる覚悟を。
そうならないように祈りながら。
しかし、そんな時にばあちゃんから大声で呼び出された。
家の中に入ると母さんが顔を歪めていた。
陣痛が始まったらしい。
「母さん、大丈夫?」
「うん、私は大丈夫。でもこんな時ごめんね。」
俺は首を横に振る。
「出産自体は問題ないさね。ところでスズ!状況は?」
俺はばあちゃんに今の状況を伝える。
今はこちらが有利だが後方に控えているオーガが出ればハッキリ言って勝ち目が無いと。
「そうかい。…スズ。あんたはそのオーガを倒す事ができるかい?」
「え?」
「正直撤退しながら出産なんてできないさね。ここで出産するしかない。だからあんたがそのオーガを相手にする事が出来るのかと聞いているのさね」
「そんな!スズが危険すぎます!」
「おだまり! このままだとあんたと子供の方がよほど危険になるさね! で、スズどうだい?」
「…勝てるかどうかはわからないけど死ぬ事は無いと思う」
俺は正直に感想を述べる。
確かにあのオーガの魔力量はとんでもないがハルさんと比べれば下だ。
勝ち目はあると思う。
「よし! なら行っておいで! あんたもこのまま両親と兄弟(兄妹)を危険にさらしたくないだろう?」
「分かった、行ってきます」
「スズ!」
「大丈夫だよ母さん。勝てそうないと思ったら全力で逃げるから。逃げるだけなら出来るから」
「…わかったわ。絶対に死ぬんじゃないわよ!」
俺は頷いて家を出てかけていった。
「ていうことがあったんだよ」
戦場まで行くと、後方で待機していたオーガが物凄い速さで父さんの元まで行き父さんと相手どっていたオーガもろとも吹き飛ばした。
俺は慌てて吹き飛んだ父さんのところまで駆けつけ、父さんを抱えてオーガの攻撃を回避して、今に至る。
「そ、そうか。怒ってすまんな。それにしても生まれるのか」
「うん、だから俺がここに来たんだ」
「……本当にお前はあいつに勝てるのか?」
「だからわからないけど負けはしないって」
「……わかった。ならこれを使え」
父さんは自分が持っていた太刀を俺に渡した。
「いいの?」
「ああ、俺は予備を使う。残念ながらあいつと戦うには俺は少し足手まといになりそうだ」
その言葉に俺は少しすまなさそうな顔をする。
「なに変な顔をしているんだ。息子がこんなに強くなって俺は誇らしい。」
「……父さん」
「さて、俺は近くのオーガの相手をしておく。…死ぬなよ?」
「わかった」
父さんはそう言うとこの場を離れていった。
「グガ、ハナシはオワッタか?」
「しゃべれるのか?」
「ソウダ、オマエはヒトのガキのくせになかなかツヨソウダ」
「まあね。ところでしゃべれるのだったら聞いてもいいかな?」
「イイだろう。オレはツヨキモノにかんだいダ」
「なんで、この村を襲う?」
「それはナ、このムラをほろぼシ、オレが魔王トなるためダ」
この村を滅ぼしてそれを足がかりに周辺の国を滅ぼして魔王となるつもりなのか?
「はなしハおわりカ?なら、イクゾ!オレの名はキデンサー。狂鬼王キデンサー。オマエの名は?」
やはりネームドモンスターか! しかも称号付き!
「俺はスズ・ロゼリアだよ。俺は村のため家族のためそしてこれから生まれてくる兄弟のためにお前を斬る!」
そう言って俺は父さんより借りた"桜"構えた。